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タイムマシン

作者: ishikado

―――息子が死んだ。


 殺されたのだ。八歳の誕生日、その翌日に。

 赤子のころからよく笑い、その笑顔は周囲からも好評だった。近所の人からも親しみをもって声をかけられることが多く、息子は笑顔でそれにこたえる。

 バスや電車ではお年寄りに誰よりも早く席を譲ろうとそわそわしたり、傘を忘れたご近所さんに傘を譲ってびしょぬれになって帰ってきたり、とても親切でやさしい子。傘を譲られたご近所さんは息子の行動ですこし困らせてしまったようだが、けれども感心してくれた様子だった。

 足が遅いことを本人は気にした様子だったけど、勉強も運動も頑張れるものは頑張って、上達していった。

 自慢の息子だった。

 愛しい我が子だった。

 そんな息子が殺された。

 何も悪いことはしていない、それどころか誰からも好かれるような、善行のほうが目立ったような子が。

 息子の死は、みなが悼んでくれた。

 みなが惜しいと思ってくれるような息子が、なぜ殺されなければいけなかったのか。

 だれが殺していいものか。


―――憎い。


 犯人が憎い。

 犯人はいまだに捕まっていない。

 愛しい我が子を殺しておいて、犯人はまだ捕まっていない。

 現場を目撃した人は多く、追いかけてくれた人もいたというのに、犯人は忽然と姿を消して足取りを全く負えなくなったそうだ。


―――ふざけるな。


 どす黒い淀みが胸の内を支配する。

 息子の死をきっかけにわたしは旦那と離婚した。

 息子が死んで以降、旦那が息子の死を軽く受け止めているような気がして言い争いになることが多くなったのだ。「落ち着け」といわれて落ち着けるものか。どうして落ち着いてなんかいられるものか。

 旦那が犯人捜しをあきらめていることにも腹が立った。どうしてそう簡単に諦められるのだ。


―――わたしは絶対に許さない。


 犯人を必ず捕まえる。

 いや、この気持ちはそれでは治まらないだろう。

 きっとわたしは………。



 何とかして犯人を見つけ出したい。

 息子が死んで十五年。ついに一縷の望みが見える。

「タイムマシン……。」

 そう、人類はとうとう時を超えることに成功した。


 正確には、タイムマシンなるものは十年前の時点で完成していた。

 だが、手に入れるにはあまりにも高額で思いついてはいたが断念していた手段であった。

 しかし、それがついに簡易的に量産できる手段が見つかり価格が大幅に下落。

 だれでも容易に好きな時代へと渡れる時が来たのだ。


 これなら……。



―――15年前


 三人の子どもたちが和気あいあいと歩道を歩く。

 「昨日はオレの誕生日だった」だの、「宿題が多すぎていやになる」だの、とりとめもなく平和な会話だ。

 そんな三人の前に、一人の大人が現れる。

 黒いパーカーで顔が見えにくいが、中肉中背の男である。

 男は小学生の前に立ちふさがり、なにやら声をかける。

 子どもたち三人は後退する。その男の放つ雰囲気を察してのことだろう。

 男の話す内容、そしてその仕草、すべてが男のある意志を明確に示していた。


 殺意。


 それがあることを証明するように、男はそっと刃物を手にとる。

 委縮した子どもの行動は二つに分かれた。

 ひとつは、一目散に男から逃げるもの。

 ふたつは、恐怖に飲まれてその場から動けずにいるもの。

 逃げたのは二人、その二人を追わずに男は身動きをとれずにいる子どもへと向かい合う。

「おまえかああああああああああ!!!!!」

 そこに一人の中年の女性が迫る。

 その迫力は修羅をも彷彿とさせるようなすさまじさがあり、刃物を向けられる子どもも、刃物を突き付けている男もぎょっとするほどのものである。

 女性は一直線に男へと体当たりして組み伏せる。

 男の刃物は遠くへとばされ、うつむきで抵抗するも成人女性の全体重をかけられれば、簡単には振りほどけない。

 女性は男のパーカーをはぎ取り、強引に顔を覗き込む。

 すると、驚愕の顔を浮かべたのは女性ではなく男のほうだった。

 男は一言「□□□□□」とつぶやく。

 そこで初めて女性は狼狽して、不思議なことに男の姿はそこでふっと消えた。

 女性はその場で呆然とたたずみ、ただただ茫然とし続けた。

 そうして少年の命は守られた。


 少年がおずおずと女性に「□□□□□」と声をかけると、女性は「それだけで満足だ」と笑みを浮かべてふっと消えた。


*************************************


 あの日、見知らぬ男に言われた通り、ぼくは人を殺した。

 母に暴力をふるう父を、怒りに負けせて殺してしまった。

 それをきっかけとして苦しい日々が始まった。

 平穏な生活は送れている。

 父の死は母と隠ぺいしたからだ。

 だが、平穏であればあるほど罪悪感は積み重なり、父に悪夢を見せられる。

 母は日に日に憔悴し、ついにはうつ病になってしまった。


 ぼくなんかがいなければ……。


 ふとした時にそう思ってしまう。

 しかし、それは思ってはいけないことなのだろう。

 だって、それを為した結果をぼくは知っているから。


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