ここはどこ?
「…―— いっ、おい、起きろ!庵珠!!」
薄暗い意識の中で誰かの呼び声が聞こえてきた。重い瞼をゆっくりと開けると目の前には眩しい光とハクの姿が見え、徐々に意識がはっきりしていくのが分かった。
「んっ、んん~、…ここは?」
まだ怠さの残る身体をゆっくりと動かし。上半身だけ起こして辺りを見回した。回りは木々が生い茂っており、鳥の声が聞こえる。どうやら森の中だと判断できてたが、先程までは洞窟の中にいたはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。
それに、ここは勝手知ったるあの山奥ではない。十何年育ってきた庵珠にとって馴染んでいた山の気配はすぐに分かるが、ここでは何も感じない。よく見てみると、周囲に咲いている草花も今まで見たことがないものだ。
「ここがどこかは分からん。あの洞窟の穴ん中に入った後、急に明るくなったかと思うと、気が付いたらこの森の中にいたんだ。」
ハクの説明を聞きながら、とりあえず立ち上がり状況を確認した。どうやら怪我はしてないらしい。だが、荷物などはあの洞窟に置いたままにしており、手持ちは殆どない状態だ。
「まぁ生きてたんだし、何とかなるでしょう。どこも痛めてはないし、少し歩いてみようか?」
そう言って歩き出す庵珠の後ろをハクがふよふよと飛びながら付いてくる。
「はぁ~、楽観的だなお前は…」
少々呆れ気味に呟く声が聞こえつつも、ワクワクした気持ちを抑えきれず先へと進む。幼少の頃から山奥に住んでいた庵珠にとって、この状況は驚きや不安より好奇心の方が勝っていた。
人が大勢いる都などは好きではないが、遠出が嫌いなわけではない。むしろ人一倍好奇心旺盛で色んな所を見に行きたいという願望を秘かに持っており、この状況は願ったり叶ったりだった。
回りをキョロキョロと見渡しながら進んでいくと、遠くから人の話し声が聞こえてきた。
「・・・! 人がいるみたいだ。」
気配を消し少しずつ近づく。話している内容はあまり聞こえないが、声色や雰囲気で切迫した状態なのだと悟る。視認できる距離まで近づくと、見たことがない服装をした男が数名武器を持って戦っているようだった。男達が対峙している方を見て、庵珠は目を瞠る。
「! あれは!?」
目線の先には、男達の2倍はありそうな鬼の形をした異形の者が数体押し寄せていた。
一体の鬼が腕を振りかざして男達に襲いかかるも、既のところで避ける。ドゴォッと大きい音が響き渡り、拳を振り下ろした所には大きな穴が空いていた。
「間違いない、あれは怨鬼だ!」
(なんで、こんなところに?しかも、あんな数体で襲いかかるような妖じゃないのに…)
庵珠が清明から討伐の依頼を受けた際に何度か退治したことのある妖だが、怨鬼は人の恨みにより生まれることが多いため山の中に出ることは滅多にない。
しかも、自我がない者が多く徒党を組むようなことはしないはずだった。
「あれは、俺らが相手してきた怨鬼とは少々勝手が違うようだ。力も以前相手にしてきた奴らより強い。あいつらで相手になるのか?」
ハクの言葉で男達の方に目線を戻す。それなりに武装をしているようだが、表情からしてあまり余裕は無さそうだ。
いざと言う時のため庵珠が懐から札を取り出そうとした時、男達の先頭にいる茶髪の男が何やら小さく唱えだし、それが終わると同時に剣が炎を纏った。
「あれは…!」
その光景に驚いていると、茶髪の男は勢いよく怨鬼に向かっていく。
素早く怨鬼の横腹を切り裂くと、その切り口から炎が上がり全身を焼き尽くした。
「へぇ、やるじゃねぇか。なかなか良い腕してやがる。」
小声で賞賛の声をあげるハクに頷きつつも、あと3体の怨鬼がいる現状ではまだ油断できない。
他の男達も同程度の実力があるなら問題ないが、そうでなければ助太刀をー···
「おい、手出しはいらねぇみたいだぞ。」
立ち上がりかけたところで、ハクの言葉で手を止めた。見やると他の男が雹のようなものを自分の回りにいくつも出現させ、すごい勢いで怨鬼に向かって飛ばしていく。
気が付くと、2体の怨鬼が消滅していた。確かにこれなら残りの1体も何とかなるだろう。
安堵した表情を浮かべたが、まだあと1体残っているので油断はできない。
それに、怨鬼が減っているにも関わらず、漂っている妖気が濃くなっているような―・・・
「!!」
妖気の流れをよんでいると、男たちの背後に黒い渦のようなものが視えた。そこから何本も手が伸びてきて男たちを捕えようとしている。
庵珠は咄嗟に札を取り、印を唱えながら男たちに向かって投げる。
「“風陣天招”!」
声とともに札から突風が発生し、男達を囲うように半球状の盾となった。
男達は何が起きたのか分からず辺りを見回していると、草むらから庵珠が飛び出し、黒い渦の前に立ちはだかった。
「!? 君はいったい…?」
「質問はあと!目の前の敵に集中して!!」
戸惑っている男達に一喝すると、右手に札を持ち再び印を唱えた。
「……"滅"!」
印を唱え札を投げると青紫色の光が発生し、黒い渦が消え失せた。その光景に男達が驚くもすぐに目の前の怨鬼へと目線を戻す。
「助かった…恩に着る。あとはこいつだけだ!」
庵珠に礼をいうとともに戦闘態勢に入り、男達の1人が剣を構え突撃する。すかさず後方から電撃の槍が現れ、突撃する男の援護をするように怨鬼目掛けて追撃した。
とても連携が取れた戦闘を見ながら、庵珠は感心したようにその後ろで静かに見守っている。
「見たことない力だけど、あの人達強いわね」
「…そうだな、戦い慣れているように見える」
いつの間にか鳥の形を模したハクが肩にとまって話しかける。目を細めて警戒しているような表情を浮かべるハクとは対照的に、少しウキウキしたように顔をして戦闘を見ている庵珠を前に、危なげなこともなく怨鬼は倒されていた。
やっと怨鬼たちがいなくなり、ほっとした表情を浮かべる男達は、後方にいる庵珠に目をやり近づいてきた。
「先程はありがとう。助かったよ!」
そう言いつつ、茶髪の男が笑顔で頭を下げてくる。それを見て後の2人も慌てて頭を下げた。
「いえ、たまたま見かけただけなので、お気になさらず…」
手を振りながら答えていると、茶髪の男が自己紹介をしてくれた。
茶髪の男がスタイン、後方の青みがかった背が高い男がライナー、その隣のニコニコとした明るい金髪の男がシュリッツというらしい。
「なるほど…変わった名前ですね……」
庵珠にとってはあまり聞きなれない名前と見慣れない容姿に戸惑い、3人をジロジロと見つめてしまう。
「そう…かな? それは言うなら君だって…」
「?」
スタインが庵珠の格好を見つつ言葉を濁す。庵珠は首をかしげるが、スタイン達にとって羽織や袴は見たことがない様子で、ライナーも少し警戒した様子で2人のやり取りを見ていた。
「ところで、君がさっき使っていた……」
スタインの言葉が言い終わらないうちに、ハクが急に飛び上がり、大きな山狗の姿へと変わる。
「!!…なんだ?!」
「! ちょっと、ハ……ぐぇっ!」
それをみたスタイン達が庵珠から距離を取った瞬間、ハクが庵珠の首根っこを咥え背中に乗せた。
一瞬ことで棒立ちになっているスタイン達を一瞥し、ハクは庵珠とともにそのまま森の奥へと走り去っていった。
久しぶりに続きを書きましたが、また止まるかもしれません。読んでくださる方がいらっしゃればできるだけ早く書くようにします。