奉公人から弟子に
「そこの奉公人、私が貰うぞ」
女性は俺を見て、当主にそう言った。
貰う、貰うと言ったのか。俺を!?
「な、何故でしょうか。ご婦人。あなたのところには使用人がいるのではないでしょうか?」
突然の彼女の言葉に当主の声には戸惑いがあらわれていた。
「いいえ。私には使用人はいません。ですが、最近の仕事が忙しく支障が出そうだったので誰か若い奉公人を探していたのです」
まさかのヘッドハンティング。
「それに彼を見て確信しました。この者なら私の理想に近い、そして私の"願い"を叶えてくれる。そう思ったからです」
理想?理想ってなんだ?それに願いとはなんだ?
まさか、好みか?いや、それはない!
浮かんだ考えを直ぐ様切り捨てる。
俺はそれなりに整った顔立ちをしていると思う。自意識過剰なことを言っているのは自覚する。だが、彼女に釣り合うかと思うけど釣り合わない。彼女は一輪の花なら俺は雑草の中で細々と咲き誇る小さな花だろう。
つまり、彼女の言う理想の意味は違う。
「少年。私はあなたを奉公人、そして弟子として迎え入れたい」
言葉の理解にちょっと時間がかかった。
奉公人。それはわかる。俺の人生の一部は奉公人だったからだ。
弟子?弟子というのはなんだ?あの女性の弟子になるということなのか。
「おい、愚子。お前はどうするんだ」
当主から声をかけられ俺の思考は中断した。
「そ、それは、とても光栄なことだと思います。しかし、私は当主様に育てられ、路頭に迷うはずだった私を奉公人として育てて下さった恩があります」
当主は厳しく俺に強く当たるがそこには俺に対しての愛情の裏返しだとわかっていた。
「そうか。だが、そろそろお前の"意思"を出す時じゃないか」
俺の意思。当主様は俺にそう言った。そこには普段は聞かないような優しく、穏やかな声音が含まれていた。
俺の意思。それは言っていいのだろうか。言えばどうなるのかわからない。
言えば、怒られるのか。
言えば、当主様に泥を塗ってしまうのか。
言えば、家の人がどんな反応をするのか。
「わ、私は、」
言葉が続かない。声が出にくい。心臓の心拍音がデカイ。
俺は今、すごく緊張している。もしここで立っていたら緊張のあまり足がガクガクして千鳥足の様になるだろう。
それほど緊張しているのだ。
その後の俺自身が言った言葉が自分の意思を初めて伝えた時だと思った。