少女と主の訓練(1)
「レグル、いつでも良いですよ!」
「分かった」
訓練場の中心で向かい合う私たち。
レグルの手には直剣。
私の手には相変わらずの双剣だ。
「―はぁッ!」
声と共に踏み込み、四十メートルの間合いを一気に駆けるレグル。
私の五メートルほど手前で真正面から剣を振り上げた。
「…………」
さて、どうするものかと考える。
………これって弾いていいんだよね?
手首を痛めて剣を落とさせる?魔法を使って動きを止める?
……いや、シンプルにいこう。
「うわっ!?」
一応悩んでから剣を弾き飛ばすと、反動でレグルも尻餅をいた。
痛かったのか「うう~」と言って空を仰いでいる。
「レグル。スピードは悪くありませんが、戦略と構えが悪いです。現状、私とレグルでは圧倒的に私の方が強いでしょう。鍔迫り合いになれば私が押し勝つことは当たり前です。その上で、真正面から斬りかかるならば何か策を作るべきですね。それから、真正面から斬りかかるときは自分が相手よりも圧倒的に強くなってからの方が良いですよ。あと、剣を振る時はもう少し脇を締めて重心は下です」
つらつらと修正点を並べると、座っていたレグルが立ち上がる。
慣れたように剣を構えて、さっきよりも脇を締めて腰を落としている。
「分かった。こんな感じでいいのかな?」
「…そうですね。できればもう少し重心は下に―あ、そうです。大分良くなりました。では、そのまま素振り50回です。」
七歳の少年には少しキツイ訓練かもしれないが、仕方がない。
旦那様にも頼まれたし、何よりレグル自身が望んでいる。
私が今いるファルファード公爵家は『カナストルの剣』と呼ばれているらしい。
つまりは、騎士公爵家―戦場の最前線である。
三千年前も私は『エグネストの剣』として生きてきた。
私異世界でどんだけ戦場に愛されているんだ!
っていうツッコミも何だか虚しかった。
残念ながら叫んでも戦況は変わらないんだよね。
幸いなのは現在進行形で戦争がおきていないこと。
例の〈闇〉とは現在停戦中。
ゲーム通りに行くならば神聖魔法使いの〈聖女様〉が魔王を浄化して『グランパトル魔法戦争』は終結を迎える。
愛しの主様を殺さないためにも、それまで何とか生き延びるしかないのだ。
「よし、素振り終了。じゃあジャンプしてください」
「え…?あ、はい」
不思議そうな顔をして飛び跳ねるレグル。
連想するのは、子ウサギ…だろうか。
下心など全くなかったが、思わず「ぐっ」っとなった。
私は悪くない。
可愛すぎるレグルが悪いのだ。
何とか煩悩を取り払い、落ち着いた口調と繕って口を開く。
「よし、じゃあもう一回構えて」
「は、はいっ!」
地面に置いてある剣を拾い剣を構える。
何かをした後でも基本の構えだけは出来るようにするべし、といつか筋肉バカが言っていた気がする。
今は初歩的にジャンプをしてもらったが、そのうち寝起きにでもやってもらおう。
「うん。さっきよりも良くなっています。じゃあ、一本行きますよ!」
「ふぇ…!?あ、はい!」
早い展開についていけないのか、おろおろしているレグルに斬りかかる。
「!?」
一応手加減をして間合いを詰めたがまだ早すぎたのか、目を白黒させている。
でも私は一切速さを落とすことなく、無抵抗のレグルの首過ぎに左の剣を当てる。
そして右手の剣は心臓に。
「戦場ではその一瞬が命取りです、レグル。これからは基礎身体能力向上も視野に入れて訓練しましょうか」
これからは基礎体力のほかにも、こういった力も伸ばさなくては。
速さは正義ですからね!
「……アミスは―」
呆けたままの顔で、でもその真紅の瞳に戸惑いの色を浮かべて、レグルは私に聞いた。
「―戦場に立ったことがあるの?」
レグルの瞳が私を貫く。
胸の奥がどくんと波打った。
心拍、脈拍、呼吸、全てを整えて、私は口を開く。
「私はまだ子供ですよ?立ったことがあるわけありません。カナストルの剣である貴方ですらまだなのですから」
ここで全てを語ることはできない。
私は汚れた自分の手を厭いはしないけれど、彼がどういう反応をするのか今は分からない。
レグルと私の間に変な溝を作りたくないし、三千年前の人間だと言って信じる人はいないだろう。
いつか、語れる日が来れば良い…今思うのはそれだけだ。
「そう、だよね……うん。変なこと聞いた、ごめん。アミス」
「いいえ、気にするほどのことでもありません。ほらほら剣の次は魔法の特訓ですよ!レグル」
To be continued・・・・・
長くなるので一回休憩です。