「名産のお菓子のある町にて」 六話
腹部にじわじわと残る痛みと足や手にある圧迫感でエクエスは目が覚めた。
右頬が冷たい。石張りの地面に転がれているようだ。また体のいたるところにある圧迫感から縛られていることにエクエスは気づいた。
あたりは暗くじめじめしている。
「おはよう。意外とお寝坊さんなのね。坊やだけに」
軽い口調と共に聞き覚えのある声が聞こえた。
「……図書女」
「ちょっ、私のことそんな風によんでたの!?」
そう、自称移動図書館こと図書女である。
図書女はロウソク片手にエクエスを見下ろすように立っていた。
「それで、これはなに? 痛いんだけど外してくれない?」
エクエスはもぞもぞと手と足の縄を主張する。
そこそこきつく結んである所為が動かすだけでも痛い。しかも使われた縄は麻縄であるため表面のささくれが皮膚に刺さり尚痛い。
「駄目よ。ここで逃げられると面倒だし」
「いくつか質問していい?」
「いいわよ」
芋虫状態のエクエスは自分を見下ろす図書女に冷静に質問をするというシュールな場面だが両者ともに気にすることなく質疑応答が行われた。
「ここはどこ?」
「私たちが泊っている来賓館。その地下よ」
「ぼくを攫った理由は?」
「坊やが私たちのことを探ってたから。バレバレよ。私たちが町に入る前にも移動図書館について調べてるっていうのは町の人に聞いてるわよ」
「だから、ぼくに近づいてきたんだね」
「そう、大正解」
「ぼくはこのあと、どうなるの?」
エクエスは質問をするたびに小さな顔をくしゃくしゃになっていった。
大人がみれば今にも泣きそうな子供を前にうろたえるが図書女はそんなことにはならなかった。
「無駄よ。泣き脅ししても。どうせ知ってるんでしょ?」
「な、なにを」
「惚けないで。知ってるんでしょ? 私が移動図書館じゃないってこと」
図書女、改め偽物女はエクエスにそう言い放った。
瞬間、エクエスの顔が驚愕に塗り替わった。
「当然、あなたは連れていくわ。そうね、闇市の残っている場所に行けばそこそこの値で売れるんじゃないかしら」
「ぼ、ぼくは何も知らない! なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ!?」
「あのね、さっきも言ったでしょ? 魔法具、魔道具はお金になるの。移動図書館って名乗れば大抵の魔法具は押収できるしこうして良い館に泊めてもらえる。ほんと図書館様様よね」
偽物女はエクエスにぐっと顔を寄せると先日まで見せていた優しい表情とは全く違う、険しい顔で睨んでいた。
「図書館の名前を使っている以上バレたら困るの」
「私たちの計画を邪魔するならたとえ子供でも容赦はしないよ。安心して。すぐにあんたの家族も連れてきてあげるわ」
最後ににやりとした表情を見せる偽物女。何処までも貶められるエクエスはとうとう泣き出してしまった。
鼻をすすり、小さく嗚咽をもらす。
そんなエクエスの様子を見て偽物女は満足したのかその場を立ち去って行った。
暗くてじめじめとした部屋。そこにはエクエスの漏らした嗚咽がこだましていた。
一方そのころユティは町の広場に来ていた。
すでに夜も更けていて、街灯守が点けた火もほとんどが消えていた。
ユティは広場の片隅に落ちていた一冊の本を手に取り「そう、うまくいったのね」と呟いた。
ユティの手にした本はエクエスが公演前に手にしていた本。
パラパラと本をめくり中身を確認してユティはその場を後にした。
ひとしきり泣き終えたエクエスはそのまま寝てしまっていた。
起きたときには全部夢であって欲しかったと思うエクエスだったがそんなことにはならなかった。
手と足はしっかりと縛られ芋虫状態。
周囲が暗いので朝なのか夜なのか一切わからなかった。
「おなかすいたな」
朝なのか夜なのかどちらにせよ、エクエスが最後に食事をしてからそこそこの時間は経っている。
劣悪な環境に放置されたせいか考えがまとまらない。
これから売られるのかどこかで捨てられるにせよ、せめてパンの一つでも食べたいものだ。
それよりも、エクエスはユティの心配をしていた。
エクエス同様に腹を空かせていないかとか部屋を散らかしていないかなどペットに対する心配にも感じられるが、やはり一番の心配は……
「ユティ、やりすぎなきゃいいけど…」
これからユティが起こすであろう騒動に対するものだった。