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「名産のお菓子のある町にて」 二話

 パン屋を後にした少年、エクエスは姉の待つ旅宿に帰った。

旅宿は少し古い建物で一階はレンガ、二階は木の造りになっており、町の大通りから外れた静かな場所にあった。

 特に焦ってもいないのだがエクエスは急ぎ足で二階に駆け上がり部屋の扉の鍵を開けて中に入る。


「エクエスぅ」


 突然、足元から自分の名前を呼ぶ声がする。

今は紙袋を持っているため分かりづらいのだが、中身をこぼさないように紙袋の位置をずらす。

 布だ。布の塊が床を這いずっている。

ジリ、ジリとゆっくりと迫ってくる物体から自分を呼ぶ声がすれば普通は怖がったり、逃げたりするものだろう。


 「うわ、ユティまた芋虫になってどうしたのさ」

 「おなか」

 「え?」

 「おなかがすきましたぁぁぁ」


 だがエクエスは慣れた様子でその物体に声をかける。

エクエスとその姉ユティが寝泊まりする部屋。その玄関に転がっていた布の塊。何を隠そうそれこそがエクエスの姉、ユティである。



 「ぷはぁ。ごちそうさまでした」


椅子にもたれおなかを両手で擦っているユティにエクエスは若干の呆れを覚えつつ机の上を片付け始めた。

ユティがなぜ玄関で這っていたのかと言うと、簡単に言えば空腹。

寝食をわすれて本に没頭し、いざ読み終わって食事をとろうと立ち上がれば空腹から全身の力が抜けて動けなくなったそうだ。その後、必死の思いで食卓に辿り着くも食べ物がなかったため仕方なく玄関でエクエスの帰りを待ちつつ、空腹を紛らわすために自分の服を齧っていたらしい。


 「いやぁ、今回も名作でしたねぇ!」

 「ちなみにタイトルは?」

 「『はらぺこいも虫』!」

 「本の虫よりまずは自分の腹を虫の世話をしろ!!」

 「本は私の食事ですっ!」

 「さっきあなたのお腹に収めたパンは誰が買ってきたんですかねぇ!?」


 エクエスの言葉にむすっとした顔のユティであるが本当はさほど気にしてはおらず、部屋のベッドに腰かけ先ほどの本とは別の本を手に取り読み始めた。本に意識を向けたユティの顔から表情が消えた。

 それだけなら普通の光景なのだが異常なことにベッドの上は半分以上を本に占拠されており、さらには倒れ崩れてもおかしくないほど本という本がうず高く積まれていた。

 エクエスはその様子に再度呆れつつ、つい魅入ってしまう。

本に囲まれた妙齢の女性、窓からの差す僅かな日の光を頼りに本を読むその姿はとても穏やかで、まるで一つの絵画のようだと錯覚してしまう。

ビスクドールのような顔。生気を宿した肌はとても滑らかで赤子の肌を想像させる。

表情の抜け落ちた顔は幼く、されどどこか艶めかしさを漂わせていた。

 先ほど玄関に転がっていたにもかかわらず汚れのない純白のローブは裾や背中、至る所に青い刺繍が施されている。

華美ではない、どちらかというと質素な服装だがそれがより彼女の美しさを際立たせた。

 先ほどの子供っぽい印象とは変わり、薄幸の美女と言われても信じてしまいそうだ。


だがそれは飽くまで見た目だけあって中身までは変わらない。

ユティは手元の本からエクエスへと視線を移し、人懐っこい笑みを浮かべて。


「そういえばエクエス。先ほどのパンとは別においしそうな匂いがするのですが」


本が食事だとはだれが言ったのであったか。

女性にしてはそこそこの量を食べたはずなのだが、やはりお菓子は別腹なのだろう。

ユティのもの欲しそうな顔にエクエスは思わず破顔し「今すぐ用意します。お茶も一緒にどうです?」と午後のお茶の準備を始めるのだった。



 「移動図書館ですか?」

 「はい、パン屋の店主曰く近々この町に訪れるそうです」


 エクエスはユティの正面に座り、今日町で聞いた話をユティに話していた。


 「エクエス」

 「はい」

 「口調、戻ってますよ」

 「あ、すみま……ごめん」


 お茶の用意を始めたころから変わっていたエクエスの態度をユティが咎めた。

といっても、まだ慣れていないのも当然である。

 エクエスとユティは血が繋がっていないどころかつい最近出会ったばかりなのだ。

それを急に姉弟のフリをしろ、などと言われてすぐできるならエクエスもユティと一緒にいることはなかっただろう。

 ユティもそれをわかっているので本気で怒っているわけではない。

むしろ少ししょげたエクエスを見て内心かわいいと喜んでいる。

 ユティは案外腹黒なのだ。


「ユティ、どうする?」

「………」

しばらくの思案。

頤に手を当てて考えるユティはやがてエクエスを見て。


 「会ってみましょうか。その移動図書館様に」


 いたずらを思いついた子供の用に笑った。

これから起こる惨事にエクエスは本日三度目の呆れとゾッとする気持ちが混じる複雑な気持ちを味わっていた。


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