「名産のお菓子のある町にて」 一話
「こんにちはー」
カランカランとドアの鈴をと共に響いた声。
簡素な服。丈夫そうで使い込まれた靴。明るい色の帽子。
中流層の住民より少し劣った、けれど薄汚れた下町の人間よりは良い姿形の少年が大通りから離れた場所に佇むお店に入っていった。
お店の壁には2種のパンを合わせた模様の鉄看板がかかっており、近づけば香ばしい香りが食欲をそそる。
「いらっしゃい。お、坊主か。今日も姉ちゃんのおつかいかい?」
「そうだよ。おじさんも暇してるのかい? 」
「バカ言えぃ」
軽口もほどほどに少年はカウンターに肘をつくこの店の店主に少々の小銭を渡した。
店主も少年の言葉を気にした様子はなく小銭を仕舞うとカウンターの下から紙袋を取り出しパンを詰めていく。
「なぁ、お前さんらはいつまでこの町にとどまってるんだ?」
店主はパンの詰まった紙袋を問いかけと共に渡した。
「ん~、ユティの仕事がもう少しで終わるらしいから少なくてもあと十回は日が沈むまでいるつもりだよ。
どうして?」
「いやな、近々移動図書館様が来るってもんで旅ばっかしているお前ら姉弟にもいい見世物になると思ったんだよ」
「移動図書館?」
少年は首を傾げる。
「そうだ。人の形をした図書館って触れ込みでな。一度読んだ本を一字一句覚えていて、旅の合間に町や村に寄ってはそれを吟遊詩人のように歌ってくれんだ!
図書館だなんて言ってるが、要はものすごく物覚えがいい人でな。あちこちに旅をしながら弾き語りをしたり、絵をかいたり、知恵を貸してくれたりのなんでもできるすごい人なのよ」
「全然見た目が想像できないんだけど、おじさんは見たことあるの? その吟遊詩人」
「移動図書館だって。よくはわからんがそんじょそこらの吟遊詩人と一緒にすんな」
店主は店の端にかけてある白黒の写真が納められていた額縁を外すと少年の目線の高さに合わせた。
「おじさん写真なんて持ってたんだね。高価なのに」
「そこじゃねえって、写真の真ん中」
店主に言われた場所にはローブを羽織った女性が写っていた。
少しぼやけていたから分かりづらいけど綺麗な人だ。
「…な? 美人だろ」
「この人が何なの?」
「この人こそが移動図書館様だ」
「ふ~ん」
「ふーんって、反応が薄いな」
確かに美人だと思う。
ただし、やっていることが吟遊詩人と何ら変わりがないのだ。
吟遊詩人の特性上、美人の方が儲かるのは当たり前。だからその移動図書館がどれだけすごいのか力説されても話についていけない。
「俺がまだ子供のころだ。ある日ふらっと現れて町の広場で子供たちにいろんな話をしてくれてなあ。
それだけじゃねぇぞ。当時、町に起こっていた不思議な現象を解消してくれたり、町で困ったことがあってもその人に話せば大抵のことは解決しちまんだ。」
「不思議な現象?」
「んぁー、そこんとこ結構曖昧なんだがよ、とにかくスパッと解決してくれてすごかったんだよ。」
「あの時は大人たちがお偉いさんみたいに扱おうとしたみたいだけど図書館様が嫌がってなあ。広場で野宿していたよ」
「有名な人? 貴族関係者とか?」
「いんや。素性は知らねぇなあ。あの時は誰も教えてくれなかったし、あの人がいなくなった後にも調べたがなんも出て来やしなかった。
そもそも、そんな偉い人が野宿なんてするか? しねえだろ」
「それもそうだね」
「ちなみにこの町の特産の菓子はその人が好んで食べてたことが広まって名物にまでなったんだ」
「へ~」
そんなことは聞いていないのだけど、道理でこの町のいたるところで甘い匂いがするはずだ。
「変わった人だったけど今回も同じ人かはわからねぇ。だがもし会えるなら会っといて損はないと思うぞ!」
「…おじさんのパンよりは得はしそうだね」
「言ってろ」
少年の軽口を鬱陶しそうに流し、店主は再びカウンターに肘をつく。
「まぁ、機会があったらその移動図書館様に会ってみるよ」
少年は扉に手をかけ、店を後にする直前。
「あ、坊主ちょっと待ちな」
そう言って店主は店の裏からもう一つの紙袋を少年に手渡した。
「これは?」
「さっき話したこの町の名物菓子だ。姉ちゃんと二人で食べな」
「……ありがとう。ユティが喜ぶよ」
「そうだ坊主、名前聞いたことなかったな。なんてんだ?」
「エクエスだよ」
少年はそう告げて今度こそ店を後にした。