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06.勇者が召喚された

 



 前世の記憶は大型トラックと衝突する寸前までの事しか思い出せなかった。

 きっと俺はそのまま死んだのだろう。


 まだ小学生の琴音を残して。


 ただでさえ琴音には母親がいないのに父親の俺まで死んでしまっては、これからどれだけ辛い思いをさせてしまうのだろうか。


 せめて卒業式だけは見届けたかった。

 琴音の中学校の制服姿も見たかったな。

 お弁当だって作ってあげたかったし、キャンプや海、旅行ももっと一緒に行きたかったよ。

 琴音が高校、大学を卒業して、俺の手が離れるまではしっかりと母親の分まで愛情を注いでやりたかったのに。

 いつか琴音が好きな奴と結婚して幸せになる姿を、俺は見る事も出来ないし、知るすべさえも無いんだな……。


 しかし俺が死んだ後、琴音はどうなったんだろう。

 俺の実家で琴音の面倒は見てくれるとは思うけど、シングルマザーの姉貴が子供二人を連れて一緒に住んでるから、正直琴音の部屋が無いんだよなぁ。

 これから中学生になるのに肩身の狭い思いをさせてしまう。


 俺の死亡保険っていくら下りるんだったかな。

 それで実家を改築して、琴音の一人部屋を作ってあげて欲しい。

 あ、でもそこで使うと大学までの費用が足りなくなるか?


 あ゛〜〜!!

 こんなに早くに死ぬなら、もっと死亡保険は手厚くしておくべきだったな……。



 途中から現実的な方向に考えが行ったからか、自然と涙は止まっていた。


 横を向くと、アーサーは何も言わず黙って側に居てくれた。


 目の前で成人を迎えた大の大人がいきなり本気で泣き出したら、普通気持ち悪いし驚くよな。

 それなのに嫌な顔ひとつせず、むしろ落ち着いた表情で俺を見守ってくれている。

 さすが王族。なんて出来た奴なんだ。



「アーサー、変な所を見せてごめんな。ずっと俺に付いていてくれたのか?」


「あ、ああ、いや、先程来たばかりだ。気にするな」



 アーサーにしては珍しく、声が裏返っていた。

 あれ、よく見れば脂汗すごくないか?暑いのか?



「その……もう、大丈夫なのか?」



 やっぱり大分心配かけちまったのかな、アーサーは俺に恐る恐る聞いてきた。



「ああ、実は色々あってさ……、まだ混乱してるし正直平気では無いかな。でも、俺が今更どうこう考えたって何も変えること事は出来ないから、しょうがないっていうか……。ってか、いきなりこんな事言っても訳わかんないよな。ごめん」



 今、前世の記憶が戻った事を詳しく話したってアーサーを混乱させてしまうだけだ。

 俺は自分の正直な気持ちをなるべく当たり障りのないように伝えた。



「いや、分からんでもないぞ。それに起きた事実は変えられないが、アルトがこれからの行動次第で未来はどうとでも変えられる。振り返って考える事は辛いと思うが大切だ。それを未来の糧として乗り越えればよいのだからな」



 ……うん。これ、話が噛み合っているようで全く噛み合って無いよな。

 俺が言っているのは前世の話だし、アーサーが言っているのは“成人の儀式(スキル授与)”の場で俺が陰口を言われていた事だろう。



 アーサーは学園内でも俺の陰口を止めようと皇子の権力を使って情報収集をして、俺に隠れて色々粛清してくれていた。

 それを俺が知らないとでも思っているんだろうけど、ばっちり兄貴から聞いていたんだよ。


 聞いた時は、ほんと俺の事どれだけ好きなんだよ? と思ったが、それと同時にアーサーの王政になった暁には、どんな事でもいいから役に立ちたいと思った。

 偉そうで(実際えらいんだが)威圧感がはんぱないからか、俺の他にはろくに友達もいないアーサーだ。

 そんなあいつを心から支えてやりたいと思った。


 俺は特別頭が良いわけじゃ無いし、魔法も使えない。出来る事は剣術だけだった。だからこそ剣術だけは誰にも負けない気持ちで励む事ができたんだよ。


 話が大分逸れたが、アーサーは俺が倒れた時の詳細を確実に掴んでいるはずだし、それで俺を励ましてくれているのだ。

 ほんといい奴。



「うん、ありがとな。アーサーのお陰で少し落ち着いたわ」


「そうか……。まぁ、感謝されるまでもないがな」



 俺が少しだけ笑顔になれてそう答えたら、アーサーはホッとしたような顔をした後、いつものドヤ顔に戻った。



「目覚めて早々だが、私はこれから“勇者召喚の儀式”へ向かわねばならん。アルトはもうしばらくここでゆっくりしているがよい」



 ん?!! “勇者召喚の儀式”?!!

 それって、前世で琴音がよく見ていた類の小説やアニメでやっていたアレか?!!

 日本で平和に過ごしている主人公が魔王討伐の為に異世界へ召喚されるっていう……。



「それって、魔王が復活するのか?!」


「いや、勇者召喚は陛下の憶断だが、魔王復活の確率は高いと見込んでのことだ」



 おお……ますます物騒な世界になってきたな。

 だけど、まさかとは思うが召喚される勇者ってのは気になるぞ。

 実際にここは小説やアニメに出てくる魔法の世界そのものだ。

 召喚されるのは日本人な気がする。

 琴音が召喚されるなんて事は万に一つも無いだろうけど……



「アーサー、俺も一緒について行っちゃダメか?」


「駄目ではないが、アルトは三日も寝ていたのだぞ? 起きてすぐに平気か?」



 へ? 俺、そんなに寝てたのか。なんか身体中だるい感じがしたけど、寝すぎたからか。



「……問題ない。勇者をこの目で見たいんだ」


「ふむ、ならば着替えた後で来い。使用人に案内させよう」


「悪いな」



 アーサーが扉を開けると慌てふためいた近衛騎士に急かされていたが、アーサーはそれを気にもせず悠然と歩いて行った。

 俺は急いで正装してアーサーの後を追い、“勇者召喚の儀式”の場へと向かった。



 案内された王宮の玉座の間へ入ると、玉座に座る国王陛下と王妃、その横にアーサーと第二皇子、第一皇女が控えているのが見えた。

 既に勇者召喚が無事に終わった後なのか、王宮の上層部の人と魔導師たち大勢に囲まれた中央に、明らかに異質の人たちがいた。


 この国では珍しい黒髪黒目の男女三人。


 勇者は三人もいるのか、そしてやはり日本人……。


 男二人に女一人。三人共学生服で、紺色のブレザーを着ている。

 年齢は高校生くらいだろう。



 …………残念ながら琴音ではなかった。


 残念と言っても、勇者は魔王討伐の為に呼ばれたんだから逆に良かったとも言えるけど。

 琴音に魔王討伐なんて危険な目には絶対に遭わせたくないしな。


 微妙な気持ちになって少し落ち込んでいたら、勇者の周りにいる親父や兄さん達を発見した。


 彼らを認識した途端、長男のリカルド兄さんが俺の方へと振り返って目が合ってしまう。

 うおっ! ビックリした!

 流石、若くして第一騎士団の副団長を務めるだけあるわ。視線ひとつにしても察知してしまう凄さ。恐るべし……。


 リカルド兄さんの視線に気づいた次男のヴァージル兄さんが俺の方を向いた。

 ヴァージル兄さんは王宮魔導師の中でも上級魔導師しか着る事の出来ない白いローブを羽織っている。

 前回見たときは確か紺色のローブだったはず。


 あ……ヴァージル兄さんのスキルはこの国では珍しい【召喚魔法】か。今回“勇者召喚の儀式”に一役も二役も買っているんだろうな。

 それで昇進したって事か、後でお祝いしてあげよう。

 と思った瞬間、まさかのこの玉座の間で大きな声を上げ出した。



「アルト!! 目が覚めたのか?!!」



 えっ、えっ、えっ?!!

 何言ってるのあの人?!!


 一瞬みんなの視線が声の主のヴァージル兄さんに行った後、その全てが俺に集まってきた。



「アルト〜〜心配してたぞ!!」



 や、止めてくれ、ヴァージル兄さん!!!

 天然キャラも度を超えるのは大概にしてくれ!! 前世ではそれをKYって言うんだぞ?!

 せっかく昇進したのに、そんなんじゃすぐ降格してしまうからな!!!


 ヴァージル兄さんは横にいた親父とリカルド兄さんにすぐさま口を塞がれて、殴られていた。

 国王陛下も我がグライムス家の家族とは懇意にしてくれているので、笑って流してくれた。


 男の勇者二人は異世界に召喚されて未だ動揺しているのに対して、真っ赤っかの茹でダコになった俺の顔を遠目から見て、勇者である一人の少女はクスリと笑っていたのだった。






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