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05.前世の記憶と涙

 



「もう、遅刻するよっ?」



 ――?!目覚ましは……まさか寝過ごしたか?!



「えっ、今何時だ?!!」



 …………A M 6時25分。



「はぁ。もうビックリさせるなよー」


「えへへ、目が覚めたでしょ? おはよう、お父さん」


「ふぁ〜〜っ。おはよう、琴音(ことね)



 俺の娘の琴音は今年で小学校を卒業する十二歳。

 もうちょっと寝たかったけど、朝から元気いっぱいの子に育ってくれて、お父さん嬉しいよ。



「え?! これどうしたんだ琴音?!」


「今日は早起きして作ったの」



 食卓テーブルの上には二人分の焼き鮭と味噌汁とご飯が盛ってあった。



「すごいな……。いつの間に料理なんて出来るようになったんだ?」


「えへへ、この前おばぁちゃんと一緒に作ったの。ねぇ、早く食べてみて」



 俺と琴音が住んでいるマンションから徒歩十分圏内に、俺の実家がある。

 琴音が学校から帰ってきて俺が仕事を終えて帰ってくるまでの間は、実家で面倒を見て貰っていた。


 十年前に妻を事故で亡くしてから実家を頼りつつ、俺は男手ひとつで琴音を育ててきた。


 あんなに小さかった琴音がだんだん大人になっていくんだな……。

 俺は感傷的になりつつ、破滅的にぐちゃぐちゃになっている台所をスルーして、琴音の作ってくれたご飯を頂くことにした。



「いただきます」


「ふふっ、めしあがれ」



 琴音が嬉しそうに俺が箸を付けて食べるのを見守っている。


 鮭はちょっと焼き過ぎの様に見えるけど、俺の為に早起きして焼いてくれた姿を思うだけでご飯何杯でもいけそうだ。


 まずは、このキャベツの味噌汁からにしようかな。

 どれどれ……



「ブーーーーーーーッ!!!!」



 あっ、甘っっっ!!!何だこれ?!!



「琴音……これは何を入れたんだ?」


「えっ? 味噌とだしを入れたけど……あっ、甘っ!!」



 だしの味はしない。まさか砂糖と間違ったのか……?

 気を取り直して、焼き鮭を食べてみる。



「うっ………」



 焼き過ぎとは思っていたが、外はカッチカチの中はパッサパサだ。きっと冷凍の鮭を解凍しないで焼いたんだろう。



「シャケも不味いね……。ごめんなさい……」



 ――!!琴音が涙目になっている!!?



「そんな事ないよ! 琴音が初めて作ってくれたんだ、お父さん嬉しいから!!」



 甘い味噌汁とパサパサのほろ苦い鮭で口の中がよくわかんない事になってるけど、何とか笑顔で飲み込んだ。



「うん、でも私は不味くて食べれない。お父さん作って」



 琴音は口元にテッシュを当てて咀嚼した鮭を包んだ後、ニッコリと大人びた笑顔でそう言った。


 ……あれ?



「あ……はい」



 まぁ、ショックで泣かなくて良かったよ。



 とりあえずせっかく作ってくれたのに捨てるのは勿体ないから、琴音の料理を活用しよう。


 まずパサパサの鮭をほぐして料理酒とバターを入れる。それをラップしてレンジでチンだ。


 その間にぐちゃぐちゃの台所を少し片付けていく。


 さっきの砂糖が入ったキャベツの味噌汁は適量を鍋に入れて更に味噌とみりんと料理酒も投入。


 そこにレンジでチンした鮭を入れて少し煮込めば、北の郷土料理なんちゃって“ちゃんちゃん焼き”の出来上がり。



 う〜〜ん、もう一品何か欲しいな……。

 朝だしやっぱり玉子焼きかな。


 最近は賞味期限が過ぎそうな卵は全部冷凍保存していた。

 ちょうど昨日冷凍庫から出して解凍してた卵を取り出だす。


 冷凍卵白は贅沢に四つ分使って玉子焼きにする。刻みネギを入れて焦げないように丁寧に焼いていく。

 これで“白い卵焼き”の完成だ。


 味噌汁が少しだけ余っていたので、それにみりんと多めに醤油を入れて、合わせ調味料にする。


 残りの解凍した黄身は合わせ調味料に漬けて冷蔵庫で一晩寝かせると、“黄身の醤油漬け(味噌風味)”の出来上がりだ。


 これをご飯に乗っけて食べると、うまいんだよなぁ〜〜。

 もちろん明日の朝ごはんでいただくとする。むふふ。楽しみだな。



「琴音、出来たぞー」


「はーい」



 リビングでアニメを観てた琴音が笑顔で走ってきた。

 こういう所はまだまだ子供だな。



「わーーっ、美味しそう! いただきまーす」


「召し上がれ」



 さっきと逆転して今日二回目の朝食だ。



「あれ、お父さんこれさっきの鮭?! すっごく美味しい!」


「うん、しかもそれ琴音が作った味噌汁ベースだから。明日はその味噌汁で漬けた黄身の醤油漬けだぞ」


「すごい! そんな事もできるの?私それ大好きだよー」



 そうだろう、そうだろう。俺と琴音は食べ物の好みが一緒だからな。



「あっ、玉子焼きもおいひぃ〜〜」


「こら、食べ物を口に入れながら喋るんじゃないの」


「ふぁ〜い」



 こうやって琴音が美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるんだよなぁ。


 よし、あとは余った“ちゃんちゃん焼き”と“白い玉子焼き”を俺の弁当に入れて、台所を片付けたらちゃっちゃと仕事に行く準備をしよう。



「……お父さんって魔法が使えるみたい」


「え?」


「あんなに不味かったご飯が、こんなに美味しくなるなんて、もう魔法だよ!」


「ふふっ、まぁな。大きくなったら琴音も魔法が使えるようになるよ」


「うん、私頑張る! 頑張ってお父さんみたいに立派な魔法使いになるね!」



 琴音はキラキラした瞳で俺を見てくる。

 そんな目で見られると今日の晩御飯は気合が入っちゃうだろ。



「じゃあ今日の夜は特大魔法のすき焼きだ!」


「やったーー!」



 元気に騒ぐ琴音を学校へ送り出し、急いで台所を片付け用意する。よし、完璧。

 綺麗にして家を出ると気持ちいいよな。

 さて、俺も職場へと向かうとするか。


 二月に入って急に気温が下がってきた。

 路面も所々凍結しているし気をつけて運転しなきゃな。


 琴音もあと少しで中学生か。中学は給食がないから俺が琴音のお弁当を作る事になる。

 そろそろ、キャラ弁ってのに手を出してみようかな。いや、子供っぽいって怒られてしまうか?


 そんな事を考えていたら、右側から大型トラックが勢いよく突っ込んでくるのに気がついた。




 嘘だろ?!!避けきれない!!!



 琴音―――――




 ・

 ・

 ・




 目を開けたら豪華な模様の天井が見えた。




「随分と寝てたなアルト。……どうかしたのか?」


「…………」



 アーサーの声が聞こえたが、声が出せなかった。



 俺は天井がボヤけて見えなくなったので目を閉じた。

 けれど頬へ流れている冷たい何かは止まらない。


 それを止められる唯一の人は、もう、この世界の何処を探したっていないのだ。






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