02.どんなスキルにも夢はある
くっそ、眠いな……。
昨夜は一睡もできなかった。
今日の“成人の儀式”からのダンジョン修行を思うと、あまりのストレスで眠れなかった……っていうのもあるが、寝る前に親父に呼ばれて一緒にコーヒーを飲んでしまったせいだと思う。
呼び出された親父の部屋は薄暗く、蝋燭が何本か灯っているだけだった。
扉を開けた途端、コーヒーのいい香りが部屋中に立ち込めていた。
親父は魔力を引き出せない俺に気を使っているのか、今まで俺の目の前では決して魔法を使わなかった。
だけど香りに釣られて俺もコーヒーを飲みたいと言ったら、何故か親父はスプーンに角砂糖を乗せて炎の魔法で炙りだした。
角砂糖にはブランデーが染み込んでいるらしく、ブラックが飲めない俺にコーヒーのカクテルを作ってくれたのだ。
魔法で出す炎は青白い色をしているんだな……。
親父が丁寧に角砂糖を炙ってコーヒーに入れてくれるまで、俺は自分が一生出せないかもしれない幻想的な青い炎に魅了されていた。
そして家族のみんなが取得したスキルの内容を初めて知らされる。
親父のスキルは【紅蓮の炎】。公爵である親父のスキルは有名で、俺も昔から知っていた。紅蓮の炎は火属性の魔法レベルMAXでも燃やせないものが、いとも容易く燃やせるらしい。
言うなれば親父は火属性の頂点であり、先祖伝来の土地を含め計八つもの土地を統べている事と相まって、付いた二つ名は“八熱地獄のジャック”である。(ジャックは親父の名)
母さんは【超再生/超回復】だ。光属性であり、元気で優しい性格の母さんらしい最強のスキル。
切断されて無くなってしまった手足すら再生させてしまい、息を引き取って間もない人間なら蘇らせてしまう程の威力を持っていた。
このスキル、もはや聖女と言っても過言ではないだろう。
そして兄達のスキルは、水属性の長男が【雷属性魔法/火属性魔法レベルMAX使用可能】という自身の属性を含めて三つの属性を使える様になり、次男も自分の火属性に加えて【召喚魔法】という使える人が中々いない珍しい魔法を取得した。
三男は風属性の上に【超高速/超飛翔】を手に入れて速さで右に出るものはいないし、戦闘向きではない四男は【錬金術】というユニークスキルを得た。そのスキルは金をも生み出せるらしく、これで我がグライムス公爵家は安泰だろう。
そして去年、五男である一つ上の兄は元々の光属性に加えて【身体強化レベルMAX】という戦闘系スキルを得た。
基本中の基本でもある身体強化の魔法は、選択授業がある魔法学園でも必修科目だった。ある程度の年数をかけて地道に訓練すれば大体の人が取得できるのだが、それもせいぜい低レベルまでだ。
そもそも自身の属性以外で魔力をコントロールする事はかなり難しく、その中でも身体強化は扱いが一番繊細で困難だと言われている。
俺の知る限りレベルMAXまで地道に極めた達人はいない。
去年、スキルを手に入れたばかりの五男と剣術で勝負をしたが、結果俺はズタボロにやられた。
魔力が扱えないのを補うために必死で体を鍛えて剣術に励んできた俺が、筋力も剣術も格段に劣っている兄に身体強化のスキル一つだけであっけなく負けてしまったのだ。
その時ほど自分の無能さを呪ったことはない。
さっきアーサーが剣術を褒めてくれたが、魔法の使えない俺に自信など到底持てる筈もなかった。
親父は一通り家族のスキルを教えてくれた後、しばらく二人で無言になり、最後は俺の頭をガシガシと撫でてきた。
「アルト、お前はお前の道を行け」と言って。
その時に飲んでいたコーヒーからフワッとお酒の香りがして、俺も十五歳の成人になったんだなぁと自覚した。
親父の優しさとコーヒーの温かさに包まれて、俺は嬉しい気持ちで満たされたが、心の底にある虚しさだけはどうにも出来なかったのだ。
「なぁ、俺のスキル【作物成長速度UP】だとよ……」
“成人の儀式”で順番にスキルを受け取る為に、俺はボーっとしながら昨日の出来事を思い出しつつ教会までの列に並んでいたら、スキルを受け取った人達の声が聞こえてきた。
「君の実家は農家だろ? まだいいじゃないか…。僕なんて【石を動かす】だよ? 屑スキルすぎて泣けてくるんだけど……」
それを聞いて、俺の家族が異常な程レベルが高いスキルを得ていたんだと改めて実感してしまう。
しかし悲しんでいる奴の気持ちも分かるが、魔力が一切引き出せない俺からしたら、夢が膨らむようなスキルに思える。
まず【作物成長速度UP】とは土属性の成長魔法だ。
それをレベルMAXまで極めたとしたら、土に生えている小さな根に魔法をかけるだけで一瞬にして樹齢何百年もの大樹に成長させる事が出来るんじゃないか?
それは時に戦闘で大きな防御にもなり、砂漠が広がる土地の人間にとっては神の様なスキルだと思える。
そして一見大したことがなさそうな【石を動かす】というスキルも、これまたMAXまで極めたら、物理系最強魔法“隕石衝撃落下”になるんじゃないかと思う。
だって宇宙に浮かんでる星は石だろ?
そんな考えも魔力を使えない俺なんかが言えるわけもないが、どんなに小さなスキルでも極める事が出来るあいつらが心底羨ましい。
まぁ、スキルをMAXにするのも並大抵の苦労じゃないらしいが……。
「そろそろ私の番だ」
この国の第一皇子なのに権力を行使せず、律儀に列に並んでいたアーサーが振り返り俺に言ってきた。
今まで然程に興味を示していなかったのに、やはりスキルを受け取る事にワクワクしているみたいだ。
アーサー、さっきから口角がヒクヒクと上がっているぞ。
「だなっ。神様、ここはひとつ爆笑が起きるようなスキルを頼みます‼︎」
「何を言っている。笑うどころか皆が驚愕するようなスキルを得て、アルトに目に物見せてくれよう」
アーサーはそう言いながら俺の目に強気な笑顔を残しつつ、堂々と教会の扉を開けて入って行った。