8話 喫茶店『フィード』
喫茶店『フィード』
それがアリスさんの経営しているお店の名前だった。クレアさんのお店みたいな料理を出すわけではないが、甘いお菓子や苦いコーヒーを出すらしい。
「私のお店は休憩やおしゃべりの場としてよく使われるわ。たまに旅人が来て情報をくれるの」
「いろんな人が来るんですね。それに、知らない人とお話しをするなんて緊張しませんか?」
「それが楽しいのよ!」
アリスさんはおしゃべりをしながら、作ったケーキを切り分けてお皿に盛り、きれいに盛ったらコーヒーを乗せたトレイに乗せる。
「はい、これを二番テーブルの方にお願い」
「分かりました」
トレイを持って二番テーブルに行く。
「お待たせしました。ストロベリーケーキとコーヒーです」
「おう、ありがとう」
「……ギルさん暇なんですね。昨日もストロベリーケーキとコーヒーを頼んでいましたし」
「金が予想以上に手に入ったからな。当分は狩りに行かなくても大丈夫だ」
お店に来たギルさんは三時間くらいコーヒーを飲んだり、何かの本を読んだりしていた。よほど暇なのだろう。
「何を読んでいるんですか?」
「魔導書だよ。炎属性以外で俺が使えるやつがないかなって探しているんだが、相性が合わなくて全然だめなんだ」
「ギルさんは騎士ですよね?魔法も使うんですか?」
「いや、俺は太刀一筋だから、杖とか持つ気ないけどな」
だめじゃないですか。
「タイミングがあれば詠唱して、デカい技放ちたいじゃん」
「そういえば、詠唱ってどれくらい時間が掛かるんですか?」
「そうだな、炎属性なら平均で十数秒くらいか」
「そんなに掛かってたら途中で止められたりしませんか?」
「……考えてなかったな」
この人、本当にギルド精鋭部隊の一人なんだろうか?
「ボク君、パイを焼くから手伝ってくれない?」
厨房からアリスさんに呼ばれた。またお菓子を作っているようだ。
「はい、分かりました」
「アリス、俺も手伝おうか?」
「ギルはいらないわ」
「おう、そうか」
立ち上がりかけていたギルさんはそのまま椅子に座り直した。ちょっとしょげている。
元気出して、ギルさん。
* * *
「そろそろお店を閉めましょうか」
「はい、分かりました」
窓を閉めながらアリスさんは言った。いつもより早い時間だ。どうしたのだろう。
「こんにちは。ボク君いますか?」
カラン、とベルの付いたドアを開けて、クレアさんが来た。
「やっと来たわね」
「やっと来た、ですか?」
何かを企んでいたらしい。
「ボク君、今日は暇?」
「はい、今お店を閉めて着替えるとことでした」
「じゃあ、今から遊びに行かない?」
「遊び、ですか?」
「うん。どうかな?」
「いいですよ。ちょっと待っていてください」
「うん分かった」
クレアさんは嬉しそうに頷いた。
* * *
着替えを済ませ、ちょっとのお金と適当な荷物を持ってクレアさんと街中を歩いていた。
「どこに行きましょうか」
「うーん、時間までまだあるから、お店を見て回ろう。ボク君何か欲しい物とかない?」
「えっと、特には。クレアさんはありますか?」
「私も特には」
お互い何も無いようだ。
アリスさんのおかげで今のところは何不自由なく暮らしている。食べる物もあれば着る服だってある。
「そういえば、新しいメニューはできたんですか?」
「うん。アリスさんとハンナさんのおかげで欲しい物も手に入って、あの後早速作ってみて、とても美味しいのができたよ。今度食べに来てね」
「はい、楽しみにしてます」
いったいどんなものができたんだろう。
「……あ、あそこに何かありますよ」
たくさん並ぶ出店の奥に、真っ黒なテントに水晶玉が浮かんだ異様な雰囲気のお店があった。
「今まで見たことないお店ですね。何のお店ですか?」
「分からない。私も初めて見るお店だから」
クレアさんは首を傾げて言った。
「じゃあ、行って見ましょうか」
「うん。え?行くの?ちょ、ちょっと!」
クレアさんの手を引きながら不思議なお店へと入った。
「こんにちは」
「お、お邪魔します!」
中は薄暗く、水晶玉の乗った机とローブを着た老婆が座っているだけだった。
「いらっしゃい。よく見つけたね。特殊な結界を張っていたんだが、まあいいさ」
老婆はにやにやと笑ながら言った。
「結界って何ですか?」
「不思議な壁を作る魔法みたいなものよ。自分や仲間を護れるんだけど、たくさんの魔力を必要とするからあまりみんなやりたがらないの」
「そうなんですか」
結界。護り。
「おやおや、かわいいカップルだね。特別に占ってあげよう」
「そんな、カップルだなんて」
「カップルって何ですか?」
「お、教えない!」
クレアさんは顔を赤くした。
「どれ、お嬢ちゃんから占ってあげよう。はああああっっ!」
老婆は水晶玉に手をかざし、目を閉じ何か念じ始めた。
「見える、見えるぞ。そなた今気になる人がいるようだね。最近会ったばかりでまだ仲は深くない」
「そ、そうなんです!どうしたらいいですか?」
「仲を深めることが大事じゃ。そのためには相手のことをよく知り、優しさを与えることが近道かもね」
「ありがとうございます!」
クレアさんは何度も頭を下げてはお礼を言った。そんなにもありがたいアドバイスだったらしい。
「次は君だね。はああああっっ!」
老婆は水晶玉に手をかざし、念じ始めた。すると、老婆は眉間にしわを寄せた。良くないことでも見えたのだろうか。
「あの、どうなんですか?」
「・・・見えん。まるで真っ暗じゃ」
真っ暗?
「どういうことですか?見えないって」
「おぬしの未来も過去も何も見えないのじゃ」
「そうなんですか」
やはり、過去の自分が何か魔法をかけたのか。
「ただし、一つだけ薄暗くじゃが、見えたものがあった」
「何ですかそれは」
「竜じゃ」
竜?
「竜って何ですか?」
「今よりもっと昔に生きていた生き物じゃ。他の生き物はその姿を見ると恐怖で動けなくなるとまで言われておる」
「そんなモンスターがいたんですね。クレアさん知ってました?」
「ううん、知らなかった」
竜。古代の生き物。
「そなたが竜に出会い、心を通わせることが出来たら、きっと未来は見えてくる」
「竜に会うことができたら」
しかし、昔に生きていた生き物にどうやって会うのだろう。それともまだ生きているのだろうか。
「さて、そろそろ時間じゃ。楽しんでおいで。もうすぐ世界は―――を始める」
「え?今なんて」
言いましたか、と言う前に、いつの間にか老婆は消え、お店も消えてしまっていた。
「すごいですね。魔法使いだったのかな、あのお婆さん」
「そうなのかも。でも、最後何て言ってたのかな?」
「分からない。けど、何か重要なこと言ってた気がする」
まあ、そのうち訪れることならその時にどうにかしよう。
「あ、そろそろ時間!ボク君付いて来て!」
紅く染まる夕日を見て突然走り出すクレアさん。その後を追いかけた。