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7話 記憶の代償

 罠を仕掛けにダンジョンの奥まできた。太陽が高く上っていて、それと涼しい風が吹いて気持ちいい。

「だいぶ奥まできましたね。どこを目指しているんですか?」

「『願いの泉』だ。どんなものの願いを叶えてくれるっていう神秘の泉。ただし、願いを叶えてもらうにはそれに見合った代償を払わなきゃならない」

「そんなものがあるんですね」

 願いの泉。どんなものの願いを叶えてくれる。ただし、代償を払わないといけない。

「そこに罠を仕掛けるんですか?」

「ちげえよ。グレイアリゲーターが捕まるようにお願いすんだよ。罠に引っかかる願いなら代償は小さいだろうから」

「なるほど」

 ちょっとせこいですね。

「さあ、もうすぐ着くぞ。・・・・・・あ?」

「・・・ここですか?」

 着いた場所には、茶色に濁った泉があった。最初に見た湖の水は飲めても、ここは飲めそうにない。

「ここで願いが叶うんですか?」

「ああ。だが、こんなに汚れていているとなると、叶っても嫌な結果になりそうだ」

 ギルさんはかばんからコールディアを取り出した。

「アリス聞こえるか?願いの泉が汚染されてる。浄化の魔法でどうにかしてくれ」

『悪いけど、今こっちは手が離せないの!自分たちでどうにかして!』

 ガラス玉は真っ黒でアリスさんの顔は見えないが、何やら戦っているらしい。刃物がぶつかり合う音や爆裂音が聞こえる。

「あっちはあっちで忙しいみたいだな」

 コールディアを締まって、腕を組んで考えこむギルさん。気づけばラムファは腕の中でまた眠っている。

「浄化の魔法って僕にもできますか?」

「できるだろうが、あれは訓練しないとだめなんだ。簡単にできるものじゃねえ」

「そうなんですか」

 ラムファの頭を撫でた。この肌触りいいな。


バシャッ!


 水面を何かが叩いた音がした。ギルさんは素早く太刀を抜いて構える。

「戦えないガキは下がってろ!」

「は、はい」

 言われたとおりに後ろに下がった。

 泉に何がいる。おそらく、泉を汚したモンスターだろう。


バシャッ! バシャッ!


「くるぞ!気をつけろ!」

 ギルさんが叫ぶと同時に、水面からモンスターが現れた。灰色の鱗に長い胴体、大きな口、長い尻尾、太い手足。

「ギルさん、あれがグレイアリゲーターですか?」

「ああそうだ。灰色の鱗、見間違うはずはねえ」

 グレイアリゲーター。灰色の鱗に覆われていて、岩をも砕く顎、刃を通さない体。

「おいガキ、罠を仕掛けろ」

 ギルさんが痺れ罠を投げ渡してきた。

「どうやって使うんですか?」

「地面につけて、二つのボタンを同時に押せ」

「分かりました」

 言われたとおりに罠を置き、ボタンを押す。ガチャッと音がなり、続いてバチバチと音が聞こえた。

「仕掛けました!」

「よし、よくやった!」

 ギルさんはこっちにきて、罠を盾にするようにして構える。


ガサッ!


 後ろの方から音が聞こえた。振り向いて確認する。

「ギルさん、こっちにもいます」

 後ろにもグレイアリゲーターがいた。前にいるものより少し小さい。

「だったら後ろの方を頼むぜ。お前庇いながら戦えねえから」

「分かりました」

 グレイアリゲーターがゆっくりと近づいてくる。

 杖を持つためにラムファを地面に置いた。

「ミュー?ミュー!」

 突然、ラムファが鳴きながらグレイアリゲーターに突っ込んでいった。

「おい、あいつ戦うつもりか?」

「いえ、違うと思います」

 相手に敵意があるなら毛を針のように尖らせるはず。

「あ?じゃ何だよ」

 ラムファはグレイアリゲーターに近づくと、自分の体を擦りつけた。

 そうか。

「きっとあのグレイアリゲーターはラムファの変体後なんだと思います」

「あいつの?姿が変わっても、親の臭いは忘れないってか」

 ラムファはミューミューと鳴きながら、まだ体を擦りつけている。すると、グレイアリゲーターは口を大きく開けた。

「・・・あ」

 ラムファを丸呑みにした。

「あいつ、姿が変わって頭の中まで変わっちまったみたいだな」

「・・・・・・そう、みたいですね」

 親が自分の子を食べるなんて。

「墓作るのは後だ。今は二体のグレイアリゲーターを倒すことに集中しろ」

「・・・開放」

 体の奥から力が湧き上がる。無意識に体が動く。

「――――――」

 何かを唱えた途端、二体のグレイアリゲーターが宙に浮いて、互いに何度もぶつかり合った。

「―――――、―――――」

 また何かを唱えた。グレイアリゲーターの体がどんどん膨らんでいく。

「――――」

 また何かを唱えた。強い風が吹いて、グレイアリゲーターが破裂した。

「・・・・・・」

「・・・うげ」

 体が自由になった。

 ギルさんがうめいた。

「お前ひどいことするな」

「別に、やりたくてやったわけでは。・・・・・・あ」

 落ちてくる肉片に混じってラムファが降ってきた。両手を広げ、ラムファをキャッチする。

「無事だったんだ」

「よかったな、ペットが生きてて」

 ギルさんは言いながら、かろうじて残っていたグレイアリゲーターの頭を大きな布袋に入れ、仕掛けた罠を回収した。

「フロートで相手を宙に飛ばして、あの膨らませるのは分からなかったが、最後のカッターウィンドで破裂させる。えげつねえなお前」

「いや、別に。あそこまでやろうとは・・・」

「ミュー!」

 ラムファが目を覚ました。体に付いているグレイアリゲーターの唾液や血を全身を振って飛ばす。

「ミュー!」

 嬉しそうに胸に体を擦りつけてくる。

 頭を撫でてあげた。

「おい、俺に血とかいろいろかかったんだけど」

「あ、ごめんなさい」

 ラムファが飛ばした唾液や血がギルさんにかかっている。ギルさんが血なまぐさくなった。

「お前は平気そうだな」

「はい。ヴァルデさんからもらったローブのおかげで汚れずに済みました」

「そりゃ良かったな。ところで、ついでだから汚染の原因も調べておこうと思うんだが。そこまで付き合ってもらっていいか?」

「はい、分かりました」

 ギルさんの後を付くようにラムファを抱えたまま泉まで行く。

 やはり、グレイアリゲーターを倒しても汚染は元に戻らないか。

「こりゃ、元の泉に戻るまで相当時間がかかるな」

「浄化の魔法でどうにかならないですか?」

「さっき言っただろ。あれは熟練したやつにしか使えない魔法だって」

「アリスさんは使えるんですよね?」

「あいつも使える。だが、この泉を元通りにするにはアリス五人がかりで一ヶ月くらいにはなる」

「そこまで汚れているんですね」

 泉の水に触れた。まるで絵の具を溶かした水みたいだ。すくって見ても全く透けない。

「一度アリスに見てもらうか。リファインでどこまで綺麗になるか」

「リファイン、ですか」

 リファインってなんだろう。そう思ったときだった。

 泉の水が一瞬で綺麗な水になった。

「は?お前、今何をした?」

「いえ、ただリファインって言っただけで」

「ほお、素晴らしい腕前だ」

 泉から声が聞こえた。

「我ですら一日はかかるであろう仕事を、瞬きする間にやり遂げてしまうとは」

 泉から人が現れた。白装束の服に青い髪、背中に四枚の羽が生えた人だった。

「あの、誰ですか?」

 ギルさんに聞くと、ギルさんはしゃがんで頭を下げていた。

「あの」

「ばか、頭を下げろ!水の精霊ウンディーネだぞ!敬意を払え」

「水の精霊?」

「我は水を司る精霊ウンディーネ。其方らの活躍、見届けさせてもらった。よい、顔を上げよ」

「はい」

 ギルさんは頭を上げ、立ち上がる。何だか不気味だ。

「お主、見ぬ間に変わったようだな」

 ウンディーネがこちらを見て言った。

「えっと、何のことですか?」

 ウンディーネはこちらに近づきじろじろと見る。

「うぬ?この魔力、見間違うはずがない。魔術師よ、小さくなる魔法でも使ったか」

「あの、できれば知っていることを話してくれませんか?」

「何?もしや、記憶が無いのか?」

「はい」

 ウンディーネは空を見上げると、小さく何か呟いた。

「・・・・・・そうか、来てしまったか」

「え?どういうことですか?」

「小さき魔術師よ。すまぬが過去のお主について話すことはできん。これは過去のお主との契約なのだ」

「どういうことですか?」

「間違ってはならぬ。お主の選択で大切な者の命が失われる。これは過去のお主からの伝言だ」

「過去の自分から」

 いったい、過去の自分は何を考えていたのだろう。

「確かに伝えたぞ。さて、其方らはこの願いの泉に何を願う?」

「願いか。そういや、ここはそういう所だったな。どうする?やること終わったし」

「・・・・・・では、記憶を戻してくれませんか?」

「何?お主の記憶をか?」

「はい」

 思い出すまで待っていられない。過去の自分が何を考えていたのか知りたい。

「それに見合う代償は?」

「記憶を戻すのに必要なものって何ですか?」

「記憶とは時間とともに積み重なっていくもの。時間を代償にすればお主の記憶を戻すことはできる」

「それでは―――」

「だが、我の知る限りではお主の記憶を戻すに、人間一人の寿命と同等の時間を必要とするだろう」

「そんなにですか?」

「それほど、過去のお主は素晴らしい魔術師だったのだ」

「こいつが?確かに上級魔法が使えるところを見ると、過去は相当すごいやつだったのは想像できるが」

「残念だが、その願いはやめておいた方が良いだろう」

「・・・・・・そうですね」

 人一人分の時間なんて、そんな簡単に用意できるはずがない。

 諦めた方がいいのかも。

「他に願いは無いのか?何も願わぬなら、我は帰るぞ。他にやらねばならない事があるのでな」

「はい。いろいろ教えていただいてありがとうございます」

「お主はこれからどうするのだ?記憶を取り戻すのか?新たに歩き始めるのか?」

「今はアリスさん達がいます。前の自分がどんなだったか分かりませんが、今を生きようと思います」

「そうか。では、さらばだ。また会う時まで」

 ウンディーネはそう言って、泉の中に戻っていった。

「いいのか?もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれなかったんだぜ」

「良いんです。過去の自分がどうであれ、今は今です。それに、アリスさんやギルさんのような仲間がいます。とても大切な仲間です」

「・・・お前、良いこと言ってくれるじゃねえか。俺は嬉しいぜ!」

「うわ、ちょっと!」

 ギルさんに無理矢理肩を組まされた。ギルさんの背が高いため、宙に浮いている感じになる。

「よし、アリスたちと合流して帰るか。今日は飲むぞ!」

「はい、分かりました」


* * *


 アリスさんたちと合流して最初の一言が、「どうしたの?」だった。

「二人とも汚れてるわ。何があったの?」

「先ほどグレイアリゲーターを倒しまして、その時に汚れたのかもしれません」

「何言ってんだよ。それしかねえだろ」

「それもそうですね」

 ギルさんは服の汚れを落としながら、グレイアリゲーターの頭が入った布袋をアリスさんに渡した。

「すごい、本当に倒しちゃうなんて。でも、頭が二つあるけど、一体じゃなかったの?」

「ああ、ラムファの生体がグレイアリゲーターに変体していたみたいだ。こいつが持ってるラムファがそのグレイアリゲーターに擦り寄ったから確かだ」

 ギルさんは説明しながらまだ汚れを落としていた。

「くそ、染みついてやがる」

「帰って洗えばいいじゃん。ギルってばバカだねえ」

「なんだと?じゃあハンナが洗ってくれるのかよ?」

「あんたの臭いが染みついた服を洗うのは嫌だね」

「じゃあ誰が洗うんだよ!」

「自分で洗いなよ!」

「まあまあ二人とも、そういうのは帰ってからにしましょう」

 アリスさんが二人をなだめて、それから街に帰った。


* * *


 グレイアリゲーターの頭が二つだったためか、クエストの報酬を二倍もらい、ギルさんと半分ずつに山分けした。

 その後、ギルさんのおごりで晩御飯をごちそうになった。意外とギルさんって優しい。

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