4話 街の人
あの後、身長や体格などを採寸されて店を出た。やっと何か食べられる。
「それじゃ、今度は食べに行きましょうか」
「はい」
パンドラから少し歩いて着いた場所は、黄色い屋根のお店だった。
「ここは?」
「食事処『クレア』よ。私のおすすめ」
クレア。さっきアリスさんが言っていたお店。
アリスさんは扉を開けて中に入る。その後に続いて中に入る。
「いらっしゃいませ!」
自分と同じくらいの背の女の子がいた。朱色の髪を、耳を隠すように二カ所で止めて、肩まで垂らしている。ハンナさんのとは違うけど、メイド姿だ。
「こんにちはクレアちゃん。二人分空いてる?」
「いらっしゃいませアリスさん。誰かと来るなんて珍しいですね」
ちらりとこちらを見る。目が合った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
? ?
「クレアちゃん、席まで案内してくれる?」
「あ、はい、分かりました」
こちらへどうぞ、とクレアさんが誘導してくれた。
ジュージューと肉を焼く音とこうばしい匂いが店の中に充満している。
「こちらの席にお座りください。メニューをどうぞ」
クレアさんは綴られた紙束を差し出した。アリスさんはそれを受け取りながら座る。アリスさんの向えの席に座った。
「ボク君は何が食べたい?この中から選んで」
「はい。それじゃ」
メニューを受け取って、内容を見る。
「・・・・・・」
何て書いてあるのか分からない。規則正しく線が書かれていることしか、読み取れなかった。
「アリスさんのオススメでお願いします」
「本当にいいの?好き嫌いとか無いの?」
「はい、大丈夫です。たぶん」
「そう。いつものを二つお願い」
メニューをクレアさんに渡す。
「かしこまりました」
クレアさんはお辞儀をして厨房の方に行ってしまった。
「どうかしたの?メニューも全然見ていなかったけど、気になる事でもあった?」
「あ、いえ、えっと・・・」
正直に言うべきか。
「実は、メニューに何が書かれているのか読めなかったんです。文字であることは分かったのですが」
「はあ、文字が読めない。え、今なんて?」
アリスさんは信じられないという顔をした。驚いている。
「本当に読めないの?あそこに書いてあるメニューは?あの窓から見えるお店の看板は?」
「・・・読めません」
壁に貼っている文字も、窓から見える看板も読めなかった。いや、看板には絵も描かれているから読み取れはする。
「・・・まずは文字を覚える事から始めないとだね」
「お願いします」
深々と頭を下げた。
「お待たせいたしました」
クレアさんの声が聞こえた。下げていた頭を上げると、料理の皿を持ったクレアさんが立っていた。皿をテーブルに置く。
「ごゆっくりお召し上がりください」
お辞儀をしてまた厨房に行ってしまった。
「忙しいんですね」
「この時間になると人が次々来るからね。食べましょう」
アリスさんはナイフとフォークを持った。料理を見る。
「・・・・・・」
皿に乗っているのはステーキだった。いい匂いがする。
「ステーキですね」
「食べ方分かる?私が切ってあげようか?」
「大丈夫です。なぜだか食べ方は分かるので」
ナイフとフォークを持ち、肉を切って一口食べる。
「おいしい」
* * *
とてもおいしいステーキだった。店を出てもまだ、あの味を思い出せる。また食べに行きたい。
「今日はもう帰りましょうか。ある程度街は案内したし」
「そうですね。そろそろ日も落ちてきましたしね」
あんなに高く昇っていた太陽がもう隠れようとしていた。
「アリス!アリスじゃないか!」
前方から大声でアリスさんの名前を呼ぶ人がいた。立ち止まって確認する。赤髪で体格のいい、背中に太刀を背負った男だ。男はこっちに近づいてくる。周りの人は避けて、大きな道が広がる。
「最近顔見ねえから心配したぜ!あ?何だそのガキ。知り合いか?」
「私の家に住んでいるわ」
「こんにちは」
男にあいさつする。男はこっちには興味なさそうな顔をしている。
「ふーん。で、何で最近パーティーに顔を出さないんだよ?俺らギルド精鋭部隊だろ?一人減るだけでも陣形崩れるんだぞ」
「ごめんなさい。私はもうあのパーティーには戻らないわ」
「はあ?どういう事だよ!何でお前が精鋭部隊を抜けるんだよ!」
「あの、少し落ち着いて」
「あ?・・・そうか、お前が原因か。お前がいるからアリスが抜けて、お前とパーティーを組んだんだな?」
男をなだめるつもりが、今度はこっちに目をつけてきた。
「この子は関係ないでしょ」
「いや、おおありだな。お前、今すぐここで俺と戦え」
「え?戦う、ですか?」
「聞こえなかったか?今ここで俺と戦って、勝ったらアリスは精鋭部隊に戻る。もし俺が負けたら好きにしてもいいぜ」
「何勝手に決めてるのよ!ボク君、こんな勝負受けなくてもいいのよ」
「いえ、受けます」
買ったばかりの杖をアリスさんに渡す。それからアリスさんの剣を借りる。
「まだ杖の使い方を知らないので、この剣でやります」
「いいぜ、熱くなってきた」
周りの人は一層離れていった。アリスさんだけはかなり近いところにいる。
「一瞬で仕留めてやる」
「・・・・・・」
男は太刀を抜いて構えをとる。こちらもそれなりに構える。
「はっ!素人かよ!だせえ構え」
「初めてなもので。たぶん」
「・・・ぶっ殺す!」
男が動いた。速い。一瞬でこちらの間合いに入った。剣を振る。
「遅えよ!」
蹴りで剣を弾かれる。あまりの力に剣を手放してしまった。さらに、無防備になった体に蹴りを入れられた。勢いで後ろによろめく。尻もちをついた。
「弱いな。俺の見間違えか?相手にもならねえ」
男は太刀を仕舞い、落ちていた剣を拾うと、ゆっくりと近づいてくる。
「どうやってアリスを騙したのか知らねえが、お前がアリスと一緒にいるとアリスが不幸になっちまう」
男は手に持つ剣を逆手持ちにして高く上げる。
「それに、お前の顔見るとアイツを思い出して腹が立つ」
体制を立て直そうとするが、体が上手く動かない。
というか、それただの八つ当たり。
「だから、死ね!」
男は剣を振り下ろした。
「解放」
また、口が勝手に動いた。同時に男の攻撃が止まった。
「なっ!動けねえ!」
何かの魔法にでもかかってしまったかのように男は動かなかった。こちらがかけたのだろうけど。
「――――――――」
何かを唱えると、男は地面に這いつくばった。
「な、ばかな!グラビティプレスだと!どうしてお前が上級魔法を使える!?」
男は叫んだ。この魔法にそんな名前があったのか。
「―――――――」
口が動いた。今度は男の周りに風が渦巻いている。
「おいおい、今度は風魔法か?ヘルサイクロンとかは勘弁してくれよ!」
男は必死になって立ち上がろうとしている。しかし、グラビティプレスのせいで上手く身動きが取れていない。
「くそ!おいガキ!ここにいるやつら全員巻き添えにするつもりか!」
動けないと分かっていても、それでも攻撃から逃れようと男はもがく。風は勢いを増していた。
「――――――」
口が動く。男の手足が凍りつき、地面に貼り付く。完全に動けなくなった。
「――――、―――――」
また口が動く。今度は長い。
「――――、―――――、――――――」
「ボク君止めて!それ以上はダメよ!」
「!!」
アリスさんの声に反応したように、口が止まった。同時に男にかかっていた魔法も消える。
「・・・・・・」
立ち上がって、男から剣を取り返す。男はこちらをじっと見返す。
「・・・約束は守る。俺を殺してもいいぜ」
そんな物騒な真似はしない。
「引き分けという事にしましょう」
「は?馬鹿にしてんのか?」
「そういうわけではないです。ただ、今のは自分自身でやったことではないので、引き分けにして欲しいです」
「・・・変な奴だ。何言ってるか分からないが、いいぜ、引き分けにしてやる」
男は立ち上がり、埃をはたく。
「二人とも大丈夫?どこか怪我してない?」
「ああ、心配ねえ。それより、俺は腹が減ったな。クレアに行って何か食べて来ようぜ」
「あ、私たちもう食べてきたから。帰る途中なの」
「そ、そうか。じゃ、また今度な。おいガキ」
こっちを睨みつけてきた。
「今度やる時は本気で潰す。覚悟しろよ」
「はい、分かりました」
「ふん!」
男は踵を返し、どこかに行ってしまった。周りにいた人たちも皆家へと帰って行く。
「ごめんね、変な事に巻き込んじゃって」
「大丈夫ですよ。それよりあの男は誰ですか?」
「彼はギル・ハイライト・ステビア。ギルド精鋭部隊の一人で太刀使いの騎士よ」
「実はすごい人だったんですね」
ギル。ギルド精鋭部隊の騎士と戦ったなんて。
「あ」
道に立っている街灯が光だした。気づけば辺りは薄暗くなっている。
「そろそろ帰りましょうか。暗くなってきたし」
「そうですね」
薄暗い街の道を、荷物を両手に帰路に着いた。
* * *
アリスさんの家に戻る頃にはもうすっかり暗くなり、空に星々が見えていた。
部屋に光を灯して、今日買ったものを置く。
「おつかれさま。荷物はここに置いて。今日からここがボク君の部屋になるから」
「部屋ですか?」
「そう。ボク君が眠っていた客室をボク君の部屋にしようと思って。どうかな?」
「いいですね、それは嬉しいです。あのベッドはとても寝心地がいいので」
「それはよかったわ」
アリスさんは嬉しそうに部屋の中まで荷物を運んだ。
「この荷物が着替えで、この荷物は装備品」
「あ、後は自分でやりますから」
「そう?じゃぁ任せたわね」
荷物から手を放し、部屋から出ていった。扉を閉め、着替えはクローゼットに入れ、杖は机の上に置いた。
「・・・・・・」
荷物を片付けたら眠気が襲ってきた。ベッドに行き、倒れるように枕に顔を沈め、ゆっくりと目を閉じた。
それから深い眠りにつく。