表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

4話 街の人

 あの後、身長や体格などを採寸されて店を出た。やっと何か食べられる。

「それじゃ、今度は食べに行きましょうか」

「はい」

 パンドラから少し歩いて着いた場所は、黄色い屋根のお店だった。

「ここは?」

「食事処『クレア』よ。私のおすすめ」

 クレア。さっきアリスさんが言っていたお店。

 アリスさんは扉を開けて中に入る。その後に続いて中に入る。

「いらっしゃいませ!」

 自分と同じくらいの背の女の子がいた。朱色の髪を、耳を隠すように二カ所で止めて、肩まで垂らしている。ハンナさんのとは違うけど、メイド姿だ。

「こんにちはクレアちゃん。二人分空いてる?」

「いらっしゃいませアリスさん。誰かと来るなんて珍しいですね」

 ちらりとこちらを見る。目が合った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ? ?

「クレアちゃん、席まで案内してくれる?」

「あ、はい、分かりました」

 こちらへどうぞ、とクレアさんが誘導してくれた。

 ジュージューと肉を焼く音とこうばしい匂いが店の中に充満している。

「こちらの席にお座りください。メニューをどうぞ」

 クレアさんは綴られた紙束を差し出した。アリスさんはそれを受け取りながら座る。アリスさんの向えの席に座った。

「ボク君は何が食べたい?この中から選んで」

「はい。それじゃ」

 メニューを受け取って、内容を見る。

「・・・・・・」

 何て書いてあるのか分からない。規則正しく線が書かれていることしか、読み取れなかった。

「アリスさんのオススメでお願いします」

「本当にいいの?好き嫌いとか無いの?」

「はい、大丈夫です。たぶん」

「そう。いつものを二つお願い」

 メニューをクレアさんに渡す。

「かしこまりました」

 クレアさんはお辞儀をして厨房の方に行ってしまった。

「どうかしたの?メニューも全然見ていなかったけど、気になる事でもあった?」

「あ、いえ、えっと・・・」

 正直に言うべきか。

「実は、メニューに何が書かれているのか読めなかったんです。文字であることは分かったのですが」

「はあ、文字が読めない。え、今なんて?」

 アリスさんは信じられないという顔をした。驚いている。

「本当に読めないの?あそこに書いてあるメニューは?あの窓から見えるお店の看板は?」

「・・・読めません」

 壁に貼っている文字も、窓から見える看板も読めなかった。いや、看板には絵も描かれているから読み取れはする。

「・・・まずは文字を覚える事から始めないとだね」

「お願いします」

 深々と頭を下げた。

「お待たせいたしました」

 クレアさんの声が聞こえた。下げていた頭を上げると、料理の皿を持ったクレアさんが立っていた。皿をテーブルに置く。

「ごゆっくりお召し上がりください」

 お辞儀をしてまた厨房に行ってしまった。

「忙しいんですね」

「この時間になると人が次々来るからね。食べましょう」

 アリスさんはナイフとフォークを持った。料理を見る。

「・・・・・・」

 皿に乗っているのはステーキだった。いい匂いがする。

「ステーキですね」

「食べ方分かる?私が切ってあげようか?」

「大丈夫です。なぜだか食べ方は分かるので」

 ナイフとフォークを持ち、肉を切って一口食べる。

「おいしい」


* * *


 とてもおいしいステーキだった。店を出てもまだ、あの味を思い出せる。また食べに行きたい。

「今日はもう帰りましょうか。ある程度街は案内したし」

「そうですね。そろそろ日も落ちてきましたしね」

 あんなに高く昇っていた太陽がもう隠れようとしていた。


「アリス!アリスじゃないか!」


 前方から大声でアリスさんの名前を呼ぶ人がいた。立ち止まって確認する。赤髪で体格のいい、背中に太刀を背負った男だ。男はこっちに近づいてくる。周りの人は避けて、大きな道が広がる。

「最近顔見ねえから心配したぜ!あ?何だそのガキ。知り合いか?」

「私の家に住んでいるわ」

「こんにちは」

 男にあいさつする。男はこっちには興味なさそうな顔をしている。

「ふーん。で、何で最近パーティーに顔を出さないんだよ?俺らギルド精鋭部隊だろ?一人減るだけでも陣形崩れるんだぞ」

「ごめんなさい。私はもうあのパーティーには戻らないわ」

「はあ?どういう事だよ!何でお前が精鋭部隊を抜けるんだよ!」

「あの、少し落ち着いて」

「あ?・・・そうか、お前が原因か。お前がいるからアリスが抜けて、お前とパーティーを組んだんだな?」

 男をなだめるつもりが、今度はこっちに目をつけてきた。

「この子は関係ないでしょ」

「いや、おおありだな。お前、今すぐここで俺と戦え」

「え?戦う、ですか?」

「聞こえなかったか?今ここで俺と戦って、勝ったらアリスは精鋭部隊に戻る。もし俺が負けたら好きにしてもいいぜ」

「何勝手に決めてるのよ!ボク君、こんな勝負受けなくてもいいのよ」

「いえ、受けます」

 買ったばかりの杖をアリスさんに渡す。それからアリスさんの剣を借りる。

「まだ杖の使い方を知らないので、この剣でやります」

「いいぜ、熱くなってきた」

 周りの人は一層離れていった。アリスさんだけはかなり近いところにいる。

「一瞬で仕留めてやる」

「・・・・・・」

 男は太刀を抜いて構えをとる。こちらもそれなりに構える。

「はっ!素人かよ!だせえ構え」

「初めてなもので。たぶん」

「・・・ぶっ殺す!」

 男が動いた。速い。一瞬でこちらの間合いに入った。剣を振る。

「遅えよ!」

 蹴りで剣を弾かれる。あまりの力に剣を手放してしまった。さらに、無防備になった体に蹴りを入れられた。勢いで後ろによろめく。尻もちをついた。

「弱いな。俺の見間違えか?相手にもならねえ」

 男は太刀を仕舞い、落ちていた剣を拾うと、ゆっくりと近づいてくる。

「どうやってアリスを騙したのか知らねえが、お前がアリスと一緒にいるとアリスが不幸になっちまう」

 男は手に持つ剣を逆手持ちにして高く上げる。

「それに、お前の顔見るとアイツを思い出して腹が立つ」

 体制を立て直そうとするが、体が上手く動かない。

 というか、それただの八つ当たり。

「だから、死ね!」

 男は剣を振り下ろした。


「解放」


 また、口が勝手に動いた。同時に男の攻撃が止まった。

「なっ!動けねえ!」

 何かの魔法にでもかかってしまったかのように男は動かなかった。こちらがかけたのだろうけど。

「――――――――」

 何かを唱えると、男は地面に這いつくばった。

「な、ばかな!グラビティプレスだと!どうしてお前が上級魔法を使える!?」

 男は叫んだ。この魔法にそんな名前があったのか。

「―――――――」

 口が動いた。今度は男の周りに風が渦巻いている。

「おいおい、今度は風魔法か?ヘルサイクロンとかは勘弁してくれよ!」

 男は必死になって立ち上がろうとしている。しかし、グラビティプレスのせいで上手く身動きが取れていない。

「くそ!おいガキ!ここにいるやつら全員巻き添えにするつもりか!」

 動けないと分かっていても、それでも攻撃から逃れようと男はもがく。風は勢いを増していた。

「――――――」

 口が動く。男の手足が凍りつき、地面に貼り付く。完全に動けなくなった。

「――――、―――――」

 また口が動く。今度は長い。

「――――、―――――、――――――」

「ボク君止めて!それ以上はダメよ!」

「!!」

 アリスさんの声に反応したように、口が止まった。同時に男にかかっていた魔法も消える。

「・・・・・・」

 立ち上がって、男から剣を取り返す。男はこちらをじっと見返す。

「・・・約束は守る。俺を殺してもいいぜ」

 そんな物騒な真似はしない。

「引き分けという事にしましょう」

「は?馬鹿にしてんのか?」

「そういうわけではないです。ただ、今のは自分自身でやったことではないので、引き分けにして欲しいです」

「・・・変な奴だ。何言ってるか分からないが、いいぜ、引き分けにしてやる」

 男は立ち上がり、埃をはたく。

「二人とも大丈夫?どこか怪我してない?」

「ああ、心配ねえ。それより、俺は腹が減ったな。クレアに行って何か食べて来ようぜ」

「あ、私たちもう食べてきたから。帰る途中なの」

「そ、そうか。じゃ、また今度な。おいガキ」

 こっちを睨みつけてきた。

「今度やる時は本気で潰す。覚悟しろよ」

「はい、分かりました」

「ふん!」

 男は踵を返し、どこかに行ってしまった。周りにいた人たちも皆家へと帰って行く。

「ごめんね、変な事に巻き込んじゃって」

「大丈夫ですよ。それよりあの男は誰ですか?」

「彼はギル・ハイライト・ステビア。ギルド精鋭部隊の一人で太刀使いの騎士よ」

「実はすごい人だったんですね」

 ギル。ギルド精鋭部隊の騎士と戦ったなんて。

「あ」

 道に立っている街灯が光だした。気づけば辺りは薄暗くなっている。

「そろそろ帰りましょうか。暗くなってきたし」

「そうですね」

 薄暗い街の道を、荷物を両手に帰路に着いた。


* * *


 アリスさんの家に戻る頃にはもうすっかり暗くなり、空に星々が見えていた。

 部屋に光を灯して、今日買ったものを置く。

「おつかれさま。荷物はここに置いて。今日からここがボク君の部屋になるから」

「部屋ですか?」

「そう。ボク君が眠っていた客室をボク君の部屋にしようと思って。どうかな?」

「いいですね、それは嬉しいです。あのベッドはとても寝心地がいいので」

「それはよかったわ」

 アリスさんは嬉しそうに部屋の中まで荷物を運んだ。

「この荷物が着替えで、この荷物は装備品」

「あ、後は自分でやりますから」

「そう?じゃぁ任せたわね」

 荷物から手を放し、部屋から出ていった。扉を閉め、着替えはクローゼットに入れ、杖は机の上に置いた。

「・・・・・・」

 荷物を片付けたら眠気が襲ってきた。ベッドに行き、倒れるように枕に顔を沈め、ゆっくりと目を閉じた。

 それから深い眠りにつく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ