2話 ライカンスロープ
薬草を摘んだ太い木から少し歩いて、ようやく開けた場所が見えてきた。
「もう出口が見えてきたわね。そういえば、あなたはこの森から出た後はどうするつもり?」
「出た後ですか?」
どうしよう。考えていなかった。
「何とかします」
「本当に何とかなる?」
「分からないです」
はぁ、と女性の人はため息を吐いた。
その時、出口の方から何かがこっちに向かってくるのが見えた。
「あれは何ですか?」
近づいてくるのは、先ほどのウェアウルフ達とそれより二倍は大きいウェアウルフだった。
女性の人は剣を抜いて構えた。
「私が囮になるから、その間に隙を見つけて逃げて」
「え?えっと」
突然どうしたのだろ。
「あの大きいのはライカンスロープ。ウェアウルフ達の親玉のような存在よ。さっきより強いわ」
「勝てないかもしれないってことですか?」
「戦う必要はないわ。逃げる時間を稼ぐだけ。分かったらさっき言ったとおりにするのよ」
女性の人は深呼吸をして息を整えている。
「あれ?」
ライカンスロープがもう一体来た。
「あの、もう一体来ました。どうします?」
「我の、って何?・・・・・・」
女性の人は剣を鞘に戻した。
「逃げるわよ!」
手を掴まれ全力で走った。
* * *
結局、さっき来た道を戻って、太い木の場所まで戻ってきた。
「なんとか撒いたようね。これからどうしようかしら。今のパーティーで立ち向かっても勝てるわけないし、他の出口探すには流石にもう暗いし」
「そうですね」
いつの間にか太陽は沈み、空には月が輝かしく光っている。
「綺麗な月ですね」
「え?」
女性の人は空を見上げて嫌そうな顔をした。
「最悪」
「何か嫌な事でも?」
「ウェアウルフは満月の日に力が覚醒するの。中には目覚めてライカンスロープになるものもいるそうなの」
「そうだったんですか」
それで二体もいたのか。
ウオオォォォォォォン!
獣の唸り声が聞こえた。かなり近い。
「追いつかれたみたいね」
「そのようですね」
女性の人は剣を抜いた。
「さっき言った通りに、私が囮になっている間に逃げるのよ」
「・・・分かりました」
そう言うと、女性の人はくすっと笑った。
「今まで分からないばかりだったのに、今初めて分かったって言ってくれた」
「・・・・・・」
こういう時何て返せばいいのだろうか。
「あのね。私がこの森に来た理由は、この森のどこかに隠されている宝石を探しに来たの。持つ人を幸せにする力を持っているって話でね、それを聞いた私はこの森をくまなく探して、結局見つからなかった。その帰り道にあなたを見つけたの。『命の泉』でね」
命の泉。あの泉にはそんな名前がついていたんだ。
「おしゃべりもここまでね」
「・・・そうですね」
ウェアウルフ達が近くまでやって来た。
「ごめんなさい」
「え?」
女性の人はこちらに手を向けると短く言った。
「ウィンド」
強い風が吹き、後ろに吹き飛ばされた。女性の人からどんどん離れていく。
「う、わ!」
そのまま背中から地面に落ちる。強い衝撃に思わず咳き込む。
「痛い」
立ち上がって女性の人の方を見る。すでに複数のウェアウルフに囲まれていた。もう女性の人の姿が見えない。
「・・・・・・」
どうする?どうすればいい?
言う通りに逃げるべきか。
いや、ここまで助けてもらっていて見捨てることなんて出来ない。
しかし、女性の人が持っているような剣を持っているわけでもないし、魔法というのも使い方が分からない。
どうすればいい?
「・・・――――、―――――――――、――――」
勝手に口が動いた。でも、何を言っているのか分からない。
「―――――、――――――」
二体のライカンスロープがこっちに近づいてくる。
「――――、――――――」
怖い。逃げようにも体が動かない。それでもまだ口は勝手に動いている。
ライカンスロープは目の前まで来て、鋭い爪を出し、腕を振りかざした。
「―――、解放」
ライカンスロープは腕を振り下ろそうとして、動きを止めた。
「何してるの!早く逃げて!」
女性の人を相手していたウェアウルフの半分がこっちに向かってきている。
「――――――――」
ふんわりとした風が吹く。一瞬にしてウェアウルフ達がバラバラに刻まれた。
「―――――――」
ライカンスロープが逃げ出した。速い。どんどん遠くへ行ってしまう。
「―――――――」
ライカンスロープは一瞬光を放つと爆発した。
「・・・・・・」
やっと口が止まった。体も動くようになった。
ウェアウルフの死骸をまたいで女性の人の所に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
反応が無い。目は開いていて、棒立ちで剣を握りしめてはいるが、反応しない。
「あ、あの」
「あなた・・・」
ようやく反応した。
「すごいわね!だれに教わったの今の魔法!」
「えっと、分からないです」
なんだか興奮しているようだ。どうしてだろうか。
「すごいすごい!あなたすごいわ!」
「え、は、はい・・・」
女性の人は肩を叩いてきたり、抱きしめたりしてきた。
「あ、あの。そろそろ・・・」
「あ、そうね。この森から出るんだったわよね」
「いえ、そうじゃなくて。なんだかすごく、眠いです・・・」
「え?ちょっと!」
そのまま気を失った。
* * *
赤い太陽。
目を覚ましてそれが最初に見たものだった。一瞬見て、その眩しさに目を閉じ、体を起こして、目を開けて辺りを見渡す。
近くに木製の椅子と机とクローゼット、太陽は右側の窓から見えたもので、今はベッドの上で眠っていたようだ。
「・・・・・・」
ここは部屋だ。しかし、誰の部屋かは分からない。
「・・・・・・あ」
ベッドから立ち上がろうとしたとき、ガチャリと木製のドアが開いた。
「あら、もう起きても大丈夫なの?」
森で会った女性の人だ。どうやらこの人の家にいるようだ。
「はい、なんとか大丈夫みたいです」
「そう、よかった。あ、そのまま座って」
女性の人は椅子を持ってきて隣に座る。
「ここは私の家の客室よ。今は一人で住んでいるけど、部屋だけはたくさんあるから」
「あの森からここまで背負ってきたんですか?」
「そうよ。あ、もしかして何か忘れ物とかした?」
「いえ、そういうわけではないです」
「そう?ならよかった」
・・・・・・。
まだ頭がぼーっとしている。
「あのね、話があるの」
「何でしょうか?」
「あなた、パーティーもいなくて住む場所も無いなら、私とパーティーを組まない?」
「パーティーですか」
「そう。私も一人で行くのは危険だなって分かったし、丁度人手が欲しいと思っていたの」
女性の人はじっと目を見て言った。
「どうかな?もちろん無理には言わないから断ってもいいわ」
「いいですよ」
「知らない人と一緒に組むのは・・・・・・って本当に?!パーティーに入ってくれるの?」
「はい。これからどうしようかと悩んでいたので、とても嬉しいです」
「や、やったー!」
女性の人は立ち上がって喜んだ。とても嬉しそうだ。
「それじゃ、これからよろしくね」
「はい、こちらこそ」
女性の人と握手を交わした。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はアリス・スティール・フィールド。アリスでいいわ」
「はい、アリスさんよろしくお願いします」
「あなたは?まだ名前は思い出せないの?」
「はい」
「でも名前が無いと今後不便になると思うから、今考えた方がいいわね」
「そうですね」
「何がいいかしら?ポチとか?タマとか?」
「何だか犬か猫みたいです」
「じゃあ何がいい?」
「・・・では、ボクと呼んでださい」
「え、何で?」
「いいですから」
「・・・まあいいわ。よろしくね、ボク君」
そう言ってアリスさんは頭を撫でてくれた。
「それじゃボク君、今からお出かけに行きましょうか」
「はい?」
お出かけ?