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その2

 

 次に俺が目を覚ますと、今度は暗い場所にいた。

 壁のひび割れから僅かな光が漏れているので、完全な暗闇というわけではないのだが、これではハッキリと手元も見えやしない。

 凝らして見るとどうやら何処かの一室と言うのは分かるが、やけに寂れて調度品はボロボロだ。

 所々蜘蛛の巣が張っているし、なんだか無駄にだだっ広い。


「ここが異世界か」


 などと呟いてみたが、まだ異世界らしい要素は見当たらない。兎にも角にもとりあえず、外に出てみようと一歩踏み出すと何か柔らかい物を踏んだのがわかった。


 魔王の癖に暗闇も見通せないのか。


 と思いつつ、視線を向けると、それは女だった。

 女が1人横たわっているのだ。

 ボロボロのローブを纏い、目立つ長い銀髪の間からは山羊のような長いツノ。

 身の丈ほども有りそうな杖を握っている。

 一見して人外のそれと分かる風体の女を、どうやら踏みつけてしまったらしい。


「なるほど、これは確かに異世界だ」


 しかしこの女、俺に割とガッツリ踏まれているにも関わらず微動だにしない。もしや既に死んでいるのか?

 相変わらずの暗闇具合でなんとも分からん状態に舌打ちしたところ、足元の感触が一瞬ビクッと動いたのが分かった。


「……あんた、寝てるんじゃないよな?」


「ヒッ…」

 いや、そんなビビらなくてもいいじゃないか。

 確かに今まさに踏んづけている状態は続いているが、別に暴力を振るったとかではないんだぜ。


「なぁ、とりあえず起きてくれないか」


 短い悲鳴を上げた後、それでも動かないのでもう一声かけると、今度は突然起き上がり目深に被っていたローブをぐいっと脱ぎ、先ほどとは違った見事な膝まづきの姿勢をとったが、体はまだ微かに震えているようだ。


 いやビビりすぎだろ。

 どんな関係なのかは依然として分からんままだが、俺ってそんなに理不尽押し付ける奴に転生したのか?

 てか、転生って言うからには生まれ直しのはずだと思っていたが、赤ん坊や子供どころか、この新しい体は既に十分成長しているように感じる。

 確認出来る範囲ではあるが、手足の長さや声の低さは生前の、転生前の体と近いように感じる。


 うーむ、やはりよく分からんな。


 ある程度の成長を経た身体なのであれば記憶に手がかりがあるかと少し考えたが、引き続き何の情報も入っていないハードディスク(脳みそ)をいくらロードしたところで意味は無さそうだ。


「となると、次はこいつか」


 考え事に宙を彷徨った視線を少し落とす。

 膝まづいたまま、こちらを焦りの表情で見上げる視線と目が合った。

 どうやら暗闇にも慣れてきたらしく、この段階になってようやく、女の顔がよく見えるようになってきた。

 改めて上から下まで見てみると、長い銀髪、頭から伸びる角、褐色肌。顔のつくりも大分端正で美形。

 一見すると亜人という奴なのか?

 手には身の丈ほどもありそうな歪な感じの杖を握っているので、魔法とか使えるのかもしれない。

 そんなやつがこっちを、イタズラして怒られ待ちの子供のような表情で見ている。


「あー、まずは踏んづけてすまん」

 まぁまずは謝罪から。


「え!?」


「え、俺なんか変なこといったかな」


 なんだなんだ。

 今度は驚嘆って感じの顔になったぞ。

 もしかしてすまんってこの世界はじゃ謝罪の意味じゃないとか?まさか異世界での「すまん」はフ◯ッキューの類語の可能性が微レ存なのか?


「いえ、変な事は仰られておりません!これまで魔王様よりその様なお言葉を賜われた事がなかったので、少々驚きを隠せなかっただけにございます!」


「そうか分かった。それならいいんだ」


 焦ったぁぁぁ、

 言語に関してはこれまでの知識と余り齟齬はないようだ。これであれば意思疎通に関しても希望が持てる。

 てか、今のやり取り、どうやら魔王とやらへの転生は確実なようだ。そんで、何も知らないが、これまで謝罪の1つも言った事なかったのかこの転生先の魔王は。普通に糞野郎過ぎる可能性あるよね。

 今から転生先変えられないのかな。


「魔王さま!!!!!」


「は、はいぃ!?」


 声デッカ

 転生先がごめんなさいの言えない大人の可能性に、テンション落ち気味の俺に、今度は突然、女の方から話しかけてきた。頭を垂れ、相変わらず体を震わせながら。

 これから聞くはなし如何で、俺の転生先がモラハラ野郎なのかどうかが分かりそうな気配に思わず固唾をのむが、

 果たして、結果は…


「申し訳ありません魔王様!御身の前にあるにも関わらず、惰眠を貪り、あまつさえ私めの汚らしいローブにて御御足を汚してしまいました!この罰は我が一生をかけて償います故、どうか、どうか命まではご勘弁を!!脳髄を生きたまま引きずり出すとか、臓物を釣り糸に魚釣りをすると、何かそういう痛いのだけは本当にご勘弁を!靴とか、あの、床とか、何か何でも舐めますんで!」


 はい確定。

 なんつーの?転生先ガチャ?

 ハズレ過ぎやしません?前世じゃお目にかかった事ないような部類の美人がこんな必死に、浅ましい感じに媚びた目をして謝ることある?

 威厳があるとか厳しいとか、そういうのだったら分かるけどさ、フレンドリーじゃなかったとしても理不尽なのはいかんよなぁ。

 

 今や俺が当事者になってしまった訳なので、フォローの1つも入れるべきなのかも知れないが、それは後にしよう。

 今は兎に角、現状把握が最優先だ。

 何せ俺は自分が魔王とやらに転生したらしいということ以外、ここが何処でなんなのかすら知らないのだから。


 とりあえず目の前の女に名前を聞くと、女の目からは先程のやり取りから追加で溜まった涙が溢れ出し、両手で顔を覆うとさめざめと泣き始めた。


「そうですよね…、側仕えとは言え、私の様な弱小魔族のことなど覚えているはずはありませんよね」


 いや、だって初対面だし。

 転生って転生先のキャラクター性とか対人関係も引き継がないとならんのが厄介だな。

 生物としてのスペックは高い(願望)んだろうし、社会的地位とか?そういうメリットはあるんだろうから、自分で鍛錬を積み上げてこなくても初期条件が優遇されているのはいいが、こういうデメリットもある訳だ。

 あと女っ気が無い俺に慰めるとかそういう機能は付いていない。

 そして今は2度目の宣言で申し訳ないが、状況把握が最優先なのだ。


「長期間眠りについていた後遺症か、記憶が判然としていないようなんだ。申し訳ないがもう一度名前を聞いてもいいかな?」


 長期間眠りについていたってのは、周りの状態で何となくそう感じるので付け加えてみたがどうか…、

 伺うように女の返答を待つと、女は短く、

「アンビーでございます」と答えた。


 ひとまず最初のハードルはクリアしたようだ。

 この感じだと、ここから聞き進めていけば状況把握も問題なく行えそうだなと感じたので、お次は大前提としてこちらの正体というか何と言うか、俺は何なのかを伝えようとしたが、


「ではアンビー、俺はあんたの知る魔王とやらじゃない。いきなりの話で信用できないと思うが俺は転…」


 そこで俺の口は固まってしまった。


「転、とは何でしょうか」


 アンビーは目の前で突如こちらを見つめたまま動きを止めた主人に疑問符が浮かんでいるようだったが、こちらはそれどころではなかった。

 転生者という言葉を発音しようとした瞬間、全身が硬直し、口どころか指ひとつ動かす事が出来ないようになってしまったからである。

 幸い頭の方は止まっていないため、表に出てる表情とは裏腹に内心バチクソ焦ってるのを思考する事は出来るが、そこから先に進めない。

 何故だ。転生者と告げようとしたからか?

 それともタイミングが偶然重なっただけで他の要因があるのか。

 どちらにせよ、ここまで完全な硬直は初めて経験する。どうやれば再び身体の自由を取り戻せるのか皆目見当もつかない状況の中、ふと何か音が聞こえる事に気付いた。

 その音は余りにも小さく、硬直しているとは言え藻掻くように思考を巡らせていた俺では直ぐには気づけなかった微かな音。よくよく集中してみると、それは誰かの声だった。


 ただボソボソとひたすらに同じ事を繰り返し繰り返し囁き続ける声。


「言うな」


 一度聞き取れるとあとは容易く音を拾うことができた。



「その事を口外すれば、この世界にまた1回、ラッパの音が鳴ることになる」



 おいおい急にホラーかよ。

 などと軽口を思い浮かべることが出来るのは心底ビビっていたからに他ならないと後から思い出してみると分かる。


 男か女かも分からぬ声。

 何を言われているか分かった瞬間、この胸がどれ程の高鳴りを発したか、是非、他の誰かにも聞いて欲しいもんだ。

 本気でドキッとすると心臓が痛くなるような衝撃があるんだぜ。


 理由は不明だし、なぜ俺だけに聞こえているのかも分からんが、目的だけはハッキリと理解した。

 俺が転生者であることを開示するのはルールに抵触する行為らしい、と。

 ルールってのが何なのかは分からない。

 しかし転生者のせいか魔王という今の存在の能力なのか、言葉に込められた言外の意味が直接理解できたのを感じた。

 どうやらこの世界にはルールが存在し、俺はそのルールに触れた。だから今の状況に陥ったようだ。

 ルールとやらが他に何種類あるのかまでは感じる取ることはできなかったが、今はそんな事は関係ない。

 このまま死ぬか生きるかであれば、言われた通り、選ぶまでもない。


 生きて先に進むため、その声の主に向かって「言わない」と宣誓した。


 その瞬間、突然硬直から解放された身体はバランスを失って地面へ倒れ込んでしまった。


「ま、魔王さま!?」

 手をかそうとするアンビーを左手で制す。


「大丈夫だ…、少し寝すぎて身体が鈍ったようだ」


 息が絶え絶えになっている。

 相当な負担がかかったようで、長距離マラソンを終えた後のような疲労感を感じる。

 ここまで冗談のような雰囲気で進めてきたが、この世界は俺が余裕をかましていられるほど寛容でも穏やかでもないようだ。


 見極めなければならない気がする。


 この世界がどんなところで、俺が今から否応なく踏み込まなければならない問題がどれ程のものなのか。


「アンビー、この世界の話を聞きたい」


 俺はそう言うと改めて、初めて遭遇している第1異世界人に向き直った。

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