その1
気づくと俺は知らない空間に立っていた。
ただただ白く、壁も天井も存在せず、あると分かるのは今自分が触っていると分かる床のみ。
ボンヤリとする頭で辺りを見回し、少しして思い浮かんだのはある一つの当然の疑問。
何故俺はここにいるのか、
当然の疑問が湧き上がるが、それを導き出すための記憶が俺には存在していなかった。
分かるのは自分の名前のみ。
周防一馬、日本人、それだけだ。
自分の格好を見るに大学生なのだろうか。
バックの中には真新しい教科書とモバイルパソコン。
ポケットにはスマホと学生証。
学生証のお陰で辛うじて自分の身分はわかったが、それ以外に自分を指し示す物はなに一つ存在していなかった。
いや、本当はあるのかもしれない。だが理解ができない。
確実に名前以外の情報が記載されているであろうものを見ても、それがどんな情報なのか、何故か頭に入ってこなかったのだ。
「どうなってんだこりゃ」
この空間に来て初めての言葉を呟くと、それに返ってくる言葉があった。
「あんた、死んだんだぜ」
男のような女のような、とても中性的なその声は上から俺に向けて降って来た。
「死んだ、だと…、そりゃ一体どういう事だ」
上に向かって叫ぶと、今度は小馬鹿にしたような笑い声が空間に響き渡る。
「どういう事ってあんた、死ぬって事の意味すら忘れちまったのかい?そこまで知能が低いと心配だな僕わ」
「意味が分からないんじゃない。その理由が分からないんだ」
「理由だって?そんな事今更知って一体どうするっていうのさ、知ったところでもう生き返れはしないんだぜ?どうせならもっと建設的で前向きな話をしようよ。周防一馬。君の今後の話をさ」
「今後の話?俺は死んだんだろ、今後ってなんだよ」
どういう事だ。死んだ人間は天国か地獄に行くのが普通じゃないのか。
いや、それも所詮は人が考え出した空想か。本当にそんな場所があると証明したやつは今のところ存在しない。
「そう。今君の頭に浮かんだものなんか存在しやしない。あるのは魂の分解と再構成、もしくは転生さ」
どうやってこちらの考えを見抜いたのか。
もしや、良くある思考を見抜くと言うあれなのだろうか。
「何言ってるんだ、そんなのますます有り得ないだろ」
「有り得ない?では聞くが、天国や地獄の存在の有無すら証明すらできない君たち人類が、どうして転生を有り得ないと断定できる?」
確かに。ぐうの音も出ないほどもっともな意見だ。
悔しいがこいつの言う通り、俺にはそれが本当に有り得ない現象なのかどうかを証明する事ができない。なんだったら今この瞬間の状況だって意味が分からない。
ここがどこで、どうやってきて、どうやったら抜け出せるのか、それすら俺には分からない。
唯一知っている者がいるとすれば、それは今会話しているこの謎の存在のみだ。今まで得て来た常識では測れない以上、俺はこの何者かの話を聞くしかないようだ。
「すまない、話を続けて聞かせてくれ」
俺がそう言うと、やつが鼻で笑った音が聞こえて無性に腹が立った。
どうせ考えも読まれているんだろうが知ったことか。
いつか殴ってやる。そう決めた。
「理解が早くて助かるよ。それでは君の今後の話だ周防一馬。君には魔王になってもらいたい」
「は?」
「君がいた世界とは違う世界、そこをぶっ壊すのが君の次の人生さ」
そこで俺の意識は一旦途絶えることとなる。
最後の記憶は、あのムカつく声の主の言葉だった。
「君が殴りにくるのを楽しみにしているよ」