01 喫茶店(きっさてん)
朝日が差し込む窓辺の元、静寂さを掻き消す生活音が聞こえるとある喫茶店の店内。朝早くから来店する客達の世話しない行動の中、店の中には人々の声を始め、幾多の音で空間が形作られていた。目の前で芳醇な香りを漂わせる一杯の珈琲の元、苦くも味わい深い舌触りが特徴的な一品。
そんな店の中での朝食は、普段とは違った感覚さえも覚える時間。何時もであれば自宅で済ませる朝食であったが、その日は少しだけ違う朝となっていた………
「ねぇねぇ視た? 今朝のニュース。」
「あぁ、あれでしょ? 児童施設の園長が、職員を殺した容疑で逮捕されたって話。本当に居るのね、そんなクズな園長。」
「本当よねー 園児達からしたら優しいポジションなのに、職員を殺しちゃうなんて。なんでも『責任者のポジション』が欲しくて及んだ犯行らしいわ。」
「えぇーっ、嘘でしょ!? 信じらんなぁーい!」
朝食時の喫茶店内で賑わう環境音の中、何時もと違う朝を感じさせたのは主婦達の会話だ。旦那と子供を見送り自由な時間を得られる静かな頃合いに、ご近所付き合いの相手と共にする他愛の無い歓談。それは何処にでもあるありふれた光景であったが、その内容は日常から少し離れた部分を感じさせる、世間を喜ばせる事の無いニュースであった。
面と向かって話す主婦達の席から少し移動し、別のテーブル席からはまた別の会話がやってきた。
「そういや最近『衝突事故』が頻発してたが、最近はコロッと聞かなくなったな。」
「リーヴァリィの至る所であったって奴ですね。確か車両のほとんどが『大型車』という話でしたが、結局のところ犯人は捕まったんでしょうか。」
「んや、そういう紙面は見てないな。まぁまだ解決されない事件って事になるのかもしれないが、治安維持部隊も大変だよな。」
「本当ですね。いくら現代都市の治安を守る為に構成された組織とは言え、警察や自衛隊に近い行動を行っているわけですし。若者達が望んで入らない所を視ると、隊員不足とかにならないといいですけどね。」
「あぁ、その辺も気になる所だな。また少し、寄付金に近いモノでも送るとしようか。」
「社長は本当にお優しいんですね。国家組織何ですから、そんなものを送らなくても大丈夫でしょうに。」
「何、汚職事件やら政治資金着服に比べたら安い物だよ。私自身は今の場に付くまでの努力を幾多もしてきたが、その分周りへの貢献はほとんどしていない様にも思えたからな。単なる自己満足さ。付き合わせている君達には、いろいろ申し訳ないがね。」
「いいえ、私達はそんな社長の元で働く事を選んだ者達の集いですので。その使い方をしっかりとご報告なさる部分に、社員一同は心から喜んでおられますよ。」
「そうかそうか、それは嬉しい事だ。」
店内に居る者達の鼻孔を擽る珈琲豆の香りの中、何時もと違う朝を感じさせたのは経営責任者と秘書の会話だ。出社後の外回りへと出た際の一服で立ち寄ったのであろう店の中で交わされる、企業内の利益として出た金子の使い道。社員旅行や別のプランとして使われがちな資金を貢献運動に使おうとする真っ直ぐな意志は、相手の元で働く者達の心を動かし賛同へと変えつつある様だ。マイナスな面をプラスに変えようとする、ほんの少しの貢献運動へと向かう会話であった。
落ち着いた様子で話す二人の席から少し移動し、今度は窓際のテーブルから別の会話がやってきていた。
「そういえばご存じ? 一月程前に起こった『建設現場』での事故の話。」
「あぁ、現場で一人だけ倒れていたっていうサラリーマンの方のですよね。あの方、確か当時は意識が無かったって話でしたけど……」
「そう、その方が先日目を覚まされたそうよ。事情聴取で取り調べを受けたらしいのだけれど、記憶が不鮮明で何も解ってないって話ですの。」
「まぁ、そんな事が? でも、嘘を言っている可能性も否定出来ないんでしょ? 否認とはまた少し違いますけど。」
「それが全部真実らしくて、嘘を見破る術をいろいろ試したらしいのだけれど、全部だめだったって話。本当に一部の記憶だけが無いみたいなのよ。」
「御可哀そうに…… それでは社会に戻るのも大変でしょう。」
「事件に巻き込まれたって所を見ると、本当に悲惨だわ。どうしてそうなったのかしらね……?」
食事を取り終えた客達の使用した食器をウェイトレスが片付ける中、何時もと違う朝を感じさせたのは華美な衣服に身を包む婦人達の会話だ。手元で芳醇な香りを漂わせる珈琲にミルクを注ぎながら話をする彼女達は、過去に現代都市内で報道されたとある事件の後日談を話していた。誰しもが付くであろう『嘘』を見破る術が通用せず、今後の人生をどのように過ごす事になってしまうのか。他人事ではあるが何処か心配な部分がある様子で、彼女達は親身になって考える様に会話を次々と弾ませて行くのだった。
そんな喫茶店内で交わされる少し変わった日常の会話に対し、カウンター席で朝食を取っていた青年はある違和感を覚えていた。
「……何だか、いろいろと事件沙汰だったり未解決の事件となって終わってるみたいだな。創憎主との戦闘は。」
「実際、この事柄を知る事が出来るリアナスは少数派だからね。真実を明かそうにもそれは難しいし、かといって報道しないって言うのも認められないからね。」
「真実を明かせないって言うのは、何でだ?」
「ギラムは僕達が視えるけど、ヴァリアナスの人達には視えないからね。視えないモノ、認識が出来ない事を伝えるのって難しくなかった?」
「あぁー…… 確かにグリスンの事を説明するのも、サインナやマチイ大臣には苦労したからな…… つっても、実際にはサインナはリアナスだったんだけどな。」
「意外と近くに居たって言うのは、確かに驚きだよね。ラクトからはあの人の話はちゃんと聞かされてなかったし、僕も把握してなかったんだ。」
「いろいろと秘密の多い場で働いてるからな、サインナは。ラクトもそれを順守したんだろ。」
「そうだね。」
注文した朝食の乗っていたであろう空の皿をウェイトレスが声をかけた後に回収する中、彼等は背後で聞こえてくる会話に対し現状を把握する様に話をしていた。
彼等が片付けた創憎主の戦闘は全部で三件であり、その内の二つが先ほどの店内で聞こえてきた都民達の会話に関係していた。一人目の創憎主を止めた際に気絶したサラリーマンは治安維持部隊に拘束され、三人目の創憎主に関係した事件は朝日が昇ると同時に真相が公開された。表向きとして報道された内容は即座に都民達の耳に入る事となり、報道からほんの少ししか時間の経っていない今でも会話の種としては十分すぎる内容となっていた。実際にその事件に関与した彼は珈琲の入ったカップに手を付け、静かに飲みながら隣に座る虎獣人にこう告げだした。
「まぁでも、無事に今回の戦いも終わらせる事が出来たのは事実だ。あの園長は逮捕されて解雇、創憎主になっちまった園児は孤児として施設へと送られた。車両の衝突事故もコレで止まったわけだし、一件落着だな。」
「新聞の紙面を大きく飾ってたもんね。夜のうちに解決するって言ってたけど、結構情報の根回しも早かったよね。マスコミって優秀?」
「ココのはそこそこな。もしくは、サインナ自身で特別なルートを使って結果報告を出したのかもしれないしな。朝刊とは別の号外が出されたのも納得いくぜ、こんなに大きなスクープを一日見逃すなんてしないだろうしさ。」
「ハイエナレベルだよね。」
「ある意味な。ご馳走様でした。」
「ありがとうございました。」
リリリン♪
鼻孔を擽る珈琲が手元から無くなると同時に会話を終えると、二人は席を立ち目の前で作業をする店主に声を掛け飲食代金を支払った。手慣れた様子でレジを打ちながらお釣りを手渡すと、店のスタッフ達からの温かい見送りの声と共に彼等は外へと出て行った。普段とは違った朝食に腹を満たされた彼等は満足そうに外へと出ると、背後から聞きなれたベルの音と共に日差しの降り注ぐ屋外へと歩き出すのだった。
「まぁでも、さすがにココまで長期戦となるとさすがに疲れるぜ。徹夜はやっぱりするもんじゃないな。」
「結局、家に帰れたのって夜中の二時頃だったもんね。帰ったは良いけど、ベットは占領されてたわけだし。」
「まさかメアンとイオルが二人して俺のベッドに寝てるとは思わなかったからな……… よく野郎のベッドに寝れるな、アイツ等。」
「ギラムが毎日ベッドメイキングしてるからじゃない? シーツの洗濯は数日おきにやってたし、出来ない日は消臭スプレー使ってたでしょ?」
「汗とかも結構かく方だから、放置すると大変だってお袋が頻繁に変えてくれてたからな。部隊に居た時も自分でやるのが基本だったし、その名残だよ。」
「そう言う意味では、あの人達からしたらギラムのベッドは『ホテルの一室』レベルだったのかもね。清潔感もあって、大きなベッドだし。寝てみたくなるのも不思議じゃないよ。」
「………まさかとは思うが、グリスン。お前俺の留守中に横になったことねえだろうな。」
「えっ!? う、ううん!! した事無いよ!? フィルスターがお昼寝してた時に横になった事なんて、一切ない!!」
「してんじゃねえか。」
「あっ……… ………ゴメンなさい、つい寝心地が気になってしました。スプリングが固くて、ちょっと寝づらかったです。」
「固めのベッドの方が良いからって、無理言ってそっちにしてもらったからな。まぁ良いさ、減るもんじゃないから。」
「う、うん……」
他愛もない会話と共に過去の出来事がバレてしまい、グリスンは落ち込んだ様子でギラムに対し謝罪をしだした。一人暮らしであったギラムは他人を泊める機会に恵まれる事はあまり無く、ましてや居候相手にそこまでの配慮をするつもりは無かったのであろう。ほんの少しの出来心に軽めの説教とフォローを入れながら、ギラムは相手の肩を叩き励ます様に言葉を続けていた。
「そういや、昨日の戦闘で使った武器は大丈夫だったか? 弦とか切れてなかったか。」
「ううん、平気だよ。ちょっと柄が曲がっちゃったかなーって思ってたから、後でゆっくり直してくるよ。」
「直して来るって、何処か修理屋があるのか。この世界に。」
「違うよ、僕達の居るクーオリアスの方。お家に帰れば、それ用のキットがあるからさ。僕達自身が創った物じゃないから、それを使わないと直せないんだ。」
「へぇー 案外特注品だったのか。」
歩道を歩いていた彼等は目の前で赤に変わった横断歩道を視ると、車道と隣接する手前で足を止め、信号機が変わるのを待っていた。昨夜の戦いで半ば疲れていた彼等であったが、自身の都合で世間のルールを破る事をしない辺りを視ると、やはり一人前の大人と言えるべき対応と言えよう。決して赤信号で渡る様な事は、老若男女問わず行ってはいけない事を告げておこう。
良い子は青信号で、確認を行ってから渡る様にしましょう。
「……ぁっ、後ギラムの方も考えておかないとね。」
「考えるって、何をだ?」
「ギラムの魔法発動用武器。今使ってる拳銃とは別ので、多分『長杖』の方が良いかな? それを考えておけば、また今回みたいな敵が現れても対抗出来るはずだよ。」
「あぁ、それの事か。 ……でも俺、空想小説とかはあまり読まない方なんだが…… 絵とかも描けないんだが、どうするんだ?」
「大丈夫、その辺は僕がアシストするよ。何なら、他にそういう道具を使ってる子達を参考にすれば良いんだよ。ギラムは『元の代物を少しアレンジして使う傾向』があるから、きっとすぐに良い武器が出来るよ。」
「………そうか。まぁ、それなら頼むぜ。」
「うん、任せて。」
横断歩道の信号が数分で青へと変わったのを視ると、彼等は左右を確認し車が来ていない事を確認し車道を渡りだした。そして再び歩道へと入ると同時に彼等は話を続け、徐々に寛ぎの我が家がある借家へと近づいてくのだった。初夏の明るくも暑い日差しをたっぷりと浴びながら帰宅するのが、今作の主人公『ギラム』とその相棒『グリスン』である。
「しっかし、朝日も大分眩しくなってきたな。」
「もうすぐ夏だもんねー ギラムは何時も薄着だけど、この時期だと上半身は脱ぐの?」
「いや、さすがにそれはしないぜ。自宅でも肌着だけは付ける様にしてる。」
「何で?」
「うっかり脱いだままコンビニまで行った事があってな…… いろいろ不安がられた。」
「ギラム強面だもんね。」
「うっせっ」
居候として迎えられてから二月ほど経った頃に起こった出来事、それが今回のお話である。
おはようございます、一週間の休刊を頂きました本日、新しい章がスタートとなります。
楽しみに待っていた方もいらっしゃるようで、とても嬉しく思っています。
どうぞ今週からの連載も、楽しんで行って下さいね。