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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第三話・憧れを求める造形体(あこがれをもとめる ゼルレスト)
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33 黒幕(くろまく)

ガチャンッ


「!! ギラム、無事だったんだな!」

「あぁ、心配かけてすまなかったなピニオ。こいつも無事だ。」

「………」

暴走車から一変、開かずの扉と化していた荷台の扉が開かれ再び現実へと戻って来たギラム達。危機感を覚え常に叫んでいたピニオを安心させる様に彼は声をかけた後、隣に立っていた創憎主である少年と共に荷台から跳び降り地面へと着地した。つい先ほどまでのやりとりによってすっかり大人しくなった少年は彼の隣で静かにしており、歯向かう気配は微塵も感じられなかった。

一体閉じ込められていた間に何があったのだろうかと思うピニオを余所に、ギラムは所持していた端末を弄り何やら探し物をしている様子を見せだした。

「それで、その創憎主はどうするんだ。手段としては『処分』だって聞いているが。」

「いや、その手法は使わない事にしてるんだ。とりあえず、今からある場所へサインナ達と向かうために行動したいと思う。ピニオは、サインナ達とは面識はあるのか?」

「いや、ギラムにしかまだ会っていないし会わない様にしてる。本来なら、俺は居るべき存在じゃないからな。」

「そっか、そうなるとココからはまた別行動だな。ありがとさん、ピニオ。」

「こちらこそ、ギラム。」

何やら策があるのであろう彼の言葉を聞いたピニオは返事を返すと、一足先にその場から離れる事を告げ元来た道を戻ろうと歩き出した。そして数歩進んだ後に膝を曲げ、一気に跳躍する様にその場から住宅街の屋根の上へと飛び移り、姿を消すのだった。

バイクで追いかけていた際の人並み外れた身体能力を改めて目の当たりにした少年は隣で驚き、彼が消えた方角をずっと見続けるのだった。

「……変わった人だね、アンドロイドみたい。」

「造られてるって言ってたし、あながち間違いじゃないかもな。 ……とりあえず連絡は取ったから、残りはサインナ達からの情報頼りだな。」

「ところで、何処行くのぉ? 『たより』ってどういう意味?」

「お前さんを追いかけている時に、すでに自殺を図っていたのが解ったからな。サインナ達には『ジジィ』が居る場所を突き止めてもらってたんだ。お前さん、アイツを捕まえたいんだろ?」

「………」

「でも、証拠が無いから大したことは出来ないけどな。それでも、俺は出来る事をお前さんにはしてあげるつもりだ。望む結末まで行けるかは別として、やれることをやろうぜ。 な?」

「………うん、解った。証拠なら、コレを使って。」

「ん?」

今後の行動内容を告げられた少年は返事を返すと同時に肩から下げていたバックに手を伸ばし、中から白くて大きな物体を取り出した。彼がカバンから出したのは包帯に包まれた謎の物体であり、園児達の使うバックの中に到底納まるとは思えない程に大きな代物であった。少年の両手では収まりきらない五十センチほどの物体であり、中間地点で曲がる様に丁寧にくるまれている様にも見て取れた。

渡された物体を見つめながらギラムは受け取り中身が何かを考えるも、すぐに察しが付いたのか再び少年の顔を視ると、相手は静かに頷くのだった。

「それ、足りなかった先生の左腕。僕が持ってるって事は僕が殺したって言われても不思議じゃないけど、たった一つの先生の形見だったかっら。それ、お兄ちゃんに預けるよ。」

「良いのか。大事な形見なんだろ。」

「良いんだ。これで全部が終わるんだったら、僕はお兄ちゃんを信じてみるよ。どんなふうに終わっても、僕はジジィを倒すだけだから。」

「………解った、そうなるまでは俺が預かるぜ。約束だ。」

「うん。」

手渡された大事な形見を受け取ると、彼はトラックから少し離れた場に停車していた愛車の荷台スペースを開け、この場に集う際に用意していたナップサックを取り出した。荷物として携帯していた備品の幾つかを荷台に戻しながら、彼は包帯に包まれた腕を中に入れ、静かに封を締め肩に背負いだした。彼の様子を隣で見ていた少年は静かに見上げていると、ギラムは彼の視線に気づいたのか再び顔を見下ろし、少年の頭を撫でながら「大丈夫だ」と声をかけるのだった。

その後ギラム達一行はサインナ達と相互で連絡を取り、ある場所へと集まる様指示をしだした。連絡を聞いた一同が現場へと向かうまでにと、彼等は先導を切る様に先ほどのトラックと共に現場へと移動を開始した。愛車を荷台に乗せ運転席に乗り込んだ彼であったが、自動操縦の如く移動する大型車に少し戸惑いながら道中を進むのだった。




彼等がトラックに乗り込んでから移動する事、約二十分。都市中央駅近辺のビル街から離れ、住宅街に隣接する車道を北側へと進路を取っていた車は徐々に速度を緩め、とある平屋の屋敷付近で静かに停車しだした。

屋敷は近辺に立ち並ぶ街灯と中から零れる明かりによって外見が見え、ぼんやりとではあるがレンガ造りの屋敷である事が分かった。赤褐色とはまた違うくすんだ灰色の外壁は冷たい色をしており、周辺に整えられた造園の色味ではまだ少し物足りなさを覚える物件であった。乗り込んだと同時に進路を取っていた車が止まった事を確認したギラムは運転席から降りると、遅れて降りようとしていた少年の身体を支え、ゆっくりと地面へと下すのだった。

「……ココが、お前の言ってたジジィの家か。」

「そう、僕のお父さんとお母さんがまだ生きてた時に住んでた家。今じゃジジィの『ざいさん』って奴になっちゃったから、僕の家でも僕の家じゃない場所になっちゃった………」

「………大丈夫、きっと取り返せるぜ。確証は薄いと思うが、信じてくれ。」

「うん……」

玄関先にやって来た少年は寂しそうに呟いたのを見て、ギラムは優しく肩に触れ励ます様に言葉をかけだした。今までずっと一人で過ごして来た少年を何処まで過去の記憶へ近づける出来るかは解らないが、未来へと歩むために最低限取り返さなければならないものがある。その記憶の一部として存在する豪邸の前で決意を固めた彼は静かに立ち上がると、少年を隣に置いたままインターフォンを押し、静かに門を開けながら敷地内へと踏み入り屋敷の扉を叩き出した。



ドンドンドンッ


「夜分遅くに失礼します。園長先生は御在宅でしょうか。」

少し勢いがあるのか彼の力が強いのか、半ば近隣にまで響く勢いでギラムは扉を叩いていた。その力の込め具合がどんな意味をもたらされているのかは解らないが、彼の意気込みが反映された音のようにも思えた。

そんなノックをしてから数十秒後、中から鍵の開けられる音と共に扉が開かれ一人の老人が姿を現した。

「……何だ、こんなに夜遅くに。見知らぬ客人など私は所望してないぞ。」

「はい、お時間をかけません。この子に見覚えはありますか。」

「ん? ……ぬぉおっ!! ダイ!!」

「………」

半ば不機嫌な雰囲気丸出しのまま話し出す老人に対し、彼は節度ある態度と共に少年を老人の見える場へと移動させた。明かりによって見える少年の顔は老人とはまた違った不機嫌な顔をしており、お互いに嫌味に対しては素直な表情をさらけ出す様にも思えた。しかしあくまで血の繋がりの無い二人であり、表舞台では『縁組を交わした家族』でしかない。

「何と! ダイを見つけて来てくれたのか!? これはこれは、先程は失礼しました。ダイの命の恩人でございましたか。」

「いいえ、礼には及びません。彼の家がココだと教えてくれたので、自分はその際の道中の警護をしてきただけです。」

「そうでしたかそうでしたか、いやいや失礼をしました。ダイ、こちらへ来なさい。」

「………」


ギュッ


「おやおや、久しぶりの家で恥ずかしがっているようですな。手間をかけさせてすみません。」

「いえ、平気です。 ……後、別件でもう一つ貴方にお尋ねしたい事があります。」

「はいはい、何なりと。」

その後態度が急変した老人に対し返事を返すと、ギラムは背負っていたナップサックを肩から降ろしつつ、真っ直ぐに相手の顔を視ながら問いかけた。隣に立っていた少年が自身の身に着ける衣服を掴んでいるため大きくは動けないものの、それでも十分すぎる眼光が相手へと向けられるのだった。

「そちらの幼稚園に勤務していた『スエナガ先生』という人物はご存知ですか?」

「………あぁ、彼女の事でしたか。不幸にも殺人鬼に狙われてしまったと事件で知り、とても惜しい人材を亡くしたと登園でも話しておりました。葬式にも出席し、線香もあげましたです、はい。」

「はい、とても無残な事故であったと聞いています。そして、今回これを届けにあがりました。」

「ん?」

この場へとやって来た経緯に対して静かに説明すると、彼は荷物から先程渡された肩身の品である物体を提示した。一見しただけでは何か分からない品だったため相手は不思議そうな眼差しを向けており、その辺りは想定の範囲内である反応であった。しかし先程までの上機嫌な雰囲気が、相手から徐々に欠落しているのが後の口調で理解できた。

「何だね、コレは。」

「発見された事故現場に残されていなかった遺留品である、彼女の左腕です。」

「なんと!! ……ではまさか、お主が彼女を殺めたというのか!?」

「違うっ!! 先生を刺したのはこのジジィだ!! お兄ちゃんは何も悪くない!!」

「ダイ! 口を慎まんか!! 何故私が勤務していた彼女を刺さんといけないんだ!」

先程までだんまりを貫いていた少年は不意に口を開くと、老人は相手の発言を遮る様に叫びだした。

はたから見れば少年を保護して親元に連れてきたギラムが殺人鬼の正体にも見えるが、実際の所はそうではない。少年の発言権が大人達に通用するかと言えば(いな)であり、世間体的にも地位的にも強い位置に居る老人の発言は強く、このまま話が進めばあっという間に返り討ちといっても過言ではないだろう。だがそれをさせないために居るのが、今の彼であり彼等の仲間達であった。


「その件につきましては、私達からご説明しましょう。」

「?」

玄関先での口論に等しい発言を耳にしてから、わずか数秒後の事だった。彼等の元に凛とした口調を放つ美麗な女性と、清楚でありながら可憐な雰囲気を漂わせる女性の二人が彼等の元へとやって来たのだった。さらに細かく補足を付け加えると、一部の存在達にしか認識出来ない獣人達三人の姿もその場にはあった。

「何だね、次から次へと。」

「サインナ、間に合ったか。」

「えぇ、少し来るまでに手間取ったくらいよ。『チョウ・グミライ』さん、貴方は先代の園長のご子息である『ダイ』さんの、養子縁組を自ら名乗りをあげていたそうですね。」

「あぁ、その通りだとも。園長夫妻が残念な事に病を患い倒れたと聞いてな。いてもたっても居られずに名乗りを上げ、この場所を引き継がせてもらったのだ。だから、今は私が園長だ。」

「そう、現在の園長は確かに貴方です。ですが、園長に相応しい人材は他にも沢山いらっしゃいました。残されたダイさんの将来の事もあったため、当時の事に携わった弁護士の方は『彼を養子縁組として保護する者を園長として任命する』事を遺言として伝えました。ゆえに、貴方はそれを選んだと同時に『園長の座が手に入る』という事になりますわね?」

「おいおい、ちょっと待ちたまえ。いくら私にメリットが多いからと言って、ただそれだけのために彼を縁組にするなんて変な話ではないかね? それでは私が偽の『親になった』と言っているようでは無いか。言いがかりはよしたまえ。」



「いいえ、言いがかりではありません。」


「……何だと?」

経緯の確認と共に簡単な推理を提示したサインナの発言に対し、園長である老人はそう答えながら相手を小馬鹿にするように返事をしつつ苦笑しだした。あたかも仕組まれた園長の座に付いた自身を追い詰めようと言わんばかりの発言ではあったが、何処か明確さの欠ける指摘だったため笑いが込み上げてきた様だ。そんな相手の様子を視ていた彼女は特に表情を歪める事無く見ていると、隣に立っていたもう一人の美人が前へと歩き出した。

相手の発言を覆す様に告げた言葉と共に彼女が手にしていたのは、真空状態を保つことが出来るパックに収められた一つのナイフであった。現代都市の何処の店でも入手する事の出来る食品用バックの中に入っていたナイフの刃先には、切った際にこびりつき酸化の進んだであろう赤褐色の血痕が付着していた。

「本日、私の元に届いた品です。これはあの時の事故現場には残されず、かつ世に見つからなかった『凶器』です。こちらの品は、ある方の貸金庫に眠っていた品。チョウさん、貴方の指紋が確認されております。」

「言いがかりだ!! そんな刃物は何処にでもあるし、私の指紋など付けようと思えばいくらでも付けられる! 誰かが勝手に付着させただけに決まっているだろう!! 何だね君達は!?」

「俺達は『現代都市治安維持部隊』の者だ。現代都市リーヴァリィの治安を維持し、かつ護る為に結成された部隊。」

「この世界の悪に対する制裁措置、それは私達の職務であり義務である。隠ぺいされた事実を世に知らしめ、悪を残す事を許さない者達の集いよ。」

「そして私は、その方々の補佐を行いました者でございます。」

「クッ……治安維持部隊だと……!!」

その場にやって来た一同が民間人では無い事を知った老人は表情を歪め、恐れを抱いたのか数歩下がる様に身構える体制を取りだした。あからさまに入ったのであろう一撃を目視したギラムは、状況がこちら側に向いてきたことを理解し内心は少し落ち着きを取り戻しつつあった。自身一人では難しかった事実の提示は、強力なサポートがあってこそ実現へと一歩ずつ進める事が出来るため、とても心強い仲間達がその場に揃っている事を彼は改めて理解するのだった。

そんな覆されつつある事件の真相を目の当たりにしていると、ギラムは自身の後ろ側から静かに歩み寄る一つの気配を感じ取った。軽く視線をずらし誰なのだろうかと確認すると、そこには黄色の体毛で覆われた存在の顔が視界へと入り込み、手元を覗き込むように首を伸ばしている様子が映っていた。

「ギラム、それは何?」

「グリスン。これは創憎主の少年がこの時までずっと大事に持っていた『先生』と言っていた相手の左腕だ。包帯ぐるぐる巻きだけどな。」

「そうなの? でもそれ、僕がギラムに渡した『クローバー』と同じ感じがするよ?」

「えっ?」

やってきた相棒からの発言を耳にした彼は軽く驚いていると、グリスンは彼の前へと移動し丁寧に包帯を取り除き出した。しばらくして中から顔を出したのは、美しくも細身なシルエットが特徴の女性の左腕であった。まるで義手の様に美しい状態のまま残された腕は二の腕からきちんと残されており、肩から綺麗に切り落とされた事が分かる状態で保存されていた。

しかしそんな腕には目もくれずグリスンが着目したのは腕から先に繋がる左手であり、掌には一つの四角い物体が握られれている事に彼等は気が付いた。精密機械と思われる四角い物体は白いボディが特徴的な録音機器であり、スピーカーの内蔵された携帯出来る代物のようだった。そしてそんな物体に対し、ギラム達はある機械名が頭の中に浮上した。

「……『ステムハル』みたいだな。コレ、見覚えあるか?」

「ううん、しらなぁーい。」

「中、何か録音されてるみたいだよ。」



「……チョウさん、コレには見覚えありますか。」

「ん? 何だねステムハルなぞ取り出しおって。私は知らん。」

「………」

彼から告げられた言葉を耳にしたサインナは代弁するかのように相手に質問するも、どうやら相手も認識していたモノではない事を証明するかのような発言が帰ってきた。余り証拠物件としては強くはないのであろうと思い一同が沈黙しかけた、まさにその時だった。



《いいえ、私は貴方を逃がしません。》


「!? その声……! スエナガ!!」

彼等の居た場に聞き覚えの無い声色が突如流れ出し、老人が動揺する台詞が飛び出したのだ。声と発言を耳にした一同は声の発生した方角へ目を向けると、それはつい先ほど姿を現した『ステムハル』である事が分かった。誰かが聞きに触れた訳でもなく流れ出した音声に彼等は驚くも、中からはあたかも『誰かが居る』かのように声が続けて発せられ続けた。

《園長先生、私は全てを知っています。貴方が私を殺した後、無残にも肉片に変え河原へと捨てた事。そしてその時の凶器を隠蔽する様指示した、顧問弁護士の方に隠させたこともです。》

「んなっ!!」

《このステムハルには私を殺した際の声、そして弁護士のやりとりが全て録音されています。治安維持部隊のお兄さん、お姉さん。どうかダイちゃんを助けて下さい。そして、彼を捕まえて下さい。証拠は全て、私が用意してあります。》

「スエナガ先生と仰いましたね。全て、ですね?」

《はい、全てです。》

「………どうやら、コレを元に事件を洗いなおせばすべてのボロが出て来そうね。チョウさん、貴方には『殺人未遂』として私に同行していただきます。よろしいですか?」

やり取りを続け可能な限り証拠が提示されることが判明すると、サインナは静かにルージュの魅かれた口元に笑みを浮かべつつ、相手に任意同行を求めだした。しかし相手からは即座に返事が帰って来る事は無く、わなわなと肩を震わせており完全に八方塞がりとなってしまっている事を身体で表現しだしていた。

一同も完全に勝利を確信しようとした、次の瞬間だ。



「そんなのを……! するわけが無いだろうがぁああーーー!!」

「!! 危ないギラム!!」

事実があかるみに出る前にと、老人は懐からドスを取り出し少年の隣に立っていたギラム目がけて刃を向けだしたのだ。それを視たグリスンは慌てて武器を手元に出し攻撃を阻害しようとするも、相手の動きは早くとてもではないが間に合わないかもしれないと希望が薄れかけていた。周りに立っていた仲間達もそれぞれで刃に対する対抗措置を取ろうと手を伸ばす者も居たが、それよりも先に一つの腕が行動を開始しているのだった。



ガシッ!


「なっ!!」

「……無粋な物を、ガキの前で見せつけるんじゃねえ!!」



ガスンッ!!


「ぐぁああっ!!」

老人の手に伸びた腕の正体はギラムの右手であり、証拠と化した左腕をしっかりと自身の左腕で抱えたまま相手の動きを阻害し、捕まえた腕を返す様に右手で殴り掛かったのだ。突如帰って来た腕と拳のダブルパンチを受けた老人はのけぞる様に後ろへと倒れ、握っていた凶器はそのまま足元へと落下し転がるのだった。

「この恥さらしが……!! お前みたいな大人が居るから、子供や他の奴等からの信用がガタ落ちするんじゃねえか!! 自らの居る価値さえも見出せない、コイツの様な子供をたくさん世に吐き出すつもりか!!」

「ッ………」

「コイツにとって大事な先生を殺しておきながら、お前みたいに堂々と世間の役に立っている様な立ち居振る舞いを見せつける奴を見てるとイライラするんだよ!! 平然と世の中を出歩く悪人なんぞ、全部始末しちまいたいくらいにだ!!」

「お兄ちゃん………」

「悪いのはコイツじゃねえ、お前の方だ!! ……サインナ、たっぷり絞ってやってくれ。」

「えぇ、もちろんそのつもりよ。チョウさん、殺人未遂および暴行障害の容疑で現行犯逮捕します。聴取は追って担当の者が行いますので、覚悟していて下さい。」

「クッ……… 何てことだ………」

突然の返しと共にやってくる説教で喝を入れられたのか、サインナは行動を見逃さない鋭い物言いで相手を一喝しその場で現行犯逮捕になった。事件事故よりも先に手を出したことが決め手となった今回の事件は、遅れて到着する治安維持部隊達の手によって静かに幕引きへと導かれるのであった



「さてと、こんな感じの結末なんだが…… どうだ、今でも死ぬって言うか?」

治安維持部隊の特別車両が照らすランプが周囲に警告を促す中、ライトを尻目にギラムは少年へと告げだした。発言を耳にした少年は静かに首を横へと振り、彼の顔を見上げる様に眼差しを向け続けていた。

「全然満足だよ。ジジィは倒したし、オッケー お兄ちゃん、すっごいカッコよかったぁー」

「そっか、そいつは良かったぜ。」

「『悪人全員を始末する』って言うのはちょっと無理だと思うけどね。でも、お兄ちゃんなら何だかできそうな気がする。困ってる人を助ける事なら、なんだってね。」

「これでも、一応傭兵だからな。そう言ってもらえると嬉しいぜ。」

「うん、頑張ってぇ。」

無事に目的を果たしスッキリとした表情を見せていると、少年は肩紐の付いたバッグを静かに降ろしギラムへと差し出した。園児達が使用する黄色いバッグは小ぶりだがそこそこ大きく、ギラムの掌から少し零れる程の大きさであった。

「コレ、僕のクローバー お兄ちゃんに渡すよ。」

「良いのか?」

「うん、もうあのお遊びをする理由ないもん。先生は僕の事を護ってくれて、ジジィは捕まった。なら、僕のゲームはお終い。それ、もういらないから。」

「………解った、遠慮なく貰っとくぜ。サインナ、コイツはこれからどうするんだ?」

「とりあえず縁組は解除されるから、しばらくは『孤児』として施設へと送られるでしょうね。あの児童施設はしばらく機能しないから、肩書も撤回。普通の幼児って事になるわね。」

「そうなると、また見知らぬ環境へ抛り込まれるってわけか。俺は何もしてあげられないが、大丈夫か。」

「うん、何とかなるんじゃないかな。お兄ちゃんの言葉を使うなら『結果を視てから後悔する』よ。」

「そっか、じゃあ安心だな。」

逃走劇の前に約束していた代物を渡されると、彼は了承しつつ今後の事を確認しだした。するとすでに決まっている部分と不明確な部分がある事を説明され、少年はその辺りを理解している様子で彼に返事を返していた。何処となく解らない部分はあれど、前向きに生きて行く気持ちが整っている様にも思える口振りであった。

少し言い方を変えると、おませな少年に成ったと言えよう。

「ギラム、アレ忘れてるよ。」

「ん? ……あぁ、そっか。この記憶は消さないといけないんだったな。」

「うん。安心して、先生とのいい思い出はちゃーんと残るから。」

「解った。ダイ。」

「何? お兄ちゃん。」

「俺が出来る最後の始末だ。お前はこれからしばらく眠って、夢から醒めた後の現実でまた生きるんだ。」

「夢? じゃあ、遊んでた事は夢って事になるの?」

「そういう事だ。魔法はもう使えなくなるから、本当に夢だな。その間、先生がずっとそばに居てくれるはずだから、何も心配はいらないはずだ。」

「………うん、解った。お願いします。」

「素直で良い子だ。 ……大丈夫、これからも先生はそばに居てくれるぜ。良い大人達に、これから出会えると良いな。」

「うん。 ………」

その後覚悟を決めた様子の少年は静かに眼を瞑ると、グリスンは優しく少年の両腕に手を触れた。最後の最後まで寂しくない様にと思う彼なりの優しさである事を確認すると、ギラムは右手に愛用する拳銃を召喚し静かに安全バーを降ろした。慣れた様子で相手の額に照準を合わせると、彼は静かにこう告げた。

「………ゆっくり、休みな。」



バシュンッ……!!


彼は言葉を告げると同時に拳銃のトリガーを引くと、少年の額に静かな衝撃波が走りだした。それによって反り返る彼をグリスンは優しく受け止めると、相手は気絶しとても安らかな表情を浮かべていた。全てから解放されたかのような、安らかな寝顔であった。

「……そう、これが貴方のやりたかったことなのね。とても回りくどくて、平和な解決策だわ。」

「嫌いか? こういうのは。」

「愚問ね、何度だって言うわ。貴方にしか出来ない事であり、貴方の望んだ結末。私は何も否定はしないわ。」

「それなら安心だ、後は全て任せちまうが。良いか?」

「もちろん、今夜中に全て片付けて見せるわ。貴方は彼女を送ってあげなさい。」

「あぁ、了解だ。」

そんなギラムの行う創憎主への最後の始末を見届けたサインナは、軽い皮肉も込めた賞賛の言葉を彼に告げだした。彼女自身はやるつもりのない終わり方を視るも、それでも彼を否定する事のない所を視ると、内心は満更でもない様にも見える口振りであった。これから別行動を取り事件の真相を導くためにも、まだまだ彼女には仕事がたくさん残っているのである。

その後少年の身柄と共にその場を後にすると、治安維持部隊の車と共に彼女はその場を去って行くのだった。

「アリンも遅くまでありがとな、長々と。」

「いいえ、大丈夫ですよ。連絡がある少し前まで休息を取っていましたし、私も早めに戻りお父様を安心させなくてはなりません。」

「そうなると、俺が歩いて送るよりもスプリームに任せた方が早いかもしれないな。スプリーム。」

「あぁ、別れてからでもそうするつもりだった。察しが良い所を視ると、やっぱりお前は普通じゃないな。ギラム。」

「それは褒め言葉として受け取っておくぜ。お疲れさん。」

サインナ達を乗せた車の後姿を見送り終えると、ギラムはその場を振り返りながらアリンとスプリームに今夜のお礼を述べだした。結局のところ日付を跨ぐ手前の時間まで彼女を付き合わせてしまった事もある為、彼なりに心配していた部分もあったのだろう。一足先に戻る事を優先しスプリームに後を任せると、彼は了承しアリンをお姫様抱っこで抱え出した。安定感のある抱え方をする彼に重心を預けながら手を振った後、二人はその場を後にするのだった。

次々と仲間達がそれぞれの場へと戻るのを見届けると、ギラムはその場で両腕を伸ばしながら一息いた。

そして静かに腕を下した後、隣に立っていた相棒に声をかけだした。

「グリスンもありがとな、また一人。創憎主を止める事が出来たぜ。」

「ううん、ギラムがすっごい頑張ったからだよ。歌で都市の人達も全員静かにしててくれたから、尚更良かったかな。結果オーライ?」

「バイク音と一緒だったが、ちゃんと聞こえてたぜ。本当にありがとな。」

「うんっ」

一人一人へ対する感謝の気持ちを言葉にすると、グリスンは嬉しそうに笑顔を浮かべだした。今回もまた無事に戦いを終える事ができ、彼の使っていたクローバーの回収もする事ができた。世界を変え得る脅威がまた去った事を理解すると、ギラムもまた笑顔を浮かべ共に終戦した事を喜ぶのであった。


長く更新しておりました『憧れを求める造形体』は、今回の更新をもって終了となります。次回の更新はお知らせした通り一週間の休みを挿んだ二週間後、6月4日に更新いたします。

どうぞお楽しみに。

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