32 残虐(ざんぎゃく)
「……駄目だな、完全に閉じ込められた。ちっとばっかし油断してたか………」
創憎主の作り出した暴走車を無事に止める事に成功するも、一瞬の隙を突かれ荷台に閉じ込められてしまったギラム。夜の闇とはまた違った暗闇の中で、彼は一人入口であろう扉を体重をかけて押したり引いたりと脱出を試みていた。しかし扉は開いた際とは違っており、ビクともしない状況が続いてた。
仕方なく彼は脱出を一度中断し、何か他に出られそうな場は無いかと辺りを見渡し始めた。だが周囲から光が漏れる様な場所も無く、彼は軽く落ち着いた様子で右手を顎元に移動させ考える仕草を取り出した。そしてその時、彼はある違和感に気が付いた。
『……ん? 照明も何もないのに俺自身の姿だけは見えるなんてな…… どうなってるんだ、この車内は。』
彼はふと周囲の闇に負けじと、自身の姿だけは認識で来ている事に気が付いた。普通であれば闇と同等の光量でしか見えない身体は外と同じように認識で来ており、自身の軽く日焼けした肌が見えていたのだ。足元を良く視ると靴の色まで見える始末であり、一体どういうことなのだろうかと彼は考えていた。
そんな事を考えていると、彼の前が徐々に明るくなり始め視界が少しずつ揺らぎだした。段々とぼやけていた空間が鮮明になっていくのを見ていると、そこには彼の知らないリーヴァリィでのやりとりと思われる風景が描写され始めた。
明るい日差しの降り注ぐ昼下がり、住宅街に囲まれた一角にある大き過ぎず小さ過ぎない一つの施設。その場所は幼児達が通う保育用施設であり、平屋のカラフルな屋根が特徴的な場所だった。クリーム色のペンキで塗られた外壁は優しく、柵越しに見える場には彼よりもとても小さな園児達が無邪気に遊びまわっていた。空色のスモックを身に纏った少年少女達は思い思いの過ごし方をしており、それに付き添う保育士であろう大人達は楽し気に遊びに付き合っていた。
『幼稚園……だな。でも何処の……】
「せんせぇーいっ」
【?】
突如描写された空間に響き渡る一声を耳にし、彼は声のした方角に目を向けた。そこには桃色のエプロンを着用した女性保育士の元に駆け寄る一人の園児の姿があり、無邪気に駆け寄り相手の手を掴んで何処かへ案内しようと手を引っ張っていた。子供らしく遊びたくてしょうがない、そんな風にも見える可愛らしさがあった。
「早くぅー こっちこっちー」
「ほらほらダイちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫よ。タイヤさんは同じところで待っててくれますよー」
「良いの良いのっ 先生と早く遊びたいんだもーんっ 急いでタイヤさんの所に行かなくっちゃー」
「はいはい、解りましたよ。」
ダイと呼んでいた園児に語り掛ける様に女性は言うと、歩調を合わせながら相手が転ばない様気を配りつつ歩いていた。軽く中腰になってしまいそうな身長差を気にしない園児は、一生懸命に車輪の埋め込まれたスペースへと向かっており、その場に到着すると園児は早速と言わんばかりにタイヤの上へと登り始めていた。そんな園児の姿を見ていた彼は、ふとある事に気が付いた。
【あれって……創憎主か? ……って事は、コレは奴の記憶の回想…… 夢みたいなものか?】
楽し気に遊んでいた少年は無邪気に跨り、その場で跳んだり飛び下りたりを繰り返していた。傍で見守っていた保育士の女性はそんな少年に対して笑顔を向けたまま見守っており、時折彼が登る為の補助をしてあげたりと面倒を見ていた。どうやら二人は大の仲良しの様子で、他の園児達に見向きもせずに心行くまで遊んでいた。
【あの先生が、少年が創憎主となったトリガーになった相手か…… って事は、奴の言う『ジジィ』って言うのは……】
「あぁ、そこに居らっしゃいましたか。スエナガ先生。」
「? こんにちは、園長先生。」
【?】
そんな二人だけの空間を割って入って来たのは、年老いた男性の声だった。やって来たのは初老の男性であり、女性とは違いこちらはスーツに身を包んだ相手だった。声の主を視た女性は振り返りながら立ち上がり、相手の元へと向かって静かに歩いて行った。残された少年はタイヤの上に乗ったまま二人を見上げ、何を話しているのだろうかと不思議そうな眼差しを向けていた。
その後二人は彼から遠くも近くもない場へと移動し、内密そうな話をし始める光景が映し出された。彼等の様子を見ていたギラムはその場から移動し、少年の座るタイヤから一番近い柵越しへと移動した。少年の後姿は少し寂しそうであり、彼女が戻るのが今か今かと首を長くして待っているのが見て取れた。その時だ。
【あの日を境に、僕は先生と一緒に居るといつもあのジジィが先生を呼び止めてた。僕から先生を取り上げて、そして遠くでずっと話を続けていたんだ。】
『? 声が……』
描写されていた空間内の声とは違った声を耳にした彼は、不意に来た声の主を探そうと辺りを見渡した。
しかし相手の姿は何処にも視られず、彼は誰の声なのだろうかと耳を傾けだした。
【先生は他の皆とも楽しそうにしていたけど、僕は皆とは仲良くなれなかった。皆と遊んでいた時も楽しかったけど、先生と居る時の方がずっとずっと楽しかったんだもん。他の誰も欲しくなかった。でも、あのジジィはそれを許してくれなかった。】
段々と感情の込められて行く声を聴いていた彼は静かに視線を下げ、その場に残されていた少年の後ろ姿を目にした。喋り方や声のトーンから記憶の中を探し回っていた彼の眼に映った相手は、何処か当時の記憶を語る様にも思える話し方だった。
そして彼はある事に気が付き、再びやって来る声に耳を傾けだしていた。
【先生はいつもいつもジジィに呼び出されて、僕から見える先生の背中越しに何かを叱りつけている事がわかって来た。僕から見えない様に??りつけて、脅しをかけていたんだって解った。だから僕はジジィが嫌いで、近寄ってきても僕は逃げていた。先生をいじめるヒトなんて、大っ嫌いだったから。でも、ある日……】
語り主の見えない声が徐々に薄れていくのを感じていると、彼は瞬きをしたその瞬間描写が少しだけ切り替わった事に気が付いた。先程まで映っていた先生と呼ばれていた女性の姿が不意に居なくなっており、その場にはタイヤの上に座る少年の姿しか映っていなかった。一瞬の事だったため軽く驚くギラムであったが、改めて回想である事を想いだし落ち着きながらその情景を見つめていた。
【先生は幼稚園に来ない様になって、僕と遊んでくれる人が居なくなった。気付けばジジィは楽しそうに皆と遊んでいたけど、僕は全然楽しくなかった。他の先生達は僕の事を見向きもしなかったし、僕は一人ぼっちになっちゃったんだ。】
誰にも見向きも去れない少年の後姿は小さく、女性の帰りを待ち望んでいた時とは違った大きさの様だと錯覚してしまいそうな程に縮こまっていた。良く視るとタイヤの上でうずくまってしまっており、内向的になり他人を寄せ付けなくなってしまったと言っても間違いではない姿と成っていたのだ。
施設へと通って月日の経った園児とは思えない姿であり、無垢な心に傷をつけられた瞬間なのだとギラムは感じていた。内心哀れに少年の事を見ていると、不意に相手は動き始め何処かへ駆け出していく姿が映し出された。
そして再び瞬きをした瞬間に描写が切り替わり、今度は事務机が幾多も置かれた場へと切り替わった。掲示物や備品が置かれていたその場は『職員室』だろうと彼は理解していると、不意に部屋の扉が小さく開かれ、再び閉じる光景が映し出された。
【だから僕は、先生達が居ない隙を見計らって部屋に入り込んだ。そして先生の連絡先を見つけ出して、その場から電話をかけたんだ。先生の声が、早く聞きたかったから。】
『職員室のファイルから電話番号を知って、その場からかけたのか。 ……アイツ、それだけ先生が大好きだったんだな…… 唯一の遊び相手が居ないんじゃ、何も楽しくないのは当然だ。』
再び視界に入り込んだ少年は一生懸命に椅子へと登ると、机の上に置かれていた幾多のファイルを開き探し物をする様に一つ一つ確認していた。しかし文字が上手に読めない年頃であった彼がどうやって読めたのだろうかと、ギラムは不思議に思い相手の傍へと近づいた。するとそこには『職員用緊急連絡先』と書かれており、少年は名前の隣に書かれていた『組』の名前を頼りに相手の電話番号を探している事に気が付いた。ご丁寧に書かれている所を視ると、新人の人でも分かるように施された工夫なのだろうと彼は思った。
電話番号を突き止めた少年は椅子の上から机に膝を乗せ、その場に置かれていた固定電話に手を伸ばし受話器を手にした。半ば慣れた手付きで電話番号を押す所を見ていると、コレも大人達を観察して覚えた結果なのだろうと改めて少年の優秀さに驚くギラムなのだった。隣越しに聞こえてくる電話のコール音を聞いていると、通話が繋がり会話が始まった。
《はい、もしもし。スエナガですが……》
「ぁっ、せんせぇーいっ! 僕だよーっ」
《えっ? ダイちゃん?? その電話……まさか幼稚園の??》
「うんっ! 内緒で借りたんだー 先生ー また一緒に遊ぼうよぉー 僕つまんなーい。」
【電話越しに聞こえる先生の声はとっても明るくて、僕の気分が一瞬で晴れた様な気がしたんだ。僕は楽しくてたくさん話をして、先生のお家に遊びに行く事になったんだ。先生が幼稚園の近くまで迎えに来てくれる事になって、僕と遊んでくれるって約束してくれた。】
大好きな相手との連絡が取れた事に嬉しかったのか、満面の笑みで話をする少年は晴れ晴れとした気持ちでやりとりをしていた。普通に見ていれば机の上で正座になって会話をする幼児の姿なのだが、経緯が経緯だったため彼としても何となくホッとしてしまう瞬間のようにも思えた。
その後描写は目まぐるしく変化し、写真を集めたスクラップブックの如くシーン毎に風景が変わって行った。先生の自宅と思わしき部屋の風景の時もあれば、はたまた外へと出かけたのであろう遊園地の様な場で遊ぶ風景も描かれていた。二人はとても楽しそうにしており、本当に仲が良いんだとギラムは理解し微笑ましくその風景を見守っていた。しかし次の瞬間、そのシーンは徐々に色味を失い徐々に時間が止まるかのように停止して行った。
「貴様は何をしでかしてくれたんだ!!」
【!?】
風景とはミスマッチの罵声による声を耳にした彼は驚き振り返ると、そこにはまた別の風景が描かれていた。そこはどうやら夕刻を迎えた幼稚園の一室の様であり、壁には園児達が作ったであろうお絵かきの掲示物が所狭しと飾られていた。しかし個々の荷物置き場には荷物は無く、どうやら人気が去った時刻の様にもうかがえた。
「私からその子を奪うつもりか! その子は私の元に送られた子供なんだぞ!!」
「ですがっ!! この子は園長と居る事を望んでいません!! 子供が望まない場所へと、亡くなった親御さん達が送るとお思いですか!?」
『亡くなった……?』
「ふざけるな!! そんな理由如きで私からその子を奪われてたまるか!! 折角手に入れた『園長』という立場を、私から剥奪させるつもりなんだな!? そうなんだな!!」
「立場なんてどうだっていいんです! 大事なのはダイちゃんの将来の事なんですよ!? どうしてこの子の未来の事を考えて、たくさんの機会に触れさせてあげようとしないんですか!!」
「言い訳は聞き飽きた!! その子を渡すんだ!!」
「嫌です!! ダイちゃんは私が育てます! 私がご両親の代わりになります!!」
どうやら一触即発の揉め事が起こっている事を理解すると、彼は対立する二人の様子を見始めた。部屋の入り口側に立っていたのは園長と呼ばれていたスーツの男性であり、凄い剣幕で怒鳴っているのか眉間にたくさんの皺が寄っていた。変わって掲示物側に座り込む形で背を向けていたのは保育士の女性であり、壁際に創憎主の少年を隠しながら必死に説得する様に叫んでいた。ちょっとやそっとではない月日の間に膨れ上がった問題の様子で、ギラムはどうなってしまうのかと心配そうに見ていた時だった。
「その子供を私から奪うと言うんだな……!! だったら貴様には消えてもらうしかあるまい!!」
ガチャンッ!
【なっ!?】
「クッ!!」
「先生!」
不意に園長は手元に滞納式の包丁を取り出し、二人に対して突きつける様に刃を向けだしたのだ。それを見かねた二人は危機感を感じ身をこわばらせ、少年は必死に女性の事を呼んでいた。
「もう一度だけ問うぞ…… 渡せ……! 今すぐにだ……!!」
「死んでも……嫌です!! この子は私が守って見せます!!」
「ならば……お望み通り死なせてやろう!!」
【マズイ!! 逃げろ!!】
危機感を感じたギラムは慌てて男性の手にする包丁に手を伸ばそうとするも、回想だった為手はすり抜け刃は女性に向けて振り下ろされた。やって来る攻撃に対し成す術が無い相手は必死に少年を抱きしめ、せめて彼にだけは被害が及ばない様にと身を挺して守る形を取ったのだった。
そして次の瞬間、
ザシュンッ!!
「あぁあっ!!」
「せんせぇーいっ!!」
相手からの一撃を背中に受けた女性は悲鳴と共に身体から血を吹きだし、傷みに耐えながらも少年の身体を強く抱きしめだした。身体で隠され何がどうなっているのか解らない少年はしきりに相手の事を呼び、自身が迎え討とうと言わんばかりに足をばたつかせていた。だがその行動を阻害する様に女性は腕に力を込め、苦痛に表情を歪めながらも一生懸命に笑顔を浮かべようとしていた。
「クゥッ………」
「先生! 先生!!」
「………大丈夫よ、ダイちゃん…… 貴方は……私が、護るから……!」
「戯言を!! 抜かすな!!」
「ッ!!」
【止めろぉおーーー!!】
現場を見かねたギラムは叫びながら再び手を伸ばすも、景色は歪みその場から消え失せてしまった。いきなり消えてしまった景色を見かねた彼は慌てて周囲を見渡すも、そこには何も残されておらず景色が映し出される前の暗闇の空間だけが残っていた。再び暗闇の中に一人になった事を理解していると、再び彼の周囲に声が響き渡った。
【お兄ちゃんはどう思う? 大事な地位や名誉の為なら、周りに見せかけの真実を見せびらかす今の大人達の事を……… 真実から隠ぺいされて、先生の事を殺したのが『通り魔だ』なんて言われてる事を………】
「通り魔……!? だってこれは、どう見ても『殺人』じゃねえか! なんで、第三者が介入するんだ……?」
【そうなる様に、後からジジィが細工をしたんだよ。僕はあの後に飛んで行った先生の左腕を持って外へと出て行って、後から先生は『バラバラの死体』となって川辺で発見されたんだって。僕が持ってる『左腕』以外が、その場に残されて……】
「何て奴なんだ……!! 事実を隠して、地位を守る為だけに殺人何て……ただの悪人だ!!」
【そう、ただの悪人だね。 ……でも、この事実は誰にも解明できない。僕にも照明は出来なかった。 ……だから、僕はジジィを倒すためにこうする事を選んだんだ。お兄ちゃん達が止めに来たのは驚かなかったけど、ここまで遊びに付き合ってくれたお礼に教えておいてあげるね。】
「教えるって…… 何で俺に……」
【お兄ちゃんは僕を殺しに来た他の大人達と違って、僕の未来を護るために来てくれたから。この事実を、知ってもらいたかった。】
問いかけの様にやって来る声に対し返事をしていると、少年は今この時までに変化した気持ちに対する礼をするように呟いた。何故突然そんな事をいだしたのだろうかとギラムが考えようとした、その瞬間だった。
シュルシュルシュルッ! ガシッ!!
「んなっ!! 何だこの糸!?」
暗闇の至る所から紫色の極太の糸が強襲し、あっという間に彼の身体にまとわりついてしまったのだ。自身の胸から腰辺りまで拘束されてしまった彼は慌てて振り解こうと暴れるも、糸の力は強く簡単には引きちぎれそうには無かった。
【でもやっぱり、お兄ちゃんに教えてもどうしようもないよね…… さっきから聞いてたやり取りでも、今はそんな権限も力も無い人みたいだし…… やっぱり、教えても辛いだけだよね。】
「辛いって…… どうして、そう思うんだ?」
【僕の悲しみを知って共感してくれてるみたいだから、単に苦しみを背負わせてるだけなんだよねって…… 先生は僕にそんなことを一度も相談してくれなかったし、あんな事になるまで僕には園長先生は『良い人だ』ってずっと言っててくれたんだもん。僕の記憶を見せたのも、やっぱり間違いだったかも。】
「………」
突然の心変わりに動揺する彼ではあったが、相手なりに何かを思い返したが故の行動である事が理解出来ていた。大事な人だからこそ伝えなければならない事もあれば、その不安を背負わせないためにもあえて告げない選択肢を選ぶ事もゼロではない。その人その人によって思う事も重視する事もバラバラであり、今回の場合は後者に近い方を後から選んだ様にも思えた。
年月を重ねて生きてきた年数の少ない少年が、どうしてそこまで考えられる様になったのか。
ギラムに取っても不思議に思える少年の行いに、気付けば暴れるのを止め暗闇の先に居るであろう少年の姿を思い浮かべる事しか出来ずにいた。
【さてと。さっきからトラックの後ろでドンドンって音がしてるから、早くこの場を離れないとね。トラックと一緒に突っ込んじゃえば、ジジィだってあっという間に倒せるはず。たくさんこの都市内で練習したから、絶対に逃がさない。】
「……… お前は……あの風景を俺に見せて、それでも死ぬ事を選ぶのか。お前は諦めちまうのか、生きる事を。」
【生きてたってしょうがないでしょ? 先生がもう居ないんだよ、ココには。生きてたって無駄だよ。】
「……そんなはずねえだろ。お前、忘れちまったのか。先生とやらの言葉を。」
【言葉?】
そんな複雑な心境の中に居た少年に対し、ギラムは相手の行動を阻害する様に言葉をかけた。つい先ほどから見せられたやり取りには今の行動に繋がる思いが描かれており、誰がどう考えても復讐を決意しても不思議ではない事件である。
大事な人を目の前で殺され、成す術もなく逃げ出してしまった自身へ対する決別。
幼い少年であってもその選択肢を選ぶ彼に対し、ギラムはただ亡くなった先生の決意を汲み取る様に言葉をかけるのだった。
「俺は一瞬しか見てないが、今でも耳に残ってるぜ。あんな酷い目に合わされることが目に見えていた状況であったのにもかかわらず、お前の命を第一に考えてた。『お前の事を守って見せる』って、言ってただろ?」
【でも、先生はもう居ないんだよ。あの時は守ってくれたけど、もう守ってくれない。】
「そうか? なら、お前のカバンの中に入っているはずの『左腕』は何を意味するんだ?」
【えっ………】
一つ一つの想いが重なるかどうかさえ解らない言葉をかけていたその時、彼はふと思いついた単語を口にした。言葉を耳にした少年はあからさまに動揺した声を漏らし、返答からして推測は事実である事をギラムは理解した。動揺混じりの声を耳にした彼は鮮明な発言を耳にした事を覚え、声がしたであろう方向に顔を向けながら返事を待っていた。
【どうして、その事を………】
「馬鹿だな、お前さっき自分で言ったじゃねえか。左腕以外の部位が現場で見つかったって事は、足りないその部位をお前さんが持ってるって事だ。さっきの戦闘中に身に着けていたモノ、それはお前さんが被っていた水色の上着と『カバン』だけだ。あの服は基本的に腕の入る様なポケットは無いはずだし、あるとしたらそこだって思っただけだぜ。」
【………】
「俺から言える事は対した事じゃねえし、確かにお前さんの言う通り今の俺は何も出来ないだろうな。出来たとしても真憧士としての力を使って、創憎主であったお前さんを止める事ぐらいだ。後は現実の世界の依頼を、こなす事だけだろうぜ。」
【お兄ちゃんは……今でも僕を止めるの……? ジジィを殺す事を、駄目だって言うの……?】
「あぁ、相手を殺める事何てするべきじゃない。絶対にいい結果は来ないし、仮に出来たとしても…… お前さん、これからの未来はどう創っていくんだ?」
【……… でも、お兄さんは今でも動けないんじゃ】
「誰が……動けない……ってぇええ!?」
ビリ…ビリ……ビリ!!
【!?】
「うらぁああああ!!!」
決意に水を差した事を理解したその時、ギラムは相手の反論を覆す様に自身の両腕に再度力を込めて引きあげだした。つい先ほどまでビクともしなかった糸は千切れる様に一本一本が弾けだし、次の瞬間には彼を縛り付けていた糸達は身体から離れ、糸屑となって彼の足元へ静かに落ちて行くのだった。普通に考えても相当な力が込められていたのだろう、彼の両腕には皮膚に浮き出た幾多の血管の姿が映っていた。
「ハァ……ハァ…… 諦めんなよ……!! そんな簡単に、命を投げ出すんじゃねえ!!」
【!!】
「俺は何も、お前に感謝されるためにこの戦いを行ってきたわけじゃねえが……! 勝手に諦めて、勝手に自暴自棄になられると気分が悪いんだよ!! 結果が決まる前に諦めるくらいなら、ちゃんとした結果を導き出されてから諦めろ!! じゃないと、今までかけてきた時間が意味ねえだろ!!」
【お兄ちゃん………】
「頼むから、そう簡単に死ぬことを選ばないでくれ!! そういう奴等を護るために行動してきたサインナ達や先生の好意を、無駄にしないでくれ!!」
感情と力任せに告げた言葉に驚く少年を尻目に、ギラムは叫び続け今でも諦めて欲しくないと必死に説得するのだった。記憶を見せられたからではない、創憎主との戦いを行ってきた当初から思い続けていた彼の想い。誰かのせいで誰かが死ぬのではなく、死ぬことしか選べなくなってしまった相手をどうにかして助ける事が出来ないものなのか。自身の判断でそれを覆し続ける事は、果たして出来ないモノなのか。
今でもずっと負い目に感じていた事を思い返しながら彼はそう叫ぶと、不意にやって来た疲労感に対し両手を膝に付けながら息を整えるのだった。
「ハァ……ハァ……ハァ………」
【……… じゃあ、どうするの………? その辺の大人みたいに、結果を先延ばしにする?】
「いーや、そんなことはしねえよ。ちゃんとした結果が導き出せるかは別として、俺にだってやるべきことがあるはずだからな。」
【………】
渾身の力を放ったが故の乳酸処理をする彼に対し質問すると、ギラムはゆっくりと顔を上げ口元に笑みを浮かべながらそう告げだした。どうやら彼なりに考えている事がある様子で、策略家とはまた違う『自分自身を信じて欲しい』という単純な想いから出てくる笑顔であった。無表情な時も怒りを覚える時も怖い彼の笑顔が、とても頼もしく思える瞬間の表情であった。
シュンッ……!
「? ココは、トラックの中か……?」
そんな表情が浮かべられてから、数十秒後の事だった。先程まで暗闇と化していた荷台は突如光源が戻り、天井近くに取り付けられた幾つものランプによる明かりが降り注いでいた。荷台から伺える運転席へと通ずる窓には、少年の顔が映っていた。
ドンドンドンッ!
《ギラム!! 無事かぁあー!?》
「? ピニオ?」
現実へと戻って来た事を知った彼は外部から聞こえる相手の声を耳にし、扉越しに移動し安否を告げだした。声を耳にした音の主は安心した様子で扉を叩くのを止め、周囲に静寂が戻って来た。
【お兄ちゃんの考える結果って、どんなものなのか視てみたいかなぁー やった後からでも良いから、糸も切ってくれる嬉しいかも。】
「えっ…… 自分で切れないのか? それ……」
【そりゃそうだよ、一番強い蜘蛛の糸だもん。確か『しおり糸』って言ったかなぁー】
「……そうなると、今俺が引き千切れたのはマジで怪力って奴なのかもな。とりあえず、さっきの戦いで創った剣で切ってみるか。」
【お願いしまぁーす。】
窓越しに聞こえてくる声を耳にし、彼は軽く呆れながらも手元につい先ほど使用した魔法の剣を出現させた。始めて戦った創憎主との記憶を頼りに作り出した剣の切れ味は良く、振りほどいても切れなかった糸はすんなりと切断され糸屑へと変化していった。
自身の束縛から解放して欲しいと願う少年のために、彼は今夜中に方を付けるべき最後の勝負に挑むのだった。




