31 異兄弟(ふたりのギラム)
「さぁーて、もう一度追いかけてやるぜ!!」
突如再開し共闘する事となったギラムは、自身と同じ顔を持った造形体と共に創憎主の乗ったトラックを追いかけていた。都市内に張り巡らされた車道を縦横無尽に走り回る暴走車は二人の追随を許すまいと、動きが読めない危険な運転を繰り返していた。そんな車に対し遠方からの獣人達の援護がやって来る中、隣を移動していたピニオは大剣を担いだまま跳ぶように移動をしていた。
その時だ。
【ブッブーーッ!! ニモツ! ハイシュツ!!】
前方を走っていたトラックは再び機械交じりの発言をした直後、荷台の扉を開け飛び交う様に木箱を排出しだした。飛来物は大きく一つ一つの回避が難しい攻撃ではあるが、今回のギラムは恐れを抱かず真っ直ぐに突っ込んでいた。
「来たか…! ピニオ!」
「了解!! ……堕ちろ!!」
ブンッ!
彼の声を聞いたピニオは地面に着地した瞬間、前方へと素早く跳躍し担いでいた大剣を振りかざした。街灯に照らされ金属的な鈍い蒼色が周囲に煌めく中、剣は木箱を捉え打破する勢いで攻撃をお見舞いするのだった。攻撃によって砕かれた木箱は欠片となって再びギラムの元へと襲おうとするも、ピニオは攻撃した反動をそのまま利用して身体を捻り、大剣との重さを生かし周囲に風圧をまき散らした。武器との間に生じた引力に導かれた風は欠片を凪ぐと、次々と宙で消失してしまい彼の元へと攻撃が届く事は無かった。
その後もやって来る攻撃に対し彼はバイクの前方を舞う様に跳び交い、攻撃を阻害しつつもトラックに追随する様に距離を保ち続けていた。時折地面に足を下すことなく宙を跳んでいる所を視ると、足元に風を圧縮した足場のような物を展開している事が解った。そんな彼の動き方に対し、ギラムには見覚えがあった。
『あの動き…… もしかしてサインナの使ってる魔法は、あんな風に【重力を変化させる力】を放ってるのか? 普通なら有りえないくらいの脚力を放ったり武器の威力を持ってるのかと思ってたが、そうじゃないのかもしれないな………』
彼が思っていた事、それはつい先ほど行っていた創憎主との一戦目での場面の事だ。
彼と同じく行動を共にしていたサインナはハリセンを武器に戦うも、ギラムと比べると体格差もハッキリし腕力はもちろん脚力に対しても劣る部分があった。性別による身体の造りに対しての差は無論埋める事は出来ないが、それでも彼女はあたかも『舞う』様に宙へと飛び出し、ラクトに引けを取らない程の重い一撃を放つ瞬間が目撃されていた。そんな彼女が使っていた魔法とピニオの使う魔法は類似している部分があり、彼女も同じ原理でその力を発揮しているのではないかと彼は考えていたのだ。
ちなみにそれに対する回答を述べてしまえば彼の考えは正解であり、彼女の使う魔法は『周囲の重力』を変化させるモノを使用している。世界に幾多と存在する『力の掛け具合』を自らの望む形へと変化させ、例え身体は非力でも想像以上の力を放つことが出来るのだ。そのため使っている武器が『ハリセン』であっても、見た目と認識以上の破壊力を放ち相手を圧倒させることが可能なのである。ちなみに彼女がその武器に拘るのは、単なる趣味と言っておこう。
彼女は出来の悪い存在へ対する仕置きは、常に必要なモノだと考えているのである。
「ギラム! 左だ!!」
「うぉっ!!」
そんな魔法の原理を考えていた彼に対し、前方に居たピニオは攻撃がやって来ることを警告しだした。言葉を耳にした彼は慌てて右にハンドルを切って飛来物を避けると、地面に衝突した木箱は粉々になり再び罠の様にその場に鎮座するのであった。
「っぶねえ……! ありがとさん、ピニオ!」
「どうした? 不注意何てらしくないぞ!」
「いや、対した事じゃないんだ! お前の使ってるであろう魔法の原理を考えてたら、友人の動きに似てたからさ。感心してた所なんだ。」
「似てても不思議じゃねえよ、やってる事は大差ないからな。」
そう言いながら彼は再び武器を振りかざし、飛んできた木箱を砕き風で風化させて行った。そして攻撃が一度止んだ事を確認しながら地面を蹴り、前方へと跳躍しながらギラムの隣で話し出した。
「俺自身は対した魔法を使えねえから、周囲の自然環境を利用した魔法を駆使してるだけ。今使ってる風の足場も、それを応用したものなんだ。」
「じゃあ、俺達が走り去った時の風を使って……跳んだり消したりしてるのか?」
「そういう事だ。俺の使う武器はその力を増大させるために、ベネディスが特注で創ってくれた物なんだ。俺は『ルシアープキャスト』って呼んでるけどな。」
「『ルシアープキャスト』………」
「周囲の蔑視さえも変えてしまえるだけの力を込めた、希望と変革の武器だぜ。」
自身の操作するバイクに遅れを取らない様移動し続ける彼からの話に対して、ギラムは不思議と彼の持つ武器に惹かれる部分があった。機械的な造りをしたその武器は彼のボディカラーと同じく藍色を基調としたものとなっており、白と合わせたシンプルかつ独特な雰囲気を醸し出していた。先程から使用している大剣状態と長杖状態の他にも『長槍状態』と言う三形体の姿を有しており、彼の戦闘状況に応じて即座に形を変え戦闘を後押ししてくれているのだ。
ピニオ自身はリアナスであるギラムとは違い生身の存在ではないため、こういった魔法での戦闘面にも補填しなければならない部分がある様だ。その辺りの話は、また先の事としておこう。
「ギラムもその気になれば、こんな武器くらい何てことなく創れるはずだけどな。」
「えっ?」
不思議な感覚を覚えさせる武器を横目に運転していると、不意にピニオは謎めいた発言をしだした。言葉を耳にしたギラムは軽く首を横に向け相手の顔を視るも、即座に視線を前へと向けなおし冷静に運転しながら彼の話に耳を傾けだした。
「お前は自身が思ってる程、この力に不慣れなんじゃない。ギラム自身が『力量を把握して、それ以上を駆使しないために本能的に自制しているだけ』なんだ。それは正しい事だし、その歯止めを失えばギラムも『創憎主の領域』に踏み込むことになるかもしれない。」
「……アイツ等みたいに成る可能性が、俺にもあるって訳なのか?」
「でも、それは全てが『悪』じゃない。奴らは自身が思う『善』のために魔法を使うも、それが世界的に受け入れられないモノだっただけに過ぎない。俺はギラムがそんな様にはならないと想ってるし、そんな世界さえも変えられると信じてるからな。」
「……… どうして、お前はそこまで俺の事をそう信じられるんだ? 外から見た俺が、そう言う風に映ってるって事なのか?」
「あぁ、そういうことだ! ギラム、お前は本当に優しい心を持っている。それを誇りに思って、この戦いを終わらせるんだ。それはお前にしか出来ないって、創られた俺もそう思うからな!」
何処か激励に満ちた発言をしたピニオは、明るくも楽し気にそんな事を話していた。隣で行動を共にする自身は笑っており、まるで自身の行ってきた行動そのものを見守るかのように隣を跳び、そして自身を守る様に動いてくれている。それはどれだけ頑張っても一人だけでは難しく、例え相手の事を理解出来て居たとしても完璧にこなす事は難しい。だが彼は『自分自身を元にした存在』だという事を理解したうえで、根暗に成りかけていた彼を励ましてくれた。
自分自身だからこそ理解している、身体の奥底に眠る感覚を引き出してくれる言葉を告げてくれたのだ。
それは誰にでも出来ることではないからこそ、誰もがこう思える言葉と言えよう。
「……… 過大に評価し過ぎだぜ、周りもお前もさ! だが!」
ブォーンッ!!
「?」
「そんな期待のかけ方をされると、俄然燃えて来る俺が居るんだ!! やっぱりお前は俺自身だぜ、ピニオ!」
「!」
言葉を告げられたギラムは戦意に満ち溢れ、どんな行動であっても屈しない感覚に狂喜していた。無駄や無謀とは違った『確かな感覚』がそこにはあり、どんな状況下であっても自身に有利な空間へと変えてしまいそうな、そんな偶然さえも味方に出来る感覚に満ち溢れていたのだ。気合が空振りしない勢いでアクセルを捻った彼はスピードを上げ、ピニオの前方へと移動しながらこう叫んだ。
「奴の車体を止めるために、四隅のタイヤを壊す!! 壊した後に衝突する場に備えて、さっき俺にやってくれたようにクッション材を都市に対して使ってくれ!」
「あ、あぁ……!! 了解!!」
半ば圧倒されてしまいそうな変貌ぶりにピニオは返答を返すと、着地した地面から空高く跳び上がり、ギラムの動きに合わせて行動できる様待機する形を取った。相手が移動した事を確認したギラムは左手をハンドルから離し、スナップを効かせながら先程から使っていた魔法の銃を手元に生成した。左手の中に出現したのは普段の戦闘時に彼が愛用している拳銃であり、彼は車体上部に取り付けられたフロントガラスを越える様に真っ直ぐ左手を伸ばし、目標へと狙いを定めた。バイクを操縦しながら彼は銃の照準を合わせた次の瞬間、人差し指で次々とトリガーを引き連続で四発の銃弾を前方に向けて発砲しだした。
その時だった。
ボンボンボン! ボォーンッ!!
彼等の前を走っていたトラックは突如大きな音を立てながらスピンしはじめ、徐々に車道の左側へと進路を変えだしたのだ。動きが変化した事を見かねたピニオは再び宙を蹴る様にその場を跳び出し、武器の形態を大剣から長杖へと変えギラムの指示通り都市内の建造物に衝突する前に魔法を放った。
「【水牡丹の貯蔵】!」
彼はそう言い放ち杖の先端を向けると、武器からは淡い空色の閃光弾が飛び出し壁へ直撃しようとしていたトラックとの間に牡丹の形をしたクッション材が生成されだした。つい先ほどのギラムを助けた際の魔法と同じものではあったが、今回は車体が何処かへと飛ばない様大きな牡丹が車体を包み込んでおり、半ば身動きが取れない状態となっていたのだった。その後車体のフロント部分から小さな煙が上がっているのを視た彼等は、完全に車体が止まった事を確認し事故現場と化した車道脇へと移動した。
「……なんとか止まったな。それにしてもすげえ魔法だな、ピニオの使う魔法は。」
「基本的にアレンジを効かせる事しか出来ないからな。その辺はギラムの思考回路となんら変わりは無いぜ。」
「空想に関して単純で悪かったな。 ……さてと、何とか止まったが……
コレ、どうやって中からあの子供を引き釣り出すかだな……… 完全に車体が飲まれてるが、運転席側の扉って開けられるか?」
動きの止まったトラックを見上げながら彼は呟くと、隣に立っていたピニオは同様に車体を見上げながら頬を掻き出した。
トラックは魔法の水牡丹によって身動きは取れなくなってしまっており、半ば拘束されていると言っても過言ではない状況となっていた。周りからの衝撃を全て吸収してしまえるだけの代物である事は彼等は理解しているため、任意で動かす事が出来るのかはギラムには解らないのだ。そんな彼からの問いかけに対し、ピニオは視線をそのままに返答を返してくれた。
「動きさえ止めてしまえば、魔法そのものは『水分』となんら変わりないからな。可能だ。」
「そうか。じゃあ手早く済ませちまおうぜ。」
「了解。」
その後彼等は運転席側へと移動しガラス越しに中を確認した後、扉を開けようと取っ手を引っ張った。しかし中から鍵が掛けられている様子で、扉は開く様子は無くガチャガチャと音を立てる事以外行おうとはしなかった。
「……駄目だな。無理にやると壊しちまいそうだし、別の場所から引っ張り出すしかないか。」
「創憎主の放った魔法なら、壊しても左程困る事は無いと思うぜ。」
「いや、それでも無駄に壊す事は止めた方が良いだろ。それが引き金で爆発でもされたら、たまったもんじゃないからな。」
「なるほどな。」
そう言った彼等はそれぞれで入れそうな部分を探し始め、ピニオは車体の前方部分へと移動しフロントガラスから中を覗き込もうとトラックを登りだした。しかし車体の中は暗く外の暗さと街灯の明かりも相まって自身の顔しか映らず、中を把握するにはガラス自体を破壊するしかないだろうと結論を出さざる得ない状態となっていた。半ば壊してしまえば簡単かもしれないが、先ほどのギラムの言った言葉もあった為かピニオは武器を振るう事無く車体から降り、助手席側へと移動するのだった。
変わってギラムはと言うと車体の後方へと移動し、クッション材である水牡丹の間を掻い潜り荷台の元へと向かっていた。先程から飛来物を放つ際に何度も何度も扉を開けていたここならば開くかもしれないと彼は読んでおり、重く閉ざされていた扉を開けようと彼は手動式の閂を操作し扉を引いた。
すると扉はゆっくりと開き出し、中は暗くも車内へ入れる事が確認できた。
「おっ、読み通りだな。ピニオ、こっちが開いたぜー」
「ん? 荷台か、ギラム。」
「あぁ、中は暗いが入れそうだ。荷台から運転席の扉があるタイプだから、そこから行けるはずだぜ。」
彼からの報告を聞いたピニオはその場から移動しようとクッション材に触れ、水牡丹を水分へと変化させた。その時だった。
ガシャンッ!!
「!? ギラム!?」
先程まで開いていた扉は突如閉ざされてしまい、音を耳にしたピニオは慌てて車体の後方へと移動した。そこには閉ざされた扉の周辺にギラムの姿は無く、車内へと閉じ込められてしまった事を彼は理解した。
「くそっ、油断した……! ギラム!! ギラム!!」
慌てたピニオは扉を何度も叩き、車内にいるであろうギラムの安否を確認しようとした。しかし扉の奥からは物音一つせず、ピニオはどうするべきかと距離を取り身構えることしか出来ずに居るのだった。