29 鬼追遊(おにごっこ)
創憎主が創り出すトラック事故による被害を食い止めるべく、再び戦いへと挑む事を決意したギラム達一行。それぞれが役割を担うべく個々での行動を取りだす中、ギラムは一人都市中央駅近辺にあるロータリーにて、バイクに跨りエンジン音を吹かしていた。
これから彼は前方で発進すべく待機するトラックを追いかけ、車体を動かす創憎主を捕まえ事態を終息させなければならない。今に至るまでに起こった人身事故の被害を都内で発生させないため、創憎主となってしまった少年の命を助けるために立ち向かうのだ。仲間達からの反対もあったが、今では全員が同意し作戦に協力してくれると申し出てくれている。
これ以上に心強い事は無いと理解しながら、彼は額に付けていたゴーグルを降ろししっかりと顔に装着した。
ブロロロロロ………
「………」
「はぁーい、じゃあはっじめまぁーすー」
半ば緊迫した状況にも関わらず呑気なスタート合図を出した創憎主は、トラックの車体上からギラムに対して手を振りだした。これから事故が起こるかもしれないという状況に関わらず、相手はマイペースさを保ち罪悪感など微塵も感じていない様子が見受けられた。憎しみに堕ちた幼い子供のやる事は、無垢であり悪意など無いのである。
そんな相手の合図を耳にした彼は車体に取り付けた端末を弄り、仲間達に合図を送りだした。
「皆、準備は良いか。」
【えぇ、こちらはすでに準備OKよ。】
【何時でもいけます、ギラムさん。】
「了解、バックアップは任せたぜ。グリスン! 始まるぞ!!」
合図と送ると共に彼は顔を上げ、駅の屋上付近にまで届く声量でそう叫んだ。すると声に対する返事が上から降りてくるのを耳にすると、彼は再び前方に視線を降ろしバイクを運転する体制を取り出した。これから行われる『鬼ごっこ』と称されたカーチェイスに挑むべく、彼は気合を入れてアクセルを握るのだった。
「よぉーいっ……… スタートォーー!!」
ブォオンッ!!
「行くぜぇえ!!」
その後発せられた声と共に、夜の街に二つの車体が飛び出して行った。
ギラムが操縦するバイクのライトが移動を開始すると、駅の屋上で待機していたグリスンは夜風に衣服を靡かせながら息を整えだした。自身の立つ足場の下からやって来る幾多の明かり、そして上空からやって来る月の光に照らされる光景は、まさにコンサートへと挑む歌手の心境のようにも思える演出だ。創憎主を止めに向かった彼からの頼みもあり緊張感が高まる中、グリスンは深呼吸し再び手元に戻って来たギターの弦へと指を添えた。、
『皆が戦ってる…… その時の想いを無駄にしないためにも、お願い…… あの歌を歌わせて……!』
静かに吹きだす風に体毛を揺らしながら、彼は演奏を開始し旋律を奏でるのだった。
一方その頃……
「…… キュゥ……」
「フィルル― 寝ないのー?」
「仕方ないですよ、メアンちゃん。ギラムさんの居ない夜なんて、フィルンちゃんにとって初めての事ですから。」
ギラム達とは別行動を任され、彼等の帰宅を待っていたメアン達は夕食を終え食後の一時を過ごしていた。普段とは違う部屋での一時は宿泊所での時間に少し似ているのか、何処か楽し気な雰囲気を彼女達は醸し出していた。ちなみに夕食は近所のコンビニで購入したお弁当で済ましており、ゴミはきっちりビニール袋の中へと収められていた。
そんな彼女達とは裏腹に、主人の帰宅を待つフィルスターは食事を後えた直後から廊下に貼りつき一歩たりとも動こうとしなかった。出掛ける事を告げられ主人の居ない夜は初めての経験の為、同伴者が居るとはいえ安心感が無い様だ。元気のない後姿はとても寂しそうであり、主人の帰宅は今か今かと待ち望んでいるのが目に見えていた。
「どうするのかな。彼はまだ帰りそうにはないよ。」
「トレラン、解るの?」
「遠くで魔法の放たれてる感覚が時折来てるからね。ココからでも都市中央駅の屋根は見えるから、派手な打ち合いをすればそれなりの閃光が飛んでも不思議じゃないよ。」
「魔法、飛んでるぅー」
「とはいえ、ギラムさんの所に連れて行くわけには行きませんからね。」
大人しく待っている幼龍に対し一同は悩む中、トレランスは現状を二人に告げギラムが帰宅するのはまだ先だろうと教えてくれた。遠くからののため事実を全て把握できていないが、つい先ほど創憎主とのカーチェイスが始まったばかりのため彼の帰宅は深夜を越えてからと予想しても大きく外れはしないだろう。
それだけの相手と戦うために出かけて行った事は皆は理解しており、最年少のヒストリーですら魔法の打ち合いに対する感覚は解る様だった。ある意味『動物的な感覚による理解』と言った方が正しいかもしれない。
そんな野性的な感覚による報告を受けたイオルは軽く考えた後、フィルスターの元へと向かい静かに膝を曲げ彼に優しく声をかけた。
「フィルンちゃん、ちょっとだけ良いですか?」
「? ……キュウ。」
「ギラムさんはお家にはまだ帰って来ませんが、その無事を待つ事がフィルンちゃんには出来ます。廊下でじっとしてるだけだと、時間が長く感じちゃいますよ。ギラムさんは今、とぉーっても大事な事柄を止めるために出かけています。それはギラムさんにしか出来ない事で、とってもとっても誇りに思える事なんです。」
「キュウ……?」
「ボク達にもそれは出来ますが、きっとギラムさんにしかその手法は通用しません。何時かきっと、フィルンちゃんにしか出来ない事がギラムさんにも出来る様になりますよ。」
事実と共に彼にしか出来ない事をやっていると教えながら、彼女は優しくフィルスターを抱き上げ頭を撫でだした。普段から受ける主人からの撫でとは違う柔らかい感覚に首を傾げる彼を見ながら、イオルは歩きながら話し続けギラムの寝室へと向かって行った。
寝室には主人が普段から使用している布団とタオルケットがすぐに寝られる様セットされており、何時帰宅しても熟睡出来る様な状態が整っていた。起床し身支度を整えると同時にギラム自身が毎朝直している為、ある意味習慣と言っても過言ではない光景がその場には広がっており、彼女はその場に敷かれていたタオルケットを拝借しフィルスターの身体に優しく巻き出した。巻かれたタオルに対しフィルスターは軽く鼻を動かすと、主人の匂いが残っていた事を知り嬉しそうに顔をうずめ先程とは違う安堵した表情を浮かべていた。落ち着いた幼龍を視たイオルは再び頭を撫でた後、庭へと通じるガラス扉を開け静かにベランダへと移動した。
夜空の広がる現代都市からは都市に住まう人々の家からの明かりが零れ、何処か活気のある夜の街が広がっていた。そんな都市の光景を見ながら彼女は目的の建物を探し、フィルスターに見える様に静かに指さした。
「ギラムさんは今、あの建物の中で戦っています。ボク達は今回残る事を優先されて、フィルンちゃんの事を巻き込まないためにこの道を選んだんです。」
「………」
「フィルンちゃん、ギラムさんの事好き?」
「! キュウッ!」
「そうでしたかっ 大丈夫、フィルンちゃんが大好きなギラムさんは簡単にはやられません。仮に敗北を体験したとしても、ボクは絶対に立ち上がるって思いますよ。」
「イオルん、どうしてそう思うのー?」
まるで育て親の様に接する彼女の元へメアン達がやって来ると、彼女は問いかけに対し軽く考える様に顎元に人差し指を添えだした。可愛げのある女らしい悩み方に愛らしさが伺える中、彼女は答えた。
「ギラムさんの敗北した姿何て、とても想像出来ませんからねっ ましてや絶望の縁なんて、きっと乗り越えてしまいますよ。」
「そうだねー 確かにギラムには、落ち込んでる姿とかは見せて欲しくないかもー 勇ましく逞しく、雄々しい方がギラムって感じだし。」
「彼からは『人間とは違う素質』を感じる事があるからね。君の感は、あながち間違いではないかもしれないよ。」
「お兄ちゃんは、つよーいっ」
「そうそう、ギラムさんはとっても強いですよ。」
何処か希望と共に願望が含まれる回答を耳にし、一同は同意する様に告げだしベランダから広がる夜の街並みを視だした。静かに吹いてくる夜風に髪と衣服、体毛と尻尾を靡かせながら四人は彼等の帰りを共に待ち続け、一晩を過ごしてくれる。優しく抱き続けるイオルに巻かれたタオルに身を包ながら、フィルスターは首を伸ばし主人が居るであろう方向を視ながら呟いた。
「……… キュキキュゥ………」
自分の知らない場で戦いに身を興じる主人が無事に戻る様、彼の名前を口にするのだった。
『しっかし、まさかこんな都市の中央でカーチェイスをする事になるなんてな。ザントルスを買った時は愚か、治安維持部隊に居た時でも無かったぞ。』
再び場が移動し創憎主を追いかけるギラムはと言うと、都市中央駅から移動し中央広場へと向かってバイクを走らせていた。今まで昼夜問わず自身の足となってくれていた愛車での走行はあれど、対象を追いかけるためにカーチェイスをする事などは一度も無かった。ある意味初めての経験に身を震わせながらアクセルを捻り、彼はスピードを上げながらトラックを追い続けていた。
『でも、これさえ終えてしまえば奴はきっと止められる…… アリンとサインナにはバックアップを任せたから、心配はいらない。都民の方は、グリスンが何とかしてくれているはずだからな。』
自身が賄いきれない部分を仲間達に任せた安心感と共に走行していると、前方で異変が生じ出した。
【ブッブーーッ!!】
「!! 何だ!?」
突然追いかけていたトラックが前方で騒ぎ出したを視て、ギラムはバイクを操縦したまま何が起こったのかと事態を把握しだした。すると車体の上に居たはずの創憎主の姿はいつの間にか消えており、彼はトラックのサイドミラー越しに映る運転席の様子を視て異変が起こっている事を理解した。
操縦席には謎の紫色の糸のような物が張り巡らされており、中で蜘蛛の糸でも出したのではないかと思われる様な光景が広がっていた。糸そのものは太く内ガラスに貼り付いているため奥までは解らずにいると、突如トラックは急ブレーキを駆け半回転しながら運転席を目視出来る状態となり、糸に縛られた創憎主の少年の姿が映っていたのだ。すでに意識そのものを車に預けてしまっているのか、目を閉じたまま微動だにしない姿がさらされいたのだった。
「アイツ……!! まさか車ごと何処かで死ぬ気か!? 鬼ごっこと称して追いかけさせて、目的地があるんじゃ……… ……まさか!!」
【僕は先生以外の大人は信用出来ないし、信じたくもないからね。】
「先生とやらを自殺へ追い込んだ……あのジジィって奴の所か!!」
突如止まった車に比例して彼もブレーキをかけると、こちらも車体を少し横にしながら左足で支え、一つの結論が導き出された。それは創憎主が潜んでいた駅構内でのやり取りの一部であり、それは相手自身が初めから確固として変えようとしなかった事実に対する苦痛の声だった事を彼は理解したのだ。どんな相手が来ようとも平然と追い返せた心の内に秘められた一つの闇である事を知った彼は、急いで端末を弄り外部へと通信を送り出した。
「アリン! サインナ!! 応答しろ!!」
【どうしましたか、ギラムさん!】
【何事かしら!】
「創憎主は自ら自殺を図る気だ! 運転席内で眠りながら、奴の信頼していた先生の居る場へと行くつもりだ!! 俺が何とかして奴を車から引きずり出す! 二人は奴のいう『ジジィ』って奴の所在地を探してくれ!! 奴はそこへ向かうはずだ!!」
【解った、手を尽くしてみるわ!!】
【お任せください、私も力になって見せます!】
「頼むぞ!!」
事態が予想よりも悲惨な方向へと向けられるのを阻止するべく彼は伝達を告げると、一度ゴーグルを額へと移動させ裸眼越しに運転席を直視した。相手の身体に貼り付き意識を得たのであろうトラックのヘッドライトは何度も点灯しており、半ばギラムを標的とみなし避けるべき対象とも認識している様にも伺えた。
『あんな小さい奴が自殺を図る状況になったのは、俺達も含め大人全員の現状が起こした事だ……! みすみす死なせる事なんぞ、絶対にさせねえぞ!!』
そんな無機物以上の行動を起こそうとしていた車体に対し、彼は意気込みを強くし言葉に変えるべく口を動かし大声でこう発した。
「おい!! 聞こえてるんだろ!!
今からお前をそこから引き釣り出して、これからの人生を歩ませてやる!! 大事にしてくれた相手が居なくなったからって、逃げる事が許されると思うんじゃねえぞ!!」
【ブッブーーッ!!】
彼から告げられた現実味のある発言を聞いてなのか、トラックはクラクションを鳴らしながらけん制し、彼の考えを理解しないと言わんばかりの返事をするのだった。その後再び車体を半回転させたトラックの後姿を見て、彼はゴーグルを降ろし再びアクセルを捻るのだった。