28 束間(つかのま)
「あーらら。やっぱり駄目だったかぁー……」
自らの放った玩具達が次々と止まって行くのを見ていた創憎主は、それなりに予想が出来て居たのか小言を漏らす様に呟いていた。戦い始めの流れは自身に有利な状況が続いて居たため安心していたが、ギラムを始めグリスンが起こした行動によって風向きが変わった事によって違和感を覚えていたのだ。
今まで倒して来た真憧士とは、何かが違う。
そんな予感が感覚だけでは済まされい事を思い知らされた、瞬間でもあった様だ。徐々に集い始める彼等を見下ろしながら、創憎主は静かに彼等の発言に耳を傾けだした。
「さぁ、後は貴方だけよ。今なら手荒にしないで済むけれど、もう止める気にはなったかしら?」
「私達は貴方の行いが止まるのであれば、それを優先させたいと思っています。もうやめましょう、こんな事は。」
「んー……」
自身を止める様に告げられる敗北宣言に対し、少年は再び荷物を漁りながら考え込む様に呻りだした。すでに使える手段を使っていたため玩具の在庫は無いに等しく、先ほどのロボットですら切り札に等しい代物であった。即席の攻撃では通用しない相手である事も解っていたため、彼は何か無いかと両手を動かしていた。
そんな時だった。
「……ぁっ、コレだけ残ってたぁー わぁーいっ」
手段がほぼ潰えたであろう創憎主が再び取り出したモノ、それは少年の手よりも大きく形状がしっかりとしているトラック型のミニカーであった。車体部分が赤くコンテナ部分は灰色のシンプルなデザインであり、在庫が無いと思っていた少年にとって渡りに船の様な巡り合わせであった。
「何だ……? トラックか?」
「!! まさかお前、暴走車を放つ気か!!」
「えっ!?」
取り出した物体に対しいち早く反応したのは、サインナの隣に立っていたラクトであった。先程から経験していた相手の手段と関連付けられた事も踏まえ、彼には今に至るまでに起こった事件のあらましを理解していたため、要因に推測が出来たのだろう。声を耳にした一同が驚愕を露わにするほどの危険性がやってくる、そんな発言だった。
「トラックは確かに放てたけど、あれやっちゃうともう手段無くなっちゃうからねー 今回は違うよぉー」
「違うって、どういう意味でしょうか……?」
「ねぇ、金髪お兄ちゃん。僕と鬼ごっこしない?」
「鬼ごっこ?」
告げられた事実に困惑するアリンを尻目に、創憎主はある提案を申し出てきた。
相手の起こそうとしている事、それは巨大化させた玩具に乗る自身を捕まえてみないかと言う内容だ。物体を変化させる事に長けた少年からすれば簡単な魔法に等しく、かつロボット三体を止められた彼等ともっともっと遊びたいという無邪気な願いも含まれていた。突拍子も無く何を考えているのかさえ解らない少年の申し出に対し、ギラムは首を傾げながら詳細はどんなものなのかと考えだした。
そんな時、相手は彼の考える様子を気にすることなくこう告げてきた。
「今から僕がこのトラックを大きくさせて、その中に僕が乗り込んで街を自由に走り回ってもらう。お兄ちゃんは僕の乗ったトラックを追いかけて、無事に車を止める事が出来たらー…… お兄ちゃん達の勝ち、僕のクローバーをあげるよぉ。」
「……って事は、お前は負けを認めるって事で良いんだな。」
「うん、いいよぉー 皆で来てくれても良いけど……僕は一切手を出さないから、トラックがどの道を通るかは解らない。場所によっては、お家を吹っ飛ばしちゃうかもねぇ。」
「随分と野蛮な鬼ごっこだな。」
平和そうだが危機感のある遊びを行おうとしている事を理解すると、一同は互いに顔を見合わせどうするべきかと軽く考えだした。無理に遊びに付き合う事無く相手を止め、根源であるクローバーを壊してしまえば話は簡単に解決出来る。しかし対象となるべき物体を何処に持ち合わせているかはすぐには理解出来ず、場合によってはもっと被害の出るかもしれない事象が起こされるかもしれない。無邪気過ぎる創憎主と都市を天秤にかけるとなれば、迂闊には行動出来ないと言って良いだろう。
無論、現代都市そのものを代償として支払えば簡単に済む話とも言える。しかし、それを望まない者がその場には居た。
「解った、その代わり作戦会議の時間を貰って良いか。」
「ギラム……!」
「うん、待ってるぅー でも早くねぇ~」
一同が決断に迷っていた最中、ギラムは一人その申し出を受けようと言い出したのだ。突然の返答にサインナが驚く中、相手の創憎主は嬉しそうに返事をしながら待っていると告げるのだった。
その後相手が大人しくしているのを一瞥した後、ギラムは背後に皆を集め作戦会議をし始めた。
「ギラム、貴方何を危険な賭けに乗り出そうとしているのかしら? いくらなんでも危険だわ。」
「サインナさん……」
「あの創憎主が放ったであろうトラックの被害状況を、貴方も良く知ってるはずでしょ? ましてやトラックが民間の家にでも突っ込んだりしたら、被害がどれだけ出ると思ってるの?」
「だからこそ作戦会議をしたかったんだ。皆でかかれば簡単かもしれないが、その分都市への被害も出かねない。そこでだ。」
唐突に等しい決断にサインナが納得の行かない顔を向ける中、ギラムは皆に考えを説明しだした。
彼の考える方法、それは攻めではなく守りに力を入れるというシンプルな物だった。相手はほんの些細な事で破壊を可能とする相手であり、今回は『トラック』と言う物体を使って都市の建造物を始めとした被害を出す事を可能としていた。故に彼は『早々の解決に力を入れる』事ではなく、都市に被害を出さない様『攻撃から守るために力を入れる』事を選んだのだ。もちろん守る対象は建造物だけではなく、都市近辺に住まう『存在』に対しても同様の考えを彼は考えていた。
トラックで走り出す創憎主を捕まえるために自分は動き、アリン達を始めとした仲間達には都民が外へ出ない様に働きかける作戦だった。
「今日はたまたまザントルスが駅の近くに居るからな、追いかけるには持って来いだ。」
「ギラム、その間僕はどうしたら良いの? ギラムの後ろで、来るかもしれない攻撃を護れば良い?」
仲間達にそれぞれの立ち位置を説明し内容を理解してもらっていた時、指示を待っていたグリスンはどうしたら良いのかと尋ねだした。危機感を覚える現場を三度も経験すれば、相棒として計画から外れない動きを取りたい様だ。
「いや、グリスンには出来ない事をやってもらいたいと思ってる。お前にしか出来ない事だ。」
「僕にしか……出来ない事?」
「お前。自分にしか出来ない事はどんな事かって、俺に少しだけ言っただろ。覚えてるか。」
「……… ゴメン、何だっけ……?」
「【歌】だよ、歌。お前は確かに演奏に関するスキルは高いって思ってるし、お前にはそれだけの場が必要だと俺は思う。お前には歌を歌って、出来るなら都民達を眠らせちまって欲しい。騒動が終わるであろう、朝までだ。」
「えぇっ、街に向かって子守唄を歌うの!? 僕、そんな事やった事無いよー……? 出来るかどうかも……」
「何言ってんだよ、やる前から諦めて良いと思ってるのか? 諦めるのはやった後、結果へ対する物が何も出なかった時にだけしろ。今はするんじゃねえよ。」
「で、でも………」
とはいえ、願いそのものを叶える事も簡単ではない。想定以上の行いをして欲しいと言いだしたギラムの考えに対し、グリスンは困惑した表情を見せながら考えだした。
確かに彼は歌を始めとした『演奏』に関する技術を多く有しており、ギターやハープといった弦楽器を奏で自身の声を使った歌声を披露し、華麗なステップでのダンスも得意としていた。それは彼自身の趣味から始まった特技とも言えるモノであり、ギラムは目の当たりにした機会は少ないものの実力は確かにあると確信していた様だ。部下達を教育していた時期もある為、彼なりに何か根拠と呼べるものも何処かにあるようだ。
弱気な彼に対しギラムは何時もの声量で叱咤し励ましていた、その時だった。
「良いんじゃないか、グリスン。」
「? スプリーム……?」
「お前が契約したリアナスからの頼みだ。俺達エリナスが断ったところでも、何かが変わる訳じゃない。それに、俺もギラムの意見には賛成だ。」
「……どうして?」
「都民全員を眠らせるまでは行かなくても、存在達の足を止めさせるだけの力をお前は確かに持っている。その事に気付いたギラムの考えなら、お前も何となくだが、出来るんじゃないかって思った事はないか。」
「………」
「それに、何も一人で頑張れ何て言わない。俺達は短い時間でも共闘した仲間であって、別行動はとってもお前とやる事は左程変わりない。使命を全うするだけだ。」
「弱気なお前でも、お前のパートナーは出来ると言ったなら……お前はやればいい。その期待に応えるのも、俺達獣人の望んだ事だ。」
激励する様にスプリームとラクトは口を揃えて賛同し、彼にその行いを勧めだしたのだ。突然の事に困惑するグリスンであったが、元々知り合いだった二人から言われた言葉は何処か説得力があり、ギラムとは違った力が込められている様にも感じられた。
自信の無い自分に対し叱りながら励ますのではなく、自身の願望に基づいた励ましを行う事。
それは相手を理解していなければ出来ない事であり、仮に出来ていたとしても簡単に告げられる言葉ではない。誰かが誰かを想うからこそ出来る、とても優しく温かい言葉なのだった。
「そうですよ、グリスンさん。」
「? アリン……」
「私はあのロボットを相手に何も出来ませんでしたが、グリスンさんの手助けがあったからこそ倒す事が出来ました。グリスンさんの魔法には、それだけの事が出来ると思いますよ。」
「同意見ね。貴方は確かにギラムは愚か、ラクトよりもスペックが低いわ。」
「うぅっ………」
「でも、だからと言って引っ込み思案になる必要は無いわ。ラクトにも苦手な事はあるし、貴方にもそれはある。もちろん私にも、当然の事よ。それに……」
「ギラム准尉からの頼みなんて、光栄に思うのね。彼はやすやすと、他人に何かを頼みはしないわ。」
「……!」
そんな彼等と同様に彼女達も彼を励まし、彼にとっても光栄に思える言葉が飛んできた。
現代都市にやって来た自身が叶えたいと想った相手の頼みに対し、何故自分が出来るかどうか解らないと決めつけてしまったのか。不思議と理不尽に思い消極的になってしまっていた自分に対し、仲間達はどれだけの事を自分に成し遂げさせようとしているのか。一つ一つの想いから紡がれる願いの成就への後押しを知り、彼は身の内からこみ上げてくる感覚を覚え、自然と彼等に同意する返事を返していたのだった。
【彼の頼みを叶えてみたい】
ただ、それだけの想いへ対する返答だった。
「だからと言って、出来なかった時は容赦しないわ。全力で行くのね。」
「ひぃっ!!」
「おいおい、脅してどうするんだ。」
しかし、現実はそう甘くはない。
それを思い知らされるかのように告げられるサインナの言葉は迫力があり、彼女の背後で控える蛇腹状の厚紙は光沢を増したかのように鈍く光るのだった。動物の本能と言えるべき危機感を覚え彼が怯えるのを見て、ギラムは優しく肩に触れ二度肩を叩いた。
「まぁ何はともあれ、今回はその役目をグリスンに頼みたいだけだ。結果はどうであれ、頼めないか。」
「………うん、解った。出来る事、やってみるよ……! やりたい!!」
「よしっ、よく言ってくれた!」
再び告げられる気合に満ちた発言を聞き、ギラムは彼の首に腕を回し、自身に引き寄せる様にしながら笑い出した。漢らしくも豪快な激励を受けたグリスンも同様に笑顔を浮かべ出し、一同は笑いながら会議を終えるのだった。
「お話、終わったぁー?」
「あぁ、俺がお前を捕まえる。都市にも都民にも、被害は出させねえよ!」
「決まりだねー 数分後に始めるよぉー……」
「皆、頼むぜ!」
何時しか停滞していた戦いの時間が進みだし、彼等は再び創憎主との戦闘の中へと向かって行くのだった。




