23 自憧(じしんのあこがれ)
世界を明るく照らしていた陽が完全に失せた、夜の時間になった頃。ギラム達一行は、リーヴァリィ内にある目的地へと向けたパイプラインとして造られた『都市中央駅』へとやって来た。
近代化が進んだ都市内を走るのは『電車』であり、一部の地域に対しては『路面電車』として都市内の足となって走っていた。ギラムと同じく借家に住む事がほとんどの都民達にとって、自家用車を持つよりも先にこちらにお世話になる事が多い。そのため車も走れど電車も走っているため、何処となく発展途中なのかと思われる少し奇妙な空間としてその場に構えているのだった。
今回彼等がやって来たのは、その名の通り都市内を結ぶリーヴァリィの中央駅であり、アリンの勤務地からそう遠くはない場所に位置していた。外見はアンティーク調の白いレンガ造りの建物で作られており、屋根は蒼くも光沢のあるガラス張りとなっていた。都市内を結ぶ中央駅という事もあって、とても大きな停車駅であった。
そんな駅へとやって来た彼等は入口へと向かわず、線路に沿って少し離れた倉庫のある場所へとやって来ていた。街灯が数本立つだけのその場には二つの影が浮かんでおり、彼は待ち合わせていた相手か確認した後、声をかけた。
「待たせたな。サインナ、ラクト。」
「ギラム、待っていたわ。 ……そっちが、例の方達かしら。」
「ギラムさん、あの方はどちら様ですか……?」
「ココへ来る前に話してた、俺達と一緒に行動を取ってくれるもう一人のリアナス『サインナ』だ。サインナ、通達にも書いておいたもう一人のリアナス『アリン』だ。」
「そう、彼女がそうなのね。初めまして、サンテンブルク所属の『サインナ・ミット』よ。よろしく頼むわ。」
「始めまして、サインナさん。私は『アリン・カーネ』と言います。今夜は宜しくお願い致します。」
「えぇ、よろしく。」
街灯に背を預けていた相手は声を耳にすると、近くへと赴き見知らぬ相手に対し挨拶を交わしたした。今回戦いに参戦する二人は共に見知らぬ相手であり、その二人を結び付ける仲介役としてギラムが居るに等しい。性格も雰囲気を始め、世間での立ち位置すらも違う双方を纏められるとなると、彼の手腕がどれくらいのモノなのかが良く解る。
「……で、だ。二人も紹介しておいた方が良いよな? きっと。」
「いや、俺はグリスンから話は聞いている。自身よりも優れた狼獣人が、今夜は一緒に創憎主を倒す……もとい、鎮めるために戦ってくれると。」
「俺も話は耳にしてるぜ。この世界で初めて知り会った友人も、今夜は一緒に来てくれるってな。」
「そ、そうだったのか…… ………」
「? うん、僕達は人間よりもこの世界じゃ数は少ないからね。伝達も早いんだよ。」
「そ、そうか……」
しかし、こういう場では『上には上がいる』と言っておいた方が良いのだろう。ギラムの通達によるその場での自己紹介よりも先に、相棒のグリスンの方が情報伝達がスムーズだったのだ。名前はその場で確認するところは同じであったが、詳細に関してはコチラの方が理解していると言えよう。
『俺よりも伝達が早いんだな、グリスン達は』と、ギラムは改めて理解するのであった。
「ところでサインナ。終電までは大分時間があるんだが…… こんな早くに来てよかったのか?」
「平気よ。今日は治安維持部隊からの通達で、早めに電車の活動を終える様手配しておいたわ。駅構内の巡回と機器のメンテナンス、その他諸々をするのを控えてたから、その視察の名目で私が名乗りでたのよ。」
「なるほどな。それでチェックも兼ねて、創憎主を今夜のうちに止めて置こうってわけか。さすがだな。」
「フフッ、貴方ならもっとスムーズにやれたことだと思うわよ。ラクト。」
「すでに人気は減っている、お嬢の一声で人を払う事は可能だ。」
「了解よ。行きましょ。」
「あぁ、了解。」
現状がすでにスムーズな道筋をたどっている事を確認すると、ギラム達一行はサインナの誘導の元、移動を開始しだした。先程来た道のりを再び戻って行く形で向かっているが、ラクトを始めとするエリナス達は周囲を警戒しており、創憎主が不意に動き出しても大丈夫な体制を取っていた。無論ギラムとサインナも同様に警戒しており、こちらは職業柄として行っているとも思える行動振りであった。
しかし二人が視ている方角は少し違っており、サインナは左手を軽快するのに対し、ギラムは右手を軽快する様に首を動かしていた。視界を広げるための行動とも思えるが、どうやら過去の経験上お互いが自然とその方角に目を配ってしまう傾向がある様だ。上司と部下と言う関係は、相手によっては何処に居てもコンビとして優秀な部類と言えるであろう光景であった。
そんな二人に遅れながら、アリン達は様子を見ながらエスコートされる形で移動していた。
「……あの方は、ギラムさんとの連携がとても上手に取れていますね。『サンテンブルク所属』と仰っていましたが、確かギラムさんの元居た部隊の名前でしたね。」
「うん、ギラムの居た部隊の部下だった人があの人なんだって。ギラムが辞職してからは後を任されて、今の『りくしょう』って言う場所に居るんだって、言ってたよ。」
「陸将……って事は、手腕は十分あるのか。ラクトもそれなりに強者だと思うが、二人だけでも十分に創憎主を鎮められそうだが…… よく俺達の介入が許されたな。」
「んーっと…… 確か『ギラムが言う相手なら心配はいらない』って言ってた……かな? 不慣れでもある程度カバーはするって、言ってくれたみたいだよ。」
「ギラムは彼女に認められてるってわけか。彼の部下だったからか、それとも別の理由か……」
「恐らくですが、両者だと私は思いますよ。」
「えっ?」
夜の薄暗い道を歩きながら話していると、不意にアリンは何かを理解しているかの様な発言をしだした。言葉を耳にしたグリスンとスプリームは一瞬驚くも、彼女の眼には何か映っている様子で、少し苦笑した後こう語りだした。
「ギラムさんの魅力はやっぱり他の方も解るんですね。ギラムさんは少し疎い方なので、憎しみが集わないかが心配です。」
「憎しみが集うって……何故?」
「優しいが故に向けられる好意が周囲から固定の相手に移った時、幸せと同等の不幸せが世界に降りて来る。本人は例え幸せであったとしても、それだけの不幸が周りに配られるって意味だ。人間は憎しみや絶望を感じた時、創憎主と同じくらいの破滅を望み、願いを叶えるために行動をする。その辺は、ギラム自身がどうにかしないとな。」
「そうなんだ……… でも、きっとギラムなら大丈夫だよ。」
「何故、そう言い切れるんだ?」
「根拠があるってわけじゃないけど…… ギラムは確かに優しいし、相手を傷つける事は望まないから。絶望が周りにやって来たと知ったら、ギラムはきっと独りでも立ち向かっていくと思うから……… きっと、何でも乗り越えちゃうよ。」
「……そっか。」
意味深な言葉を聞かされた後にグリスンはそう言うと、前を歩くギラムへ対し軽く視線を送った。すると何かを察した様子で相手は振り返り、グリスンが軽く手を振ると反応する様に右手を上げ返事を返すのだった。
相手の真意は解れど、相手の言葉に対ししっかり返答をする相手。
それがギラムであり、グリスンが信頼するリアナスなのであった。
「グリスンは信用してるんだな、ギラムを。」
「うんっ 何時かギラムみたいに、男らしく慣れたら良いなって僕は思うんだ。とってもとっても難しい願いだけど、僕は諦めないよ。」
「そうですよ、グリスンさん。諦めなければ、きっと叶います。」
「うん。ありがとう、アリン。」
そんな相手へ願望を抱きながらグリスン達は笑みを浮かべあい、一同は静かに都市中央駅の裏口へと向かうのだった。
「………」
一同が暗い夜道を歩きながら移動している頃、都市中央駅の屋根付近に一つの影が彼等の様子を伺っていた。夜空に浮かぶ月明かりに照らされた金髪が印象的な、もう一人のギラムとも言えるべき相手『ピニオ』だった。
どうやら彼等と同じくこの場には目を付けていた様子で、彼等が建物内に入る様子を先程からずっと見ていたようだった。
『創憎主がこの世界で暴れると、ギラム達リアナスが創憎主を止めに来る。だがその結果は二択に別れ、どちらに転ぶかは解らない……… 確実とは言えない選択肢に対し、ギラムは恐れずに向かって行く。真憧士になっても変わらない身体のまま、創憎主の一撃をもろに受ければ命に係わるのにな。』
しかし彼等の行動に対しては余り良い印象を抱いていない様子で、行動に理解出来ないという考えを抱いていた。
創憎主は例え元が人であっても、人間の負の感情を糧として暴走する悪しき存在だ。絶望の中で抱かれた願望は願いに応じてその容量は増していき、終いには世界をも変えてしまうだけの願いに匹敵する力を持ち合わせている。それを真憧士と呼ばれる人間と獣人達が殲滅しにかかったとしても、必ずしも勝利を収められるとは決まっていないのだ。場合によっては敗北し、最悪『死』に至る箏だってあり得るのだ。
何の前触れもなく『事故に巻き込まれた』とも言われるだけの姿に成り果ててしまうのであれば、人は誰でもこの行いに躊躇いを抱いても不思議ではない。人間の命は一つであり、代替が効くモノでも再度繰り返されるモノでもない。負けてしまえば人生そのものが終わりになり、創憎主の夢への成熟に近づいてしまうのだ。
『……それでも彼等は向かって行く。世界を護る……そのために。』
だがしかし、それでも彼等は向かって行くと同時にピニオは理解をしていた。彼等を導く存在は自身のモデルともなった相手であり、自身の周りにいるエリナス達さえも『異例で憧れに満ちた存在』と確証を抱くような相手だ。
相手に近づきたいと想う自身が居ても、何処か相手には成れない部分がある。
その違和感が常に付きまとう中、彼はふと視線を上げ、静かに空へと浮かぶ月を見上げた。月は新月から時間が経ち、明日にでも満月に成るであろう立派な姿を見せていた。
「……… 俺はそんな事が、出来るんだろうか……… 創られた、俺でも……」
そんなことを想いながら、彼はふとある記憶を思い出していた。
彼が思い出していた記憶、それは自身が創られしばらくした頃の事だ。
シャキンッ… シャキンッ…
「………」
「んー……こんな感じだったかなぁ。でも、写真とちょっと違う。」
彼を創りだしたベネディスの命により、部下である一人の獣人が背後に立つ中。ピニオは創られた際に伸びきった髪を整える作業を行われていた。彼の根本的な遺伝子はギラムと同じであり、様々な素材を投与しながら形作られ、今のギラムと同じ姿として誕生した。実際に創られてからは数か月ほどの月日しか経っていないものの、これからやる事がたくさん待ち構えており、その日は散髪を行う事となっていたのだ。
しかしギラムと同じ髪形となると一筋縄では行かず、髪を切っていた熊獣人の青年は苦悩しながら鋏を動かしていた。それもそのはず、フロントアップの写真であれど彼の髪形は特殊なのだ。毎朝のセットが大変ではあるものの、ギラムはキチッと髪を上げた状態をヘアスプレーで維持しているのだ。ゆえに、真似をするとなると様々な角度の写真が無ければ真似すらもままならないのだ。中途半端な形では叱られてしまうため、バッサリ切るにも切れない状態が続いていた。
その時だ。
ウィーンッ
「ん? どした、理髪なんかして。」
「あぁ、どうも。実はマウルティア司教から、彼の髪を整えて欲しいと頼まれたのですが…… 前からの写真だけじゃ、どうも難しくて……」
「んーまぁ、確かにあの人の髪形って結構特殊だからな。変わろうか? ハサミ貸しな。」
「ぁ、はい。」
苦戦していた彼の元に、一人の鷹鳥人の青年がやってきた。扉を開け入室した彼は事情を聴き代役を務めると言い出し、熊獣人はホッとした表情を見せながら鋏を手渡した。理髪用の銀の鋏を受け取った鷹鳥人はピニオの背後に立つと、状況を確認した後鋏を握りなおした。
親指のみを動かして切る鋏の動きを確認すると、彼は躊躇う様子も無く左手にコームを握った。
「後、備品として用意してた『ボレロ』って言う『ヘアスプレー』があるから、それ持って来てくれ。形整えとかないと、速攻で崩れる髪型だからさ。」
「あ、はいっ すぐお持ちしますっ」
「おうっ ……にしても、大分髪梳いたな… 後ろはちょっとアレンジしとくか。」
その後髪を切りながら熊獣人に指示を出すと、彼は一度髪を直し優しくカットし始めた。散髪を彼に任せ頼まれた品を取りに向かうと、ピニオは鏡越しに映る青年の顔を静かに見つめていた。仕事の代役を引き受けた相手は鋏を静かに動かすも、何処か表情は楽しそうであり今の行いに誇りを持っている様にも見えた。髪を切るのが好きなのかと彼は考えるも、それは少し違う様にも感じるのだった。
「……… ………君は、ギラムという相手を知ってるのか。」
「? あぁ、そうだぜ。マウルティア司教にあの人を会わせたのは、俺みたいなもんだからな。聞くのも野暮だけど、お前は嫌だったか?」
「……いいや、嫌ではない。 ……ただ、ギラムという人物の事が良く解らないから……かな。少し、フワフワした感覚を覚えてる。」
「ま、無理もねえって。お前は見た目も身体付きもあの人にそっくりだけど、中身はまだ完全に出来上がってない。まだ無垢で、純粋な存在だからな。」
「無垢で、純粋……」
そんな彼に質問を投げかけながら、ピニオは静かに眼を瞑り徐々に整って行く髪形の感覚を感じていた。創られたばかりの彼には解らない事がたくさんあり、一通りの準備が整い次第『リヴァナラス』へと旅立つ事が決定していた。だがその世界には彼の周りに居る獣人達は存在せず、見た目は同じでも自身と違う人間達がたくさん生活をしている。
同じだが違う自身が紛れても、何の違和感を抱かれないのか。
自身がやるべき事は、実際に向かうとどんなふうに待ち構えているのか。
考えるだけで解が出てこない疑問を抱き続けながら、今まで彼は過ごしてきたのだ。ゆえに、不安は何時でも彼に付きまとうのだった。
「ピニオは怖いか? クーオリアスとは違う、あの人の居るリヴァナラスへ行く事は。」
「………不安が無いと言えば、嘘になるな。好きなモノも、嫌いなモノもあるはずなんだが………やっぱり、良く解らない感覚が付きまとってくる。この感覚は、何なんだろうな………」
髪を切られながらピニオは左手を動かし、自身の左胸にそっと手を添えた。
肉体の内に蠢く臓器の鼓動は規則的に動いており、自身が存在として活動している事を教えてくれる。左手を握れば触れた指の感覚が掌にはあり、裏を返せば手の甲が視え、指の先にはちゃんと爪も生えている。そのどれもが自分の『モノ』なのだと感じられる反面、自身が『造られた存在』である現実が、頭の何処かで浮上する。
俺は生きているギラムなのか、造られたピニオなのか
未だに決定打が打てない様子で、不可思議な感覚に追われていた。知識で全てが解決できるのかさえ解らない、見た目は大人でも中身はまだまだ幼いと思える彼なのであった。
「……まぁ、そんなに深く考え込むなって。お前も、きっとその感覚を知る切欠さえ得られれば、もっとあの人に成れるはずだ。そのためにも、まずは見た目と行動から攻めねえとなっ」
「見た目と、行動………」
「そーいう事。雄はウジウジするよりも、行動して結果を叩き出す方が、かえって生に合ってるって思える時もあるからなっ ……まぁ、俺の経験則だけどよ。」
「………」
しかしそんな不安を吹き飛ばすかのように相手は言葉を投げかけ、部下が持ってきたヘアスプレー缶を手にした。淡い空色の缶から噴き出される白い霧状の水滴はピニオの髪に静かに付着し、コームで抑えていた髪は綺麗に形作られ固定されて行った。前髪から耳元に掛けての髪は全て後ろへと上げ、事前にたくさん髪を梳いていた後ろ髪は重力に沿って静かに流れる形を取っていた。何処か本来のギラムと違う部分があるが、鏡に映ったピニオはまさしく『ギラム』そのものの姿を見せていた。髪形が出来上がった事を相手から告げられたピニオは鏡に映った自身を視て、まさしくギラムなのだと理解するのだった。
「お前はあの人に成れないって思うかもしれない。それでも、俺達はあの人に希望を抱いて、君を創りたいと思った。君は君らしく、君がしたい事をして欲しい。」
「………」
「大丈夫さっ お前は俺の憧れの真憧士『ギラム・ギクワ』を元にして造られた『ピニオ・ウォータ』なんだからなっ!」
「……… ギラム……ギクワ……」
そんな彼を視た鷹鳥人は優しくピニオの肩に両手を乗せ、励ます様に言葉を投げかけた。その表情はとても嬉しそうであり、出来上がったピニオの姿に心から喜んでいる事がピニオには解った。
自身を創りだした存在達が込めた願望は、まさしく今の自分として反映されている。外見も中身も同じであり、不確かな部分はあれど心も彼と同じである。まだまだ拭いきれない部分はあれど、彼は獣人達の想いがどれほどのものなのかを、改めて理解する。
そんな時だ。
ウィーンッ
「どうじゃ、支度は整ったかえ。」
「マウルティア司教。はい、今出来た所です。」
「ふむふむ、上出来じゃな。さすがじゃな、写真など視ずとも本物そっくりじゃ。」
「いいえ、勿体ないお言葉です。髪形は、俺なりに少しアレンジしました。これで少しは、差別化を図れたはずです。」
「うむ、良い心意気じゃ。ではピニオ、お主にはこれから外部研修に入る前の心構えを伝えておく。心して聞くのじゃぞ。」
「はい。ベネディス様。」
「『ベネディス』じゃ。」
「……… はい、ベネディス。」
「うむ、それで良い。」
散髪を終えた彼等の元にやって来たのは、ギラム達の前に現れた『ベネディス』だ。頃合いを見計らってやって来た様子で、出来上がったばかりのピニオの姿に感動を覚えている様にも見えた。
自身が望んだ造形体の創造は無事に成熟し、これからが彼の人生のスタートと言える。目的もあり行うべき事柄も正確にする前に、彼は伝えるべき言葉を伝えるのだった。
「お主に伝えておくことは三つじゃ。一つ目は『リヴァナラスに存在する人間達を殺めてはならぬ』 我々は異世界に暮らす獣人であり、人間達とは違った存在。人間を創造した神以外、死を下してはならぬ。良いな。」
「はい。」
「二つ目は、ワシ等『衛生隊の命令に従う』事。上層部からの命令で矛盾が生じる事があると思うが、真に従うべきはワシ等の言葉じゃ。判断が難しいと思った時は、お主が信じるべき行動をとれ。」
「はい。」
「そして三つ目じゃが、ピニオ。 ………」
「?」
一つ一つの言葉を心の中で復唱しながら理解し、彼は3つ目の言葉を聞こうとしたその時、相手が言葉を詰まらせる様子を見せた。言うべき事を忘れてしまったのかと様子を見ていると、どうやら違う様子で目を瞑り、心を落ち着かせながら言葉を告げようとしている様にも見えた。
しばし言葉に詰まった様子を見せていると、不意に彼は静かにこう告げた。
「お主の創造元である『ギラム』に出会った時、お主は変われる切欠を得るはずじゃ。それを絶対に忘れてはならぬ、良いな。」
「変われる……切欠……?」
「そうじゃ。彼はワシ等の想像を超える行動、変化を与えてくれる存在。神に匹敵する力を得られるやもしれない。ワシ等を創造した神『メルキュリーク様』が書き留めていた【良くも悪くも成る『事象』全てを『夢』へと変え得る存在】かもしれぬ。お主の考えを覆すかもしれない、たった一人の真憧士じゃ。」
「俺の事を、変えられる………」
「ゆえに、忘れてはならないのじゃ。良いな。」
「……… はい、ベネディス。」
深く心の中に靄を作っていた暗がりに光を差し込むかの様に、相手の言葉が放たれる。言葉を耳にしたピニオは不思議な感覚に陥りながらも、忘れない様にしようと改めて思うのだった。
そんな過去の回想を巡り終えると、彼は再び現実へと戻り目を開いた。月明かりに照らされた場所を移動し、彼は都市中央駅の中へと入って行ったギラム達の姿をガラス越しに眺めていた。どうやら目的の場がハッキリしている様子で、これからひと暴れしても不思議ではない様子が彼からは伺えた。
倒すのではなく、治めるために戦う。
意識が揺らぐ事のない時に見せる、凛々しい瞳がそこにはあった。
『……… ……ベネディスの言う事が正しければ、この考えさえもギラムが変えられる……… ギラムがそれを、成し遂げる。俺もそれを……成し遂げられる、はず。ギラムを元として造られた、ピニオでも……』
「……ギラムは、変えられる可能性を秘めてるんだな……きっと。俺にもそれが、出来るんだろうか………」
そして彼の勇士を見守るべく、彼はその場で様子を見るのだった。




