22 合流(ごうりゅう)
買い物へと出ていたギラムが帰宅し、時間が流れ夕刻を回った頃。彼等は早めの夕食を済ませ、この後に待ち構える『創憎主との闘い』に向け支度を行っていた。
グリスンは自身が寝床として使用している布団の上で戦闘時に使用する武器の手入れを行っており、今日もまた奏者に相応しい戦闘を繰り広げようと張り切ってる様にも見えた。何処から取り出したのか解らない白い布地で鍵盤を丁寧に拭いており、彼の顔が映りそうなくらいに輝きを放っていた。彼は主にギラムの援護を行うため、今回もまたそのようなスタイルで戦って行こうと考えている様だった。
一方ギラムはと言うと、集合場所へと向かう前にアリンの元へと立ち寄るため、バイクに乗る支度を整えていた。治安維持部隊の施設へと向かう際に携帯するナップサックの中に荷物を詰めており、忘れ物が無いかと今一度確認をしていた。その際、彼はふと入れ忘れた物があった事に思い出し、その場を離れ目的の物を手にした。
その時だった。
ピンポーンッ
「? 来たか。」
彼等の居る部屋に対し、呼鈴と思わしき音が軽快に響き渡った。音を耳にしたギラムは壁際に備え付けられた機器を弄り画面を付けると、そこには現在のエントランスホールと思われる動画が映し出された。そこには見慣れた女性二人組の姿と、彼女達の前で小さく揺れる茶色の手、そして背後には赤い上着を纏った犬獣人の姿が映っていた。
すでに音声が流れてきており、玄関先から賑やかさが伝わって来た。
【ギラムー 来たよー】
「あぁ、今開けるぜ。東棟の一番奥の部屋だ。」
【解りましたっ】
【ヒストリーも映るぅ~っ】
返事を聞き終え画面を消すと、彼は機器の隣にあるボタンを押し彼女達をマンション内へと招き入れた。その後彼は手にした荷物を新たにナップサックの中へと入れると、口を締め荷物をまとめ終えるのだった。
「さて、留守はメアンとイオル達に任せるとして…… フィル。」
「? キュッ」
「今夜、俺とグリスンは外に出かけて来る。その間、ココに来た事がある姉ちゃん達が来るから、一緒に留守番をしてて欲しいんだ。」
「キュキキュウ……?」
「そう、留守番。良い子にしてたら、ちゃんとご褒美もやるからさ。出来るか?」
「! キュウッ!」
「うし、よく言った。」
荷物を入口付近に置き再びリビングに戻ると、ソファに腰かけていたフィルスターにこの後の予定を告げた。主人達が出かけている間の留守を任せる事、そしてその間の時間を一緒に居てくれる相手が居る事。必要な事柄を伝え約束を結び付けると、彼はそう言い優しくフィルスターの頭を撫でるのだった。
頭を撫でられた彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、そして鳴き声を一つ出すのだった。
ピンポーンッ
「ギラムー 開けてー」
「はいはい、今開けるから待ってろ。」
その後留守を任せる友人達が到着し、彼等は後を任せ夜の街へと繰り出すのだった。
「待たせてすまなかったな、アリン。」
「いいえ、ギラムさんが出向いてくださっただけでも私は感謝していますので、お気になさらないでください。」
彼等がマンションを後にした数十分後、バイクに跨りやってきたのは自宅から北へと向かった場所にあるアリンの自宅だ。彼女の自宅は一言で言うと『豪邸』であり、家の前には噴水とロータリーが用意されている程のとても大きな土地を有していた。家そのものも三階建てと大きく、彼が住んでいるマンションより迫力のある場で生活している事を、彼は改めて知るのだった。
そんな自宅へと向かった彼等は今後の行動を共にするアリンとスプリームと合流すると、一同は徒歩で都市中央駅へと向けて道を歩んでいた。
「お父様には今晩外へと出る事とギラムさんとお会いする事も伝えてありますので、何も気になさらないと思いますよ。」
「お父様って、アリンの?」
「えぇ、そうですよ。お父様は多忙で留守にする事がほとんどで、本日も遠くへ出ています。その間は家の者が私の身の回りの世話をして下さるのですが、訳も伝えずに出る事は許して下さりませんので。」
「へぇー そんなに厳しいんだ。」
「普通に考えたら、当り前のことだぜ。こんな時間に一人娘を出歩かせるなんて、何処の家も許さないだろうさ。ましてやアリンの所みたいな財閥レベルなら、尚更だ。」
「ウフフッ ギラムさんもお父様と同じことを仰いますね。お優しい言葉が聞けて、とても嬉しいです。」
街灯に照らされた夜道を歩きながら会話をし、彼等は束の間の平和な移動時間を楽しんでいた。
時刻はすでに二十時を過ぎた現在は暗く、道の至る所に建てられた街灯が無ければ出歩く事すらままならない。現代都市とはいえ住宅集合地域から少し離れた彼女の家近辺は家から零れる明かりは無く、ギラムが押しているバイクのランプで前方を照らしている状態とも言えた。車道を走る車は時折いるとはいえ、それを過信するわけにも行かないため、今回彼はバイクで訪れた様だった。
「でも凄いね。ギラムと出かけるって言ったら、許可が下りたんでしょ? 今回もだけど、今朝もそうだったんよね。きっと。」
「お父様には私からギラムさんの事を良くお話しする事がありましたので。信用出来る相手として、視て下さっているのかもしれません。」
「俺の話?」
「はい。私の元を尋ねて下さる元治安維持部隊の傭兵の方が、私の依頼を聞き届けて下さっている事。私がデザインした殿方用の衣服を、ギラムさんに試着して頂いた事など、いろいろ存じていますので。」
「あれ、じゃあギラムが来てる服ってほとんどアリンのお店のやつなの?」
「あぁ、大体がそうだぜ。元々女性向けの服をアリンの所は作ってたが、何時だったか路線変更するって話になったんだったよな。」
「えぇ、4年ほど前でしたでしょうか。ギラムさんとも顔馴染みだった事と、女性である私達自身がよりギラムさんのような方がお召になる服を作ってみたいと、思った事が切欠でした。」
「治安維持部隊で使ってる隊員達の服も、その後にアリンの所から注文するようになったんだ。前まで頼んでいた所が閉鎖になったらしくて、渡りに船だったんだろうな。」
「そうだったんだ。」
他愛もない会話をしながら彼等は移動し、夜でも明かりがこぼれる住宅集合地域近辺へとやって来た。辺りが明るくなったことを確認し彼はバイクのランプを消すと、変わらない歩調で皆は移動し、道路前で信号待ちをしだした。先程とは違い車の量が増えた事も確認でき、ほんの少しの違いが彼等の周りを取り囲むのだった。
「ところで、話が変わるが。スプリーム達は創憎主と戦う時はどんなフォーメーションで戦うんだ?」
信号が変わり再び歩き出した頃、彼はふと戦闘面の話をしようと話題を切り替えた。
創憎主との戦闘は基本的に『魔法』が絡んでおり、軍人経験のあるギラムでも一筋縄では行かない戦闘が約束されている。白兵戦で何とかなるほど相手は生易しい存在ではないため、手を組む相手の動き等も把握しておきたいと思った様だ。相棒として行動するグリスンと動きが被るのであれば、その辺も考慮したいと彼は思っていたのかもしれない。
「『フォーメーション』と呼べるのかは解らないが、基本俺が前線でアリンが後方支援の形を取ってるぜ。」
「私は元々戦いに対しては不得手なので、スプリームさんのお力を伸ばせる様動かせてもらっているんです。」
「そうなると、俺よりも前に立って戦うって感じか。アリンはグリスンと似たような感じの解釈で、良さそうだな。」
「? ギラムは前に出る方なのか。」
彼等の大体の動きを聞いたギラムは軽く脳内でシュミレートしていると、不意に意外そうな立ち位置に居ると疑問を抱かれた。見た目で言ってしまえば誰でも抱きそうな考えであるが、実際彼は『相手を殺す為』に戦闘には取り組んでおらず、味方の無事が最優先として行動する事を主としていた。時折味方のピンチに身体を張ってしまう無茶な一面も持ち合わせている程、彼は根が優しく仲間想いなのだ。
あくまで強面な雰囲気が距離を取られるだけなのだと、ココで補足説明を入れておこう。
無論至近距離全てが苦手かと言うと、小剣で恐竜と一戦交えたシーンもある為、それも違うと言っておこう。結局のところ『仲間に依存する』傾向があるのだ。
「状況把握をしてからじゃないと、戦闘面での俺の役割が決まらないからさ。部下達をまとめる立ち位置にあったから、そう言う風に行動しようって決めてたんだ。」
「という事は…… ギラムは『隊長』に近い場に居たのか。」
「あぁ、そうだぜ。俺の魔法は基本的に銃器を生み出して戦うから、前にグリスンが『生成系』って言ってたな。」
「うん、ギラムの魔法は生成系だよ。道具を想像して、それを少しアレンジして戦う感じかな。」
「そこまで戦いに理解をしてるのか。なら、俺もある程度話しておいた方が良いかもしれないな。アリン。」
「えぇ、お願いします。」
その後ギラムと言う漢を少し理解したスプリームは話の内容を底上げし、より戦闘面での理解が強まる話をしようと話題を切り替えるのだった。
グリスン達『獣人』は、基本的に『二つの属性魔法』を基軸に創られた魔法を使用する事が出来る。属性そのものは全部で八種類存在すると言われており、四代元素の『炎・水・地・風』を始めとし、さらに類似する点はあれど別として認識されている『氷・雷・光・闇』が存在するのだ。
グリスンはその中でも『風』と『光』の属性を得意としており、彼特有の魔法として『旋律の魔法・希望の魔法』として習得し使っている。前者は今まで披露した事のある魔法であり、発動起点となる台詞『メイル』を付け、後者にその変化を付けたし変化を起こしていた。基本的にこの魔法は『属性攻撃』を放つために使用している為、前述に得意な属性があるとは述べたが、別の魔法が使えないというわけでは無い事を現している。あくまで『獣人達によって起点が違う』というだけであり、獣人によっては『魔法そのものが苦手』と言う相手も存在するくらいなのだ。その面だけで見てしまえば、グリスンは得意な方に分類されるというだけなのである。
他に例を挙げるとすれば、ギラムの住むマンションの裏庭で放ったコンストラクトの『水力の魔法』だろう。この魔法は文字通り『水属性』に分類され、空気中に存在する水分を一気に凝縮し、後の変化に応じた形へと切り替えて放つものだ。しかしグリスンとは違い『属性を変える』事は出来ず、あくまで威力や用途を変化させる事に優れていると言った方が良いだろう。扱い方も獣人それぞれであり、魔法もまた八属性でも幾多の魔法が存在するのであった。
ちなみに余談だが、今回彼等と同行しているスプリームの扱う魔法は『風圧の魔法』と『植物の魔法』である。どんな魔法なのかは、後に披露されるであろう。
「……しかしまぁ、俺等獣人を後方支援として創憎主に戦いを挑む相手が居るなんてな。少し意外だ。」
「そうなのか?」
「知ってるとは思うが、俺等獣人は『動物』でも『人間と同様の活動が出来る』ってところが、人間と区別されるところだ。身体や生命力は断然強い相手を後ろに置くって言うのは、普通ならしないだろうからな。」
「……… 何でだ?」
「人間は『死ぬ事を恐れる種族』でもあるからね。僕達は生きたいだけ生きられる人達が多いけど、人間はそうもいかないから。一番危険な前線に進んで行こうってする人は少ないんだよ。戦いそのものも、リーヴァリィは経験が何処でもあるような世界じゃないしね。」
「あぁ、そういう事か。 ……単に俺は、その例から外れた人間なだけだぜ。戦闘経験は確かにあるが、グリスンを駒として使うつもりは無い。得意な部分を伸ばして行こうって思うからこそ、グリスンをサポートに回してるだけだからな。」
「そうなのか。グリスンは、それで良いのか。」
「うん、僕は構わないよ。 ……って言うか、むしろギラムに『下がる方が性に合ってるんじゃないか?』って、図星付かれちゃったからね。無理すると怒られちゃうんだ。」
「元々戦闘経験が薄いって言ってたくせに、今更何言ってんだ。ヘマして心配させられる身にもなれよ。」
「はぁーい、努力しまーす。」
話をしながら道中を進んでいたスプリームは、友人と行動を共にする相手が変わっている事を改めて理解していた。人間を知る獣人達はお互いの違いを把握しており、優劣は付けぬもどちらが優れているかは理解して今の現状を収めようとしていた。人間達の経験が少ない部分も熟知しており、そのうえで彼はアリンをサポートに回していたのだ。
しかし今目の前に立つギラムは、その例を大きく超える行動をしている事が告げられた今、模範的な人間では無い事が証明されたとも言えよう。どんな戦い方をするかはお互いに話せど実戦は交えていないため、全てを理解できたわけでは無い。それでも、十分に理解のしようがある相手なのだろうとスプリームは思うのだった。
「………」
「? どうかしましたか、スプリームさん。」
「……いや。 ……グリスンの戦い方を視たうえで、前に出るって決めたんだなって思ってさ。優しいんだな、彼は。」
「はい、ギラムさんはとてもお優しい方ですよ。治安維持部隊で准士官として活動をなさっていましたが、それでも人の血や涙は今でも苦手だと仰っていました。」
「苦手……? 拒否反応って奴か。」
「いいえ。本質的にと申しますか………そう、他者が傷付く事を嫌うと言った方が正しいかもしれません。本来であればこの戦いも苦手とされる活動だと伺いましたが、ギラムさんは例え創憎主であれど、殺める事は望まなかったそうです。」
「そうだったのか……… ……グリスンの奴、中々珍しいリアナスを見つけたんだな。とても部隊として活動していた隊員とは、思えない考え方だ。」
「スプリームさんにそう言っていただけると、ギラムさんもきっと喜ばれますね。グリスンさんがスプリームさんを尊敬する相手と称された通り、その相手からの言葉はきっと励みになると思います。」
「そうかもしれないな。 ……お互い、無事に戦いが済むようにしないとな。」
「はい。」
そんな例外の道を堂々と生きるギラムを少し理解すると、彼等は待ち合わせ場所である『都市中央駅』へと到着するのだった。




