20 手掛(てがかり)
入口前でのやり取りを終え、自宅である扉前へと戻ってきたギラムとフィルスター 未だに腕の中で眠る幼い龍の様子を見守りながら彼は部屋へと入ると、自身が普段から使用しているベットの上に彼を寝かせた。起きる様子の無い相手の寝顔を見た後、彼は時刻を確認しすでに夕刻を迎える時間となっていた事を理解した。
「……さてと。グリスンが帰る前に、飯でも作るか。」
そしてこれからやるべき事を確認すると、彼はその場を離れ夕食の支度を始めるのだった。
久しぶりに夕食を作り出したギラムは、冷蔵庫を開け手頃な食材を出し調理を開始しだした。元々自身が独り暮らしであった事を忘れるかのような感覚さえあり、彼が手の込んだ晩御飯をこしらえるのは久しぶりである。朝食はバラバラになる為作ってはいたが、ここ数か月間は居候中のグリスンが作っていたに等しい。比較的作りやすい献立で食卓が出来上がっていた事に感謝をしながら、彼はキャベツの葉を洗うのだった。
今夜のメニューは簡単でありながら、ギラムが時折口にしたくなる『スタミナ丼』である。食べやすいサイズにカットした豚バラとキャベツを主体とし、生姜や大蒜を始めとした調味料で味付けをするというシンプルな料理だ。炒める工程と洗う工程しかないため、彼は良くこの料理を作っていたのだ。
それぞれが使用する椀によそるご飯が焚き上がった頃、先に出ていたグリスンが帰宅するのであった。
「……えっ? アリンがか?」
そんな馴染みある夕食を口にしていると、ギラムはグリスンからの伝言を告げられた。どうやら面会相手からの言付を受けていた様子で、何やら話がある事を説明された。
「明日のティータイム時に『何時ものお店で待ち合わせしませんか?』って。たまたま電話が繋がらない時にかけたみたいで、スプリームに伝えてくれって言われたんだ。」
「ぁー…… その頃だと、丁度サインナに電話してた頃か。そしたら、後で連絡入れとくか。」
「会うの?」
「一応な。」
話を聞きながら彼は再び口に丼飯を入れると、豚肉の味わいを楽しみながら手元にセンスミントを取り出した。慣れた手付きで操作していた彼は不意に席を立つと、寝室へと向かいとある機器を持ってやって来た。おおよそ三十センチほどの細長く四角い機械であり、灰色のボディが印象的なモノだった。
持ち込まれた機械を目にした二人は不思議そうな眼差しを向けていると、ギラムは機器を左手に持ったまま右手でセンスミントを持ち、まるでカードスキャンするかのように上から下へと機器を読み込ませた。すると機器の上方部分が緑色に点滅しはじめ、しばらくすると電子盤が展開され出した。突然の事に驚くグリスンであったが、電子盤そのものは見慣れており、何をしだすのかは大体検討が付いていた。
「キュッキュッ?」
「? あぁ、アレで連絡したい相手にお手紙を送れるんだよ。寝室でこの前やってたけど、それって持ち運びできるんだね。」
「あぁ、少し大きい画面でやりたい時にはこっちの方が良いからな。データそのものも貯め込み過ぎると処理が遅くなるから、定期的に整理もしようかと思ってさ、買ったんだ。」
「へぇー そんなに細い媒体にいろんな機能がついてるんだね。電話とメールと、後お買い物も出来たね。」
「後は簡易式のメモとして使ってるが、その気になればいろいろ出来るらしいぜ。この手の端末も、そのための物だ。」
「そうなんだ。」
手慣れた様子で電子盤を操作しながら、彼はセンスミントの使わない機能について教えてくれるのだった。
現代都市近辺で使用されているこの媒体は、簡単に言ってしまえば『携帯電話』と『クレジットカード』を併せ持った機能を持ち合わせている。指紋認証と身分登録さえ済ませれば誰にでも使えるモノであり、デザインは既存の物から使用者のお気に入りの物で構成する事が出来るのだ。最先端の『ホログラフィックシステム』に『指による直接操作』が可能となっており、若者を始め多くの人々から指示を集めているのだった。
ちなみにギラムのセンスミントはというと、黄色と白のグラデーションが効いた背景に浮かぶ『青い龍』の絵である。中々に勇ましいデザインだが、彼が既存のサンプルを組み合わせた結果出来上がった物であり、彼がデザインしたわけでは無い。
「それで、そっちはどうだったんだ? 創憎主の情報、何か手に入ったか?」
「ぁ、そうだった。今回の創憎主なんだけど『物体に干渉して力を放つタイプ』って事が解ったよ。まだ手がかりが薄いけど、その辺りはスプリームが探してくれてる。」
「あぁ、やっぱりそのタイプなのか。俺の方でもその情報は得てたんだが、大体が『車』に対してその力を使ってる可能性が高いらしいんだ。」
「車? 小型の?」
「いや、大型の奴が多いらしいんだ。基本は車体が大きいタイプで、それを突進させて来るらしいんだ。」
「うわぁ……それは危ないね。」
「だからこそ、今回の戦闘も気を付けてやらねえとな。相手の認知を逆手にとって、何かしかけて来ても不思議じゃない。」
「うん、解った。」
相手からの報告を受けると同時にギラムは手元の操作を終えると、出来上がったデータを伝言元であるアリンの元へと送信した。本来であれば電話をかけて連絡を取るべき所の様にも思えるが、今回は相手の事情に合わせて彼が取った策に過ぎない。元より忙しい彼女の都合に合わない時もある為、急ぎの用事でなければ彼はこうしてメールに頼るのである。
その後作業を終えて機器を片付けると、彼は再び夕食を口にしだした。
その時だ。
「キューッ」
「? あぁ、お代わりな。旨かったのか?」
「キュキューッ」
「そっかそっか。」
食卓の上に座って食べていた幼い龍からの催促を受け、彼は席を立ち彼用の茶碗に米と具材を乗せだした。どうやら味付けが好みだった様子で、まだまだ食べそうな気配すら相手は見せていた。
「ギラムが作った料理って、フィルスターは何時もお代わりするよね。味付けが好みなのかなぁ。」
「かもな。でも、グリスンのも美味いと俺は思うぜ。」
「うん、ありがとう。」
盛り付けを終えた茶碗をフィルスターの元へ置いたギラムはそう言うと、再び席に着き食事を再開しだした。その後食事を終え洗い物をグリスンに任せると、彼は一足先に湯浴みを済ませ、床に就くのだった。
それから時間が流れ、次の日の事だ。
「アリン、待たせたな。」
先日の伝言後の連絡が無事に相手に伝わり、彼は約束の喫茶店へとやって来た。店前には車道で待機していたアリンの乗るリムジンが停まっており、彼女は彼の姿を見つけ車を降りると、お互いに挨拶をした後店内へと入って行った。その後店内で飲み物を注文すると、二人は近くの席へと座った。
「スプリームさんからの新しい報告を聞きましたので、ギラムさんのお耳にも入れておきたいと思ったんです。ギラムさん、今回の創憎主は『リーヴァリィ駅』に潜んでいる可能性が高いそうなんです。」
「えっ、都市中央駅にか?」
「はい。以前から時折発生していた『人身事故』に創憎主が関係している事をスプリームさんが突き止めて以来、発生元を探した結果そちらに行き着きました。車による練習を行った後『電車での混乱を引き起こすのではないか』と、スプリームさんは推測しています。」
「なるほどな…… 確かに都市中央駅の電車で事故が発生すれば、都市に住む奴ら全員がパニックになる可能性は高い。相手はそれを狙っているってわけか。」
「時間が経てば、何時決行されるかは解りません。ギラムさん、お時間を割けた際にご一緒しては頂けませんか? 私達だけでは、少し規模が大きい様にも思えますので。」
「あぁ、もちろんだぜ。アリンは、何時頃なら大丈夫そうだ?」
「日中は職務がありますが、明日の夜でしたらお時間が作れます。」
「夜か。外出は大丈夫なのか?」
「ギラムさんがお迎えに来て下されば、私は大丈夫です。仕えの者には、事前に話を通しておきますので。」
「了解、その時間帯に出られるようにしておくぜ。」
「お手数ですが、よろしくお願いします。」
彼女からの話を聞き終えると、彼はセンスミントを取り出しその場にメモ版を展開した。アリンも見慣れたその光景の前で彼は指先で入力し、明日の夜に創憎主を終息させるべく動くスケジュールを組んでいた。
その時だ。
「……そうだ。アリン、今回の件なんだが一人助っ人を呼ぼうと思うんだが、どうだ?」
「ギラムさんの助っ人……ですか? どちら様でしょうか。」
「アリンが気にする様な相手じゃないが、俺の昔の部下でな。同じリアナスだって事を知る前から、創憎主とは何度か戦闘を行った経験があるんだ。」
「まぁ、それは頼もしいお相手ですね。私自身はスプリームさんの援護をする側ですので、お力になれるかは解りませんが…… もしよろしければ、お願いできませんか?」
「了解、じゃあ連絡を入れておくぜ。」
ふと彼の脳裏に部下の顔が過ると同時に、彼は助っ人として呼ぶ事を提案した。約束と共に皆が無事に創憎主との戦闘を終えられる事を望む彼からすると、人手は多くて損は無いだろうと考えている様だ。無論数で押し切るつもりは無く、経験もあり信頼できる相手だからこそ彼は呼ぼうと思うのだろう。
彼からの提案に対しアリンは承諾すると、彼はスケジュールの一部をそのままメールへと添付しサインナの元へと送るのだった。
「……ところで、お話は変わりますが。」
「? 何だ?」
「ギラムさんは水を良くお飲みになっていると、日ごろ思っていたのですが。何か理由があるのでしょうか?」
作業が一段落し注文した飲み物が到着すると、アリンは他愛もない会話をギラムへと振った。彼が注文した珈琲よりも先に手元からいなくなったグラスには、注文と同時にやって来たお冷が入っていた。会話をしながら彼は喉を潤していたが、気付くとすでに無くなっており、アルバイトと思われる女性店員に新たに水を注がれている状態だった。
到着まではものの数分だったため、それなりに早い消費である。
「前職時代に『遠征』があったんだが、その時に食事まで手が回らない事がよくあってさ。水だけは口にする様にしてたんだが……多分その名残かもな。」
「まぁ、そんなことがあったんですね。水は生きるために必要なモノですから、身体が求めていたのでしょうか。」
「可能性はあるな。」
問いかけに対し彼は話をしだすと、二人の会話は生きるために必要な物資の話へと変わって行った。
栄養摂取を始めとした食事は、存在が生きる上では大切な行いであり、省く事は出来ない行動の1つだ。好きな物から嫌いな物まで様々な食生活がその場にはあり、生きて行くために必要な栄養素は多種多様に渡る。そのうちの1つが『水分』であり、人間を構成する大多数の割合を占める水は、彼等にとっても必要不可欠なものだ。スポーツドリンクも飲む事が多いが、どちらかと言うと彼は『ミネラルウォーター』を口にする傾向が多かった。職場へと赴いた際の携帯飲料も大体それであり、いつの間にかそれが習慣になっていた様だ。
改めて自覚した事に対し『水はどんな奴にも必要なんだな』と彼は言うと、彼女は『そうですね』と相槌を打つのだった。そんな時だった。
『………そういや、職場で飲む物って大体水だったな…… あの時は一本無くなってたが、ピニオにも必要なモノだったとしたら………』
「? どうかしましたか、ギラムさん。」
「………いや、何か…… 悪い、対した事じゃないから忘れてくれ。」
「あ、はい……」
不意に脳裏に過る疑問に対し考えていると、彼は彼女からの声に軽く返事を返し、珈琲を口にした。そして再び考え事を再開し、一つの結論に行きついた。
『俺等と同じで、アイツの源が【水】そのものだったとしたら……造られた存在だったとしても、水そのものを必要とする理由があるって事になる。 ……あの時はきっと、丁度タイミングが合致したって事なんだろうな。』




