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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第三話・憧れを求める造形体(あこがれをもとめる ゼルレスト)
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19 黒髪狼獣人(ノクターン)

サインナとの情報交換を終えたギラムは彼女と別れ、再び元来た道をバイクで戻っていた。段々と陽が落ちて行く空色を横目に、彼は車道を走りながら先程のやり取りを思い返していた。



『サインナは、俺と同じリアナス……… グリスンと契約する前にリアナスに成ったって事は、俺よりもいろんな創憎主を視て来たんだろうな。あーは言ったが、正直俺の方が戦いの経験では負けてるんだよな…… ………だが、俺は俺のやり方で世界の変化を阻止すればいい。それがいずれ認められるかは解らないが、誰かを死なせるなんてことだけは絶対にならないようにしねえと。』

自身とは違うやり方で戦いを終えてきた彼女に対し、彼は経験よりも手法に拘る性質を持っていた。創憎主とはいえ自身と同じ人間であり、自身よりも世界からの苦痛や絶望を幾多も感じて生きてきた。


そんな相手を止めるために、殺すしか方法は無いのだろうか。


彼は違和感に逆らう事を選ばず、戦ってきた結果が今に至ると考えていた。始めて戦った創憎主の事を想い行った行動がグリスンに認められ、そしてメアンとイオルにも受け入れられる結果となった。今でも彼はその行いは信じており、どんなに頑固な相手であろうとその方法で終わらせたいと思っているのだ。

自身の部下でもあったサインナも例外ではなく、殺めるよりも先に成し遂げられる事を教えたいと彼は考えていた。

『変化っつーのは、やっぱり簡単には受け入れられないモノなんだろうな…… 俺もそうだったが、乗り越えるのはまだまだ先だって思い知らされるぜ。』

そんな事を思いながら彼は曲がり路を右折し、自身の住むマンションへと戻って来た。指定の駐輪場にバイクを止めると、彼は背負っていたナップサックの口を開けた。するとそこには、疲れたのか寝息を立てて眠るフィルスターの姿があった。バイクの揺れが程よい心地よさとなった様子で、袋の中で丸まる様に眠っていた。

『今日はいろいろ連れまわしちまったから、疲れたのか。 ……ゆっくり休みな、フィル。』

素の寝顔を見せる幼い龍を視た彼は心の中でそう呟くと、両腕で抱く様に袋ごと抱え出した。眠る相手を起こさない様に静かに移動し、エントランスホールへと向かおうとした。

その時だった。




パサッ……


「? 花……?」

歩いていたギラムの目の前に、突如静かに音を立てて横たわる花の姿が目に映った。茎から綺麗に切られたその花は『竜胆(りんどう)』であり、初夏の今には少し早すぎる季節の花であった。花弁は全て綺麗に開いており、とても丁寧に世話をされた証がそこにあった。

「ぉーい、そこの長身な兄さんよ。」

「?」



「こっちだこっち。」

「……… あっ」

花を目にすると同時に聞こえてきた声を耳にした彼は辺りを見渡すと、マンション入口の上に座る一人の狼獣人の姿が目に移った。天候によって(もたら)す雨を下す斜めの屋根の上に器用に腰かけており、下半身は左へと向けたままギラムを見下ろしていた。どうやら花を投げ気を引いたのは彼の様であり、誘われるがままにギラムは向かって行くと、相手は座ったままこう話し出した。

「よぉ。今日も暑いな。」

「あ、あぁ……… ……俺に、何か用か?」

「ちっとばっかし視てるのも飽きたから、直接話でも聞いてみようかと思ってな。俺の事、見覚えあんだろ。」

「……… ………ぁっ。前に交差点の信号待ちをしてた時に、見かけたエリナスか?」

「アタリ。記憶力良いな。」

「記憶力って言うか、エリナスを視かける事は少ないからな…… たまたま印象に残ってたんだと思うぜ。」

「そっか。まぁ、この際それでも良いか。現に会話は成立してるわけだしな。」

「?」

そう言いながら彼は静かに屋根から飛び降りると、ギラムの近くへと向かい彼を別の角度から視る様に周囲を歩き出した。何故か唐突に観察され始めたギラムは良く解らず相手の動きを視ながらそのまま立っていると、相手は再びギラムの前に立ち、何かを納得した様子で軽く首を縦に振った。

「………ところで、お前さんは誰だ?」

「ん、あぁ。そういや名前名乗ってなかったな。 ……俺の名前は『ノクターン』だ。」

「『ギラム・ギクワ』だ。ノクターン、俺と話がしたいって言ってたが…… お前はリアナスとは契約していないのか?」

「んや、一応はしてるぞ。俺は別に勧誘しに来たわけじゃなくて、ただ単にギラムと話がしたかっただけだ。花を目の前に落としたのも、ただそれだけだ。」

「そ、そうなのか………」

何やら目的がはっきりしない狼獣人の様子に翻弄されながらも、相手は自己紹介をしてくれた。



彼の名前は『ノクターン』


本作品が連載された頃から時折登場していた、短髪黒髪の狼獣人だ。スプリームと同様の灰色の肌をしているが、こちらは少し黒味を帯びており紅色の瞳も少々鋭さが目立っていた。ギラムとはまた違うカジュアルな服装を身に着けており、フード付きのロングシャツに固めの半袖シャツを身に纏っていた。ジーンズの横からは銀のチェーンが鈍く光っており、色味は薄いがオシャレ感が漂っていた。

「……んで、話し戻して唐突に質問すっけどさ。存在には『幸せと不幸が同じだけやってくる』って言われてるんだが。 ……今のお前は、どっちの存在だ?」

「どっちって……どういう意味だ? 質問の意味が、良く解らないんだが………」

「そのまんま。生きてる奴等は、誰しも『幸せに感じる時間』と『不幸に感じる時間』が波の様にやってくるんだけどさ。今のお前の感覚的には、どっちに感じてるんだろうなーって思っただけだ。」

「あぁ、そういう事か。 ……正直に言うと、幸せか不幸かは解らないな。エリナスであるグリスンと契約して時間が経ったが、日常もあれば戦闘もある。前の職場と左程変わりはない毎日だから、どっちかって言うのは考えた事ないな。」

「ほぉー それがお前の答えか。」

「あぁ、そうだな。」

「ふーん。なるほどな。」

何処となく謎の雰囲気を醸し出す相手からの質問に答えると、相手は意味深な様子で質問の回答を理解していた。元よりこのような質問を平然と答えられるギラムも凄いが、質問をしてきたノクターン自身も魂胆が視えない不思議な感覚をまとっていた。


もしお暇であれば、考えてもらっても良い質問内容である。

「………ちなみにだが、ノクターン。こんな回答で良かったのか?」

「ん、全然OKだが。何か不満か。」

「ぁ、いや。提示された二択とは違った回答をしたが、それで満足されてるんだろうかって思ってな。わざわざ足を止めさせてまで質問してきたって事は、俺がそれに答えられる可能性があるからなんだろ?」

「………ふーん。お前、本当に異例な人間(リアナス)なんだな。そんな風に考える奴が居るとはな。」

「変か……?」

「別に。」

「そ、そうか………」

とはいえ、質問をした相手自身はどんな回答をされても左程変化は無かった様だ。内容が浅くも深い質問の意図は何処にもなく、ただ単にどんな回答をするのかを見て視たかっただけ。彼がどのような返答をするのかが楽しみだったようで、何処となくアウェイな回答でも変人だとは思っていない様だった。

その証拠に、相手の顔色は先ほどから全くと言って良いほどに変化が無かった。しいて言えば眉の(ひそ)め方が違っているだけであり、ほぼ無表情である。

「まぁ言っちまうと、質問何て正直どうでも良いんだよ。たまたま考えていた事を質問して、どういう返答が返って来るのかを視たかっただけだからな。」

「返答の……見方?」

「人間ってさ、馬鹿ばっかだから『二択』にすると『YES・NO』で答えようとすんだよ。前者を選んで利益と責任を取るか、後者を選んで自身と負債を取るかのどっちかになるんだ。」

「ま、まぁそうだろうな…… それしか、選びようが無いって考えるのが普通だ。」

「だが、お前はそれを選ばなかった。どちらを選んでも良いような質問をしたのに対し、お前は独自が考えた回答と真意を俺に伝えた。普通に考えて、お前は変。」

「変って……… 酷い言い方するな、ノクターンは。」

「別に悪い意味では言ってねぇよ。変で何が悪いって、その分厚い胸板を張ってふんぞり返っても良いんだぞ。」

「いや、する気ねえから……」

「そっか。」

やり取りの最中の無表情さは相手の感覚を狂わし、さらに不可思議な例え話をする相手。だがその心理は何処となく成立しているモノを感じられ、相手はそう言いながら突然胸を張る様指示してきた。


単刀直入に言おう、ココは胸を張る場面ではない。


「んじゃ、今度はギラムの番。何でも聞いて良いぞ。」

「何でもって言われてもな……… 本当に突然だな。」

「何言ってんだ、人生なんて『突然』の事ばっかりだろ。リセット何て効かねぇぞ。」

「仰る通りで……… ……そうだな。聞いても良いかは解らないが、ノクターンは『周りとは違う行いをしたい』って思ったら、どうする?」

「周りとは違う行いか…… 例えばどんなのだ。」

「周りの奴らからしたら『罪人』として認識されそうな奴で、死罪にも値しそうな事をこれからしそうなんだが。そいつらを止める為に、殺す以外には方法が無いかって考えるかって意味……かな。」

「『そうあるべき』だと思う事をせず、あえて『別の有り方』をしたいと思った時にどうするか、か…… 中々意味深だな。」

「まぁ、普通なら考えないだろうな。企業に属する奴らが皆そうしたら、組織が成り立たないからな。」

「確かにな。上司何て屁でもねぇ、だろ。」

「いや、そこまでは言ってないんだが………」

その後突如やって来た質問の順番に対し、ギラムは先ほどから考えていた事を問いかけた。説明に少し悩む質問内容ではあったものの、相手は意図を汲み取る事が出来た様子で回答を述べだした。

「……とりあえず、いつも通りに行動する事を選ぶかもな。」

「いつも通り?」

「『マイペース』って言葉があるだろ。ギラムにはギラムのペースがあって、俺には俺のペースがある。そのペースを相手に馴染ませて行って、相手が知らない間にその感覚が普通に感じてるようにするって意味だ。」

「何だか凄い事をサラリと言ったな…… そんな事が、ノクターンには出来るのか?」

「相手にもよるだろうが、まぁ大体はそうやって生きてきたからな。俺が楽したいって意味じゃなくて、それが俺だって相手に認知させてるだけだ。周りはそれを自覚し、それに合わせて生きようとする生き物だからな。」

「………凄いな、そんな事まで解るのか。」

「周り視てりゃ、大体そうだって解るもんだぞ。世の中そう言う奴等がほとんどだからな。」

そう言いながら彼は辺りを見渡す様に言い、ギラムは言葉を耳にしながら辺りを見渡しだした。


そこには近隣に住む人々の姿があり、老若男女問わず様々な人達が住んでいた。楽しそうに話す相手も居れば、一人で帰路へと向かう相手も居て、また仲間内で並んで歩く人達もいる。見慣れているその景色にはギラムは普通の景色にしか見えないが、前に立つ相手にはどういう風に見えているのだろうかと、彼は不思議な感覚にとらわれていた。

「……ちなみにだが、ノクターンにはどういう風に見えてるんだ。この景色が。」

「全員が全員じゃねぇが、まぁ平和なんだろうなって思えるな。あのリーマンは恋しい我が家に向かって歩くも、普段と違うからか歩調が軽く乱れてるし。あの主婦達は会話をしてるけど、子供に目を配る親も居れば居ない親も居る。プラスとマイナスが交差してるな。」

「へえ、そういう風に見えてるのか……… 考えた事も無かったな。」

「ぶっちゃけると、俺は『人間が嫌い』だ。だから奴らを観察し、それをあしらうために自然と会得しただけだ。」

「人間が嫌いって……… じゃあこの世界は、苦痛でしかないんじゃないのか? 人間しか居ないだろ。」

「そーでもねぇよ。稀に見る面白い奴が要るからこそ、観察は止められねぇんだ。現に今、俺の前に面白いと思える人間が立ってるわけだしな。」

「……それって、俺の事か?」

「他に誰が居るんだ。」

「そ、そうだよな……… あぁ、そうだそうだ。」

「………」

お互いに質問し合い話が終了すると、ギラムは抱えていたフィルスターの様子を見だした。相変わらず寝息を立てたまま眠っており、抱えてくれる相手の体温が心地良いのか、まだまだ起きる気配が無かった。その様子を遠目にノクターンも視るも、左程気にならない様子ですぐに眼を反らした。

「とりあえず話したい事はそれだけだから、今日は終わり。」

「出会いも唐突だが、会話の切り方も突然だな。ノクターンは、そうやって過ごして来たのか。」

「んーや、場面と相手によって変えてる。ギラムにはそれでも通用するのは解ってたから、そうしてるだけだ。」

「何だか俺の事を見透かしてるみたいだな……… 面白いな、ノクターンは。」

「面白い? 俺がか。」

「あぁ。嫌いって言っておきながら観察を止めないし、興味が湧いたらそんなの気にしないで話しかけに来るなんてさ。普通じゃしないと思うぜ。」

「……… まぁそうだろうな。俺は普通じゃない。」

「そうだな。……俺も普通じゃない、前々から解ってた事だったな。」

「忘れられる時間があって、思い出す時間もあるだけだ。……嫌だったか。」

「いや、全然苦じゃないぜ。むしろ思い出せたからこそ、ノクターンが『変だ』って言うのは『褒め言葉』なんだろうなって思えただけだぜ。」

「ほー そりゃ面白い返答だな。ますます興味深いな。ギラムは。」

「そりゃどうも。」

何やら相手の不可思議さが伝染した様に、ギラムは苦笑しながらノクターンとのやりとりを楽しんでいた。

自身の質問に対する回答はどうであれ、自身が受け入れられた事に変わりはなく、相手はそんな世間を見続けて生きてきた。彼にどんな過去があったのかは解らないが、自身と同じく『変わっている相手』なのだろうとギラムは理解するのだった。




「……さてと、そろそろ夜だし住処に戻るかな。奴も何か言い出す頃だろうから。」

「帰るのか?」

「あぁ、さっきも言ったが『話がしたかっただけ』だからな。また縁があれば会えるだろうから、別に引き留める理由はねぇと思うけど。」

「……… 確かに、その通りだな。じゃあな、ノクターン。」

「おう。」

出会いも別れも当然であり、時の波はあっという間なのだろう。やり取りを済ませたノクターンはそう言いながら歩き出し、ギラムの横を通り過ぎながらその場を去って行った。残されたギラムは彼の背中を見送った後、立ち止まっていたその場から部屋へと向かおうとした、その時だった。



『……ぁ。 そういやこの花、どうするんだ………?』

自身の気を引くために落とした花をどうしたら良いのかを聞き忘れた事を思い出すも、彼は気にしない様にしようと、そのまま手にし帰路へと付くのだった。


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