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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
序章・初花咲いた戦火の叙景(ういばなさいた せんかのじょけい)
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08 昼間の狭間庭園(デイ・ミドルガーデン)

施設での大臣とのやり取りを終え、部下達の元へと戻ったギラムは明日から長期休暇を貰った事を伝えた。その際大臣は『彼の取るべき休みの数が少なかった事が、隊長としての注意力を削がせてしまっていた』と伝え、隊員達を安堵させ、なおかつその後も心配させない理由を付け加えた。裏の事情を知るサインナは本当の理由が何か解っている様子で、2人に質問をする事無く見送り彼に一言だけ伝えていた。


『しっかり、休んできて頂戴』と。





ガチャコン・・・


帰宅する際の身支度を済ませ、彼は施設と外を仕切る門の前に立って居た。愛用しているバイク『ザントルス』に跨り、エンジンを掛けたまま門が完全に開くのを待っていた。空色を基調としたメタリックボディのバイクは白く輝き、彼の印象的な髪を優しくも激しく見せつけ、車体は彼の身体をしっかりと支えていた。

「お気をつけて、ギラム准尉!」

「あぁ、ありがとさん。」

その後門が開き門番から声がかかると、彼はグリップを捻りバイクと共に現代都市の中へと飛び出して行った。


彼が住まう街は、治安維持部隊の活動によって護られている『現代都市リーヴァリィ』と呼ばれる場所だ。高層ビルが立ち並び、行きかう人々は皆職業を手にし、仕事をしたり勉学に励んだりと、自らの職務を全うしていた。中には息抜きとして娯楽を望む者もおり、人々が楽しめるテーマパークも中には存在していた。電車が走り、車が走り、バイクが走りと、街はいつもの活気に満ち溢れていた。


先日の地下道事故の傷跡はどうやら少ない様子で、住民達も再び平穏の中へと生活を戻す事が出来た様だった。

『・・・今日もいつも通り、平和って所だな。』

都市内に整備された道路をバイクで走り抜けながら、彼は住民達が街で平和に過ごしている現状を見て、内心ほっとしていた。誰かが死ぬことを望む者は、普通の私生活を送っている者には縁の無い話だ。ゆえに、仕事柄直面することの無い人々には、そういった感覚を彼はもってほしくないのだろう。

平和な街並みの風景を見て、彼は少しだけ笑顔を見せるのだった。


その後彼は信号で進路を変え、ある場所へと向けてバイクを走らせて行った。






ガシャンッ


「……まさか、オフ以外で昼間にここへ来れるとはな。」

彼が向かった場所、それは都市内の一角にある喫茶店だった。木造のオープンテラスが印象的な喫茶店の看板には『Middle Garden(ミドルガーデン)』と書かれており、テラス席に置かれているチョコレートカラーのテーブルと白いタープが、オシャレな雰囲気を創っていた。店の周辺には丁寧に刈り揃えられた生垣もあり、季節の花達が可愛げに咲き、お客の目を楽しませている。そんな喫茶店の所有する駐輪場にバイクを停めると、彼は鍵を掛け店の中へと入って行った。



リリリン♪


「いらっしゃいませ~」

店へ入るための押扉を開けると、ドア上部に取り付けられていたドアベルが可愛げのある音を奏でた。音と共に店員からの挨拶がやってきたのを聞くと、彼はカウンターに用意された席へと座り、店員に珈琲を注文した。注文を受けた店員は軽くお辞儀をした後、水とおしぼりを彼の前に置き、その場を離れて行った。相手の様子を彼はしばらく見た後、店の雰囲気を見ようと周囲を見渡した。


店内の雰囲気は、外見に負けない気品ある上品さを演出しており、シックなテーブルと椅子が置かれ、一部はソファ席となっていた。使用されているテーブルクロスはテーブルに使用されている樹を上手に生かした物となっており、レースを使用した清潔感のある白い物が使用されている。来店していた際に音を奏でたドアベルもシンプルな物ではあるが、独特の音色を奏でる所を見ても、素材が鉄ではない事が分かる代物だ。店長の配慮やこだわりが、良く分かる作りとなっていた。



その日彼がその場にやって来た理由は、この店が行き着けの場所であり、比較的落ち着ける空間だと判断したからだ。彼が准士官となり住まいが寮からアパートになった頃から通うようになった場所であり、昼食やちょっとした待ち合わせに使用する事がしばしばあった。今日は特に待ち合わせと言うわけではないため、珈琲を飲みながらゆっくりしようと考えていた様だ。

「お待たせしました。 ブラックです。」

「あぁ、ありがとさん。」

そんな空間に馴染んでいると、彼の元に注文した珈琲がやって来た。運んできたのは先ほど注文を受けた店員ではなく、黒いベストを着用した青年だった。黒縁の落ち着いた眼鏡を付け名札をしていない所を見ると、店長の様にも見える。

「今日は珍しく、お1人のご来店でしたか。 この時間に来るのは、とても珍しいですね。」

顔見知りである様子で店長は声をかけ、近くに置かれていたグラスを拭きながらギラムに話しかけてきた。彼もまたその店長の事を知っており、共に店内のみでの顔見知りの仲で違和感を持たずに返事をしていた。

「あぁ、ちょっと仕事疲れが目立って休暇を貰ったんだ。 この店が一番落ち着くからな、つい来ちまったぜ。」

「それはそれは、嬉しいお言葉を。 サービスついでに、よろしければこちらもどうぞ。」

返事を受け店の感想を貰った事に嬉しく思ったのか、店長はショーケースの中に置かれていたクッキーを数枚取り、ナプキンを乗せた皿の上へと乗せ、彼の元へと出してきた。置かれたクッキーはプレーンタイプの物であり、丸型もあれば星形もあったりとさまざまな形をしていた。中にはキャラクターを象ったと思われる歪な形をしたものもあり、チョコレートで装飾が施されていた。

「ありがとさん。 …そういえば、店主はこういう遊び心をいれた商品を何個か作ってたな。 手の込んだを作してるが、利益的にはあまり意味は無いんだろ?」

「確かに、その通り。 このクッキーが入っていようとも、入って無くとも値段は一緒。 時々お客様の中には、このクッキーを目当てに来る方がいらっしゃる程度ですね。」

「だよな。 集客効果つっても、代替的な看板メニューでなければあんまり意味も無い。 …店主は、どうしてそういう物を作ろうと思ったんだ?」

無料提供されたクッキーを口にしながら、彼は店主に何枚かだけ焼いているマニアックな形のクッキーに対し質問をしてみた。基本的に焼いて商品となっている物は、他の洋菓子店では同じ形となっている事がほとんどだ。しかしこの店では商品として店で提供している物、持ち帰り用として包装をしてある物全ての形がバラバラだ。ましてや今出された中に1つだけ乗っているキャラクタークッキーは、提供されるお客によって入っている人も居れば入って居ない人もいる。

何故そのような物を作っているのか、彼にはあまり理解出来ない様だった。

「たいした理由では無いですが、そのクッキーには意味を込めて作り幸運なお客様に提供する事が多い代物。 要は趣味です。」

「趣味で作ってるのか…? こう言っちゃ難だが、コスト的にも他のクッキーに比べて材料もいろいろ使ってるだろ。」

「それもまた事実ですが、私はこのクッキーは他のクッキーよりもさまざまな効果を貰っているので。 それで十分に対価は貰っている次第です。」

「さまざまな…効果。」

説明を受けたギラムも口出しする事ではない事を解ったうえで再度質問すると、店主は面白い返答を返してきた。



シンプルに焼き上げたクッキーとは違い、キャラクターをモチーフにしたクッキーは材料費以外に得ている物がある。店主自らが見つけた目線でその対価は成立しており、お客の一部がそれを要求した場合は一枚は入れてもそれ以上の要求は飲まないのだ。子供が喜びそうなキャラクタークッキーであるが、何故それに値段以上の物が見いだせるのか。

ギラムにはまだ、理解出来ない様だった。


「お客様はどうかは解りませんが、私はこのキャラクターには意味があると説明しました。 【簡単に意味を】言えば『宣伝効果』であって、それ以上は有りません。 …ですが、その宣伝効果は別の場で影響を生み出すとして、自分は好み、尽くしている次第。」

「別の場での、影響…」

「主な目的は、私が趣味で書いているこの小説です。 この小説に登場するキャラクターをモチーフにし、このクッキーを見て知ってもらう。 さらにその経緯を聞いてきたお客様には、その事柄を説明しさらに何かを創りだす。 最近の私の趣味です。」

説明をしながら店主は背後にあった棚の元へと向かい、そこから一冊の本を手に取り、彼の元へと持ってきた。文庫本サイズのその本には、背表紙にタイトルが書かれており、店主のペンネームと思われる名前が記されていた。表紙絵は自作の物らしく、暖色を基調とした柔らかい雰囲気の絵が描かれていた。出された本を彼は手に取り、本文に軽く目を通していた。

「へぇ。 中々面白い事をしてるんだな。 その様子だと、結構上手く行ってるのか?」

「大きい声では言えませんが、その通りです。」

一通り本の中に目を通すと、彼は本を閉じ店主に笑顔でそう言った。彼の質問に対し店主は謙虚にそう答えると、2人は苦笑し何処か面白いやり取りをしていると、楽しげに話をしていた。


この店で行われているちょっとした会話だが、個人でやって来たお客様限定で行われているサービス。それは店主のちょっとした『気配り』として行っている事であり、大きな声では言えないが面白いネタを提供し笑顔を届ける。無償かつ無料で行っている事もあるため失敗もあるものの、今のギラムには効果があった様子で、とても楽しそうに笑っていた。

店主もそんな彼が笑ってくれた事が、何処となく嬉しかった様だ。



「その本は差し上げましょう。 ご贔屓(ひいき)にしてもらっている、せめてもの粗品です。」

その後店主は彼に渡した本を差し上げると言い、お代は貰わずに持ち帰ってくれと言い出した。もちろんそんな事を言われてもすぐに受け取れず彼は財布を取り出すも、結果的に店長に止められお金を貰えるほどの代物ではないと止められるのだった。

「良いのか…?」

「えぇ、まだ名の売れていない物ですから。 どうぞ。」

「…わかった、じゃあ遠慮なく頂かせてもらうぜ。」

知名度の無い趣味である事を聞き、彼は好意に甘える事にした様だ。その後取り出していた財布から珈琲の代金を支払うと、彼は本を手にし店長に挨拶をした後、店を後にして行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 休暇のお供に思わぬものが舞い込みましたね、この本が彼の人生を彩るものになればよいですが。
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