18 心構(こころがまえ)
連絡を取ったギラムが治安維持部隊の施設へと向かうと、慣れた様子で手続きを済ませていた。入設の際に必要な道具は普段から携帯している為、彼自身にとっても『行きつけ』とも呼べる場所と言えよう。そんな彼は慣れた足取りで駐輪場へと向かい、バイクを停車させた。何処からともなく聞こえてくる隊員達の声に耳を傾けながら、彼はフィルスターをナップサックから出し、自身の肩の上に乗せて移動しだした。
ちなみに余談だが、今回はフィルスターを入れる際の手続きも取ったため、これからはお互いに顔パスである。前の経歴もココまで来ると、上手に使うのがギラムの様であった。
コンコンッ
「鍵は空いてるわ。どうぞ。」
「失礼するぜ、サインナ。」
そんな彼が向かった場所、それは現陸将が使用する部屋の一室であった。以前から訪れる事のあるこの部屋は特別な部屋であり、今の彼であれ入室する際には気を配る相手がその場に常居している。相手からやって来た返事を聞き、彼はドアノブを捻り中へと入った。
見慣れた深紅のカーペットが視界へと入ると同時に、彼の視界に窓辺に立つ一人の女性の姿が映った。凛とした立ち姿が印象的な、現陸将のサインナである。
「時間通りね。要件は連絡にあった通りで良かったかしら?」
「あぁ、早速だが聞ける限りで聞いても良いか。あの後から、少し進展があったと思うんだが。」
「貴方が何を思って来たのかは解らないけれど、残念ながら成果は上がってないわ。隊員達の収集は微々たるもので、親子を助けたって言う相手の行方も掴めず終い。私はてっきりギラム元准尉かと思ってたのだけれど、貴方の話を聞いてからはそれが違うって解ってからは消沈気味ね。」
「俺であってほしかった、みたいな言い方だな。」
「まぁね。貴方には伝えておかなければならない事もあるから、正直に言うと『貴方が助け事件が終わる事を望んでいた』が正しいかも。」
「なるほどな。確かにそれなら。俺が片付けてサインナがそれを片付けるって言うのが筋かもしれないな。雑用みたいで、俺的にはあまり良い気はしないがな。」
「フフッ、相変わらず部下には甘いのね。そう言う所も、私は好きよ。」
「そりゃどうも。」
そんな彼女からの要件を聞くと、彼は納得しながら軽く頬をかきだした。軽くからかわれているのではないかと思われるやり取りではあるが、お互いに理解し事件が終息する事を望んでいる事には変わりは無い。
それだけの力を自身が持っていると思われている事を、ギラムは改めて理解するのだった。
「とりあえず、貴方の聞きたい要件はコレで全てかしら?」
「あぁ、聞きたい事は聞けたぜ。捜査状況については聞くわけにも行かねえし、推測だが解ってる部分もあるからそれを頼りに行動するぜ。」
「さすがね。部をわきまえた行動と言うのかしら?」
「これ以上元の経歴でズカズカと聞くのは気が引けるからな。協力できる部分があれば、しておきたいって思ってたくらいだ。」
「あら、それならあるわよ。」
「え?」
彼女とのやりとりをしていると、不意に彼は意外な返答を耳にした。返事に対し彼は彼女の眼を視ると、普段と変わらずも彼に期待を抱く様な眼差しを向けていた。
「私も貴方には個別でお願いしたい事があったから、今回の要件に応じたのよ。マチイ大臣には、すでにそういう流れで許可をとったわ。」
「正式な依頼じゃなくて、ギブアンドテイクって奴か。その意味は何だ?」
「貴方も知っての通り、彼がそれを認めたからよ。」
シャーッ……!
そう言った彼女は壁際へと移動し、窓辺に掛けられていたカーテンを左へと引いた。するとそこには見慣れた鮫魚人が立っており、開けられると同時に彼の元へとやって来た。改めて見るとギラムよりも少しばかり背丈は低く、鋭い眼光が印象的な相手だった。
「ラクト!? お前、何でココに……!?」
「お前にはまだ話していなかったな。俺が契約をしたリアナスの女性、それはお前の元部下であるお嬢『サインナ・ミット』だ。」
「………って事は、サインナはリアナス……」
「そういう事よ。貴方が契約をするであろう予兆の話を聞く前に契約して、それからは裏で情報を集めて処理をしていたの。彼が私の腕を買いたいと、言って来たから。」
「そうだったのか……… ……まさか友人達がエリナスと契約をしているなんて、こういう偶然もあるんだな。」
「偶然と言うには、少し違う気もするわね。ラクト。」
「あぁ。この場合は偶然ではなく『必然』と言うべきかもしれないな。俺がグリスンと交友関係にある事も、お嬢がギラムの部下である事も、全ては筋の通っていた出来事かもしれない。」
「そんな事が、有りえるのか……?」
「『事象は無くして起こりえない』と、俺達エリナスは考えているからな。」
現れた相手に驚愕する彼であったが、何時しか自身の周りには獣人達が溢れている事を理解した。
グリスンが自身の前に現れる以前に獣人達はリヴァナラスへと訪れ、密かに創憎主達の脅威から世界を守っていた事。サインナを始めとした友人達が契約をし、すでに自身よりも長い月日を彼等と共に過ごしていた事。そして何よりも、同じリアナスの友人達が数日間で二人は現れた事。
どれもこれも出来過ぎたシナリオの如くやってきた事実は、偶然とは呼べない様にも感じられる出来事であった。
「貴方にお願いしたい事、それは今回の創憎主の出所を突き止める事よ。」
「やっぱり創憎主が絡んでたのか…… 今回の事件は。」
「察しの通り、全てが全て『交通事故』として処理されるように図られた行いよ。相手は『物体』に干渉するタイプの様だから、出所さえ突き止めてしまえばこちらのものよ。」
「創憎主にも、パターンがあるのか。」
改めて彼に頼まれた依頼内容を聞くと、彼は些細な疑問を彼女に投げかけた。問いかけに対し彼女は頷くと、簡単ではあるが彼に特徴となる創憎主のパターンを説明してくれた。
一番初めにギラムが応戦した創憎主、彼等は『生成型』と呼ばれ剣を始めとした道具を無の状態から創り扱う者達だ。実在する物から空想上で創られたモノを使い、世界に変化を齎す者達が区分される。次にギラムが応戦した相手は『地点型』と呼ばれ、限られた空間領域そのものを変換し創り出す者達だ。本来あるべき場を望んだ世界へと書き換え、その場に巻きんだ者達を意のままにしてしまう者達が区分される。
そして今回応戦するであろう創憎主は双方に区分されない『干渉型』と呼ばれ、実在する物に干渉を与え強引に捻じ曲げる者達を総称して呼ばれていた。本来であれば前後にしか進めないはずの物体を上下左右に動かしたり、止まるべき物を動かし続け貫通させる事も容易くしてしまう。そのため彼等には現実に存在する『力学』が一切通用せず、隙を見せればどんな攻撃を行って来ても不思議では無いのだ。
「幸い今回のは『車』に関係している事から見て、そっちのルーツを調べてもらえれば違和感が洗えるかもしれないわ。私はこの場を離れるわけにはいかないから、こういう事は同じリアナスにしか頼めないの。もちろん場を突き止めて貰えたのであれば、その先は私が担当するわ。」
「担当って事は、一人で討つ気なのか?」
「正しくは俺とだが、むやみやたらと仲間を連れて行くわけにはいかないとお嬢は考えている。俺達はあくまでコンビとして行動し、最小限の行動で場を収める事を目標としているからな。」
「貴方の様に『相手を傷つけず』に終わらせる事は、普通には出来ない事。その点では相違があるから、お願いはしないわ。解って頂けて?」
「……… 解った。」
「そう。そう言ってもらえると助かる」
「サインナ。治安維持部隊が事態終息のために、必要な心構えを言ってみろ。」
そんな相手へ接触後の内容を聞かされた彼は、不意に彼女に対し命令的な発言をし始めた。言葉を耳にした彼女は軽く驚くも軽く咳払いし、以前の上司と部下の関係の様に彼女は語りだした。
「『我々部隊は事態終息に失う命が無い事をこの身に刻み、悔いの無い未来を導く者達であろう』……… ……そう、貴方が言いたいのはそういう事ね。」
「そういう事だ。サインナがそれを出来ないと言うのなら、それを行うのが俺等上司の務めだ。頼ってばかりだと思ったとしても、そう言う必要はないって意味だぜ。」
「………」
「俺は治安維持部隊の心構えに、何も否定的になる部分は無いって今でも思ってる。戦いを終わらせるために誰かが犠牲になるなんて、今でも無い事であり続けたいんだ。 ……ま、俺の単なる心意気だけどな。」
言葉に秘められた彼の真意を察すると、彼はそう言い彼等に軽く背を向けだした。肩に乗せられたままだったフィルスターも同様に背を向けると、ギラムは振り向きながら二人にこう言った。
「この一件は俺が預かる。サインナは無理せず、今のお前が出来る事をこの場でやってくれ。俺が居るべきじゃないと思った、この場所でな。」
そう言いながら彼は口元に笑みを浮かべ、挨拶をした後その場を後にした。何処か昔の名残を感じられる勇ましい後姿に二人は言葉を失い、彼の去る姿を見送る事しか出来ないでいた。
何時しか見る事の出来なくなっていた姿を、今の今まで目にする事が出来るとは思ってもみなかっただろう。自身が尊敬する上司がそこに居て、立場が変わった今でも忘れずに居る相手。そんな記憶と重なり合う姿を目にし、彼女は静かに窓辺へと移動し、施設から去るギラムの姿を見つめていた。
残されたラクトは静かに彼女の隣に立ち、契約主であるサインナの事を視た。
「お嬢。」
「………解ってるわ、ラクト。ギラムが事後処理を任せる様なそんな中途半端で去る男じゃないって事くらい、私を始めとした彼の部下達は、皆それを肝に銘じて生きてるわ。」
「………」
「彼には周りに無いモノを持っているからこそ、私は彼のアシストがしたいだけ。 ……でもまさか、部隊の心構えを言ってみろって命じられるなんてね。思ってもみなかったわ。」
「立場を弁えない、少し遺憾を覚える言葉だったな。」
「違うわよ、ラクト。」
「違う?」
顔色が伺えないまま彼女の様子を見ていると、不意に彼女は彼に語りながら顔を上げた。そこには優しい眼差しを向ける現役陸将の姿があり、彼の発言に対し悟らせるかの様に訂正を加えるのだった。
「彼は私の事を『今でも大事な部下だと思っている』って言いたかったのよ。部下や友人を失う事、それが彼にとっての一番の苦痛だから。」
「………」
「それが起こり得る可能性が出てくれば、彼は何時だって立ち向かっていくのよ。自分が怪我や深手を負おうとも、絶対に止めない相手だから。 ……でも、少しくらい自分が怪我をした時に心配する周りの身にもなって欲しいわ。そう言う所は、今でも鈍感なのよね。」
「……耳に痛い言葉だ。漢には無理な忠告だろうな。」
「フフッ、彼には特に無理な発言よ。」
去って行ったギラムの姿を見送った彼女はそう言い、自身の構える席へと静かに付いた。その後目の前に電子盤を展開し幾多の場から情報を引っ張り、一つの電子内容へと変換し彼の元へと情報を提供するのだった。