14 造形体(ゼルレスト)
自分と似た雰囲気の相手を視かけた、自分と同じ相手と知らない間にすれ違った、そして知らずの内に周りに影響を与えていた事。そんな事を、貴方は体験した事があるだろうか。
身に覚えのない話は些細な事から始まり、やがて大きな事象へと変化していく。それはどんな驚きよりも想像を超え、そして不安と恐怖を与えられる出来事に過ぎないかもしれない。相手によってはそれが苦痛となり、今までの日常を送れなくなっても不思議ではない。
そんな違和感から始まった結末が、今彼の目の前に立っているのだった。
「何で…… マジで……… 俺……なのか………?」
突如帰宅途中の公園で見かけた存在を目にした彼は、開いた口を閉じる事が出来ない程に動揺していた。彼の目の前に立っていた相手、それはまさしく『鏡で映した』かのように瓜二つの自分自身であり、印象的な髪形から体格まで全てが同じ姿をしていたのだ。服装は違えど中身は同じだと解るくらいに発達した筋肉が服の下から主張している為、並んで歩いてしまえば『双子』だと言われても見分けがつかない程に似ていたのだ。
混乱し正常な思考回路が働かない中、ギラムは一生懸命に冷静になろうと頭を抱えながら呟き交じりに言葉を繰り返していた。何度も何度も夢であれば冷めて欲しいと念じながら頬を抓り、痛覚で夢ではない事を自覚しながら目の前に立つ相手の姿を見た。相手は先ほどから変わらずにギラムに眼を向けた後、彼の表情をジッと見つめていた。
そしてしばし彼を視た後、その場を離れる様に静かに振り向き前へと歩きだした。一歩ずつ歩きタイルと靴が接触する音が周囲に響く中、ギラムはふと我に返り言葉を発した。
「ま……待てッ!!」
カツンッ……
「………」
声を耳にした相手は静かに歩を止め、再びギラムの事を視る様に振り返った。再び自身と同じ顔をした存在から眼を向けられて怯むも、ギラムは顔を思い切り左右に振り、意識を戻しながらこう言い放った。
「………お前は………誰なんだ……! 誰なんだ、お前は!」
「………」
言葉を耳にした相手はしばし視線を横へと向けた後、身体の向きを変え、真正面からギラムを視る様に立った。放った言葉を理解した様子を見せる相手を視ると、ギラムもまた正面から立ち相手を見つめた。
「……俺は、ピニオ。 ………俺の名前は『ピニオ・ウォータ』」
「ピニオ……?」
「そう、俺はピニオ。俺自身を創る際にモデルとなった、ギラム…… お前から創られた、造形体だ。」
「造形体………?」
問いかけに対する返答を聞いたギラムは単語を耳にするも、聞き覚えの無い言葉に眉を顰めた。しかし相手は彼の表情を視て不思議そうな眼を向けており、どうやら嘘偽りを言った様子は無く、純粋にありのままの回答を告げたのだろうとギラムは理解した。だが不思議と気にかかる部分が幾つもあり、やはり首を傾げざる得ないギラムなのだった。
彼の目の前に立ったもう一人のギラム、彼の名前は『ピニオ・ウォータ』
本作の主人公である『ギラム・ギクワ』をモデルとして創造された『造形体』であり、生身の人間とは違う過程によって生み出された存在だ。姿形はギラム本人を映したかのようにそっくりだが、彼よりも後髪の量は少なく、ギラムが気にする目元の痣が左右対称的に刻まれていた。そのため『鏡から出てきた様な姿』と言う言い回しは、あながち間違いではないのかもしれない。
とある名目によって生み出された『クローンギラム』と言っても過言では無い存在だった。
「………じゃあ、お前は…… 俺を元に、造られた人間だって事なのか……?」
「あぁ。 ……正確に言うと、ギラムの遺伝子を基にして創られたわけじゃない。ギラムの情報から統計されたデータを基盤として、ギラム自身を創る事を目的として生み出されたのが、俺だ。」
「俺自身を創るって……… どうして。」
「それは、ワシから話すとしようかのう。」
「ぇっ?」
夕暮れ時となり二人きりだった公園の元に、突如別の声が彼等の近くへとやって来た。言葉を耳にしたギラムが振り返り辺りを見回すと、そこには白い装束を身に纏ったラマ獣人が立っていた。
クリーム色だったのであろう地肌が所々白く、貫禄のある髭を蓄えた老体の顔付をしていた。
「初めましてと言うべきか、久しぶりと言うべきか。お主から視たら、初めましてが相応しいかのう。ギラム。」
「エリナス……? ピニオ、お前のエリナスか?」
突如現れた獣人からの挨拶を受けたギラムは軽く驚くも、ピニオの連れなのかと振り返りながら問いかけた。しかし言葉を聞いた彼は静かに首を横に振り、そのまま現れたラマ獣人の元へと歩いて行った。
「俺にはギラム同様、行動を共にするパートナーのエリナスは居ない。 ……彼は俺の事を造った、ギラム自身の創造を求めたエリナスだ。」
「俺の……創造?」
「左様、ピニオを創りだしたのはワシじゃ。ワシの名は『ベネディス・ダカーポ』 お主達とは異なる世界となる『クーオリアス』で行動をする、一人のラマ獣人じゃ。」
「ベネディス……」
偶然に等しい遭遇をした二人の関係性を知ると、ギラムは再び眉を潜めながら双方を見比べるのだった。
彼の名前は『ベネディス』
グリスン達の暮らす世界『クーオリアス』にてピニオを創造した張本人であり、彼のモデルとなったギラム自身を創る事を求めたラマ獣人だ。遺伝子技術を持ち要らずに精密的な施しによって彼を創り出し、より本人に似せる様に今の行動を取り仕切っていた相手だ。彼の良く知る獣人達とは違う井出達にも違和感はあったが、彼等が『異世界人である』事を改めて知る機会でもあった。
ギラムの居る世界では確率しえない技術をもって、自分自身を創ろうと想った相手が居ると言う事実。喜びとも怒りとも言えない、とても不思議な感覚を覚える瞬間であった。
「………」
「何やら、何を聞いたら良いのか解らん様な表情じゃのう。そんなに驚いたかえ、ピニオと遭遇したのは。」
「そ、そりゃそうだろ…… いきなり俺の身に覚えがない話を何度も耳にして、目の前で俺と同じ顔をした存在に遭遇するんだぞ………? 驚かないわけがないだろ。」
「フォッフォッフォッ、何とも至福を感じざる得ない感想じゃのう。偶然とはいえ、遭遇させて正解じゃった。」
「正解?」
首を傾げる本物のギラムを尻目に、ベネディスは嬉しそうに腰に手を当て静かに笑い出した。
ピニオがギラムと接触する事はいずれあるであろうと彼は認識していた様子で、何処か楽し気にやり取りを見守っていた様にも思える口振りである。まるで『繋がりは無いが近くに居る存在』の様な目を向けており、何処か慈愛に満ちた眼差しの様にも感じられる老体なのであった。
「お主のリヴァナラスでの行動は、ワシの耳にも何度となく入って来ておる。一匹狼に等しい准士官上がりの傭兵が、エリナスとの契約によって一人の憧れと成り得る存在となった事も、二人の創憎主から世界を守った事もじゃ。」
『コイツ、俺の行動を知っているのか………?』
「じゃが、それはあくまでこの世界で起こした憧れと成り得る微々たる可能性の切欠に過ぎん。お主にはまだまだ、限りない無限の可能性が秘められておることは、おぬし自身もわかってはおらんのだろう。」
「可能性って、何の事だ。第一、俺はお前に合った事は無いんだぞ。」
「まぁ、それに関しては無理もなかろう。お主の記憶の一部を、ワシが改ざんしたからじゃ。元に戻す必要性も含め、お主がエリナスと契約をする事が確定事項だとも、当時は思わんかったからのう。お主の今後を考えて、行った措置じゃ。」
「措置……?」
何やら謎めいた言葉を話し出す相手の言葉を聞きながら、彼は目の前に立つ相手とは初対面である事を再度確認しだした。だが相手は事実はそうではないと否定するも、全てを話す様子は無く『措置』という言葉で話題を終わらせしまうのだった。
彼は自分に何を行い、そして何を思ってその措置を行ったのか。
ギラムは相手の事を視ながら考えるも、何処か情報不足な様子で答えにはいきつかないまま考える事を一度止めるのだった。
「……詳しく言う程は語れないが、ギラム。俺はギラムにとって、害のある存在では無い事は、今この場を借りて言わせてもらうぜ。」
「俺にとって、害が無い……?」
「あぁ。俺は確かにベネディスに造られた存在だが、それはあくまでこの世界とクーオリアスでの均衡を保つための行動に過ぎない。俺はベネディスが予知している火蓋が切って落とされるまで、クーオリアスの均衡を守る事に勤めているだけだ。」
「……… ……悪い、全く持って何を言っているのかが解らないんだが……」
そんなを見かねたピニオはフォローを入れるべく言葉を告げだし、敵対する存在ではないと主張した。不意に現れた相手からの言葉にしては説得力に欠けるも、彼等なりに理由があって今の結果が導き出された様子で、事実を告げている様にも思えた。
自分自身が言う言葉を信じるかどうか、それを問われたら何と答えるのがふさわしいのか。
少々考え込まされるようなやりとりである。
「まぁ、無理もないじゃろう。ワシが話そう。」
「………」
何やら話が進みそうに無い二人のやりとりを見かねてか、今度はベネディスからギラムにと言葉を告げだした。言葉を耳にしたピニオは一歩引く様に後方へと下がり、話の邪魔をしない様にと行動を見せていた。そんな彼を視たベネディスは納得する様に頷き、ギラムの方へと目を向けた。
「ギラム、お主がリアナスと成った際に契約を交わしたエリナスとは、何を理由に契約を交わした。」
「理由……? ………俺はグリスンの手助けと共に、この世界に起こり得る無謀な変化を阻止するために契約を交わしただけだ。リーヴァリィを含め、俺達の居る世界に確立した法則そのものを捻じ曲げてしまう、創憎主を止めるためにだ。」
「ふむ。お主はそれを理由に、契約を交わしたという訳か。」
「あぁ、そうだ。」
彼からの質問を聞いたギラムは返事をすると、相手は何かを考える様に右手を顎元へと近づけだした。どうやらギラムの言葉の真意を知りたい様子で考えており、何やら深い事を考えているのではないかと思われるような表情を見せていた。
しばしの沈黙が流れた後、ベネディスは手を再び元の位置に戻し、話を再開しだした。
「……ではお主は、二度に及ぶ創憎主との戦闘で何か気にかかった事はあったかのう。」
「気がかりな事……?」
「左様、お主は人の上に立つだけの素質を兼ね備えた傭兵であろう。ただの一傭兵ならば話はすまいが、お主は異例に異例を重ねた存在じゃ。すでに気付いている事も、何かしらあるのではないか。」
「………」
問いかけに対し、今度はギラムが考える様に左手を顎元に沿えて考えだした。
確かに彼は、現代都市を中心に二度にも及ぶ創憎主との戦闘を行った経歴がある。一度目は真憧士に成ったばかりの数日後であったが、二度目は記憶にも新しいほどについ最近とも言える出来事であった。彼等の言葉を一句一句覚えているわけでは無いが、彼等の言う『気付いた事』とは何かを考えていた。
その時だった。
【消えちまえば良い……! 俺を捨てたアイツと同じく、お前等も死ねば良いんだ!!】
【………アタシ、もっと早く虎さんの様な優しい人に出会いたかった………】
不意に彼の脳裏に彼等とのやりとりが浮かび、何かが合致する様な感覚を彼は抱いた。共通点がなさそうに思えるその言葉には、何処か違和感があると彼は思ったのだ。
「………? ………お前等、何か目的があるのか? グリスンが頼み込んできた時とは、別の………」
「ほほう、やはりお主は違った理由を見出せる輝きを持ち合わせているようじゃのう。ワシの眼に、狂いは無かった。」
どうやら彼の思う結論に近い回答を導き出せた様子で、相手は満足そうに再び笑みを浮かべ笑い出した。満足そうに笑みを浮かべるベネディスに対し、ギラムは良く解らずぽかんとしていた。
そんな二人を視ていたピニオはその場で苦笑し、まるでギラムが笑っているかのような表情を見せていた。
「ギラム。全てを語る事は出来ぬが、お主はお主の信じた道を進んでくれれば良い。ワシが言いたかったのは、それだけじゃ。」
「俺もベネディスと同様に、ギラムにはギラムで居てくれる事を望んでいる。俺はあくまで造り物の物体でしかないが、ギラムは一人の存在。憧れにも憎しみにも、身を染める事は出来るんだ。」
「………」
「会えて良かったぜ、ギラム。近いうちに、また会おうな。」
その後二人はその場を後にし、静かにその場を歩き出した。夕暮れ時の公園は何時しか夜を迎え始めており、街中を照らす街灯の陰に隠れた瞬間、彼等の姿が見えなくなった。
「………ピニオ。 ベネディス………」
残されたギラムはしばしその場を見つめた後、彼等の名前を口にするのだった。