13 時間差(じかんさ)
そんなこんなで時間が流れ、次の日の朝。
「じゃあグリスン、フィル。行って来るぜ。」
「行ってらっしゃいギラム。」
「キュキューッ」
朝食を終え身支度を済ませたギラムは靴を履きながら、リビングに居るグリスンとフィルスターに声をかけた。二人は揃って見送りのために彼の近くへと移動し、手を振りながら彼の出先を見送るのであった。
外へと出た彼は軽く空を見上げ、その日の天気を確認した。雲が点々と浮かぶだけの晴れ間が空には広がっており、一日を通して良いお天気であろうと彼は視ていた。基本的に突然の雨へ見舞われる事が少ない都市内でのお天気は、簡単に視るだけで彼には十分な様子だった。愛車の元へと向かいエンジンをかけると、彼はゴーグルを付け、安全を確認し車道へと走り出して行った。
その日も変わらない光景が都市内に広がる中、彼は髪を靡かせ軽快に車道を走っていた。平日のその日は都市内を歩く都民達の姿があり、一部見慣れた迷彩服に身を包んだ隊員達の姿があった。昨日も見かけた治安維持部隊の制服であり、どうやら彼等も仕事で出向いている様にも伺えた。
『昨日に続いて、今日も隊員達が出てるなんてな。最近は事件が多いのか……?』
平穏とは違う次元に存在する部隊達を見かけ、彼は都市内の平和が続いていないのかと、軽く疑問を抱くのだった。
そんな道のりを進んで職場へと到着すると、彼は慣れた手付きで愛車を停車場所に停め、エンジンを切り鍵を抜いた。その後周りに忘れ物が無いかを確認し、彼は職場へと入って行った。
ウィーン……
「おぉっと、すみませんっ」
「ん?」
仕事場へと入ると同時に、目の前から段ボールを手にした作業員の姿が目に移った。突然の事に彼は驚きつつも横へとずれ、彼等のやって来た社内を視た。するとそこには、幾つもの段ボールの姿が目に入った。
「おはようございます。 ……随分と大荷物だな。」
「ギラムさん、おはようございます。支部の引っ越しを行う事となり、一部の備品をコチラから送る事になったんです。」
「なるほどな。」
見慣れない光景を目にした彼は受付嬢から説明を聞き、何の作業であるかを理解した。そんな事をしている間にも作業員達はせっせと荷物を運ぶも、人手が薄いのか少しペースが遅い様にも見えた。軽く視ただけでも一人しか居ないため、広い社内を往復するのは大変であろうと彼は思った。
「少し手伝うぜ。」
「あぁ、すみませんっ」
そんな彼等を見かねた彼は声をかけた後、手荷物を受付に預け、彼等の手伝いをしに入った。仕事ではない純粋なボランティアではあったが、十分過ぎる助っ人である。
現役傭兵の手慣れた行動振りに作業員達が呆気に取られる中、彼等もいそいそと荷物を運んで行った。配達員に紛れて彼は荷物を運ぶと、外に停車してあったトラックへと運んで行った。するとそこには別の配達員がおり、やって来る荷物の積み込み作業を行っていた。
「少し手伝うぜ、よろしくな。」
「あっ、ありがとうございます。お手数おかけしますーっ」
運んできたギラムの声を聴いた作業員が軽く驚くも、お礼を述べつつ手を休める事無く仕事を続けていた。
その後二人で来ていた配達員の片方に荷台の積み込みを任せ、彼はせっせと輸送物を運んで行った。彼の手際の良さは、元より隊員時代に下っ端として荷物運びした経験がある為、ギラムにとっては朝飯前の行動だった様だ。こういう所で前職の経験が生かされるため、経歴そのものも馬鹿には出来ないと言えよう。
「ありがとうございました、助かりました。」
「良いって、これくらい。道中気を付けてな。」
「はいっ」
片方の配達員が受領印を受け取り戻って来ると、二人は車に乗り込みその場を走り去って行った。その様子をギラムは見送ると、その場を振り返り歩こうとした。
その時だった。
「すみませんや、そこのお兄さん。」
「ん?」
職場へと向かおうとしたその時、彼は左後方から声が飛んで来た事に気付がついた。振り返りながら後ろを向くと、そこには背筋が伸びるもオシャレなステッキを突く老婆の姿があった。都内では視かける事の少ない風呂敷包と、手編み製の普段着の様な井出達であった。
「ちょいと慣れない場所で、道を尋ねたいんだがね。ココへ行くには、どうしたら良いかね。」
「道ですね。ちょっと失礼します。」
問いかけに対し彼は丁寧に答えると、相手が差し出したメモに目を通した。そこには彼の職場近くの電車の駅名と目的地の住所、そして目的地近くにあるのであろう学校名が書かれていた。どうやら相手は電車に乗ってこの場に訪れた様子であり、学校名はその場からタクシー等で移動する際の目印として用意したのであろう。だが相手はタクシーに頼る事はしない様子で、彼に声をかけた様にも思えた。
そんな相手の気遣いそっちのけの老婆に対し彼はメモを見ていると、目印として記載されていた学校名に目を止めた。書かれていた学校名には覚えがあり、目的地の住所には彼も心当たりがあった。
「……あぁ、ココって俺の家の近くの学校だな。良ければ案内しましょうか。」
「おやすまないね。そうしてもらえると助かるよ。」
「はい。では、行きましょうか。」
そう言い彼は彼女が持っていた風呂敷包を預かると、老婆を道案内しに出かけて行った。相手のペースに合わせて歩調を調整しつつ彼は一度元来た道を戻り、大通りの横断歩道を渡って相手の目的地である学校の近くへと案内して行った。
彼等が向かった場所、それは以前アリンと待ち合わせをした公園近くにある『クノウスプ小学校』のある地域だった。小学校近辺には小さな一戸建ての家が軒並みに連なっており、学校へ通う子供達が居る世帯に好まれる地域となっていた。その証拠に、何処からともなく子供の声もやって来るほど、若さと賑わいが溢れる地域であった。
案内した学校周辺に到着すると、彼はセンスミントを取り出しメモに書かれていた住所を入力した。すると検索結果が目の前に電子盤となって出現し、丁度小学校の横に位置する家であることが判明した。
「どうやら、あの家みたいだな。お婆さん、着きましたよ。」
「ありがとうねぇ、お兄さん。親切に荷物まで運んでくれて。」
「これくらい良いですよ。」
そう言い彼は手荷物を老婆へと返すと、相手は丁寧にお辞儀をし感謝の気持ちを表してくれた。そんな相手に対し彼も会釈をすると、目的の家の屋根の色を伝えその場を後にした。
「……ふぅ、大分遠回りになっちまったな。」
再び職場へと戻って来た彼は軽く肩を回しつつ、入口を抜け受付で手荷物を返却してもらうと、自身が務める部署へと向かって行った。慣れた道のりを歩きその場へと向かうと、変わらない様子でデスク前に腰かける上司の姿があった。相変わらずデスクに足を置いており、少々品性に掛ける光景が映っていた。
「おはようございます。」
「ん? ぉ、おはようギラム…… お前、もう戻って来たのか?」
「は?」
職場へと到着し挨拶をすると、相手から奇妙な返答が飛んできた。突然の事に彼は呆気に取られた返事をすると、双方は顔を見比べ首を傾げだした。
「『戻って来た』って…… 俺は今来たばかりだぞ?」
「何言ってるんだ。お前さん、さっきまでそこで書類の整理をしてただろ。ちょっと前に書類整理が終わったからって、俺に一言告げて帰ったじゃねえか。」
「帰った? 俺が?」
「そうだぞ。」
「………」
あからさまに会話が噛み合っていないと判断したギラムは事情を聴くと、どうやら自分がすでに出勤した事になっていた事を知らされた。普段と同じ時間に出社しようと家を出た事と、職場前で二度手伝いをした事もある為、比較的遅い出勤を今の彼はしている。その間に誰かが出社し、退社したのだと上司は言うのだ。
どう考えても不思議な話である。
「……今一度聞くが、ウチクラ。俺だったんだよな?」
「だと、思ったんだがなぁ…… 顔は同じだったが………」
「……… ………ちょっと、デスク視てくるぜ。」
「お、おう。」
そんな奇妙な報告を受けた彼は断りを入れ、一度自身が使うデスクの元へと向かって行った。しかしそこには昨日と変わらない状態の机があり、小物等々の位置も変化がなかった。
その後彼は引き出しを開け中を確認するも、特に変わった所は無く、足りない書類等も見当たらなかった。備品も全て元のままであり、何処を弄ったのかさえ分からないくらいに変化が無かった。
『……何かが無くなってるってわけじゃ、なさそうだな。書類も全部この前のままだ。………あれ。』
半ばガサ入れする勢いで探し物をしていると、彼はある事に気が付いた。
彼が目を向けた場所、それは引き出しの手前にある空白のスペースだった。そこには普段彼が飲料する飲み物や事前に購入した際の昼食を入れるスペースとして彼は使っており、出社中は空にならない場所であった。だが彼は、そこに物を入れて帰宅した覚えがあった。
『そういや俺、一昨日喉が渇いたからって水を買ってたよな……… 中身が残ってるからって引き出しに入れておいたはずだったんだが……ねえな。』
先日上司に頼まれた雑誌を購入する際に寄ったスーパーで購入した水が、その場から忽然と姿を消していたのだ。別の場所に居れたのだろうかと彼は再びペットボトルの姿を探すも、何処にも姿が無かった。
その後彼は引き出しを押し戻し軽く考える様子で腕組みをし、誰が何の目的で自分に化けてやって来たのかを考えた。普通に考えれば『その場にしかない物』が目的としてやって来るはずであり、自身を見慣れているはずのウチクラが見破れなかった程、影武者は完全に自分そっくりであったのだろう。だらしない上司だが彼には『部下を視る目』が確かにあり、普段と違う事をすれば妙な視線を送って来る事も稀ではない。それをする間すら与えずに退社したのであれば、自分と同じ行動をしていたと言えよう。そんな相手がこの場での目的としていた物が何なのか、彼には腑に落ちない部分があった。
『…… なんで水なんだ………?』
手を付けそうな部分に手を付けず、自身の飲用したペットボトルだけを手にして帰宅した相手。全く持って彼には理解できなかった。
「ん、どうだった。何か無くなってたか?」
「いや、書類関係は全部そのままだ。一昨日買ったペットボトルだけ無かったな。」
「ペットボトル? 何でまた。」
「俺が聞きたい。」
そんな奇妙なやり取りをした後、彼は考えるのを止め出社登録を行い仕事へと入って行った。今日は上司に頼まれた仕事ではなく、外部から一部回って来た仕事を片付けるのであった。
その後彼は回って来た書類の山を捌いた後、昼食を取りに外へと出て行った。今日は職場近くにある『メルケン』と呼ばれるハンバーガーショップに出向き、普段から口にする『シュリンプバーガー』を注文した。他にも『照り焼きバーガー』と『テキサスバーガー』も合わせて購入し、変わり種だがお気に入りの『焼き鯖バーガー』もセットで注文するのだった。普通に考えれば一人分ではない量だが、彼はそれくらい食べるのが基本なのである。
常人よりも多めの昼食を取り終えると、彼は回転の忙しいバーガーショップを後にし、再び職場へと戻って来た。今朝とは違いすれ違う人々に自身が紛れていない事を確認しつつ、午後はやる事が無い事を確認し退社の準備をしようと考えるのだった。
「ぁっ、帰って来た。ギラムさーん。」
そんなことを考えながら部署へと戻ると、そこには上司の居るデスク前にその場では見慣れない受付嬢の姿があった。今朝方説明をくれた受付嬢とは別の相手であり、遅れて出社した女性『ピックアップ』だった。
「おう、ピックアップか。どうした。」
「ギラムさん、今日はちょっと遠い所で昼食を取ってたんですね。さっき『ショッピングストリート』で見ましたよ。」
「え? 俺はいつも通り、そこの『メルケン』で食ってきたところだぞ。」
「えぇっ!? あれは確かにギラムさんだと思ったんだけど……」
見慣れない相手からの声掛けに対し会話をすると、またもや彼の身に覚えのない報告を受けた。どうやら今回はスーパーが立ち並ぶショッピングストリートで見かけたとの情報であり、近場で昼食を済ませた彼が本日出向いていない場所であった。
彼女の話では『カフェ』で彼がご飯を食べていた、との話だった。
「ほれみろ、ギラムがココに来てわざわざ昼食如きにあっちまで行くわけねぇだろ。奴はオフの方が出向くんだよ、あっちには。」
「おっかしいなぁー………ゴーグルもちゃんと付けてたんだけど…… ……あれ? ゴーグル付けてない……」
「あぁ、さっきデスクに置いて来たからな。バイクに乗らない時はいつも取ってるぜ。」
「ん”んーー? ギラムさんって双子でしたっけ???」
「いや、兄弟は居ないぞ………」
「えぇーっ? でも顔は確かにギラムさんだったのにぃ……… ………ぁっ、解った! 特殊メイクしてる人だったのかも! ギラムさん有名人だし。」
「「その線は絶対にない。」」
「あれぇー??」
最終的には天然ボケとも思われそうな結論に行きつき、彼と上司は口をそろえて否定した。半ばハモリながら否定された彼女は動揺しながら次の理由を考えだし、軽く焦る仕草を見せていた。
『……何だろうな、今朝から妙な影響を周りに与えてる…… 敵か……?』
しかしそんな報告を受けた彼は、正直な所落ち着かない気持ちを抱かせていた。それは朝から身に覚えのない影響を周りに与えているという事であり、下手をすれば何かしでかしていたと言われても不思議ではない状況となっていた。だが彼にはちゃんとしたアリバイがどこかしらに残されており、今回も『ゴーグルをつけていなかった』という事が、確かなアリバイとなっていた。
昨日のサインナとの会話の一軒もあるため、正直彼は落ち着かなかった。
「そういやギラム、こういう話もあるな。自分と瓜二つの人間が、世界に三人は居るって話。」
「ぁっ、それって『ドッペルゲンガー』ってやつですか?」
「おぉ、良く知ってるなピックアップ。」
「伊達に受付嬢はやってませんよっ ……って、あれ。ギラムさん?」
半ば落ち着かない状態の中話を始めたウチクラ達であったが、気が付くとギラムの姿が無くなっていたことに気が付いた。どうやら音も無く代謝をした様子で、先ほど彼が告げた『ゴーグル』も机の上から姿を消していた。まさに『瞬く間』であった。
「アイツ、最近人間離れしてねえか? 忽然と消えるとか。」
「そうですか? 変わらず優しいですよ。」
「そういう意味じゃねえんだがな………」
残された二人はそんな話をしながら、姿を消したギラムに対し軽く苦笑するのであった。
「ったく、何だってんだ……… 幽霊なんぞ居るわけねえだろ……」
そんな二人に半ば無言で退社した彼は、落ち着かない心境を落ち着かせるべく、横断歩道を渡って都市中央にある公園へとやってきた。普段であれば賑わいを見せるその場には人の姿が無く、公園中央に設置された噴水の水が静かな音を立てていた。
「………ハァ。 ……嫌だな、こういうの……… 慣れなきゃ駄目だって解ってんのに、何で俺は………」
サァーー……
「……止めた、考えるのは生に合わねえ。……帰ろう。 ………ん?」
その後気持ちを入れ替え愛車を取りに戻ろうと思ったその時。彼はふと視線を空から噴水に戻した時、何かが水越しに映った事に気が付いた。噴水から噴き出す水の向こうには一人の青年の姿があり、細かい部分は水でぼかされるも自身と同じくらいの背丈であろう相手が立っていた。
「………」
相手を視たギラムは一歩ずつ噴水の縁沿いを歩き出し、相手の近くへと向かって行った。少しずつ水越しから肉眼で目視できる位置へと向かうと、印象的な金髪の青年がその場には立っていた。
青色のTシャツに夜空の様な黒のズボンを履いた青年。背丈はギラムと同じであり、彼が顔を見た時だった。
「………うそ………だ……ろ………」
「? ………」
「お……れ………… だと………!?」
その場に立っていた相手、それはギラムと同じ顔をした人間だった。
小説を読んでいただきありがとうございます、著者の夏菊です。
今回の更新で、現在Amebaブログで更新を行った分のお話が投稿完了となりました。
キリの良いお話展開にもなりましたので、突然ではありますが今年の更新は本日をもってしばらくお休みさせていただきます。
次のお話は、来年『2017年・1月8日・朝8時頃』を予定しています。
また来年も、是非読んで行ってくださいね。
ではでは~




