10 空髪狼獣人(スプリーム)
早朝の呼出に応じるも、理由と共に即座に帰宅させられたギラムは、普段着に着替えショッピングストリートへと出向いていた。
以前の買い出しの際にも同行したグリスンからすれば見慣れた道だが、今回は初見であるフィルスターも一緒という事もあり、彼等は辺りの景色を不思議そうに見つめる幼い龍に対し、怖がらない様適度に話しかけながら歩いていた。
毎度の事ではあるが、はたから見れば強面の青年が龍に話しかけているという異色な光景だが、実際にはそうではない。
彼の隣には灰色が多い街中でも生える黄色の体毛に覆われた虎獣人が歩いており、彼等の話に対し普通に返事や質問をし、楽し気に会話を楽しんでいる。
事実独り言ではないやり取りを交わしながら、彼等は世間の眼を気にすることなく目的地へと赴いた。
「ココへ来るのって、まだ最近だよね。」
「あぁ、普通なら一月に何度も振り込みをする事なんて無いはずなんだがな。」
楽し気に会話をしていた彼等が向かった場所、それは先日もやって来た『ライゼ銀行』だ。
突如やって来た大金の一部を入金するために今回は出向いており、先日同様に茶封筒へと紙幣を入れた状態でやって来た。
本来ならば即座に使った方が良いのであろう示談金だが、どうやら彼は目的をもってココへとやって来た様だ。
ウィーン………
「いらっしゃいませ。 おや?」
「すいません、留守番させるわけにもいかなくて連れて来ちまったんだが…… 入っても平気か?」
「申し訳ありません、当店は人間以外のお客様のお連れの方をお通しするわけにはまいりませんので。もしよろしければ、ご用件を伺いましょうか。」
「あぁ、そうしてくれると助かるぜ。このお金を、この場所に入れて欲しいんだ。急ぎじゃないから、手が空いた時で良いんだ。」
「かしこまりました、お預かりいたします。」
銀行へと足を踏み入れた彼は警備員ではない職員に声をかけ、フィルスターに対する反応を確認しだした。
介護や補助を目的とした動物以外の入店を規制する店も数多く存在し、銀行もまた例外ではない。
店側の迷惑も考えた結果、彼は入口でのやりとりが最適であろうと考えた様だ。
応対した社員は親切に彼の頼みを聞き入れ、彼の所望する口座へとお金を映す手続きを行ってくれるのであった。
作業の間、彼等は店内と店外を仕切るガラス扉に仕切られたスペースで待機し、作業が終わるのをしばらく待つ事となった。
軽く退屈そうにするグリスンにフィルスターの世話を任せたまま、ギラムは軽く天井を見上げ、ぼんやりと待機するのだった。
それからしばらくすると、彼等の元に空になった封筒と書類がセットで戻って来た。
彼が所望した口座へと入金が行われた事が記された書類に目を通すと、彼は職員に礼を言い、その場を後にした。
「ギラム、この後どうするの?」
「大金を一気に入れるわけにもいかねえから、分けておいた金で昼飯も食べに行くか。俺の後を付けて行った、カフェあるだろ。あそことかどうだ?」
「うん、僕も行きたーい。フィルスターも行くでしょ?」
「キュッ」
「じゃ、決まりだな。」
店を後にした彼等は再び街中を歩き、次に向かうべき目的地の話をし始めた。
空になった封筒とは別で分けていたお金を相手に見せると、グリスンは少し驚きながらもこの後も同行する事を告げた。
相手の反応を視たギラムは笑顔で返事をし、ポケットにしまっていたセンスミントを取り出し、時刻を確認した。
時計はお昼前を示しており、丁度いいお昼時である事を彼等が理解した。
その時だ。
「グリスン。」
「? あっ!」
「ん?」
彼等の歩いていた方向とは別の方角から、グリスンを呼ぶ声がやって来たのだ。
突然の事に軽く驚くギラムであったが、声の主に覚えがあったのか、相棒は驚く事無く声の主を探し手を振り始めた。
グリスンが視た方角はショッピングストリート沿いに並ぶ本屋の影であり、そこにはギラムにも見覚えのある存在が立っていた。
空色の髪を無造作ながらも整え、鮮やかな髪色の下に控えるは灰色の肌。
ツンと突き出た鼻と耳が印象的な獣人であり、左頬に刺青の様な跡を刻んだ、グリスンとは違った印象を覚える『狼獣人』と思われる青年だったのだ。
『あれ? コイツ、確かアリンの所に居た……』
「久しぶりだな、グリスン。元気にやってるか?」
「うん、スプリームも元気そうでよかったよ。こっちに来るのは遅くなっちゃったけど、何か変わった事とかあった?」
「いや、今のところは俺達の行動で何とかなってるから平気だ。 ……で、隣に居るのがお前の相棒か?」
「うん、そうだよ。」
軽く顔見知りとも言える相手に出くわしたギラムが首を傾げる中、グリスンは相手の元へと駆け寄り、楽し気に話をし始めた。
相手もまたグリスンと同様の反応を見せるも、こちらは少しクールな印象を覚える程、口元以外の笑みは伺えない笑顔を見せていた。
どちらかと言うと、ギラムと似たような笑い方である。
そんな彼を足して獣人で割った様な存在を見ていると、二人はギラムへと視線を向け、彼の近くへとやって来た。
グリスンよりも画体が良く、ギラムよりも少し背丈のある存在であった。
「ギラム、多分知らないと思うから紹介するね。彼は『スプリーム』 僕と同じエリナスで、この世界には僕より先に来てたんだ。」
軽く自己紹介をされた相手は、先ほどと同じ笑顔を見せながら会釈し、彼に挨拶をしだした。
彼の名前は『スプリーム』
グリスンやトレランスと同じ『エリナス』であり、彼は『狼獣人』に該当する存在だ。
肌よりも印象的な空色の髪は軽く跳ねているも、寝癖とは違う癖毛の様な跳ね方をしている。
その証拠に身体を覆う毛並みは綺麗に毛づくろいされ、輝く様な銀色を放っており、グリスンとは違った気品ある姿を見せていた。
ギラムに勝らない立派な体格の持ち主なのか、袖無しの白い上着の下にはグラデーションのかかった白と藍色のタンクトップを着用し、胸元には大きなシルバーのネックレスを付けていた。
ジーンズと思われるしっかりしたズボンを履いており、動きやすいスニーカーの様な靴を履いていた。
どちらかと言うと、戦闘着とは違う普段着の様な装いであった。
「スプリームって言うのか、お前。前にアリンの所に居たが、お前のリアナスって……」
「あぁ、察しの通りだ。俺と契約を交わしたのは、アリンだ。」
「あれ、まさかの顔見知りだったの?」
「前にアリンの所に宝石届けに行った時あっただろ。話はしなかったが、あの時にな。」
「そうだったんだ。」
改めて紹介された獣人に対し面識のあったギラムは、遠くで見た時とは違う迫力を感じていた。
恐れとは違う圧倒的な存在感を醸し出す目の前の獣人は、グリスンとは違った存在なのではないかと感じる程、気品に溢れていたのだ。
彼のパートナーであるアリンの影響なのか、それとも本来の井出達そのものが今の状況なのかは解らない。
しかしグリスンの話し方から察すると、どうやら彼の上に立つ立場に居る事だけは伺えた。
だが親しみも伺えるため、服従関係ではない様だ。
「改めて、俺の名前はスプリームだ。ギラム、よろしくな。」
「あ、あぁ…… よろしくな、スプリーム。」
そんな謎の雰囲気を醸し出す相手から手を差し出され、ギラムは圧倒されつつも手を出し、握手を交わした。
握った右手はグリスンと同様の獣らしい肌ざりであったが、しっかりと握りしめる相手の握力は、十分にその力を感じ取れるものだった。
本気で握られれば、平気で骨が折れそうな程である。
「俺も背丈はある方だが、君は人間の中でも背が高いな。」
「まぁ、生まれつきもあるだろうけどな。スプリームは、狼獣人で良かったか?」
「あぁ、そうだぜ。グリスンとは、前から付き合いがあってな。」
「僕と同じで、スプリームも創憎主を減らすために行動してるんだよ。僕よりも全然強いから、戦いになったらすっごい頼りになると思うよ。」
「そうだったのか。共闘する機会があったら、その時はヨロシクな。」
「こちらこそ。君の腕は凄いって話を、彼女から聞いてるからさ。頼りにしてるぜ、ギラム。」
人伝えではあるが両者の話を耳にしていた様で、彼等は言葉を交わ意気投合した様子を見せていた。
どのような力があるかは分からないが、グリスンが言う程なのだから相当なものなのだろう。
そんな風にギラムは感じつつ、改めて共闘出来る獣人の存在を知るのだった。
「スプリームは、これから何するの? もし良かったら、僕達と一緒にご飯食べに行かない? ねぇ、ギラム。」
「あぁ、構わないぜ。いろいろ戦闘面でも把握しておきたい事があるから、良かったらどうだ?」
「キュッ」
偶然ではあるが遭遇した仲間に対し、グリスンは道中を共にしないかと提案した。
今後の行動や検討したい事柄もあったのだろう、ギラムもまた彼の意見に賛同し食事に誘うのだった。
しかし相手は言葉を聞くも静かに首を横に振り、理由を告げだした。
「折角のお誘いだけど、ちょっと野暮用があるから遠慮しとくぜ。今もその途中なんだ。」
「そっかぁ、残念…… じゃあ、また今度ね。」
「あぁ、また今度な。グリスン。」
理由を告げられたグリスンは軽く項垂れるも、無理に誘う事はせず彼の行動をしてもらう様言葉を付け足した。
双方で何かを理解している様子で言葉を返すと、ギラム達は軽く手を振り、その場を後にした。
彼等と別れたスプリームは軽く手を振り相手を見送ると、静かに振り返り進むべき道へと進もうとした。
その時だった。
「………ん?」
彼はふと向かい側の道路で、何かを見つけ立ち止まった。
そこには店のショーウィンドウを見つめる一人の存在の姿があり、金髪の髪形が印象的な青年が立っていた。
背後ではあったが何処か見覚えのある姿であり、体格もまた覚えがあった。
『ギラム……? ……いや、彼じゃないな。何者だ?』
しばらく相手の様子を見ていると、存在はその場から歩き出し、近くの路地へと入って行った。
軽く気になったスプリームはその場を駆け出し後を追うも、路地を曲がるとすでに姿はなく、人気のない路地の風景が広がっていた。
『………何だったんだ、アイツは。』
違和感を覚える、不思議な存在との遭遇なのだった。




