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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第三話・憧れを求める造形体(あこがれをもとめる ゼルレスト)
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09 情報壁押入(クラッキング)

先日に続いて勤め先であるセルべトルガへと向かうべく、早朝から一人バイクを走らせギラムは目的地へと向かっていた。

昨日とは少し違った理由で企業へと向かう彼であったが、連日続いて本社に向かう事は珍しく、今朝の様な呼び出しを受ける事は稀な方だ。

元より事務を主軸として仕事を行っていない事もある為、制服を毎日のように着るのは少し違和感を覚えるくらいである。

しかしそんな違和感も仕事場についてしまえばあっという間であり、彼はバイクを指定の駐輪場へと停車させ、ゴーグルを額へと移動させながら社内へと向かって行った。



一般来客可能時間よりも前に出社した彼はいそいそと移動し、上司であるカサモトの居るデスクへと向かった。

すでに何人かの社員達が仕事前の有意義な時間を過ごす中、彼の合うべき相手は所定の場所へと座るも、険しい表情で腕を組みデスクを眺めていた。

机の上には謎の茶封筒もあり、ギラムからすれば少々不自然に思える光景であった。


「おはようございます、カサモトじょ…… ……どうかしたのか?」

「…? あぁ、来たか。悪いがギラム、訳を聞かずにコレを受け取ってくれ。」

「?」


出勤時の挨拶をしようと声をかけるも、ギラムは違和感に対し素直になろうと上司に質問を投げかけた。

彼の言葉を耳にした上司は彼に気付く様に顔を上げた後、机の上に鎮座していた茶封筒を押し出し、彼の手の届く位置へと移動させた。

質問へ対する返答も無いままやって来た物へ対し首を傾げるも、ギラムは静かに手を伸ばし茶封筒を眺め出した。


その場にあった茶封筒は郵送の際にも使用される長3サイズの物であり、中身が詰まっているのか封筒とは言い難い形状を見せつけていた。

本来であれば厚みの無い封筒が綺麗な立方体の姿を描いており、どちらかと言えば四角柱と言った方が正しい様にも思えた。

立方体を描く際に邪魔となる四隅はテープで固定されており、隙間なく物が詰められている事が解る光景である。

片手で持てるも少々重量を感じる封筒であり、彼は両面に何も書かれていない事を確認した後、テープで止められていた封を切った。



中には綺麗に詰まった紙が入っており、静かに抜き出すと紙幣であることが判明した。

軽く百万を越える厚みであり、尚更何なのか解らない大金であった。


「……なんだ、この金は。昨日の依頼料なのだとしたら、多過ぎるぞ。」

「すまんがギラム、その金はそれじゃない。」

「違うのか? じゃあ、コレは一体……」

「お前の個人情報だけが、何者かに盗まれたんだ。昨晩一瞬だけ停電があったんだが、その瞬間にお前のデータだけを盗んだ形跡が残っていたんだ。」

「えっ、俺のだけ?? 何でまた……」

「さぁな、目的はサッパリ解らん。盗んだ事が無いからな。企業としても、盗まれた事へ対する不信感を与えないためにも、お前に示談金を用意する事となったんだ。解ってもらえないか、ギラム。」


軽く開き直る様子で相手は説明し、用意された紙幣の意味を教えてくれた。



先日ギラムが退社してからしばらくした頃、企業内では小規模ではあるが全部屋の照明を落すほどの停電が発生していた。

ほんの一瞬ではあるが電力の供給が絶たれた事によって端末はほぼ全てが停止し、作業中だった社員達が苦悩するほどの悲劇が起こった。

しかしその程度の事であれば何も問題は無かったのだが、残っていた社員達は破損データが無いかと調べていた際、とんでもない事が判明した。

民間から企業間まで関わって来た全データの内、一社員であるギラムの個人情報にのみクラッキングが行われていた痕跡が残っていたのだ。


盗まれた事の他に閲覧された記録や目立った痕跡は残っておらず、個人情報の漏洩に繋がる事は無かった。

だが社員とは言えデータが盗まれた事実は変える事は出来ず、外部にその情報が漏れただけでも相当なリスクが企業には付いてくる。

ましてや企業間の依頼を主な仕事とも言えるセルべトルガにとっては、何としても防ぎたい案件なのだ。


幸いにも今回はギラムの情報だけが抜き取られていたため、彼に対する多額の示談金で事を済ませる事が企業内で決定した。

正確に言うと提案したのはギラムの上司であるウチクラ本人であり、事実を目の当たりにしたギラム本人の考えも検討したうえで提案したそうだ。

稼ぎ頭である彼の情報がどのように使われるのかは解らないが、それでも理由と経緯を話せば、彼も納得してくれるだろうと。


「実際の所、ギラムはこの話を聞いて何て返事をする?」

「まぁ、あくまで俺だけの情報が抜かれたんだったら、俺が今後の責任を負えば良いと思うが……それじゃこの場しのぎにしかならねえだろうし。正式な手続きとしても、示談金がベストだろうな。」

「世間に公表するにも一社員であり、俺としても黙認をさせるわけにもいかなかった。ゆえに先手を取った結果がコレだ。」

「でも良かったのか……? ウチクラが悪役にならなくても、良かったんじゃないのか。」

「何、これくらいどうってことは無い。俺達社員は、外部からすれば屑同然の集まりだ。大事な若芽を積ませるような真似は、させはしねえよ。それに『悪役』って言う程でもねえよ。」

「そうなのか?」

「事実は事実、変えようのないモノだ。お前さんにはそんな暗い闇なんぞに触れるよりは、まだ先導を切れる程の光の場所の方がお似合いだ。その考えはこの企業全員が思ってる事だからこそ、俺の考えが通ったとも言えるだろう。まぁその割には、ちと安い示談金だろうけどな。」


双方の立場で考えた結果によって現状が作られた事を知ると、ギラムは軽く考えた後封筒の封を閉じた。

その後茶封筒を右手で掴み静かに下すと、上司を視たまま彼はこう言った。


「解ったぜ、今回の件はコレでチャラにしとく。昨日の依頼料も、ココから差っ引いとくぜ。」

「すまねえなぁ。ウチとしても流失したくない情報だったが、ほんの一瞬の間に全てのセキュリティーを突破して盗み出すとは、計算外だった。」

「それにしても、随分と手際よく侵入したんだな。セルべトルガの防犯は、他の大企業と比べても大差無いはずだろ? むしろ強固なはずだ。」

「俺もそう思っていたんだがな。とはいえ、今回の一件でセキュリティーの見直しを他の部署が総動員でするそうだ。お前さんは抜け出たプロフィールの訂正をしたら、今日は上がって良いぞ。」

「あぁ、分かったぜ。」


何はともあれ問題を長引かせる事もしたくなかったため、彼はこの件に関してこれ以上の介入をしない事を約束した。

お互いの建前を考えてくれた上司の面目も含め、彼自身もコレで良いと思ったところがあったのだろう。

受け取った茶封筒を手にしたまま、自身のデスクへと向かって行った。



その後彼は電子盤を立ち上げ、自らの情報がある端末へとアクセスした。

個人情報用のパスワードを入力しデータを閲覧すると、抜け出たのであろう情報が虫食い状態で空白として現れていた。

データのコピーによる漏洩とは違い、瞬時に抜き去ったと言った方が良いであろう手口と結果であった。


『一般的なデータの盗み方と違って、データそのものに穴を開けて盗み出した感じだな…… 不要な枠組みすらも狙わず、あくまで俺の個人情報を的確に盗み出したって考えた方が、良さそうだな……… そうなると、やっぱり俺の情報だけが欲しかったって所か。 ……でも、何のために俺の個人情報なんか盗み出したんだろうな……… 使い道が解らねえ………』


表示された自身の情報を視ながら検討するギラムであったが、途中で考える事を止め抜け出た情報を入力しようと手を走らせた。

主に抜け出ていたのは『身体能力』や『趣味』の欄であり、重要な物からそうでない物まで、ほとんどが手を付けられている事が解った。

しかし普通ならば盗みそうである『住所、学歴、連絡先』に関しては手つかずであり、何が目的なのかイマイチ解らない犯罪なのであった。


その後抜け落ちた情報入力を済ませたギラムは茶封筒を手に席を離れ、上司に断りを入れ退社した。

軽く重量を感じる茶封筒をバイクの格納庫へと押し込むと、彼は再び元来た道を戻って帰路へと付いた。





ガチャッ…… ウィーンッ



「ぁっ、ギラム帰って来たよ。」

「キューッ」

「おかえりギラムー ………?」


何て事の無い出勤時間経過の後に帰宅したギラムの部屋の開錠音を耳にし、グリスンはフィルスターと共に出迎えへと向かって行った。

両手に抱えられる形で運ばれていくフィルスターはご機嫌であり、グリスンもまた楽しそうにギラムを迎えるのであった。

しかしそんな二人の出迎えも空しく、ギラムは釈然としない表情を見せていた。


「なにかあったの?」

「何か俺の個人情報が盗まれたらしいんだが、どうもその盗んだ情報に妙な部分があってな。」

「妙な部分?」

「普通なら盗みそうな『住所』や『連絡先』は手つかずで、その辺でも入手出来そうな他の情報ばかりを狙ったクラッキングだったんだ。しかも手口も妙でな、人の技とは思えないんだよな。」

「人の技じゃない盗み方かぁ…… ……直観だけど、創憎主のとかは可能性はありそう?」

「んや、そっち系じゃないだろうな。仮に創憎主の仕業だとしたら、手辺り次第やるはずだ。今回は俺のだけ狙ったって所を視ると、俺自身に用の有る奴の仕業だろうな。」

「んー…… なんだか難しいね。」

「だろ?」


理由と経緯を聞かされたグリスンは彼と同じく悩む仕草を見せた後、三人はリビングにあるソファへと腰かけた。

ギラムの悩みは自身の悩みと言わんばかりの光景であり、微力ながら手伝いたいという彼の心境の表れだったのだろう。

首を傾げながら悩みだすと、その様子を見ていたフィルスターも同じように首を傾げ、移動先にあるギラムの膝上で身体を左右に振るのだった。


「どうしたフィル、俺達の真似事か?」

「キュッ」

「そっかそっか。まぁでも、心配には及ばないだろ。敵の仕業じゃないのだとしたら、俺達『真憧士』の出番は無いさ。盗まれて困る様な情報でもないし、俺は気にしないぜ。」

「ギラムが言うなら、良いんだけどね。あっ、ねぇギラム。今日の午後は何するの?」

「とりあえず貰った手付金を、分割して口座に移して置くかな。手元にあってもしょうがねえし。」

「じゃあお買い物だね。フィルスターも一緒に行こう。」

「キューッ」


そんな悩ましくも平穏な空気に満たされた後、ギラムは制服を脱ぎながら寝室へと向かい、私服へと着替えだした。

この後の予定として立てていた事柄を済ませるべく外出する様子で、今回はグリスン達も共に出かける事となった様だ。

三人は出掛ける支度を整えると、部屋に鍵をかけ外へと出て行った。





一方その頃………

ギラム達が知らないとある場所では、何やら見慣れない事柄が起こっていた。





ゴポッ……ゴポッ…… ゴポッ……


薄暗い部屋の中、室内灯が照らされない謎の領域の中。

水の中を移動する気泡達の音が聞こえる中、ブルーライトで照らされた液体の中に、一人の存在の姿が浮かび上がっていた。

形造られるも不明確な部分があるのか、箇所の所々に欠落した部分が存在していた。


「………もうすぐ、出来上がる。」


円柱形の大きな水槽に入る存在を見つめながら、近くに立っていた存在が言葉を漏らす様に期待の言葉を吐露した。

言葉を漏らした存在の近くにはもう一人別の存在の姿も有り、こちらは静かに視線を水槽の中に浮かぶ存在へと向けていた。


「双方の世界を股に掛け、幾多の年数を費やしてきたワシの願いが、今まさに成就されようとしているのか…… ………不思議と、表現しきれん感覚でいっぱいじゃ。」

「マウルティア司教の望んだ夢の為、俺達『医療隊』はたくさんのサンプルを集めました。中々叶わない夢の中、マウルティア司教を苦しめた罪の重さ、図り知れません。」

「よいよい。お主の様に忠実な部下達に恵まれ、ワシの願いに対する努力の賜物が、今こうして出来上がろうとしているのだ。部下達一人一人の言葉を聞かぬとも、解り切っていることじゃ。」

「寛大なお言葉、恐れ入ります。マウルティア司教。」

「うむ。それも全て、お主達の想いの結果じゃ。」

「はい。」


少しずつ気泡が増えて行く水槽を目にしたまま、二人は口々に言葉を交わしだした。

マウルティア司教と呼ばれた影は、隣に立つ部下と思わしき相手の肩を軽く叩き、感謝の意を表していた。

優しい掌の温もりを感じた部下は相手の顔を一瞥した後、再び水槽へと目を戻した。

その時だ。



コポコポコポッ……!


水槽の底から激しく気泡達が沸き上がり、中に入っていた存在を隠す様に泡が上昇しだした。

ほんの数秒の自体が起こった後、気泡に隠された存在の身体は見事に完成し、欠落していた箇所が全て無くなっていたのだ。

綺麗に整った顔付が印象的な存在が完成すると、水槽の中に入っていた存在は静かに眼を開けた。


【……… ………】



「……… マウルティア司教、完成しました。マウルティア司教が望んだ、最高傑作の『造形体(ゼルレイト)』が。」

「フォッフォッフォッ、この時を待っておったぞ。お主、ワシの事が解るか。」

【……… ………マウルティア、司教……】

「うむ、それも合っておるが、お主にはワシの名を呼んでもらおうか。ワシの名は『ベネディス』じゃ。」

【名前……… ……ベネ……ディス…… ……ベネディス……】

完成した相手に対し言葉をかけると、水槽の主は朧気な頭の中、言葉を返す様に声を発した。

水槽の中であれ言葉を発する事の出来る様子で、静かなやり取りをしていた。

「よいよい、ワシの事は『ベネディス』と呼ぶじゃぞ。そして、お主の名前が『ピニオ』じゃ。」

【ピニ……オ……? …俺の名前は、ピニオ……なのか。】

「しっくりこんかも知れぬが、それがお主の名前じゃ。そして、お主のしっくりくる名前は、何じゃ。言うてみい。」

【俺の……名前…… ………俺の名前は……





『ギラム・ギクワ』……】




「うむ、それでこそじゃな。明日から調整試験に入る、準備しておくのじゃぞ。」

「はい、マウルティア司教。」


双方でやりとりを交わすと、部下と共に司教は部屋を後にした。

残された水槽の主は静かに影の消えた方角を目にしたまま、静かに眼を閉じ復唱した。


【俺の名前は……ピニオ。 俺の元となった存在の名は……ギラム……… ………】


鍛え上げられた肉体に気泡が逸れる中、印象的な金髪が静かに水槽の中で泳ぐのだった。


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