08 泡達踊(バブルダンス)
料理を注文し、店内に流れる音楽に対し身体を揺らしていたグリスン。
楽し気に音楽のテンポに合わせており、遠目から見ても解るほどに店を満喫している事が解った。
その様子をしばらく見ていたギラムは水を口にした後、ふとこんな質問をしてみた。
「そういやグリスン。お前、最初に『奏者』がどうのって言ってたよな。」
「? うん、自称だけど僕はそう名乗ってるよ。」
「じゃあ、音楽とかは好きなのか。さっきからノリノリだが。」
「大好きだよ。特にこの店の音楽みたいに、楽しい気分になれる曲が好きなんだ。」
「へぇー」
音楽に身を預けながら身体を揺らしていたグリスンは、彼の質問に対しそう答えた。
確かに彼の井出達は奏者を連想させる風貌であり、上から下までそれに準じた物で統一されている様にも思えた。
心の様子が現れやすい耳にはイヤーフォンが付けられ、首元には少し変わったチョーカーも装備していた。
袖の無いジャケットは動きに合わせて靡くほどに軽く、足元は動きやすくも見た目に拘るブーツを履いていた。
どちらかというと『機能性』よりも『見た目』を重視した格好であり、彼がそう名乗る理由も解らなくはない。
創憎主との戦闘の際には『楽器』を武器として戦っており、彼の特技はそれに近い物なのだろうとギラムは改めて理解した。
「ギターで戦闘をこなして、演奏も出来るんだったな。お前の特技か。」
「誇れるほどじゃないんだけど、そうだよ。」
「ん? 誇れないのか?」
「ギラムみたいに実績があるわけじゃないからね。大会とかに出たとかも無いし、他者からの表彰とかも無いし、メダルとかも無い。大っぴらに『特技』って、言わない事にしてるんだ。」
「何でだ?」
「『ちゃんとした実績が無いなら、それを名乗るべきじゃない』って、ギラムに会う前にチラッと聞いたからね。」
「………ちなみにだが、それは誰から聞いたんだ?」
「んーっと…… 確かこの街に来た夜に、あの公園でボヤいてるおじさんが居たんだ。『今の若人はそんなモノも無く誇るなど、世の中を舐めてやがる!』って言ってたかな。」
「ロクでもねぇ意見だな………」
「そうなの?」
紙ナプキンで遊び始めたフィルスターを見守りながら、二人はそんな話をしていた。
彼自身が自信をもって接してこない理由は、彼自身が聞いた言葉が理由だった様だ。
戦闘ではギラムに遅れを取るも創憎主を圧倒し、私生活では留守中の家事もこなすほどであった。
しかし彼と並んで何かをするにも特化した能力は持ち合わせておらず、今日の様に鼻歌交じりに音楽に乗って楽しむ事しか出来ていない。
真面目過ぎる彼に対し、ギラムはある言葉を告げた。
「まぁ、あくまで俺の意見だが。俺の今居る企業は、そういうのは重視してねえんだと。審査するのは同じ人間だが、結局偏った『好み』で順位を付けるからなんだと。」
「んー…… 言われてみれば、確かにそうだね。」
「俺は確かに『准士官』って肩書もあったが、その辺は全然気にも留めてなかったしな。『そうだったのか?』って聞かれて、それっきりだ。ちょっと癪だったけどな。」
「そ、そうなんだ………」
「だから、お前も機会があったら何でもやってみろよ。少なくとも俺は、今のお前が楽しそうに見えたぜ。」
「そ、そうかな……… ありがとう、ギラム。」
「礼を言われることは、何も言ってねえぜ。」
世の中は広くも狭く、実際に実績を得ても何処でも通用するわけでは無い。
ある場所では有能な相手だと感じても、別の場所では無能な能力だと感じられるかもしれない。
結局のところ、それを生かすことが出来ているかが重要であり、評価は結果に応じてやって来ると言うのだった。
賞や杯が貰えなくとも、それを誇れる力がある。
彼はそう言ったかったのかもしれない。
そんな時だ。
「ぉんまたせぇ~ ギラッチ~」
「ん? おっ、来たか。」
話をしていた彼等の元に、野太くも裏声で話す相手がやって来た。
やって来たのは大柄な女の様な男であり、一言で言ってしまえば『オカマ』であった。
詳しく言い返せば、一度しかない人生に対し『二度目の性』を迎えた存在である。
「今日来てくれるんだったらぁ、早く言ってくれないと困るじゃなぁ~いっ アタシが腕によりをかけられるよぉに、材料からキッチリやる予定だったのよぉ~?」
「わざわざ俺だけのためにそんな事させる気は、さらさらねえよ。そっちこそ、元気そうだな。」
「んもうっ、お客さん達が気に入ってくれたからいっそがしいんだからぁ~ 今度お手伝い依頼しちゃおうかしらんっ」
「悪いが俺は、接客業向きじゃねえよ。顔付きもだが、傷跡の件もあるしな。」
「あらぁ、まだそんな事言ってるのぉ? そんなのは漢のチャームポイント、色気よ?」
「色気で避けられてたら話にならねえぞ………」
「もぉーっ、ギラッチを見る目無いんだからんっ! アタシがお説教してあげちゃうっ!」
「心意気だけ貰っとくぜ。」
異常なテンションの中料理を持ってきた相手は、口を動かしつつも手際よくテーブルに料理を並べて行った。
彼女の名前は『シーナ・エバーグリード』
彼等のやって来たこの店【ポップスブギー】のオーナーであり、元ギラムの職場の同僚だった相手だ。
現在は夜の賑わうレストランで忙しくも楽しい毎日を送っており、刺激いっぱいの人生を謳歌しているのだ。
ちなみにこの店の料理は全て彼女のお手製であり、女子力では並大抵の女に勝る腕の持ち主である。
苦手な料理は無く、自身が惚れ込んだ相手には『材料』から調達するほどの意気込みを持つほどであった。
余談だがギラムの事を『ギラッチ』と呼ぶのは、単なる愛称である。
「マダム・シーナ、ちょっとお願いしますー」
「はぁ~いっ お呼ばれしちゃったから、待たねんっ」
「あいよ。」
そんな彼女が楽し気に話をしていると、店内から彼女を呼ぶ声がやって来た。
声に対し返事をすると、彼女は名残惜しそうにギラムに断りを入れ、その場を離れて行った。
「えっと……… 女の……ヒト??」
「いや、元は男だぜ。俺も変わり様に正直ドン引きしたが、相手が楽しければそれで良いんじゃねえかって、最近は思ってる。念願の店も開店できたわけだしな。」
「そうなんだ………」
「ちなみに本名は『フィリップ』だぜ。」
「そっちの方がカッコいいけどね。シーナも良いけど。」
「ま、今じゃシーナが本名みたいなもんだしな。そう呼んでやるさ。」
騒がしくも楽しい店長からの挨拶も貰った後、ギラムは頼んだ料理を取るべく皿を手にした。
グリスンが食べたい物を取り分け彼の元に置くと、ギラムは近くに置かれていたお酒のグラスを手にした。
「そんじゃま、乾杯!」
「かんぱーいっ!」
「キュッキューッ!」
男三人で楽しく乾杯をすると、それぞれで注文した飲み物を口にした。
個々で飲み物を飲みグラスから口を離すと、一同は笑い、料理を口にするのだった。
テーブルに並べられたマッシュポテトは繊細な味わいであり、牛ステーキはレアで焼き上げられた極上の逸品だ。
シーザーサラダは派手なまでにレタスを花弁状に咲かせ、締めのガトーショコラも待ち遠しい夕食であった。
ギラムが注文したお酒『アイリッシュ・コーヒー』も、何度もお代わりするほどであった。
その後彼等は他愛もない話をしながら盛り上がり、料理を平らげると会計を済ませ店を後にした。
余談だが合計金額が『弐万』を越したのは、言うまでも無いだろう。
「ふわぁー…… 食べ過ぎたぁー………」
「うっかりすると結構金額がかさむから、こういう時じゃないと食べに来れないんだよな。」
「あれ、ギラムのお金じゃないの?」
「明日上司に請求するから、俺のじゃないぜ。ちゃんと領収書も取ったからな。」
「ちゃっかりしてるね、ギラム。」
「こういう時も、しっかり稼いでおかないとな。」
楽し気に帰路へと向かう彼等は徒歩で歩き、灯が照らす夜道を進んで行くのだった。
そんな時だ。
スッ
『………』
そんな二人と一匹の帰路を窺う、一人の影の姿が彼等の反対の歩道にふと浮かび上がった。
しかし視線に対し気付いていない様子で彼等は進んで行き、曲がり角を紛った彼等を見送った後、影もまたその場から姿を消して行った。
帰路へと付き爆睡した、次の日の朝。
ピポンッ♪
「? メール?」
朝食中だったギラム達の元に、普段は耳にする事のない音が響き渡った。
音を発したのは寝室にあるデスクからであり、どうやら電子媒体に電報が入った様だ。
食事を中断しメールを確認しに行くと、しばらくしてギラムは軽く首を傾げながら食卓へと戻って来た。
「どうしたの? ギラム。」
「あぁ、今日も職場に行くつもりだったんだが…… ちょっと早めに来て欲しいんだと。」
「何かあったのかな。」
「キュ?」
「さあな。とりあえず、飯食ったら行ってくるぜ。また洗い物と、フィルの事。頼むぜ。」
「うん、任せてギラム。」
赴く予定であった職場からの催促を受け、彼は二人に事情を伝え、早めに家を出る事を決めた。
その後食事を終えたギラムは身だしなみを整え、バイクで職場へと向かって行った。