07 感性(かんせい)
買い物を終え再び会社へと帰社すると、ギラムはその足で再び自身のデスクへと向かって行った。
手にした如何わしい情報が記録された厚紙と、飲料水入りのペットボトルを手に向かうと、デスクの上には幾つもの電子盤が立ち上がっていた。
画面の正面に立ち文字を見ると、そこには先ほどまで圧縮を掛けていたデータの作業終了の文字が浮かび上がっていた。
文字を目にした彼は送信先の媒体を指定し内容を登録すると、電子盤をそのままに上司の元へと向かって行った。
「カサモト上司、買ってきました。依頼されていた仕事も完了しましたので、上司の媒体にデータを送りました。」
「おう、ご苦労。」
報告を受けた上司はいつも通りの笑みを浮かべ返事を返すと、彼から受け取った厚紙を媒体に読み込ませ、早速と言わんばかりに電子盤を展開し始めた。
展開された電子盤には文字は無く、夏場に相応しい水着ギャル達の写真が満面の笑みで映っていた。
相手によってはビキニの紐を緩めた者もおり、彼女達を目にした上司はご満悦の様子で画像を漁りだした。
あえて言っておこう、コレは彼の上司にとって日常の光景である。
世間では通用しないが、異例の事態ではないのである。
「……では、俺はこれで失礼します。」
「ん、お前も視て行かないか? コイツとか、先月号に比べて胸が成長してるぞ。」
「遠慮します。」
「お堅いこって。年頃の傭兵なら、爆発するくらいに欲情しても良いんだぞー そういう店の話くらい、聞いた事あるだろうに。」
「そんな事してる暇あったら、一つでも多くの依頼を片付けてる方がよっぽど楽で良い。恋愛やその辺の事は、俺には解らないからな。」
「それこそ勿体ないだろ。年収有で漢勝りな顔と身体付きなら、惚れ込む女もいるだろうに。」
「この顔でそれが可能なら、むしろ拝んでみたいぜ。依頼料の領収書は、明日提示します。お先に失礼します。」
「おう、お疲れさん。」
何とも言えないやり取りを双方で交わした後、ギラムはその場から離れ、自身のデスク周辺の片づけを開始した。
展開していた電子盤を消し元の電源を切った後、先ほど購入した飲料水の残量を確認し、引き出しを開けその中へと入れた。
会社へと赴く際に持ち込んだ記憶媒体を持ち忘れ物が無い事を確認すると、彼はその場を後にした。
ギラムが外へと出ると、すでに空は橙色に染まり、黄昏時を示すかのようにカラス達が鳴いていた。
徒歩でやって来た彼はその足で帰宅路を歩み出すと、普段の街中にあるべき光景が映っていた。
彼と同じく仕事を終えて帰路へと向かう者も居れば、楽し気に喋りながら近くの店へと入って行く若人達。
親子で手を繋ぎながら食材を買い出しに向かうのか、大きなバックを背負った母親の姿も見受けられた。
無論仕事とは無縁の老人達の姿もあるため、全員が『帰宅』や『買出』へと向かっているわけでは無い様だ。
黄昏時であるがゆえなのか、仕事を忘れ、束の間の休息がその場にはある様だった。
『………今日もリーヴァリィは平和だな。治安維持部隊が統括している事もあるんだろうけど、こう平和だと同僚や部下達も退屈してるだろうな。きっと。』
帰宅途中で見受けられる平和な時間を目にした彼は、ふと昔の職場に勤めているであろう職場仲間達の事を考えだした。
彼が職場から離れ三年が経過した今、現職で彼の事を知る隊員達は全員ではない。
ギラムは優秀な准士官として仕事を全うするも、過去の出来事を切欠に離脱を決意し、今の軍事会社に身を置く事を決めた。
その際に彼の後を継ぐ事になったサインナを含め、彼の元で行動していた部下達は皆、彼の事を引き留めたそうだ。
しかしすでに決めた事を曲げるほど彼の決意は柔くは無く、泣きながら見送る部下達を背に、彼は今こうして都市内で生活をしているのだ。
だが彼の功績は今でも治安維持部隊では語り継がれており、大臣直々の依頼をこなすために参上するほど、彼にもまだその場では出来る事があるのだ。
同僚であった者達はそれぞれ昇格したと言う話も聞くため、彼にとっても良い思い出として、今の職場を視れるのだった。
『……また時期にサインナから声がかかるだろうし、今度射撃の練習にでも行くかな。今の部下達の邪魔をしない様に、時間だけ確認しておくか。』
都市内に広がる平和な場には似つかわしくない習慣を思い出しながら、彼は帰路へと付いた。
ガチャッ…… ウィーンッ
「ただい」
「キューッ!」
ガボッ!!
「うおっ!! 何だ、前視えねえぞ!?」
入口の扉に掛けた鍵を解除し中へと入ったその瞬間、彼の視界は突如やって来た飛来物によって塞がれてしまった。
生暖かくもツルツルとした表面が特徴的な感触に慌てるギラムであったが、自身の顔にやって来た物を取り除こうと、両手を使い対象物を掴んだ。
軽く抵抗するもすぐに剥がされ相手を視ると、そこには彼の家に住む小さな隣人の姿が映った。
「…プハッ!! ……フィル?」
「キューッ キュキキュッ!」
「お帰りギラム。フィルスターが待ち遠しいみたいで、今か今かってそこで待ってたんだよ。」
「そ、そうだったのか…… ただいまフィル。」
「キューッ」
「でも、顔に飛び付くは止めてくれ。危ないからな。解ったか?」
「キュッ」
「よしっ、良い子だ。」
飛び付いたのはフィルスターであり、主人の帰宅と同時に彼の懐に飛び込みたかったようだ。
しかし目標が少し上の方へとズレたため顔面に着地するも、それはそれで離れたくなく抵抗した様だった。
同じく部屋に居候するグリスンからの話を聞き、ギラムは納得しフィルスターを肩へと移動させた。
現在の彼の定位置はその場所らしく、両手と顔を前へと向け、器用にぶら下がりながら大人しくなった。
「ギラム、夕食はまだだよね。今から作るけど、何にする?」
「あぁ、その事なんだが。今日は3人で外に食いに行こうと思うんだが、どうだ?」
「外って……外食?」
「そうだぜ。今の職場からそう遠くは無い場所にレストランがあってな。お前にも、たまには違う飯の味でも知ってもらった方が良いんじゃねえかって思ってさ。家で何食ってるか、俺はそれすら知らないからな。」
「基本はサラダだよ。後はパンと、フィルスターの分はスープがあるから、いつもそれだけど。」
「それじゃ何時か栄養失調になるぞ。幾ら獣人でも、足りない栄養は身体から創りだせないだろ?」
「う、うん……」
「ま、今日行く所はお前も気にせず食べられる場所だ。個室の扉を閉めとけば、何も気にせず食えるぜ。」
「うん、ありがとうギラム。」
「フィルもたまには、栄養があるもの食わねえとな。今日は俺の頼む物、いろいろ食べて味を学びな。」
「キューッ」
その後3人で外食する事が決定し、ギラムは寝室へと戻り、制服から普段着へと着替えだした。
彼が着替えている間にグリスンは戸締りを行い、すぐさま出られるようにと配慮していた。
変わってフィルスターはと言うと、ベットの上に脱ぎ捨てられたワイシャツを器用に丸め、洗濯に出せる様にと頑張っていた。
皆がそれぞれ出来る事を行い、支度が整ったギラムと共に、彼等は夜へと変わりつつある都市内へと出向いて行った。
黄昏時から時間が流れ、すでに夜へと変わりつつあった現代都市リーヴァリィ
街の至る所に設置された街灯が明るい光を放つ中、ギラム達は歩道を歩き、目的地であるレストランへと向かって行った。
暗がりの多い街中でも街には灯があり、目線の先にあるビルと集合住宅、店舗から零れる光が彼等の視界を照らしていた。
特に警戒すること無くグリスンは歩く中、ギラムは軽く辺りを見渡しながら歩道を歩いていた。
「ギラム、何か探してるの? 辺りを良く見渡してるけど。」
「いや、何かを探してるわけじゃないぜ。まぁ簡単に言っちまうと、職業病だな。」
「キュウ?」
「そっか、ギラムは隊員であり傭兵だもんね。視界の効かない夜は、特に警戒しちゃうのも無理はないっか。バイクの時は前方を良く視てたから、あんまり気にした事無かったよ。」
「街中は平和だか心配する事もねえが、異変には気付いて損はねえしな。気にしなくて良いぜ。」
「じゃあ、ギラムの背中は僕が見張ってるね。リアナス以外には僕は視えないし、奇襲をかけて来ても返り討ちにしちゃうよ。」
「キューッ キュキュキュッ」
「あぁ、二人共ありがとさん。そうこう言ってるうちに、目的地に着いたぜ。」
「あれ、もう着いちゃったの?」
夜道を歩きながら話をしていると、彼等は目的地であるレストランへと辿り付いた。
やって来たのは、軍事会社セルべトルガの目の前に店を構える、レストラン『ポップスブギー』
ネオンサインが印象的なその店は、店内のフロアが全てタイル張りという、独特のこだわりを持った店だ。
店内にはレトロな雰囲気漂うソファやオブジェがあり、とても楽しげな会話があちらこちらから飛んできた。
店内に入店したギラムは前を歩きカウンター内に居たスタッフに声をかけると、そのまま奥の個室へと通された。
不思議そうに彼の背中を見ていたグリスンは後に続き、ギラムが案内された部屋へと入った。
部屋には大きなガラス張りの丸テーブルに赤いクッションが印相的な丸椅子が置かれており、どうやら特別席の様だ。
背もたれの付いた椅子は丁度グリスンの尻尾が通るくらいの隙間が空いており、彼が座っても尻尾が邪魔にならない構造となっていた。
元々造りがそうなっている品ため、特注品ではない。
席に着いたギラムは案内してくれたスタッフにドリンクを注文すると、相手は席を外した。
「何だか賑やかなお店だね。楽しい感じがする。」
「ココはそう言う奴等が集う場所だから、夜間は特に賑やかだぜ。通り沿いに店を構えないと、騒音でクレームが来るらしくてさ。」
「詳しいんだね。さっきもスタッフの人に声をかけてたし、知り合いなの?」
「あぁ。ココの店長は今の職場の、俺の同期だった奴なんだ。俺よりも先にこの道を行く事を決めたから、働き者だったが稼ぎ頭になる前に辞めちまったんだけどな。」
「へぇー」
席へと案内された経緯を知ると、グリスンは近くに張られていたメニュー版を確認し、料理のチョイスをするのだった。




