32 救済手(きゅうさいのて)
「……? 戻ってこれたのか……?」
戦いを終えたギラム達が光に視界を奪われてから、ほんの数秒後。彼等は再び視力を取り戻し、辺りの景色が不可思議な空間から、元居た舞台の上へと変わっていた。近くにはメアンとイオル、そして彼女達の相棒であるトレランスとヒストリーの姿もあった。
「ありゃりゃー ほっとんど良い所をギラムに取られちゃったよー せっかく創憎主と戦闘したのに。」
「残念だけど、アレはあまり気楽でいられる状況では無かったと思うけどね。それに、彼等のおかげで無事に終えられたとも言えないかな?」
「んー それは確かに言えるかもー ギラムって凄いねー!」
「そりゃどうも。 ……」
そんなメアンに軽く返事をした後、彼は少し離れた位置に居たグリスンの元へと向かって行った。彼の両腕に抱えられる様に気を失った敵は、頬に涙を流した後を残したまま、安らかな表情を浮かべていた。
先程の演奏で心の底から満足出来る瞬間を得られたのか、先ほどまでの憎しみを生み出していた主とは思えない姿となっていた。
「……哀れなもんだな、創憎主って言うのは。ほんの些細な切欠で、こんなにもデカい憎しみになっちまうんだからさ。」
「うん…… ……でも、僕でもギラムみたいに止める事が出来て良かった。ゴメンね、心配かけちゃったよね。」
「いや、そこまでは心配してなかったぜ。お前が無茶な賭けに出られるほど、肝が据わってない事くらい理解してるさ。」
「そ、そっか。」
相棒の活躍によって無事に終える事が出来た戦いを噛みしめながら、ギラムは近くに落ちていたガラス片と思わしき物体を回収した。拾った物体、それは先程の発砲で打ち砕かれた創憎主のクローバーであり、元々は一つの結晶だったモノだ。今では親指の爪程の大きさしかないが、元はもっと大きな代物だった事が解った。
「そしたらグリスン、これを処理して今日は終わりだ。彼女はココに置いとかないといけないんだろ?」
「うん。起こしちゃった罪までは、僕達は消失させてあげられないからね。すぐに終わらせるから、待ってて。」
「あぁ、頼むぜ。」
拾った結晶片をグリスンに託すと、ギラムは彼が抱えていた相手を代わりに受け取り、舞台の上に丁寧に寝かせた。端整な顔立ちの女性にしばし目を奪われるも、彼はそれ以上の事はしまいと、すぐにその場を離れた。
その後グリスンはクローバーの浄化作業へと入り、ギラムはメアン達の元へと向かった。
「それにしても、偶然同じ場に真憧士が二人も居合わせるなんてな。何はともあれ、お疲れさん。怪我はねえか?」
「アタシは平気ー イオるんは?」
「ボクも大丈夫ですよっ …と言っても、ほとんどギラムさんのおかげで有利に進められたに等しいですけどね。」
「お兄ちゃん、カッコ良かったぁー」
「ねーっ、ギラムさんは漢の勝ち方をしてましたよっ」
共に戦線を潜り抜けた同士としての気遣いを見せるも、彼女達は目立った怪我等をすることなく無事に越えられたことを伝えた。元より敵の注意を引き付けていたのはギラムであり、後から参戦した彼女達かすれば、一部の危険な部分があった事を除けば、何もなかったに等しいのだ。最終的な勝ち方も踏まえ、別の事に注意が向けられていたに等しかった。
「改めて言われると照れくさいが、俺は何もしてないぜ?」
「おや、意外と自覚の薄い行動だったみたいだね。これこそが『天性の才能』というやつなのかな?」
「さあな。無意識だから、なお解らないぜ。」
そんな彼等の元に、浄化作業を終えたグリスンがやって来た。手元に残った結晶片は透き通ったガラス片へと変わっており、周囲から幸運を呼び込む様に煌めきを放っていた。戦いの戦利品である代物を受け取ると、ギラムは彼等に見せながらこう言った。
「さて、とりあえずコレについてだが。お前等いるか?」
「んー アタシのアイドル街道には必須っぽいけど、今回はギラム達の戦利品だよねー」
「そうですね。ボク達はあくまでアシストをしただけで、止めをさしたのはお隣に居る虎のエリナス。グリスンさんですよ。」
「それに関しては、自分も同意するかな。安心して持ち帰って良いよ。」
「お持ち帰りぃー」
「そっか、じゃあ遠慮なく貰っとくぜ。」
話し合いの結果、皆は受け取る事無くギラムが代わりに貰って良い事となった。周りからの同意を得られた彼は右手でしっかりと握りしめると、後方に立っていたグリスンの前に手を出した。何事かと思いグリスンは両手を出すと、彼の掌にガラス片が静かに落とされた。
「グリスン、お前が持ってな。」
「えっ? 良いのギラム?」
「何言ってんだ、お前の功績だろ? 胸張って良いんだぞ。」
「……う、うんっ! ありがとう皆!」
改めて自身の功績が手元にやって来た事を知り、グリスンは嬉しそうに返事を返した。
憧れに成り得る可能性を秘めた相手から、初めて認めてもらえた行い。胸を張って良いんだと言われた、優しくも逞しい言葉。その言葉を、彼はしっかりと噛みしめる様に両手を握りしめるのだった。
そんな彼等がしばらくして広間から去った、その頃。舞台の上層部に位置する特設席の隅で、二人の存在達の話し声が聞こえてきた。
「………驚きですね。ギラムさん達が真憧士としての活動をなさっていたなんて。傭兵としての仕事でお忙しいのに、ここまでの活動を行っているとは。」
「俺はそこまで驚いていないぜ。彼には都市に住まうヴァリアナス達とは違ったモノを持っている、そんな気がしていたからな。」
「まぁ、やっぱりそうでしたのね。 ……それでしたら、私達もギラムさんのために助力をしないといけませんね。同じ真憧士として。」
「そうだな。」
その場に居た存在達は彼等の行動を理解しているのか、現実世界では不可思議なやり取りを交わしていた。
過去を知り、今を知り、この先の行動を知る同士。
それは同じ真憧士に他ならない、唯一無二の存在だった。
「近いうちにでも、アポを取るのか?」
「そうですね、その様にしておこうと思います。 ……と言っても、もうギラムさんは私が真憧士である事をご存じだと思いますけど。」
「そうだろうな。なんだかんだ理解は速そうだ、ギラムとやらは。」
「スプリームさんも気に入られましたか?」
「感覚的にな、嫌いじゃないぜ。」
「フフッ、それでしたら素敵なタッグが組めそうですね。とても頼りになります。」
「光栄だな。」
その後やり取りを終えた二人はその場を離れ、次の行動に移るべく、道を歩んでいくのだった。
本日の更新を持ちまして『空と大地に祈りし幼龍』の更新を終了します。明日からは第三部『憧れを求める造形体』をお送りします。
どうぞお楽しみに。
 




