06 信頼の崩壊(しんらいの ほうかい)
気に入らない同士から放たれた言葉を気にしつつも、ギラムは自らの仕事をしようと身を引き締めていた。失った部下達はもう戻ってこない事実もあるものの、新しく補充としてやってきた部下達を指導する彼は今までどおりなんら変わりは無い。
かと、思われていた。
「よーしっ、後一周だ!」
「おーっすっ!」
黙祷を捧げ、1週間が経った頃の事だ。イロニックからの嫌味はあれから無かったものの、ギラムの身体に少しだけ異変が現れていた。
その日は何ら変わらず午前のメニューをこなす隊員達を見張り、疲れて動きに乱れが出る隊員達1人1人を見ていたつもりだった。真夏日を早い内から観測したその日はとても暑く、水分補給を適度にさせ身体から出る汗も処理する様彼は促していた。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
准士官である彼に見守られる中、サインナも1人汗を流し水分を取りながらメニューをこなしていた。濃い緑色の髪を後ろにまとめ走るたびに揺れるも、彼女は何も気にせず首からかけたタオルで汗を拭いながら走っていた。周りの隊員達よりも少しだけ早いスピードで走っている事もあってか、適度に身体にやってくる風が心地よい状態。自分よりも早く疲れを見せる隊員達を、何事も無いかのように横を走り抜ける。
その時だ。
「ハァ… …あら?」
彼女が抜こうとしていた隊員の1人の動きに違和感を覚え、彼女は少しだけ走るペースを落とし相手を見た。水分補給しているであろう隊員は何処か手足の動きがおかしく、流れているはずの汗が首筋に見られない。短髪で刈り揃えられているだけあって、とてもよく汗の粒が見えると彼女は思っていた。
だが、それが前を走る隊員には無いのだ。
「汗が…出てない…」
違和感を覚えた彼女は駆け寄り、声をかけようとした。 その時だ。
フラッ・・・
「!! まずい!」
バタッ!
「准尉!! 大変よっ!!」
「! おいっ、どうした!!」
体制を崩した隊員は崩れる様にその場に倒れ、灼熱の太陽が照らす地面に倒れてしまったのだ。慌てた彼女はギラムに声をかけつつ身体を起こし、急いで木陰へと運んで行った。その後服を脱がせ使っていたタオルで隊員の身体を吹き、他の隊員が持っていた水を借りて口元へと運び水を含ませていた。他の隊員達が淀めく中ギラムが到着し、彼は周りに指示を促し水と担架を用意する様言った。
「熱中症だな。 水を飲んでいなかったのか…!?」
『えっ…?』
彼と一緒に応急処置をする中、彼女は彼が口にした言葉に違和感を覚えた。しかしその違和感も束の間であり、隊員を運ぶために担架が運ばれ、隊員はすぐに運ばれ命に別状はないと追々診断される事になった。
運ばれて行った隊員を見送り終えると、彼は見守っていた部下達に指示を出した。
「全員、休憩に入れ。 涼しい所で水分補給をした後、体熱を図るんだ。」
「おーっすっ!」
不安にさせないようにと指示を出すと、彼はサインナに礼を言った後休むよう指示した。彼の指示に逆らうことなく彼女は頷きお辞儀をすると、彼の下を離れ室内へと向かう隊員達の後を追って行った。
「…ハァ。 駄目だな、やっぱり…」
『…』
その時彼女は、呟き混じりに彼が呟いた言葉を耳にした。そしてその言葉を聞いて、彼女の違和感が勘違いではない事を悟るのだった。
「なぁ、ギラム准尉が異変に気が付かないなんて珍しくないか…?」
「お前もそう思ったか…? 実は俺も何だが…」
「変だよな。 どうしたんだ…」
彼の違和感が確信に変わった中、彼女は汗の始末をしていると話し声が聞こえてきた。入口付近で同様に汗を拭う隊員達の話声であり、彼等もまた准士官であるギラムの行動に違和感を覚えている様だった。
普段であれば異常事態になる前に気付く彼が、今日に限ってそんなミスをしている。疲れがあるのか、それとも集中して行動を見守っていなかったのか。何かと不安にさせる事であり、彼等は動揺を隠しきれない様だった。
「まさか准尉、俺達を熱中症で倒れさせようとしたんじゃ…」
「馬鹿言うなっ! ちゃんと水も用意してくれたし、タオルも用意してくれてたじゃねぇか!」
「でも水だけであって、塩分は含まれてなかったんだぞ…? 意図的って言えるかもしれない。」
1人の隊員が口にした言葉を聞いて、別の隊員がその意見を真っ向から否定した。彼は以前長距離を走っていた時にギラムに励まされた人物であり、准士官がそんな事をするわけがないと心から信じている隊員だった。だがそんな隊員の意見を突っぱねる様に煽り立てた隊員は水の成分を言うと、反論した隊員は言葉を詰まらせどう反論したらいいか迷っていた。そんな彼等のやり取りが徐々にヒートアップするのを見て、彼女はその場から歩きだし2人の元へと向かって行った。
そして、
パシンッ!
「ッ! な、何しやがる!」
煽り立てた隊員の頬を力強く叩き、正気に戻す様に彼を見た。無論叩かれた隊員はサインナを睨む中、彼女は怯む様子を見せず意見を言った。
「黙りなさい。 准尉を疑っている暇があるのなら、彼の命令にそって休息をとるべきよ。 熱で頭に血が上って、思考回路がおかしいだけではなくって?」
「…コイツの言う通りだ。 変な事考えるんじゃねえよ。 俺達の上司だろ。」
「あぁ… 悪い。」
彼女の一声で周りに居た隊員達は同意を示し、疑う事は止めようと言うのだった。その後煽り立てた隊員は悪かったと侘びると、皆に続いて休息を取るべくその場を後にして行った。
『准尉が気にしている事って言ったら、きっとあの事故の不始末。 …早く立ち直ってくれないと、私達も不安だわ。』
やり取りを終え隊員の皆が心配している事を悟り、彼女もその場を離れようとした。
すると、
「君、ちょっといいかね。」
彼女自身を引き止める声が聞こえ、彼女は声がした方角を見た。そこに立っていたのはマチイ大臣であり、何時からその場に居たのだろうかとサインナは慌ててタオルを手に持ち挨拶をした。
「マ、マチイ大臣様っ! お、お見苦しい所を…」
「いやいや、とても素直な意見に賞賛していた所だ。 …ところで、君の上司に何かあったのかな?」
「ぁっ…」
大臣からの言葉を聞いて、彼女は驚きながらも言葉を濁した。つい先ほど起こった事の報告もあるが、追々ギラムから伝達されるかもしれない。だがそれ以外に先ほどの隊員の様に不安を煽り立てる言い方をする上司も、中に入るかもしれない。
言うべきか言わないべきかと彼女は考える中、大臣は彼女を見続け返答によって言葉を返そうと待っていた。それを見た彼女は覚悟を決め、大臣にこう述べた。
「・・・実は、マチイ大臣様に1つご報告と、私からの無礼な要望を申し上げたいのですが。」
「許可しよう。」
「ありがとうございます。」
報告をする前に許可を貰うと、彼女はお辞儀をし大臣と共に別室へと向かって行った。