30 人質(ひとじち)
突如響いた悲鳴を耳にしたギラム達は、声のした方角へ目を向けた。そこには人質として捕らわれたメアンと、少しばかり負傷した敵の姿が映っていた。
相手の姿を見かねたトレランスはすぐさま彼女を助けようと向かうも、相手はすぐさま手元にバイオリンの弓を取り出し、彼女の首元へと当てた。普段ならば美しい音色を奏でる弓も、こうなってしまえば凶器である。
「ウフフ……… この子がどうなっても良いのかしら……?」
「ッ……」
「メアンちゃん!」
救出しようも手出しできない状況となってしまった事を知り、彼等は動揺しつつ相手と対立した。妙な動きを見せれば、即座に敵は彼女の首を切りつけ、そのまま出血多量で殺してしまう事も可能だ。しかし誰かが助けなければ、この状況は変わる事が無い。
どうすべきかと考えていた、その時だった。
「あぁ、どうなってもいいぞ。」
「「えっ!?」」
沈黙を破るかの如く聞こえた声を耳にし、一同は一斉に声の主を見た。そこにはタンバリンの上に立ったギラムの姿があり、皆は何を言い出したのかと驚愕を露わにしていた。
「ぇっ、ちょっ……! ギラム!?」
「なっ……貴方って人は………! 小娘の命がどうなっても良いと言うの……!?」
「正直に言うと、俺はメアンを助けたいが、そいつを身体を張ってまで助けるつもりはない。人質を取ってまで変えたい現実がお前さんにあるって事は、変えられないだろうしな。」
「ギ、ギラムの裏切り者ぉおおーーー!!」
言葉を耳にしたメアンは捕まったまま怒り出し、身動きが取れないまま暴れ出した。そんな彼女の動きを大人しくさせる様に敵は腕に力を入れ、再び弓を首元へと当てた。その時だ。
「だがな。お前さんを仕留めなくても、打破する術はあるぜ。」
「何ですって……?」
「そいつらがこの領域に入ってきた時、魔法で領域の壁を撃ち砕いてやって来た。……だったら、俺もこの空間そのものを壊し、お前さんの無謀な願望を正すだけだ。」
「……ウフフ、何を言い出すのかと思ったら。そんな事は無理よ、貴方には出来ないわ………」
「何故、そう言い切れるんだ?」
相手の言葉の意味が解らず首を傾げる敵に対し、ギラムは口元に軽く笑みを浮かべた。その後手元に召還した拳銃を握り腕を静かに振り上げ、天井目がけて撃つ体制に入った。
「当然でしょ。この世界はアタイの夢……… アタイの虜になるまで、貴方達はココからは出られない。勇ましい漢の香りを醸し出す貴方を落とすのは、中々に骨が折れそうだけれど…… 貴方も一人の男なら、たやすい事。」
「ほう、随分となめられたもんだな。この世界でなら、そういう事も簡単にできるってわけか。」
「その通り。………それこそが、アタイの望んだ夢の矛先。誰一人として、アタイの姿を捉えずにはいられないくらいに、アタイは何時だって中央に立ち続けて見せるわ。……そして、高見であるトップに成ってみせる。」
スッ
「!!」
相手の取ろうとしていた行動を静かに誘導させる様に、相手は言葉を告げ続けた。行動全てが有利なモノにならない空間での行いは、どんなに輝かしい存在であれ無意味に終わらせてしまうのが、彼女達『創憎主』だ。
今に至るまでの過去が、どれだけの苦痛が身を苛んでいたか。全ての現実を変えてしまうまでに至った、周りへ対する憎しみがどんなものなのか。全てが理解出来ない状況下が続く中、相手は静かに弓を動かし、メアンの首元に再度当て出した。
「だからこそ、アタイと同職で目立つ子達は要らない……… お判り?」
「ア、アタシをそんな簡単に殺せると思ったら大間違いなんだからねー! アタシを仮に殺した所で、アタシよりももっと……もーっと輝いてる、イオるんがそこにいるんだからっ!」
「メアンちゃん………」
「アタシは一生かかっても、イオるんには勝てないかもしれないけど……… それでもアタシは『メアりんイオちゃんズ』の片方として、笑顔を振りまき続けるだけなんだよー! 魔法で勝った所で、アタシは何も嬉しくない!!」
「………」
自身が叶えたい夢のために、障害を根絶やしにするためならば何だって行う。そんな言葉を口にした敵に対し、メアンは人質に取られた状況下であるにも関わらず、自身の想いを相手にぶつけだした。
自分だけが独りであり、独りだからこそ見失ってしまったモノがある。しかしどんなに一人だと感じた時であれ、自分にしか出来ない事があったからこそ、今でもなお行動を続ける事が出来る。そんな希望に満ちた言葉を告げられた時、相手は静かに口を閉じてしまった。
「そいつの言う通り、この力で物事を終わらせても何も変わりはしない。その場しのぎに等しいこの力で得たモノなんて、正真正銘の戦利品じゃない。そんなの、心から素直に喜べるモノなのか?」
「うるさい……… ウルサイ!!」
ブンッ!
「クッ!!」
「キャッ!!」
「貴方なんかに解らない……! 戦える術を駆使し続けて、何時だって真向勝負で戦ってきた……! なのに……なのに……!! アタイは何時だって二番だった!! 一番じゃなかった!!」
だが彼女の言葉で止まるほど、創憎主の願望は軟なモノではない。再び暴れ始めてしまった敵の攻撃を受け、一同は突風にのけぞらない様、体制を前へと屈めだした。先程まで無風だった空間に風が吹き荒れれば、下手をすれば足場のない空間に落ちてしまう。何としてでも耐えるべく、皆は腰に力を入れるのだった。
「人よりも人一倍頑張ったのに……! 歌も、踊りも、笑顔も、美貌も……!! なのに………誰もアタイの事を視てくれなかった……! 誰一人として、言葉をかけてくれなかった!!」
「………」
「どんなに足掻こうとも、時代の波がアタイの事を押し潰す……… 世間の波に乗れないアイドルなんて、アイドルじゃないなんて………! そんな事、誰がどうやって定義したって言うのよ!! そんなのおかしいわ!! ミニスカが何よ…! 厚化粧が何よ! ぶりっ子が何だって言うのよ!! 猫かぶりなんて、気持ち悪いだけじゃない!!」
「本当の自分がさらけ出せない、ただの人食いアイドルなんて………!! アタイが許さない!! 根絶やしにして何が悪いって言うの!?」
「本当に、貴女を視ていた方は居なかったんですか?」
「イオル……?」
苦痛の中叫んだ敵の言葉は、静かに領域内で木霊したその時。相手の言葉を耳にした一人の存在が、言葉を口にした。
「ボク達のファンは、皆さんが個性的なアプローチを持ってボク達を応援してくれています。ボクが望むような静かなファンは少ないし、そういう人達からのコメントは基本的にはありません。例えボク達が会場をいくら盛り上げても、その人達は何時だって壁際なんですよ。」
「………」
「ファンの人達の気持ちの伝え方は、ボク達アイドルが左右しては駄目なんです。例え望んでいる方法のコメントを欲した所で、それを得意としないファンの方々はそれが出来ません。ボク達はそれも理解しないといけないんですよ。」
「うるさい……うるさい、うるさい!!!」
しかし彼女の言葉が再び火に油を注いでしまった様子で、敵はそう叫んだその時。再び周囲に異変が生じ始めた。
「クッ!! また床かっ!!」
「うわぁあああ!?」
彼等の立っていた楽器達が突如揺らぎ始め、地割れを起こさんばかりに激しく揺れ始めたのだ。ピアノの鍵盤の時同様に、楽器達の表面がしなやかに動き、大波の様に相手を押し流そうとしていた。慌てた彼等は可能な回避手段で攻撃に耐えだし、身体をしっかりと足場に付けるのだった。
「人の上に立ち続けるアイドルらしい言葉じゃない……!? そんな事を言われた所で、アタイのやる事は変わらない! アンタ達全員をぶちのめして、世界のアイドルはアタイにしてみせるんだからぁあ……!!」
「お姉ちゃん。」
「……!? コイツ、いつの間に………!」
「ヒストリん?」
その後苦痛の叫び声を上げた敵の大技が炸裂しかけた、その瞬間。相手の背後から一人の存在の声が聞こえ、皆は我に返る様に声の主を目にした。敵の後ろに立っていた存在、それはつい先ほどまでイオルの両腕に抱きしめられていた、ヒストリーだった。どうやら勝手に場を動いて、相手の後ろに立ち続けていた様だ。
「お姉ちゃん、止めようよぉ。ヒストリーはこんな事をするようなお姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃないと思うよぉ。」
「ッ………」
「イオルお姉ちゃんが何時も言ってたよぉ。お姉ちゃん達を見守ってくれている人達の声が毎日無かったとしても、お姉ちゃん達を視てくれている人達はいつも居る。遠くにいたとしても、近くに居る様に感じられる時があるんだよぉーって。」
「解ってるかの様に……言うなぁあああ!!!」
「初歩港ちゃん!!」
背後に立ち続けていた際に叫んでいた言葉を聞いて、彼は自分が思った事を相手に伝えたかった様だ。年端もいかない少年の言葉には説得力は無いが、それでも彼なりに相手の事を止めたいと願っているのだろう。
無垢な子供だからこそ、感じてしまうモノがある様だ。
そんな少年の言葉を耳にした敵は言葉を振り払い、近くに立つヒストリー目がけて弓を振り下ろそうとした。その時だ。
バァーンッ!!
「………!? 弓がっ………!」
「確かに、そういう風に人を傷つけるのがアイドルなんて言うのはおかしいかな。アイドルの創憎主さん?」
「トレラン!」
周辺をも貫く勢いで響いた銃声と共に、相手の手にしていた弓は二つに砕け、相手に到達する前に粉砕されてしまった。何が起こったのかと動揺する敵に対し、上空から告げられた言葉を一同が耳にした。飛んでいたのはトレランスであり、長銃を手にしたまま少しずつ高度を下げ、敵に近づいた。
「この世界のアイドルって言うのは、人々の心の支えとなる人達の事を言うんじゃないのかな? ストレス社会に揉まれながら生きる人々の支えとなり、傷付いた心の傷を埋める役割として成り立つ心の修復人だと、自分は思うんだけどね。」
「人の……支え………」
「自分はあくまで獣人で、人間ではないから根本的な所は理解出来てないけれど。大丈夫、君の事を助けてくれる人がココに居るよ。」
「………」
そう言いながらトレランスが静かに手を上げると、タンバリンの上に立っていたギラム達が徐々に彼女達の元へと近づいてきた。高度が上がった事により近くにやって来たイオルを視ると、ヒストリーはその場から跳びだし、イオルに抱き着いた。
「イオルお姉ちゃーんっ」
「初歩港ちゃん、無茶は駄目ですよー?」
「はぁーいっ」
「自分達は人々の憧れとなるために活動する『真憧士』の支えを行う『獣人』 ……だからかな、支えに関する事だけは、どことなく理解は出来るんだよ。」
「俺もその行動を行ってから日は浅いが、これでも一人の創憎主を止めてきた経歴を持ち合わせてる。お前さんを止める理由が、ココにあると思うんだがな。そんなことをしても、お前さんが心から求める結果をくれる様には、世界は成ってくれない。根絶やしにし続けてしまえば、世界から人がゼロになっちまうからな。」
「………」
再度告げられた彼等の言葉を耳にし、相手は徐々に手に込められていた力を弱めだした。何時しか左腕を押しのけるだけで解放される状況となったメアンは、相手の表情が先ほどまでとは違う事に気が付いた。相手の心に、言葉が届き始めていたのだ。
「僕達はそんな行いを正すために、君と対峙したんだよ。 ……ねぇ、もし良かったらさ。」
「?」
「君の歌、聞かせてくれないかな。僕ね、歌がとっても大好きなんだ。……だけど、作曲とかした事無いから、何時だって真似事しか出来てないんだ。もし良かったら、僕にも教えて欲しいな。努力の末に出来上がった、君だけの歌を。」
そして最後に告げられたグリスンの言葉で、相手の動きに変化が現れ出した。正面から見つめていた両社の瞳は静かに交差し、相手は目線を下げ、頬に一滴の雫が流れ出したのだ。突如煌めく雫を目にした一同は軽く驚くも、相手は静かに手の甲で涙を拭った。
すると、手にしていた弓の一部が徐々に消失し始め、領域が少しずつ明るくなり始めたのだ。
「……… ………そう。………歌を……聞いてくれる……のね………」
「うん。お願い。」
「……… ………分かったわ。」
彼の言葉に心を動かされたのか、相手は返事を返し、人質として取っていたメアンを離した。自由の身となった彼女はすぐさま相棒であるトレランスの元へと戻ると、敵は静かに数歩下がり、彼等に背中を見せた。
すると、身に纏っていた服を濃淡鮮やかな藤色のマーメイドドレスに変わり始め、相手の顔には黒い仮面が装着された。その場で華麗に回りだすと、周囲に漂っていた楽器達が静かに彼女の元へと集まり始め、演奏者が居ない状態で静かに音楽を奏で始めた。そして、相手は静かに言葉を告げた。
【アタイは、もう歌は歌えない身体だけれど…… 虎さんのために、音楽だけは贈ってあげる………】
「歌えない身体………?」
【アタイの扁桃腺はすでに腫れていて、無茶をした結果、声を失ってしまった……… ………だからこそ、出始めで歌を歌い続けるアイドルが大嫌いだった……… ………それでも。】
「?」
【アタイの作った歌を聞きたいって言ってくれたのは、虎さんが初めてだったから……… ………この世界でなら、きっと…… アタイの歌を虎さんに届けてくれるはずだから……… ………聞いてください、アタイの歌を………】
そう言った直後、静かに領域は明るさを抑え始め、近くからおぼろげな光を放つ雪洞が姿を現しだした。白い和紙に描かれた大藤の絵が浮かび上がる中、周囲に放つ幻想的な空間が創られると、相手は静かに両手を胸の前で組み、息を吸い込んだ。
そして、言葉を語り始めた……




