28 堕天使(トレランス)
「誰だ、アイツ……?」
突如姿を現した謎の犬獣人を目にし、ギラムは相手に目を向けていた。
先程の騒動で落下してしまったメアンとイオルを助けた所を見ると、彼女達を助けるためにこの領域にやって来た事は理解出来ていた。しかし彼女達はグリスンに対する反応を見せてはおらず、自身と同じくリアナスであるかどうかすら解っていないのだ。矛盾している部分が、多々ある様だ。
「おや。どうやら自分達と同じ行動が出来るリアナスが、君と同様に創憎主の領域に巻き込まれてしまったみたいだね。君達が丸腰で運ばれてしまったんじゃないかって、少し焦っちゃったよ。」
「ううん、トレランのおかげでアタシにも何とかできるか持って思えたから大丈夫ー これ以上、ギラムだけに負担をかけられないからねー」
「えっ……! お前、まさか……!!」
「そうだよーギラムッ アタシもギラムと同じく、真憧士なんだからねー …で、彼がアタシのパートナーのトレラン!」
「本名は『トレランス』だよ。君達とは共闘出来る間柄の様だから、助力は惜しまず加勢させて貰うよ。」
そんな彼の頭を混乱させていた犬獣人がギラムを見つけると、何かを理解した様子で少し嬉しそうな表情を浮かべ出した。自身と同じく契約をしたリアナスである事は一目瞭然だった様子で、彼女達だけが身の危険にさらされていた訳では無い事に胸を撫で下ろしていた。変わって、隣に立っていたメアンは先程と変わらない陽気な様子を見せながら、自身がリアナスである事を告白しだした。
彼女と契約を交わし参入してきた灰色の犬獣人、彼は『トレランス』と名乗った。白き翼を背に従えた彼は、グリスンと同じく細身の体系であり、黒のタンクトップに腰の丈までしかない赤いダッフルコートの様な上着を羽織っていた。翼と同様に背には灰色の帯の様な物が揺れており、青を主体に一部赤の生地が入ったジーンズを身に纏っていた。しかしグリスンと違って彼は素足のままその場に立っており、どうやら靴を履く習慣が無いと思われる井出達であった。
笑顔が印象的であり、左右の瞳の色が違うオッドアイの持ち主だった。
「そして、もう一人。」
そんな優しげな笑顔を浮かべていた彼が翼を消すと、背後に隠れていたもう一人の獣人が姿を現した。顔を出したのは焦茶色の可愛らしい子狐獣人であり、先ほどギラムと衝突した謎の少年の姿がそこにあった。
「自分達と同じく、身を護る術を持ち合わせている子が居るんだ。外部に残されてしまったからって、自分と一緒に突入してきたんだ。」
「イオルお姉ちゃぁーん。」
「ぁっ、初歩港ちゃんっ ゴメンね、独りにしちゃって。」
「ううん、大丈夫ぅ。お兄ちゃんが僕の事を連れて来てくれたから、もう寂しくないよぉ。」
「そうでしたねっ」
やって来た子狐獣人のお目当てはイオルの様子で、胸元に飛び込んだ彼を彼女は優しく両手で抱きしめていた。まるで留守番を任されるも限界まで耐えていた子供をあやす親の様であり、とても親身な仲である事が伺える様子を見せていた。
『初歩港ちゃん』と呼ばれていた子狐獣人、彼の名は『ヒストリー』 焦茶色の肌色とは違う清潔感溢れる白いTシャツには、大きな手裏剣の絵がプリントされており、空色の短パンを身に着けていた。背後で揺れる大きな尻尾の上には黄色いリュックサックを背負っており、容姿と同じく幼い印象を見せていた。田舎の少年ルックな井出達をした、心優しい獣人の様だ。
「じゃあ、ボク達もギラムさん達に加勢しましょうっ!」
「なっ……! お前等マジでやる気か!?」
「うん、やっちゃうよーギラムーっ」
「……うわぁ、僕やラクト以外にも契約を済ませたエリナスが居たんだ……! 良かった、これなら勝てるよギラム!!」
「お前等、ワザと何も出来ないフリをしてたって言うのか……! ……くそっ、焦って損したぜ………」
「ギ、ギラム!! 気を確かにぃーっ!!」
突然の状況に困惑したのも束の間、愕然を露わにした彼はその場に崩れてしまい、グリスンは焦りながら励まそうとする。それを視た彼女達は少し苦笑しながら、その場から跳び出し彼の近くへと降り立った。
「でもギラム、アタシ達の代わりに戦ってくれたって言っても、ギラムの方がよっぽど戦いに慣れてる感じだったよー?」
「そうですよっ ボク達はあくまで『契約をしただけのリアナス』に過ぎませんし、実戦経験で考えたら貴方の方が上の上です。だから、そんなに肩を落とさないでくださいね? もちろん、騙しちゃってたのはゴメンなさい! ですけどねっ」
「………もうお前等には、期待なんぞしねえよ。 ……まぁでも。」
「?」
彼女達の励ましを受けた彼は、フラフラとその場に立ち上がった。その後何かを吹っ切れた様子で目を開き、口元に笑みを浮かべこう言った。
「これだけ戦える戦力が揃ったと思えば、全然無駄骨じゃなかった訳だ。……俺がお前等を庇ったのは、無駄じゃなかったって事なんだろ。うじうじなんぞ、してられねえよ!」
「キャーッ、これこそイケメンの台詞ですよっ! ギラムさん、カックィイーーッ!!」
「アタシも惚れちゃうかもーっ! ギラム、前から抱きしめてあげよっかー?」
「遠慮する。」
とはいえ、正気である事は確かな様だ。テンションが上がりつつある彼女達の言葉を軽く受け流し、敵を一瞥した。
「……それに、そんな喜びムードに浸ってる余裕なんぞねえだろ。まずはあの敵を止めて、この領域を元に戻す事が先決だ。」
「その通りだよ。どうやら君は、根本的な造りが普通のリアナス達とは違っている様だね。それなら安心かな。」
「安心?」
「依存する傾向の強いリアナスは、あの人の様に憎しみの渦の中へと取り込まれてしまいがちなんだ。その分、君は志を強く持って、生きて行こうとしている。……そうだね。あまり自分がリアナスに言う言葉では無いと思うけれど、一言で言い表すなら『漢』って表現が、一番合っているんじゃないかな?」
「どうなんだろうな。……でも、言われたことは何度かあるぜ。昔の部下達からな。」
「そっか。それじゃ、皆で協力してあの人を止めてみようか。」
「うんっ!」
その後彼等は協力体制に入ると、皆はそれぞれ体制を固め、再び攻め入る体制へと入るのだった。