26 暗雲(あんうん)
自称アイドル達のオープニングライブが終了すると、彼等が待ち望んでいた『ファッションショー』が開始された。先程とは違う軽快な音楽と共にやって来る、綺麗な服を着こんだ美女達。慣れた様子でステージを歩く人々を視て、観客達は釘付けになっていた。
中には手にしていた洋服を観客に向けて放つモデルも現れるほどであり、服を手にしようと一生懸命に手を伸ばす強者も現れる程であった。
「うわぁ…… 本当に綺麗な人達ばかりだね。」
ライブが終了し落ち着いた様子を見せていたグリスンは、歩くモデル達を視て感想を口にした。元より獣人以外の女性の晴れ舞台を視た事が無い彼にとって、中々に新鮮な様子でイベントを楽しんでいる様だ。その後隣に居るギラムの様子を見ようと顔を動かすと、彼は意外なモノを目にした。
「ぉー…… 普通のモデルと違うかと思ってたが、結構スタイル良いんだな。 さっきの女子の胸、イイ感じだったな。」
『すっごい楽しそう……』
隣に座っていた彼の様子を見ると、そこには瞳を輝かせ楽しそうにモデルを凝視する姿が映っていた。普段とは違った雰囲気をまとう女性達が歩く姿はもちろんの事、着こんだ洋服によって女性らしい色気を放っているのだから、当然と言えば当然であろう。これには年頃のギラムも、少し興奮してしまいそうなイベントである。
「……良い子、居た?」
「あぁ、さっきの橙色のワンピースを着たモデルがイイ感じだったぜ。 ……おっ、あの水着の女も良いんじゃないか? スタイル良いなー」
「良かったね、ギラム。」
とはいえ楽しんでいる彼に引く様子は無く、グリスン自身も楽しそうにイベントの空間に身を寄せていた。その時だった。
「「うぉおおおおーーー!!!」」
「?」
会場を華やかに彩っていたモデル達への歓声が突如変化し、舞台から二人のモデル達が姿を現した。バックライトによって影と一体となった姿であったが、どうやら声を上げた人々には誰なのか、解っている様子だ。声を耳にした彼等が視線を向けると、そこには見覚えのある女性の姿があった。
「なっ!!」
「みんなぁあーーっ、よっろしくうぅーー!」
「お待たせー皆ーっ!」
やって来たモデルと思わしき人々、それはつい先ほどまでオープニングライブを行っていた『メアン』と『イオル』だ。先程までとは違った衣服に身を包んだ彼女達は軽快にモデルウォークを披露し、会場を熱狂の渦へと巻き込んで行った。
夏らしくもフェミニンなミニスカート姿で歩くイオルに対し、メアンは柔らかいロングスカートにノースリーブのシャツを着こなしていた。彼女達が動くたびに揺れる布地に反応してか、観客席の一部が次々とペンライトを振る姿が、舞台を挟んで彼等の目に映るのだった。
「……良い子、居た…?」
「一気に冷めたな。 ……そういや、アイツ等もモデルとして参加してるんだったな……」
「う、うん……」
しかしそんな熱狂に意気消沈したのか、ギラムは軽く呆れつつ言葉を漏らした。どうやら彼女達の美貌は彼の趣味ではない様子で、軽く頭を掻きながら視線を戻していた。その時だった。
ブゥーーンッ………
「ん、何だ?」
「!! ギラム!」
「どうした、グリスン。」
会場の賑やかさの合間を掻い潜る様に聞こえた、一寸の電波音。音を耳にした彼等は音の正体を確かめようと顔を左右に向けた時、グリスンは何かを見つけた様子で声をかけた。彼の視線の先にあった物、それは舞台の設備として用意された巨大スクリーンだった。先程まで華やかな映像を映していた画面は黒く染まり、徐々に画面がぶれる様な映像が映り始める。電波が受信出来ないテレビの様な画面となっており、何時しか物音交じりに音声が流れ始めた。
《品の無い、無駄な女の欲で男を魅了する、拙い女……… 知識の欠片の無い無駄なやり取りすら、憎らしい……》
映像と共に聞こえ出した機械的な声は、憎悪に満ち溢れた言葉だった。しかし会場に居る人々には聞こえていないのか、先ほどと同じく歓声に溢れた空間が彼等の前に広がっていた。だが徐々にその景色の動きが遅くなり始め、次第には止まってしまうのではないかと思う程に時の流れが遅くなって行った。
『何だ……? 声が……』
《下らない……下らない…… …腐り堕ちるその時まで行う時間すら……! 口惜しい………!! 要らない!!!》
声が聞こえ主が一声を叫んだその瞬間、周りに異変が起こった。
ガタンッ!!
「キャッ!?」
「何だ! ……! あぶねえ!!!」
突如周囲に鈍い衝撃が走り、照らしていた照明の一つが舞台の上へと落下してきたのだ。歩いていた二人の頭上に落ちる光景を目にしたギラムは咄嗟に叫び、舞台の上へと駆け上った。その光景を目にしたグリスンは慌てて武器を手元に召還し、弦を弾き魔法を唱えた。
「『メイル・ウリトール』!!」
二人を助けようと舞台に上がったギラムを護ろうと、彼は圧縮した風玉を落下物目がけて放った。音速を越える勢いで飛びだした魔法は照明器具に命中すると、予定していた落下地点から大幅に移動し、弾かれた勢いで巨大スクリーンへと命中した。突如起こった事故に会場内は騒然とするも、時間の流れと共に混乱が生じ、観客達は逃げる勢いでその場から走り出した。
「お前等、大丈夫か!?」
「ギラム!!」
飛来物によって穴が空いたスクリーンから軽く煙を上げる中、ギラムは二人の安否を確認した。幸いにも揺れによる転倒だけで済んだ様子で、二人は無傷でその場に座り、彼の声に返事を返していた。そんな彼等の元にグリスンは跳躍して向かうと、彼等とスクリーンの間に立ちはだかるように構えを向けだした。すると、人気が薄くなりかけたその空間に、再び声がやって来た。
《魅了された輩が女を助けた……… ……魅力有る漢が堕ちた……堕ちた………! 堕ちた……!!!》
「何、この声!?」
「メアンちゃん! ヤバい気配がやって来る気がします!!」
「お前等、俺の後ろに隠れてろ! 何が起こっても、命の保証が出来ねえぞ!!」
声の主が視えない動揺を隠せない様子の二人を視て、ギラムは自身の背中に彼等を隠す様に左腕を伸ばした。その姿を視た彼女達は慌てて彼の背中に隠れ、辺りを見渡しながら混乱する素振りを見せていた。
「ギラム、来るよ!!」
「チッ!!」
そんな彼等が身構えたその瞬間、辺りは一変した。
華やかさで彩っていた空間が徐々に歪み始め、彼等の足元が黄色から白黒へと変わり出したのだ。景色は室内から無限大に広がる宇宙空間へと変更され、辺りには惑星の如く浮遊する巨大な楽器が出現し始めた。瞬時に入れ替わった光景に動揺するも、ギラムは落ち着く様に一度目を閉じ、深呼吸した後足場を確認した。よく視ると足元は白い鍵盤となっており、黒色の正体は同様の小さな鍵盤と化していたのだ。どうやら彼等は、歪んだ『ピアノ』の鍵盤の上に居る様だった。
「空間が……変わったのか……?」
「前の創憎士とは違うタイプみたいだよ、ギラム。 ………あれが、今回の敵みたい。」
「敵?」
変化した空間を目撃した彼に言葉を伝えると、グリスンは何かを見つけた様子で指をさした。提示された方向に目を向けると、そこにはタンバリンの上に立つ黒いローブに身を包んだ人影が映っていた。




