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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第二話・空と大地に祈りし幼龍(そらとだいちに いのりしようりゅう)
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25 熱狂的信仰者達(ファンクラブ)

それから時間が流れ、一般客の入場が開始された頃。ギラムは一足先に席の確保をした後、開演終了後まで使用しない通用口で待機をしていた。続々と来場するお客達を静かに見守り、異変が無いかを確認していた。

その日にやってきた一般客層は、比較的若い年代が多く、流行に敏感だと思われる人々が集まっていた。アリンの企業で販売された春の洋服で一式揃える者も居れば、価格帯が高いアクセサリーを幾つも身に着けるつわものも現れるほどだ。中には彼と同じく服装はきっちりしているも、そこまで流行を意識した服装ではない者も居るほどだ。男女問わずやって来たお客達を視て、ギラムは「今日も満員だな」と心の中で満足するのだった。

そんな彼の隣にはグリスンが同様に立っており、肩の上では定位置と化したフィルスターが入場客を見守っているのだった。

「……どうだ、怪しい奴は居るか?」

「ううん、今の所は居ないかな。気配だけはするんだけど、まだ仕掛けを発揮しないのかも。」

「仕掛け?」

「ほら、ギラムも見たでしょ? 最初の創憎主の近くに浮いてた、おっきなアドバルーン。アレもその類の一種で、大きな力を発揮して周りに混乱を起こすために、創造主は決まって自分が有利になる様に罠を張るんだ。それで一般の人を巻き込む可能性も出てくるから、気を付けないとね。」

「世界そのものの法則を捻じ曲げる存在……だったな。経緯は何であれ、俺達にはソレを止める義務がある。今回も、しっかりと決めて見せるさ。」

「頼もしいね、ギラム。」

「キュッ」

様子を見ていた三人は言葉を交わした後、束の間の平穏を楽しんでいた。

彼自身が楽しみにしていたイベントで騒動が起こる事は、断固として阻止したい。ましてやそれが知り合いが絡んだモノともなれば、彼の心は揺るぎない信念となるのだろう。仕事柄で創られた彼の言葉には、頼もしさを感じさせるほど安心感があるモノだった。


それからしばらくの間監視を続けていると、ギラムは一度席を外す事をグリスンに伝えた。開演する前に済ませておく事がある様子で、肩に乗せていたフィルスターを預けると、彼は背後の通用口から外へと移動し手洗いへと向かって行った。イベント会場で一番大変な事と言えば、開演前までに入場者が済ませようとする『物品販売』と『トイレ』だろう。普段ならば意識する事の少ない行動の一つだが、こう言った場での行いは一筋縄では行かず、人込みに長時間まみれる事も少なくない。男の彼であれ手洗い場が混雑する事は序の口であり、常連である事もあるためか、混まない時間帯をしっかりと把握している様だ。慣れた足取りで男子トイレへと向かうと、彼は空いている個室へと入室した。

会場内のトイレは、全て白を基調とした清潔感溢れる空間だ。大理石に似せた石を加工して造られた洗面台には金縁の装飾が施され、鏡も塵すら残さない綺麗な輝きを放っていた。大小問わず個室化されたトイレで用を済ますと、彼は手を洗い携帯していたハンカチで手を拭き、その場を後にした。

その時だった。



ポフンッ!


「ふわぁあっ」

「ん?」

戦闘前であろう時間に準備を整えようとした彼の左足に、突如柔らかな衝突物が触れた感覚がやって来た。小さな物がぶつかったにしては威力が低い感覚を覚えた彼は足元を確認し、廊下の左側で尻餅をつく存在の姿を目にした。

そこに居たのは普通の人間の子供ではない、焦茶色の子狐獣人だった。Tシャツに短パンと言う幼い井出達と共に、グリスンよりも大きな瞳が印象的な相手だった。

「狐……? 大丈夫か?」

「ぅん、大丈夫ぅ…… ぶつかってごめんなさい、お兄ちゃん。」

「おう、気を付けて行きな。」

「はぁーい。」

倒れていた子狐に対し声をかけると、相手はひょっこり立ち上がり、無邪気な笑顔で詫びを口にした。口調からして本当に幼い事を感じた彼は咎める事はせず、そのまま相手を見送る様に言葉で促していた。

子狐はその後ギラムの前を横切り、向かおうとしていた廊下の先へと向かって走りだした。背中に背負ったナップサックが小刻みに揺れる中、ギラムはしばし相手を見送り、グリスンの元へと戻って行った。

『こっちに来るエリナスにも、あんな小さな奴が居るんだな……』

突如遭遇した相手に対する感想を抱きながら、彼は手にしたハンカチを上着の中へとしまった。

その後再び相棒達の待つ場へと戻ると、即座に彼を見つけたフィルスターは翼を広げ、主人の元へと飛んできた。抱えていた幼い龍が移動した事を視たグリスンは顔を動かし、ギラムを見つけ笑顔を浮かべ出した。

「お帰りギラム。どうかした?」

「いや、ちと見かけない子狐を視かけてな。グリスンみたいに成人じゃない奴も来てるんだなって、思っただけだ。」

「子狐…… 経緯は皆バラバラだと思うけど、こっちに来てる小さいエリナスは居るみたい。知り合いじゃないけどね。」

「そっか。」

その後経験した事を軽く報告し開演を待っていると、徐々に彼等の居る部屋の照明が暗くなり、辺りは闇を抱え始めた。ギリギリ隣の相手の表情が解るかどうかの明るさになると、ギラムは軽く期待に満ちた顔色を浮かべ、ステージに目線を映した。すると、舞台に数本のスポットライトが照らされ、会場は一斉に静寂に包まれた。



《皆さま、長らくお待たせいたしました。本日は、我社が主催します『リアングループ・サマーコレクション』にご来場いただき、誠にありがとうございます。》

静寂に包まれた空間にやって来た優しい声色を、会場内で待機していたお客達は一声に耳にした。声の主が光の先に現れる瞬間を今か今かと待ち望む者も現れるほどであり、待望の瞬間がやって来た事をグリスンは感じていた。

その後やって来た新たな声が終わると同時に、舞台の床が一部だけ開き始め、中から企画者であるアリンが姿を現した。彼女の姿を視た観客達は一斉に拍手で出迎え、彼女は上品にお辞儀をした。

《今回の企画開催につき、新しい一面を着飾りたい皆様の心を映すべく、新たなモデルの方々にご協力を頂きました。どうぞ皆さま、最後まで楽しんで行って下さい。》



「ワァーーーーッ!!」


彼女の言葉と共に歓声が沸き上がり、再び拍手の嵐が開始された。相手の姿を視たギラムも同様に彼女へ拍手を送り、イベントを楽しむ様に目を向けた。

《それでは、ただいまよりサマーコレクションを開催いたします。今回の公演開始に伴い、この方々にスタートステージをお願いしたいと思います。どうぞ、盛大な拍手でお迎えください!》

彼女の声を引き金に拍手が始まると、舞台の照明が徐々に暗くなり始め、アリンは舞台袖に移動する様に歩き出した。再びステージの床に穴が出現すると、そこから二人の人影が現れ、一斉に照明が当てられた。

「……なっ!?」



「うぉおおおおおーーーー!!!」

そこに現れた二人組、それは彼が先ほどまで控室で話をしていた『メアン』と『イオル』の姿だった。話をした時とは違う井出達でポーズを決めていた彼女達を目にし、周囲はそれぞれ反応を露わにした。

その後声を耳にした二人は目を開き、観客席へと向かって数歩ステージの上を歩き、手にしたマイクを空へと掲げた。

「みんなぁーー! おっまたせーー! サマーコレクションのスタートコールをするべく、アタシ達が応援に駆け付けたよー!」

「うおぉおおおおーーー! メアりぃいいいーーーん!!」

「皆がこれからのステージを楽しめる様に、ボク達が精一杯盛り上げちゃうから! 皆、遅れちゃ駄目だからねーー?」

「きたぁああああーーー! イオルたぁあああーーーん!!」


『すっげぇ歓声………』

会場を熱狂の渦に巻き込むべく現れたネットアイドルの声に応えるべく、観客席の一部が周りをもろともしない愛の声援を送り始めた。後方から飛んでくる悪寒交じりなドスの聞いた声を耳にし、ギラムは軽く拍子抜けしつつ二人を見守る事となった。隣に居たグリスンは良く分からない様子で声に賛同すべく、軽く両手を上げエールを送っていた。

「よぉーっし、皆の熱気をもっと高めるために、あの歌を歌っちゃうんだからーーっ! 皆、付いてきてーー!」

「ボク達の代表曲! いっちゃうよーっ!」

「うぉおおおおおーーーー!!!」



「「アイダリティ・フェスティバーーールッ!!」」



アイドル二人の声に反応してか、会場内の空気は一変。色彩豊かな照明が行き交う中、会場内に士気を高める様な音源が流れ始める。ピアノをベースにドラムが奏でる明るい音楽に乗って、二人はステージ内を歩き始め、会場に居る観客に向けて手を振り歌い始めた。



{皆っ! 行くよっ!


 ボク達は笑って行けるんだ 誰もが皆出来る事

 それを今から始めよう

 何も考えなくたって 少し思うだけで出来るんだ

 アタシの魔法は 誰にだって通用する


 さぁ、笑ってみようよっ!}



「いぇぁあああああーーーー!!!」

定位置を事前に決めていた様子で、彼女達はステージの上で華麗に演技を披露していた。身に着けていた衣装を靡かせるように身体を動かし、一部の観客達を魅了するべく、女性らしいしなやかな動きを見せていた。髪を可憐に揺らし、衣服の中で揺れる胸が周りを熱くさせ、会場内は徐々に熱気に包まれ始めていた。



{風がそよぐ大地の星 ボク達の住む世界

 いつだって存在した 気持ちがあった

 悲しみだって怒りだって アタシ達の生まれた場所にある

 君にもあるよね 生まれ故郷が

 勝手に記憶を 改ざんしたら駄目なんだよ?


 偽りなんて恐れない アタシには君が居る

 皆の元にも 見知らぬボク達が居るんだよ


 さぁ笑って 声を上げて歌おうよ

 それだけで得られない パワーなんてないんだから}


 {Show a smiling face (ショゥア・スマイリンフェイス)!}

 「「笑顔を見せて! 僕にもみせて!」」


『………スゲェな……』

その後も鳴りやまない軽快な音源と共に、曲を知る参加者達は一斉に合いの手を送り始めた。ステージに照らされる光で文字を浮かべる演出も行う程、彼女達の舞台で企画を盛り上げている事が理解できた。暑苦しくも会場を盛り上げる声を耳にして、ギラムは再び呆れながら隣を目にした時だ。

「笑顔を見せてっ 僕にも見せてっ」

『ノッてやがる………』

良く分からずに参加していたはずの相棒がフレーズを口ずさみ、舞台を楽しんでいる光景が映っていた。両手は何時しか手拍子を打つように動かしており、身体と尻尾を揺らし、音を刻んでいる事も解った。

『……コイツ、本当に音楽が好きなんだな。』

自身が告げていた通り、彼は音楽が好きなのだとギラムは理解するのだった。



{手を高く上げて 身体を大きく動かして

 リズムに乗れば 皆が個性を発揮する

 ステージライブの主役は 歌い手の皆なんだよ


 怖いことだってあったけど くじけそうな時もあったけど

 ボクはこうしてココに居る それがどれだけ幸せなのか

 皆は考え事がある? 笑顔を見せれば 誰だって出来るから}


 {Become fortunate (ビクァイム・フォートゥネイティゥ)!}

 「「幸せになって! 僕にも見せて!」」



{何も怖がらなくたって ボクはここに居る

 君達の笑顔は 全てを創るから!}



「わぁああああーーーー!!!」

その後も続く音楽に乗せて、彼女達が繰り広げるステージライブがイベントを盛り上げる。歓声と熱気に包まれた声を耳にして、ギラム達は拍手で彼女達にエールを送るのだった。


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