24 偶像二人組(メアりんイオちゃんズ)
毎年恒例となったギラムの大切な行事に、突如現れた謎の女二人組。今日まで楽しみにしていたモデルと聞かされた彼は唖然とするも、話に流されるがまま、彼女達のために用意された『控室』へと赴く事となった。説明する間も無く事実に連行される彼を見て、アリンは困惑とした表情を見せるも、仕事に戻る事となるのだった。
「えーっと…… あっ、ココココー」
「……『メアりんイオちゃんズ・控室』…… ……本当に関係者なんだな、お前等。」
「そうだよー さっきから言ってるじゃんー」
『事実が衝撃的過ぎて、イマイチ飲み込めねえんだよな…… コレ事実じゃなくて空想小説じゃねえのか……?』
とはいえ、事実に困惑しているのは企画した主催者だけではない。両腕を双方から引っ張られる形で移動したギラムは、控室を前に浮かない表情を見せていた。
ちなみに余談だが、部屋へと向かう最中、彼女達と似た雰囲気を醸し出す女の子達ともすれ違っている。参加者となるモデルのネットアイドル達は、すでに会場入りし、マイペースに出番を待っているのだった。
ガチャッ
「とりあえず、ココがアタシ達の控室なんだー ささっ、くつろいでくつろいで。」
「あたかもお前等の家みたいな言い方だな。…ってか、良いのか? 女用の部屋に男の俺が入って。」
「ボクは別に気にしませんよ? お兄さんはボク達を取り囲んで、布教ダンスやら奇声を上げる連中とは違いますからねっ」
「そ、そうか…… まぁ、お邪魔します。」
「キュッ」
そんな控室へと招待された彼は、呆気に取られるも彼女達からの許可も下りたため、渋々部屋へと入室しだした。肩に乗ったままだったフィルスターも同様に入室するため、ご招待を受けたのは一人と一匹と言えよう。仕事前にお客人がやって来た事に嬉しいのか、彼女達は笑顔を浮かべるのだった。
彼等がやって来た控室はシンプルな小部屋であり、木目調の落ち着きある空間だった。組み立て式のテーブルと椅子が部屋の中央へとセットされ、壁際には控室を使用する相手用の化粧台が完備されていた。入口から少し外れた物陰には、彼女達の私物であろうカバンとリュックサックも置かれており、先程から使用している事が解る光景であった。テーブルにはお茶とお菓子も用意されているため、長時間の待機も苦ではない様に思われた。
「ぁっ、そういえばお兄さんの名前をちゃんと聞いてませんでしたね。聞いても良いですか?」
「ん、あぁ……そうだったな。俺の名前は『ギラム・ギクワ』、今日は開催主の招待客として来たんだ。コイツは同居人の『フィルスター』だ。」
「キューッ」
「よろしくねーギラムん、フィルルー ……男と雄がコンビで来たって事は……あっ、じゃあアタシ達の晴れ舞台を見に来たんだねー? ギラムは雄っ気ムンムンっぽいし、結構身体目当てだったりしてー?」
「……あながち間違いじゃねえが、お前みたいなテンションの奴は嫌いだ。」
「えーっ! ひっどーい!!」
そんな部屋へとやって来た彼等は、改めて彼女達に自己紹介を行った。会場内でのやり取りで混乱していた頭ではそこまでおぼつかず、落ち付いた今でなければ出来なかった程の現状。一体どこまでトラブルを起こしたのかは、ご想像にお任せするとしよう。
しかしそんな彼の目当ては、今となっては欠落しかけているのだろう。目の前でノリノリの表情を見せる自称アイドルに対し、手厳しいお言葉を告げるのだった。ちなみに余談ではあるが、メアンの胸は歳に似合わず相当デカく、隣に立つイオルや会場で話をしたアリンよりも大きかった。
「じゃあイオルん目当てー……??」
「…マシなのはそっちだな。巨乳過ぎるのも含めて。」
「もー、いつもいつもイオルんばっかりモテてるー! アタシもちやほやされたいぃーーー!! 身体なら絶対勝てるって思ってたのに……! 何で!? 男は皆『おっぱい星人』だってネットに書き込んであったよ!?」
「どんな偏見からそうなったんだ…… …まぁでも、大きい方が良いって言う部下は多かったな。グラビアだっけか、雑誌を視ながらよく言ってたぜ。」
「メアンちゃん、需要ありそうですよ?」
「本当ー!! 良かった~っ アタシもまだまだイケるねっ!」
『単純な奴……』
しかし怒ったかと思えば即座に機嫌が直る彼女は、とても単純な相手と言えよう。私服なのか衣装なのか解らないメイド服に身を包んだ彼女は、上機嫌で化粧台の元へと向かい、髪形を直すべくイヤリングとヘッドドレスを取り外した。濃い黒髪が印象的な彼女は、中々のオシャレさんと思われた。
「ぁっ、ギラムさん。お茶は何が良いですか? 緑茶と紅茶とお冷、ドリップ珈琲もありますよっ」
「ん、あぁ。じゃあ珈琲で頼むぜ。」
「かしこまりましたっ」
そんな相方のお色直しを見守った後、残されたイオルはギラムの給仕をし始めた。突然の事に軽く驚くギラムではあったが、左程異人とは思っていない様子で平然と返答を返していた。椅子へと座り肩に乗ったままのフィルスターをテーブルの上へと移動させ、彼は相手の行動を視始めた。
慣れた手付きで注文の珈琲を淹れるべく、彼女はカップに珈琲が入ったフィルターをセットした。すでに用意されていた電気ポットで沸きたてのお湯を適量注ぎ、珈琲をしばし蒸らした後、改めてお湯を注いで飲み物を用意していた。芳醇な香りが室内に漂い始めた頃、彼女は珈琲を淹れ終え、彼の前へと差し出した。
「…… お前さん、何か接客の仕事とかしてるのか。」
「? どうしてですか?」
「手付きが慣れてるって言うのもあるが、その手の珈琲は『蒸らす』工程をするモノだろ。知らないと直でやるからさ。」
「おや、結構視てるんですねっ 確かにボク、昔は『使用人』の仕事をしてましたよ? メアンちゃんが目指すメイドと、ほぼ同じですっ」
「へぇー、使用人な。 ……ぇっ、アイツ『メイド』を目指してるのか??」
「はい。無理って言わないであげて下さいね? メアンちゃん、何時でも一生懸命なんですからっ」
「……… ……まぁ、雇い主があの手のメイドが好きなら、需要はある………のか?」
「そうそう、需要は何処にあるか解りませんっ どうぞどうぞっ」
「おう、ありがとさん。」
用意されたカップと共に他愛もない話を交わし、彼は珈琲を口にした。普段から口にする珈琲と左程変わりない香りが彼の鼻孔を刺激し、口の中にはほろ苦くもサッパリとした味わいがやって来た。
味に満足した様子で、彼はイオルが破いたパッケージを軽く確認し、何処のメーカーの物なのかをチェックしていた。こういった観察眼も前職の賜物と言えよう行いの中、ふと相手は口を閉じ彼を見つめだした。
「………」
「……ん? どうかしたか?」
「いえっ、何でもありませんよっ あっ、お菓子も良ければどうぞ? ボク達はさっき食べましたので。」
「あぁ、そうか。じゃあ頂くぜ。」
「キュッ」
「どうぞ~」
そんな彼女からの視線を感じ疑問を抱くも、相手は答える事無くお菓子を勧め、なんてことない様子を彼に見せるのだった。これと言った返答を貰えず彼は首を傾げるも、勧められたお菓子を手にし、中身の一つを座ったままのフィルスターに与え出した。やって来たお菓子を目にした幼龍は嬉しそうに手を伸ばし、甘味を口にするのだった。
「イオルんー ちょっと手伝って~」
「ぁっ、はいはいっ ちょっと失礼しますね、ギラムさん。」
「おう。」
珈琲のお供としてお菓子を口にする中、給仕をしていたイオルはメアンに呼び出され、その場を離れていった。どうやら髪形のセットに手間取っている様子で、鏡では見え辛い頭部付近を直してほしいと話していた。注文を受けた彼女は慣れた手付きでドライヤーと櫛を手にし、丁寧にしっかりと仕上げをするのだった。
そんな新鮮な女の子達の行動を目にしていたギラムは、ふとある事に気が付いた。
『……そういやアイツ、やけに肌の色が白いな。日焼けとか避けるタイプなのか。』
同じ鏡の前に立つ二人の肌色に違いを感じ、日常生活でどんな行動を取っているのだろうかと考えていた。しかし深い意味は無かった様子で、すぐさま視線を元に戻し、隣て美味しそうにお菓子を口にするフィルスターの様子を彼は視るのだった。
その後開催時間前の衣装を着る彼女達の邪魔をしまいと、一言断りを入れ、彼等は部屋を後にした。廊下へと出た彼は再びグリスンの元へと向かうべく、先ほどの場所へと向かうべく歩き出し、階段を昇り扉を押し開けた。
「グリスン、待たせたな。」
「ぁっ、ギラムおかえりー 何か女の子とトラブってたけど、どうかした?」
「いや、ちと絡まれただけだ。 何てことないぜ。」
「そっか。……ぁっ、後ね。ギラム。」
「ん?」
先程と同じ場所で待機していたグリスンに声をかけると、彼等は視線を同じくし、ある情報を共有し合った。それは何時ぞやに覚えた、とある感覚だった。
「………何か、嫌な空気を感じるんだ。 もしかしたら、アレが居るかもしれない。」
「アレ? ……! 創憎主か…!?」
「うん。念のため、気を付けてね。」
「了解、気を付けるぜ。」
彼からの芳しくない情報を耳にすると、彼は目付きを変え、警戒するべく辺りに気を配るのだった。




