23 招人(しょうたいきゃく)
目的地で行われるイベント会場敷地内へと辿り付いた一行は、人気が無い歩道を歩いて移動していた。開演前の順番待ちを行う人々は正面玄関で列を成す中、ギラムは道を外れ、裏手にある関係者専用の通用口へと向かっていた。
『…あれ、列とは違う場所に行くんだ……』
順番待ちを行う人々を目にしたグリスンはしばし目で列を追った後、列とは別方向へと向かう彼の行動に首を傾げていた。疑問を抱き解を得るために列の先頭を見たくなる衝動に襲われるも、パートナーであるギラムの行動に逆らう様子は無く、人目のある中で疑問を即座にぶつける事はしない。しばしの生活を送り彼の行動を目にしてきたからこそ、結果は後から解るだろうと思っている様だった。
その後入口で警備をしていた相手に対し、ギラムは軽く挨拶をした後、荷物の中から取り出した一枚のカードを手渡した。
「今日開催される『リアングループ・サマーコレクション』に招待された、『ギラム・ギクワ』だ。」
「……はい、ギラム様ですね。 おはようございます。 これを腕に着用し、中へとお進みください。」
「あぁ、了解。 警備、ごくろうさん。」
差し出したカードを受け取った警備員から許可を得ると、彼は手渡されたシリコン製の蒼いリストバンドを着用した。ブレスレットの様に手首に装着し縁を目にすると、そこには『公演関係者』と印字されており、イベントの関係者であることを表していた。開催後もちょっとしたアクセサリーとして使用できそうな代物を受け取ると、彼は敷地内の廊下を移動して行った。
会場へと通ずる廊下を進んで行くと、会場整備を行う人々の姿が行き交い、慌ただしくも開催時間に間に合う様手配を行っていた。作業を行う人々の年代はバラバラではあるが、全員が関係者である様子で、リストバンドを見える様に着用し仕事に励んでいた。
「わぁ…… 本当に人が居る……… ギラムだけかと思ってた。」
「んなわけねえだろ。 周りは全員『仕事』で来てるんだからな。」
「じゃあ、暇人はギラムだけ?」
「『客人』って言え。」
仕事を行う人々を横目に彼等は他愛もない話をしながら移動すると、途中でギラムは通路を右折し始めた。突如進路が変わった事に驚いたグリスンが後を追うと、目の前には天井が低い階段を静かに昇って行く彼の姿が目に移った。背丈のあるギラムが少々屈まなければならない程の高さではあるが、相手は左程気にせずに歩を進め、上層部へと進んでいた。
一段一段昇りながら上層階へと移動すると、彼は扉を押し開け、室内へと向かって行った。扉の先に広がっていた光景、それは広大な敷地を大胆に使用して造られた『コンサートホール』だった。
「うわぁ………! コンサートホールだー!!」
「大規模なオーケストラさえも行えるだけの場所を貸し切って、大勢のお客達が入れるよう手配した造りに今回はなってるんだ。 恐らくだが、スタッフは前々からここの準備をしてるはずだから、俺等よりも全然早くから会場入りしてるんだぜ。」
「えぇっ、凄い。 皆熱心なんだね。」
「そういう事さ。」
目の前に広がる大きな室内を目の当たりにし、グリスンは感想を漏らしながら柵の元へと向かって行った。
彼等がやって来たのは、会場の壁際に位置する上部のテラス席であり、主催側が特別招待した相手のために設けたスペースだ。ギラムが普段から使用する席ではないが、室内の見取り図を把握していたため、一足先にお邪魔しているというわけだ。無論、開催中は立ち入る事は出来ないので、今だけの楽しみ方である事を補足しておこう。
「えーっと、アリンはっと…… ……おっ、居た居た。 やっぱり下に居たか。 グリスン、ちとアリンに挨拶して来るぜ。」
「あ、うん。 僕も行こうか?」
「いや、ちと気になる事もあるから今回は良いぜ。 まだ確信してるわけじゃないからさ。」
「確信?」
そんな謎めいた発言を聞いたグリスンは首を傾げるも、一足先にその場を後にするギラムの後姿を見送っていた。肩に乗せたままだったフィルスターも同様に連れて行ってしまったため、一人残されたグリスンは前を向き、再び会場を見下ろし始めた。
しばらくすると、ギラムが一階スペースへ姿を表し、挨拶するべき相手と思わしき人物に声をかける姿が彼の目に移っていた。
『ギラムは金髪だからすぐに見つけられるなぁ。 気合も入れてるみたいだし、女の子への配慮もある程度してるから、普通にモテそうなんだけど…… 何で相手が居ないんだろう。』
自身と契約した相手の事を考えながらグリスンは下を見下ろし、ふと他愛もない疑問に首を傾げていた。
仕事を独りで熟す習性のあるギラムに相手が居ないのは、単なる出会い不足なのかと思われた。しかし実際は彼なりに意識した時には気合を入れる習性があり、今朝の意気込みや流れを視ていただけでも、十分に意識した行動をしている事が解る。契約をしてからも女の子と会話をしている姿も見られたため、彼は女性受けが悪くは無いのだろうと思われた。
だが、何故か付き合っている相手はいないのだ。
不思議な感覚を抱かせるギラムに対し、グリスンは考えながら、ふと言葉を呟いた。
「……ギラムって、案外鈍感なのかも。」
そんなことを考えていたその時。グリスンは視線を下ろした先で、ある異変が起こった事に気が付いた。
「…あれ、何かもめてる……」
一方その頃、会場の広間へと移動したギラムは関係者に交じり、公演の主催者の元へと挨拶に向かっていた。舞台を彩る大道具の設置から調整まで指示を出している令嬢に対し、彼は驚かせない様、視界に入りながら声をかけた。
「おはようさん、アリン。」
「? ぁっ、ギラムさん! おはようございます。」
「どうだ、会場準備の調子は。」
挨拶を耳にした相手が目を向けると、すぐさま笑顔を浮かべ、にこやかな表情で挨拶を返していた。名目上は招待客となっているギラムではあるが、知人と会話をする時は立場を抑えるも、普段と変わらない挨拶をする事を心がけている様だ。
その証拠に、忙しい相手に無用な動揺を与えまいと気遣いもしているのだった。
「はい、すでに終了している所もあるため、開催時間には間に合う計算です。 ……あら? 可愛い方がいらっしゃいますね。」
「あぁ、先日俺の家に来たんだ。 『フィルスター』って言うんだ。」
「そうでしたか。 おはようございます、フィルちゃん。」
「キュッ」
「まぁ、可愛いっ」
挨拶を交わしながら軽い小話をしていると、彼女はギラムの肩に乗る見慣れない相手に興味を示した。自分以外の人間に見せた事が無い新しい家族を紹介すると、アリンは楽しそうに声をかけ、優しく声をかけだした。挨拶を耳にしたフィルスターが返事の如く鳴くと、彼女は嬉しそうに再度笑顔を見せていた。
そんな緊張感を感じさせない素の笑顔を視て、ギラムも笑顔を見せるのだった。
「……ぁっ、そうでした。 ギラムさん、一つだけ私の把握ミスがあったので、そちらだけご報告しても良いでしょうか。」
「把握ミス? 納品した品に、何かあったのか。」
「いいえ、ギラムさんのミスではありません。 今回のファッションショーのモデルとしてお願いした方々なのですが、そちらで」
「あーっ、何か変わった人が居るー!」
「メアンちゃん、はしゃぎ過ぎですよっ?」
「ん?」
笑顔で話していた彼女がふと思い出した話をしていると、彼等の元に聞きなれない声色が飛んできた。声を耳にしたギラムが顔を向けると、そこには見慣れない女性二人組の姿が目に映り、こちらへと駆け寄ってくる光景を目にした。
「誰だ? あの二人組。」
「ぁっ、えっと…… ……あの方々が、例のモデルの方で……」
「えっ?」
説明をし終える前に二人と遭遇した彼を見て、アリンは申し訳なさそうに小声で報告をし始めた。報告を耳にするや否や、二人組はギラムの前へと移動し、彼を視上げ珍しいモノを視るかのように目を丸くしだした。
「わーっ、初めて視る顔だね~ お兄さんも、アタシ達のファン?」
「ファン? 何の話だ?」
「えっ、知らないのー? 今ネット上で騒がれてる『ネットアイドル』なんだよー? アタシ達。」
「アイドル?? ……世間のアイドルは、少数精鋭なのか。」
「ヤダー冗談言って~ モテないぞっ」
ドンッ
「ぅおっ」
「? わーっ、すっごい良い画体!! 腹筋割れてるし硬くて凄ーい!!」
突如質問後の解らない突っ込みに続いてスキンシップをしてくる女性に対し、ギラムは軽くたじろぎだした。
一人は異常にテンションが高いのに対し、もう一人は落ち着いているが雰囲気だけは似ている仕草を醸し出しており、自称『アイドル』である事を教えてくれた。しかしアイドルに似つかわしくない服装を身に纏っており、片方は学業用の制服に近く、また片方は使用人が着用する割烹着に近いエプロンを着用していたのだ。胆略して説明すると、メイド服である。
「や、止めろって。何なんだ一体。」
「メアンちゃん、どうやらボク達を囲むムサい人々とは違うみたいですよ? 反応が今までとは違います。」
「ん~ 言われてみるとそうだよね。 お兄さん、誰?」
「あのなぁ…… 恐らく年下だろうから言っとくが、聞く前に名乗るもんだぜ。 ネットアイドルさん達よ。」
「ぁっ、そうなんだ? じゃあ名乗っとかないとねっ」
今までにない接し方をする相手に呆れながらも、ギラムは自身が年長者である事を想定し、軽い礼儀を二人に教えだした。変わらないテンションで話しながら礼儀を耳にすると、燥いでいた女性が数歩下がり、その場で笑顔を浮かべながらこう言い出した。
「始めましてっ アタシの名前は『メアン・スムロ』 巷に夢とロマンを届ける、メイド見習いでーす! そしてこっちのコが。」
「ボクの名前は『イオル・ノティス』って言いますっ 巷に希望とラブを届ける、ボクっ子司書ですっ! ボク達二人の事はーっ」
「『メアりんイオちゃんズ』って言ってねーっ♪」
「…… は?」
テンションに圧倒されながら営業文句を繰り広げ、二人は楽し気に手を組み、空いた手を天高く広げ決めポーズを取り出した。相手からの自己紹介の波を受けるも、やはり反応に困るギラムなのであった。




