21 鮫魚人(コンストラクト)
突如発作を伴う現象に見舞われたフィルスターを手助けするべく、コンストラクトを探しに出て行ったグリスン。人目に付かない現状を利用し、跳躍力を生かし一人ビル街を飛び交い、相手の姿を探していた。
天気の良い朝方の空気は澄んでおり、とても心地良い空模様であった。
『ラクト、居ないなぁ…… 家の場所とか聞いてなかったから、外に出てると良いんだけど……』
しかし肝心の居場所に検討が付いてはおらず、勢いで外へと出てきた様だ。
元より数回話をした程度の仲ではあるため、顔見知りの仲と言って良いだろう。自身と同じくリアナスを持つエリナスと遭遇出来た事もだが、彼にとって『友人』とも言えるべき相手はあまり多くは居ないのだ。クーオリアスでも独りで過ごしていた時間が長かったため、付き合いも上手では無い様だ。
そんな彼が何度か空へと跳び出したその時、都市内に顕在するビルの屋上にて、印象的な蒼い存在の姿が映った。
「ぁっ、居た! ラクトー!」
「? グリスン…?」
目にした存在の名前を呼びながら、彼は一度降り立ったビルの上で方向転換し、再び空へと跳びだした。声を耳にした相手は声の主を探すべく首を動かし、両社は同じビルの屋上に降り立った。
「どうした、わざわざ探しに来て。急用か。」
「ふぅ、ラクトの家とか知らないから探しちゃったよ…… あのね、僕のリアナスがラクトに頼み事があるんだって。 正確に言うと、僕からもだけど。」
「ギラムが俺に? ……今朝話したばかりだったんだが、何か言い残しでもあったか。」
「ぇっ、ギラムに会ったの??」
「確かめたい事があってな。」
「そ、そっか……」
顔を合わせたグリスンは軽く会話をし、彼を探していた事を口にした。同時にコンストラクト本人に用がある事を告げると、相手は不思議そうに首を傾げ、何か言い残しがあったのかと質問した。しかし質問に対する回答はなく、別の質問へ対する返答で軽くかき消され、二人は同じように首を傾げ合うのであった。
その後二人はその場を離れ、先程同様にビルの上を移動しながら、ギラムの待つアパートへと向かって行った。
一方その頃……
「キュフンッ…… キュフンッ……」
「もう少しでグリスンが帰って来るからな。頑張れ、フィル。」
「キュウッ ……キュフンッ」
「良い子だ。」
グリスンの帰りを待っていたギラムは、フィルスターを抱えたままソファに腰かけていた。彼の膝の上には腰を下ろしたまま待機する幼い龍の姿があり、相手を気遣う様に言葉をかけ続けていた。
未だに症状が治まらないフィルスターは喉元を両手で抑えているが、先程よりも苦痛な感覚を抱いていない様子だった。ギラムが声をかけてくれた事による気持ちの落ち着きに効果があった様子で、ギラムの身体に重心を傾け、落ち着いている状態を見せていた。完全に懐いている様にも見えており、思い切り甘えない所が、自身の症状を理解している様に思える光景に見えた。
その時だ。
「ギラムー!」
「? ぉっ、帰って来たぜフィル。」
「キュウ……!」
窓辺で待機していた二人の元に、声を放ちながら戻ろうとする相棒の姿が見えだした。声を耳にしたギラムはフィルスターを抱えたまま立ち上がり、ベランダへ通ずるガラス扉を開け、外へと出て行った。
彼の行動と同時に二人のエリナス達も庭園へと降り立ち、役者が勢揃いしていた。
「……? ギラム、その龍はどうしたんだ。」
「あぁ、先日の依頼で出掛けた先で貰った卵から孵ってな。 俺の所で世話をしてるんだ。」
「そうなのか。 ……?」
「キュフンッキュフンッ……」
相手の抱える龍を視たラクトは、見慣れないモノを視るかの様に静かに相手へと歩み寄り出した。やって来た経緯と共に世話をしている事を説明されると、幼い龍が抱える喘息と思わしき症状が再び起こりだした。
それを視たラクトは軽く屈むと、龍を視ながら何かを理解する様に体制を戻した。
「……生まれたばかり、と言っていたか。」
「あ、あぁ。昨日の夜にな。」
「なるほどな。 ……それで、呼び出した俺に何をして欲しいんだ。」
その後本題へと戻り、彼は呼び出した理由を尋ねた。
自身が何をするためにこの場へと来たのかは解らず、話の流れでグリスンと行動をしたに過ぎない。
辿り付いた先で待っていた人物と周辺の現状で、大体の推測は立った様だ。中々に鋭い感性を、コンストラクトは持ち合わせている様だった。
「ラクトに『水』を出して欲しいんだ。多分だけど、ラクトは『水』の魔法が使えるよね。」
「あぁ、水と氷は俺の分野だ。……おおかた、この龍の症状を抑えられるよう、力を貸せば良いって寸法か。」
「話が早くて助かるぜ。あぁ、その通りだ。」
「解った。力を貸そう。」
「ありがとさん、ラクト。」
その後推測が確固としたモノへと変わると、コンストラクトは頷き彼等に助力する事を賛同した。相手の返事を聞いた二人は喜びながらお礼を告げ、早速どうするべきかと話し合い、この場でその行いをする事が決定した。
それから彼等は作戦の内容を考え、再度頭で理解しながら行動を取るべく指定の位置へと向かって行った。
彼等が考えた作戦内容、それは比較的シンプルなモノだ。
症状が中々治まらないフィルスターの練習相手である水を、コンストラクトが庭園内に魔法で発生させ、それを氷漬けにするというモノだ。水力は中々に強いモノを用意する事も決定づけており、段々と威力を高める事に成功すれば、必然的に能力の制御も効くであろうという、ギラムの経験則に基づく内容であった。元の職場で使用していた銃器とは違い、自身の力で行うモノとも成れば、それはより『経験』となるモノとなると、彼は考えているのだった。
「ラクト、準備は良い?」
「あぁ、何時でもどうぞ。 この場に水を出し続ければいいんだろ。」
「うんっ ギラム。」
「あぁ、二人共ありがとさん。フィル、思う存分水を凍らせるんだ。良いな?」
「キュウッ」
庭園から広がる街の光景を背に立つコンストラクトに対し、ギラムとフィルスターはベランダの前に立ち、現状に広がるであろう光景に対する気合いを入れていた。力の制御が出来ずに抑えていた力を抑えず、目の前に放って良いともなれば、フィルスターも遠慮する気持ちは無いのだろう。心なしか瞳が輝いており、気合に満ち溢れた眼差しを見せていた。
「……行くぞ! ……『ハイドラウィスチャ・渦潮』!」
そんな気合に溢れた二人を目にすると、コンストラクトは前方に右手を出し、その場で身体毎反時計回りに回転し、天に向かって一気に手を振り上げた。
その時だ。
ザブゥァァアア……!!
庭園に広がる芝生の中央から水が生まれ始め、徐々に勢いを増しながら渦潮が発生し始めた。周囲の空気を巻き込むかの如く激流の音が周囲に響く中、水はギラムの背丈を軽々と超え、借屋の高さに並ぶ高度で成長を止め、その場で渦を巻くのだった。
「よし、フィル! 行け!!」
「ヒキュウウーーーーッ!」
突如発生した渦潮に対し軽く見入るも、ギラムは相手の背中を押すべく掛け声を放った。声を耳にしたフィルスターは目を見開かせ、息を吸い込み、身体の奥からこみ上げる力と共に吐息を放った。
パキンパキンパキンッ!
口元から放たれる白い吐息は風に乗って渦潮の表面に辿り付くと、動きのある水に対し少しずつ凍てつかせ始めたのだ。波に乗って流されるため凍る部分がその場に固定されることは無いモノの、確実に水を凍結させている事が皆の眼に映っていた。
「凄い凄いっ! 頑張れ頑張れ!」
「キューッ! キュフンッキュフンッ……」
「フィル、大丈夫か?」
「……キュッ ……ヒキュウウーーーーッ ヒキュウウ~~~ッ!」
しかし途中で息が切れてしまい、フィルスターは少し咽る様に吐息を漏らした。息遣いがまだ上手では無い様子を目にしたギラムは軽く背中を撫でた後、相手を気遣う様に言葉をかけていた。するとフィルスターは言葉に反応する様に返事を返し、再び息を吸い込み渦潮に向かって吐息を吹き出した。
先程とは違い吐息の使い方を学んだ様子で、拡散していた吐息は集中する様に水へとたどり着き、表面を凍らせ始めた。廊下に放たれた吐息と同様に瞬間凍結された水は形を残したまま凍り付き、徐々に深部へと向かう様に氷像を形成し始めるのだった。
『中々やるな、あの幼龍。幾多の層が出来る水流を、表面からでも強く凍てつかせられるとは。』
そんな幼い龍の実力を目の当たりにしたコンストラクトは、力を抜いていたとはいえ水を凍らせる相手の力に軽く驚いていた。
動きがある水を凍らせる力は愚か、幾多の層で形成する彼の渦潮は滅多な事で瞬間凍結されることは無い。相手を巻き込めば瞬時に粉砕するほどの威力を放つことも可能であり、その力は『竜巻』に値すると言っても良いだろう。今では小さい規模の渦潮のため、巻き込まれても頭から何処かへ向かって放り投げられるのがオチだ。その力を凍らせるほどの力を秘めている事に、皆は感心しているのだった。
『……アイツ、成長したらギラムの頼れるパートナーに成れそうだな。』
一生懸命に力を磨いていく龍の姿を見て、コンストラクトは楽しむ様に水の波を弄り、氷を粉砕しながら魔法を放ち続けるのであった。