05 追い打ちの響き(おいうちの ひびき)
「黙祷ーっ」
地下鉄内に取り残された市民を全員救出するも、土砂によって埋もれてしまった隊員達が助けられたのは、それから1週間経った後だった。発生元であったホームに取り残された事による酸欠、炭素中毒、他に立て続けに起こった爆発によって脆くなった地盤による岩の下敷き。死因はバラバラであったが、残された隊員達3人は遺体となって発見された。
それからしめやかな埋葬が行われ、隊員達はおおやけに公表されず治安維持部隊の管理する敷地内へと運ばれた。遺族達にも知らされず、入隊時に交わされた契約通り『事故死』という扱いとなった。
『俺があの時、もっと早く脱出する事を検討していれば… 階段での一時退避にならずにすんだ…』
隊員に指示を出していたギラムはその場に立って黙祷を捧げるも、あの時の後悔が身体から離れずにいた。
目の前で土砂によって道をふさがれ、急いで助ければ間に合ったかもしれない。脱出するもその後の揺れはあれど、自分達が通って来た場所は土砂崩れが起こっていなかった。救助を優先していても死亡する者はなく、無事に全員で帰還できたかもしれない。彼の中で巡る後悔が、今の彼の心を苦しめていた。
黙祷が済み隊員達が持ち場に戻る時になっても、彼は最後まで石碑の前から離れなかった。彼の下で行動していた隊員達は彼がその場に残る理由も解っていたため、何も言わず気が済むまでそうさせておこうという話の流れになった。サインナもまた彼の事を遠くから見ており、今の彼に何を言う事も出来ず元気になってくれることだけを祈っていた。
『やっぱり、貴方ってこの部隊に向いていないわね… 他人を思いやる心が強すぎて、非情にならず危険な身にさらされた部下を助けたい。 …でも、あの時の貴方の行動は私は間違ってると思うわ。 運命は人によって違う。 全て、貴方の手だけで変えられる事ではないのよ。』
静かに彼の背中を見ながら、彼女は心の中で彼に伝えるかのように呟いていた。
結局自分達はただの人であり、それ以上の存在にはなれない。全知全能の神であったとしても、その世界に生きる自分達には施しぐらいしか出来る事が無い。例え准士官という肩書があったとしても、結果ただの人でしかない。彼女はそれを理解しているかのように、その場を去って行った。
『…』
「おやおや、ギラム准尉。 隊員達が先に戻る中、珍しく居残りですかな?」
そんな彼の下へやって来たのは、彼と同じく准士官を務める『イロニック・スペル』だった。
綺麗に整えた赤髪のオールバックヘアーが印象的な彼は、若くして准士官の立ち位置に居るギラムが目の上のたんこぶの様な相手だ。髪型は彼よりも清楚な感じは出しているものの、凶悪そうな目付きはギラムよりも優しさの欠片さえ感じられない。そんな彼が部下の信頼があるかと言えば、それはもう正反対の評価ばかりの相手だ。
「俺の部下だった面子だからな。 しっかりと、気が済むまでその場に居たいだけだ。」
彼とも面識があるものの、ギラムから見てもあまり会いたくない相手の様だ。部下達からの評価もあるが、彼は自分とは考え方が違い、戦いを好み人を殺す事に何のためらいも持っていない。治安維持として何よりも腕を重視する相手に対し、ギラムは住民と部下の安否を優先する傾向がある。
例え銃の成績が良くても、彼は人の命を奪うために銃を使う事は無い。それは全て、警告や無事に相手を確保するための手段でしかない。
「それはそれは、部下思いの良い上司だ。 …だが、そんな上司も部下を見捨てて非難を優先したそうじゃないか。」
「…」
「とても意外なお話で、私も驚きましたねぇ? 貴方も意外と自分の身を優先し、部下はただの駒であるかのように扱うとは。 いやはや、驚きだ。」
ザッ…
「お前、わざわざ俺に嫌味を言うために来たのか…! 俺の部下達を、ただの使い捨ての存在のように言うなっ!!」
彼とのやり取りで癪に障ったのか、ギラムは後方に立つ彼を睨むように目を向け身体を向きなおした。部隊同士の揉め事は持ち込むべきではないと解っていても、今の彼からしたら一番言われたくない一言だった様だ。普段見せる笑顔とは違い、とても威厳のある怖い顔をしていた。
「おやおや、強面がますます怖くなりますねぇ。 そんな貴方に何かを言えるほど、私も胆が据わってはおりませんよ。 ヘッヘッヘッ」
そんな彼の怒る顔を見て満足したのか、イロニックはおどける様な仕草を見せ両手を上げ喧嘩をするつもりは無いと意志表示をしていた。彼のそんな行動1つ1つが癪に障る中、ギラムは落ち着きを取り戻すかのように目先を変え再び石碑の元へと身体を向けた。
「…さっさと行け。 お前も准士官なら、部下の指導が残ってるはずだろ。」
「えぇ、ごもっとも。 では、私は先に去らせてもらいましょう。 …あぁ、あと1つ。 聞き流してくれて結構。」
「…」
「部下が使い捨ての様な存在ではない、と言いましたが。 貴方は今のポジションに居て、使い捨ての駒ではないというのかな?」
「ッ…」
「では、失礼。」
その後去り際に相手から一言を言われるも、ギラムは唇を噛み必死に耐えていた。今度の反応は面白くなかったのか、イロニックはちょっと残念そうに肩をすくめその場を去って行った。
『俺は…駒なんかじゃ、ねえんだ。 この場所に来てまで、それを実感してたまるかっ…!』
しかし内心ではかなりの痛手だった様子で、彼は苦しみながらも石碑の前でお辞儀をした。
これ以上後悔を重ねる前に、やるべきことをやろう。
そう、意志を固めたように。