18 幼龍(フィルスター)
「うわぁ…! ドラゴンだー!!」
「すっげぇ…… 龍の卵だったのかよ……」
ついにやって来た、謎の卵から生まれ誕生する瞬間。割れた卵から顔を出した龍の雛を見て、彼等は口々に感想を述べた。
依頼の様な形で受け取った卵は何の卵か分からず、彼等はどんな相手が生まれるのかと心待ちにしていた。愛くるしくも無垢な瞳を見せる雛は、瞳に映ったギラムを視る様に頭上に乗ったままの殻を振り払い、身体を動かし彼の元へと向かおうとしていた。しかし両手足が未だに殻の中だったため上手に動けず、そのまま雛は布団の上へと倒れ、殻の中から這い出す様に身体を動かし、彼の近くで止まり顔を上げた。
「……… ……キューッ」
「おぉ、鳴いた。 どうした。」
「キューキュウキュウッ」
その後何かを求める様に雛は鳴き声を上げ、身体を上下に動かし何かを催促し始めた。相手の動きを視たギラムは何をして欲しいのかとしばし観察するも、言語が違うためあまり良く分からず、目線を合わせようと背を曲げだした。目線の高さに彼の顔が映ると、雛はジッとギラムの眼を見つめ、返事を待っている様に大人しくしていた。
雛の瞳は澄み切った空色をしており、ギラムの瞳よりも明るい印象が伺えた。両手足には四本の指が付いており、無垢な瞳が可愛らしくも思えるドラゴンなのであった。
「お腹空いてるんじゃないかな。 生まれたばかりだし。」
「あぁ、そっか。 ……ドラゴンって、何食うんだろうな。」
「うーん………」
そんな雛が求めているモノが『食べ物』ではないかとグリスンは推測し、ギラムは理解しつつ何を食べさせたら良いのだろうかと考え始めた。彼と同じように悩む仕草をグリスンは見せていると、不意にギラムは何かを思いついた様子でその場を立ち上がり、雛を抱きかかえ先ほどまで立ち上げていた端末の元へと向かって行った。電子盤を立ち上げたままだったため彼は即座に操作を行い、龍の雛にベストな食べ物は何だろうかと調べ始めた。
肉食なのか草食なのかさえ分からない龍の雛は、何と言う種族のドラゴンかさえ分からない。謎が謎を呼び理解を困らせる状況ではあるが、彼はあまり気にしていない様子で検索をかけ、良い情報は無いかと探していた。とはいえ普通のペットとは違った領域の雛ともなれば、そう簡単に検索には引っかからない。
「……見つからねえな。」
「普通はペットじゃないもんね、ドラゴンって。」
「まぁな。」
そんなやりとりを交わしながら二人は画面を見ていると、ギラムに抱かれていた雛は画面を見つめながら手を伸ばし、彼の手が乗せられている入力盤に触ろうとしていた。しかし上手に触れられない様子でしばし空中を漂っていたため、彼はふと思いつき、別の用語を検索として打ち込み始めた。
「……『美味しそうな食品』?」
「こうなったら、直接どれが食べたいかって視てもらった方が良いだろ。 味付けの微妙な良し悪しで、コイツの好みもわかるだろうからな。」
「あぁ、なるほど。」
彼が思いついた作戦、それは雛自身にどれが食べたいかを視てもらい、それを食べさせてみるという方法だった。無論ハズレを引けば大変なことになりかねないものの、今の雛を空腹状態にさせておくよりもよっぽどいいだろうと、彼は考えたのだ。
単語を入力し検索をかけると、しばしの間回線間の通信やり取りが行われ、彼の目の前には別の画面が立ち上がった。その後検索が終了し様々な食品が盛り付けられたプレートの画像が揃いだすのを見て、彼は雛を持ち上げ、画面が視える高さへと連れて行った。
「ほら、美味しそうな食べ物の写真が揃ったぜ。 何か食いたいって思うモノ、あるか?」
「キュー… ……? キュッ」
「ん、これか?」
「キューッ」
その後雛がしばし写真を見つめていると、不意に目に留まった写真に指を伸ばし、気になる食品を教えてくれた。雛が指さした先に映っていたのは『コーンスープ』であり、液体状の物が食べたいと鳴き始めた。
「スープか…… そしたら、インスタントの奴が確かあったな。 それを与えてみるか。」
「熱過ぎたら駄目だろうから、気を付けて飲ませないとね。」
「そうだな。」
雛の食欲を満たすべく用意するモノが決定すると、彼等はその場から移動し、キッチンへと向かって行った。暗い室内に明かりを満たすべく、ギラムは室内灯を付けた後、龍の雛を一度テーブルの上へと座らせ、そこで待っているよう指示していた。言葉を聞いた雛は首を傾げながら彼の様子を見ており、彼が何処かに行かない様一生懸命に首を動かしながら、様子を見ていた。
そんな龍の雛に対しグリスンは苦笑しながら席へと付くと、相手を安心させるかの様に言葉を呟いた。
「大丈夫、ギラムはすぐに戻って来るよ。 美味しいご飯を作ってくれるからね。」
「……… キュッ」
「良い子良い子。」
彼の言葉を聞いた雛は返事を返す様に鳴くと、グリスンは優しく雛の頭を撫でだした。軽く頭を撫でられた雛は静かに頭を動かされるも、特に反応を見せる事無く、ギラムを見つめ続けているのだった。
雛が見つめ続ける事、数分後。
ギラムは湧きたてのお湯で出来たコーンスープをしばし冷ました後、雛の待つテーブルの元へと戻って来た。彼が戻ってくるのを心待ちにしていた雛は喜ぶように鳴き声を上げだし、彼は再び雛の様子に笑顔を浮かべていた。
出来立ての頃は多量の湯気を見せていたスープは、湯気の姿を減らし数本の湯気だけを見せる状態へと変わっていた。口にしても熱さが抑えられる木製のスプーンでスープをすくうと、彼は軽く息を吹きかけ、冷ましながら雛の口元へと運んだ。
「飲みな。」
「キュッ」
彼の言葉に返事を返す様に雛は鳴いた後、静かに口を開けだした。雛の様子を視たギラムはスープを流し込むようにスプーンを傾け、雛の口の中へとスープを流し込んだ。飲料を口にした雛はしばし味を確かめる様に口を閉じ、その後一気に瞳を開きギラムを目視した。
「キューッ! キュウキュウッ!」
「おっ、美味かったのか。 まだいっぱいあるから、たくさん飲みな。」
「キュウッ!」
自身のために用意されたスープの味が気に入った様子で、雛はその後も彼のスプーンから運ばれる液体の味を堪能しだした。雛の様子を楽しむかのようにグリスンは笑顔で見送り、ギラムは子育てをする父親の様に、食事を与えるのだった。
その後食事を終えた雛は腹部を丸くさせ、空腹が満たされた様子で両足を前へと伸ばしていた。両手は自然と後ろに移動しており、座りながら満腹感を堪能している人間の様な仕草を見せていた。
「そう言えばギラム、この子の名前は何にするの?」
「あぁ、そういやまだ名前を付けてなかった。 名前が無いと不便だしな。」
「ギラム、早速つけてあげないと。」
「別にお前が付けても良いんだぞ?」
「駄目駄目、一番懐いてるヒトに名前を付けて欲しい物なんだよ。 大好きな人から貰った名前だからこそ、力を持てるんだからね。」
「ん、そうなのか?」
そんな雛に名前を付けてあげようと、グリスンはギラムに提案した。不意にやって来た提案に対し彼は静かに返答を返すと、グリスンは首を左右に振り、ギラムが付けるべきだと主張しだした。
自身が名乗る際に使う名前には、様々な意味合いが含まれている事がほとんどだ。生まれた際に付けられた名前には『想い』が込められており、どんな風に生きて欲しい、どんな風に成ってほしいという願いから出来ている。願いを受けた存在の生き方によって将来が左右されるものの、場合によっては名前からの力だけで乗り切れる事柄も、少なからず存在するのだ。
グリスン自身もその事を理解している様子で、彼の想いで龍を成長させて欲しいと考えている様だった。
「……名前、か。 あんまり考えた事が無かったんだが、そう言われると中々大切な仕事だな。」
「ギラムの名前は、お父さんとお母さんに付けて貰ったんでしょ?」
「詳しくは聞いてないんだが、多分そうなんじゃないか。 今度機会があったら、聞いてみるぜ。」
「うん。」
そんな他愛もない話を交わしながら、ギラムは龍の雛を見つめ、どんな名前が良いだろうかと考え始めた。不意に感じた視線に対し雛は顔の角度を戻し、彼を視るべく座り直し、ギラムを見つめていた。
「……?」
「……… 緑色の、幼い龍…か。 大地の色、自然の色…… 願い……… ………」
名前を付けるべき相手を視ながら単語を呟き、ギラムは相手に相応しい名前が無いかと模索し始めた。呟いた単語に雛が反応してくれればそれで良かったものの、それではグリスンの言う『想い』と言うモノが含まれていない様にも彼は感じていた。しかしこういった事柄に関する行いは彼にとっても初めての経験であり、相手のどんな将来を望むのかを考えると、中々に決め難い様だった。
簡単に名付けてしまう程、彼は大切なことを疎かにはしたくない質の様だ。
「……? ねぇ、ギラム。」
「ん、どした?」
そんな彼と雛との睨めっこを見守っていたグリスンは、不意にあるものを見つけ声を発した。相手の声を耳にしたギラムは顔を上げて見ると、グリスンは廊下側の壁を見つめており、そこには一枚のポスターが貼られていた。
貼られていたのは来月から長期間に渡って行われる、花火大会の模様が描かれていた。
「あのポスターって、もう時期やるんだよね? 僕、ココへ来た日からずっと気になってたんだ。」
「あ、あぁ……そうだぜ。 『エスト・フィルスター』って言って、エスト川の上流から下流に向かって行われる花火大会なんだ。 川自体が結構長いから、準備期間も多く取ってるんだ。 治安維持部隊に居た時は、そこの警備もしてたんだぜ。」
「へぇーそうなんだーっ 花火って、とっても綺麗なんだよね? 見た事ないけど。」
「すっげぇ綺麗だぜ。 打ちあがった花火玉が空で爆発して、空に華を咲かせたみたいに広がるんだ。 満天の星空と共に打ち上げられた花火は、それはもう格別なんだぜ。 ……ん…?」
「どうしたの? ギラム。」
不意にやって来た質問に対し、彼は経緯と共に経験で知り得た情報を彼に提供した。
治安維持部隊の隊員達が交代で警備に当たるこのイベントは、大きな川の岸辺付近で上げられる花火を眺める風物詩だ。打ち上げられた花火を見るために川の近くへと足を運ぶ者も居れば、近隣に住んでいるため自宅から望む者も居る程、大規模かつ長い期間行われている。彼もまた大会に対する警備を担当した事もあるため、警備と共に風物詩を楽しんだ事を、今でも懐かしく思っていた。
その時、彼は妙な違和感を覚えていた。
「………いや、今。 少し違和感があってな…… ………『エスト・フィルスター』…… ……フィル………フィル…… ……そうだ。『フィルスター』ってどうだ?」
「フィルスター? どうして?」
「いや、対した根拠は無いんだが…… なんとなく、良いんじゃないかって思えてさ。 星空に浮かぶ花火は、いろんな人を楽しませてくれるだろ。 願いを飛ばして、花開いてさ。 すっげぇ事を成し遂げさせちまうような、そんなイベントの名前とか良いかもしれないなって思ったんだ。」
「……なるほどー 良いと思うよ、ギラム。」
「うしっ、決まりだな。」
その後感覚と共に名前が決まると、彼は再び龍の雛に目を向け、相手の顔を視ながら笑顔を見せた。彼の表情を視た雛は不思議そうな眼差しを向け、何を言い出すのだううかと見つめていた。
「フィルスター それがお前の名前だぜ。」
「キュルキキュ……?」
「そう、フィルスター フィルだ。」
「キュウ…! キュウ!!」
「よしよし、気に入ったみたいだな。」
彼から告げられた名前を耳にすると、雛は嬉しそうに返事を返しだした。その後彼の元へと向かう様にその場から歩き出し、彼に抱き着く様に身体を寄せていた。
「フィル。 今日からよろしくな。」
「よろしくね、フィルスター」
「キューッ」
こうして名付けられた幼龍は、ギラムの家の新しい住人として迎えられるのだった。
 




