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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第二話・空と大地に祈りし幼龍(そらとだいちに いのりしようりゅう)
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17 孵化(ふか)

グリスンが用意した昼食を食べ終えた後、ギラムはその場から移動し、寝室に置かれたデスクワーク用のテーブルの元へと付いていた。手元には普段から携帯している『センスミント』が置かれており、彼の目の前には半透明の電子盤が浮かび、手元で何かを入力する様に彼は仕事を行っていた。

「何してるの、ギラム。」

「今月分の仕事内容と、それによって発生した収益をまとめておこうと思ってな。 そろそろ報告書の時期だからな。」

「査定……?」

電子盤に入力されていく文字達を視ながら、彼は慣れた手付きで書類の作成を行っていた。

現在彼が作っている文書、それは現在の彼の職場である『軍事会社セルべトルガ』に提出する『査定詳細書類』だった。普段から常勤する場所として使われていない彼の職場は、外部で働く傭兵達のほとんどが留守であり、仕事を頼む際には個人的な情報手段を用いて依頼する事がある。もちろん本部である会社そのものに傭兵を指名して仕事を頼むことも出来るが、彼の居る企業に務める社員は、大きく分けて二つの仕事を行う人達で構成されていた。


一つはギラムの様に外部で仕事をこなし、収益を得る『傭兵』と呼ばれる仕事を行う社員だ。社名や背景を持ち合わせていない若き人材達のために、会社は彼等の活動名義となる『契約』を結び、外での仕事を行える条件を整えている。それによって彼等は社名を肩代わりに仕事を行うことができ、彼の様に一人で仕事をこなし、賃金を得る事が出来ているのだ。無論チームワークによって仕事を行う事も容認しており、様々な活動形態で外部からお金を得ているのだった。

そしてもう一つの仕事は、そんな彼等の活動報告をまとめ、外部に情報配信を行う『事務』の仕事だ。こちらは主に傭兵を引退した社員達が行っており、場合によってはコチラの仕事のみを行う者もいるため、老若男女の人々が仕事をこなしている。傭兵達の収益情報を基に作成したデータを管理し、都内周辺の企業や個人の依頼に合わせて、傭兵達を紹介する仕事も行っているのだ。彼等の収益は主に『紹介料』と呼べるものがほとんどであり、傭兵達が稼いだ一部の『名義料』で賄われているのだ。そのため、彼等よりも給与が低いのは、言わずともわかるだろう。

だが彼等に『定年』と呼ばれるものはほとんど存在していないため、自身が働ける限り働けるというメリットも存在するのだ。身体を使って稼ぐか、内部を支えて稼ぐかという、違いでしかないのだ。


そんな名義を貰っているギラムは、近々本部に稼ぎに対する詳細情報を提出する期限がやってくるのだ。傭兵によっては期限ギリギリに出す者も居れば、あからさまに提出期限を過ぎる者も居るため、その点も踏まえて事務職の者達が格付けをしていると言っても、過言ではない。ちなみにギラムはと言うと、提出期限が近くなると書類作成のために時間を割き、こうして詳細の書類を作成するのに時間がかかるタイプである。

外仕事に慣れているためか、タイピングの遅さはお約束といえよう。だが詳細書類が有ると無いとでは自身の評価査定に時間がかかりにくいため、彼は一生懸命に作っているのだった。

しかし、


「……くっ。 中々進まねえ………」

入力が遅いという事は、時間をたくさん割かなければならないという意味も含まれている。文字の誤入力はもちろんの事、学業を中退した事による一部の『単語』に関しては使い方がままならない時が多々あり、頭で考えた内容に対し指先が付いて行かない。それにより『スペル』を間違える時もあるため、適度に指摘を受ける事もあるそうだ。

「ギラムって、こういうの苦手?」

「毎月やってるつもりなんだが、やっぱり慣れなくてな……… 頭で考えて行動するのは得意だと思うんだが、如何せん『指先』って事になるとな……… 俺、不器用なんだ。」

「視たとおりだね。」

「うっせえ。」

後ろで様子を見守るグリスンに茶々を入れられながらも、ギラムは手元と電子盤を見比べながら、書類作成に勤しんでいた。どうせなら手書きで済ませてしまえば良い話なのだが、先述に記した通り学業中退の経歴を持っているため、時折文才が出てこない事もある。それに対しこの作業はスペルの入力さえ間違えなければほとんどが片付く仕事なため、ある程度はカバーする事が可能なのだ。

そんな彼の仕事内容を理解する様に、グリスンは邪魔にならない場所に立ち、電子盤に入力されていく文字を視ていた時だった。

「………ぁっ、ギラム。 ココの単語は『r』じゃなくて『l』だよ。」

「ぇっ、マジか。」

「後、ここ『d』のつもりが『s』になってるよ。お隣を押しちゃったみたい。」

「あぁ、マジだ。ありがとさん、グリスン。」

「どういたしまして。」

仕事の様子を見守っていた彼に対し、グリスンはスペルの入力が違っている事を指摘した。どうやら一部の入力に誤字があった様子で、指で指摘箇所を指示しつつ、正しい英単語を教えだした。これには少し驚いた様子で、彼は早々に文字の修正を行い、改めて礼を言うのだった。

見守っていたグリスンではあるが、やはり彼もギラムの仕事の手伝いはしたいのだろう。慣れない変換作業に軽い指摘を入れつつ、彼のお手伝いをするのだった。




それから苦戦する作業をする事、約七時間………




「………っしゃあ!! 終わったぁー……!」

「お疲れ様、ギラム。」

明るい窓辺での作業を行っていた彼等の仕事は、ようやく終止符を迎える事となった。気付けば辺りは暗くなっており、気遣ったグリスンが点けてくれたデスクランプのおかげで、手元が明るく照らされていた。

無事に出来上がった文書は携帯出来る保存媒体へと送られ、彼は一息つきながら部屋のカーテンを閉めた。出来上がった文書は彼の都合が合う日に本部へと持ち運び、書類に印字する作業と、記録を移す作業を行わなければならない。しかし今日中に行う必要性は無いため、本日の彼の仕事はこれにて終了である。

「ぁー……疲れた。 目が疲れるぜ………」

「良ければ肩揉みしてあげようか? ギラム。」

「ん、あぁ。 頼めるか?」

「もちろんっ」

普段の疲労感とは違った疲れを感じる彼に対し、グリスンは肩揉みで疲れを癒そうかと提案しだした。相手の提案を聞いたギラムは顔を見上げつつお願いし、しばしの奉仕を受ける事となるのだった。適度に力加減がされる獣人の肩揉みとは、一体どんなものなのだろうか。著者も非常に気になるところである。

「出来た書類は、何時提出するの?」

「締め切り事態はまだ先だから何時でも良いんだが、あんまり早く提出し過ぎると『カサモト』が余計な仕事話を持ち掛けてくるからな…… もうしばらくしてから、だな。」

「カサモトって………ギラムの上司?」

「名義上のな。 仕事の大先輩っつーわけでもねえし、酒と女が大好きなぐうたら上司で有名だったんだと。 ……ま、その名残はあんまりねえんだけどな。」

「そうなの? ギラムの書類を管理してるんだったら、もうちょっとしっかりした経歴の人の方が良いなーって、僕は思うけど。」

「安心しな、今はちゃんとしてる。 ……とはいえ、そろそろ社長の奥さんが何か言うんじゃねえかなって思えるんだがな。 留守が続いてたし、戻ってくる頃だろ。」

「ぇっ、その人の奥さんって社長なの??? ギラムの仕事先の。」

「らしいぜ。 去年籍を入れたんだと。」

「へ、へぇー…… そうなんだ………」

他愛もない会話を持ち掛けながら、グリスンは彼がリラックス出来るであろう環境を創っていた。彼の仕事先の上司の話はもちろん、社員構成や仕事の勤務形態など、あまり聞く事の出来ない話も交わしていた。彼もまた知っている事を淡々と話すだけのため、軽い眼精疲労の解消と共に筋肉も解れ、リフレッシュにはもってこいの時間であろう。ちょっとしたリラクゼーションである。

そんな時だった。




コツンッ コツンッ


「ん?」

「? 何の音だ?」

ちょっとした気晴らしを行っていた彼等の耳に、何かがひび割れる様な微かな音がやってきた。音を耳にしたグリスンは肩揉みを止めて辺りを見渡し、音のする方角を特定し視線を向けだした。同様にギラムもまた音のする方角を見定め視線を向けると、そこには彼のベットが映っていた。正確に言うと、ベットの上に立つ卵から音が聞こえていた。

「ギラム! 卵が孵るよ!!」

「おっ、ついに来たか!!」

ついにやって来た誕生の瞬間を視ようと、二人はいそいそとベットサイドに移動し、卵を真近で見ようと膝を曲げ座り込んだ。すでに卵の正面には完全なヒビが入っており、中から殻を破ろうとする存在が視え隠れしていた。未だに影が多いため、色味はまだ解らない。

「何だろう……! 何だろう!!」

「お、落ち着けって。 今に解るだろ!?」

「でもっ、やっぱり誕生の瞬間はスッゴイ待ち遠しいよっ! うわぁ………どんな子なんだろう!!」

「本当だな……!」

心なしか落ち着かない様子で、二人は話しながら卵を見つめていた。その時、卵の殻は完全に分離され、頭部を持ち上げながら顔を見せる存在の姿が目に映った。殻を破って姿を現した相手、それは新緑の若芽に相応しい、淡い緑色をした竜の雛だった。


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