14 銀行(ぎんこう)
本職である『傭兵』の仕事を終えた、その日の夜。彼等は仕事による疲労感を抱えていたためか、夕食後の湯浴みを済ませた後、即座に床に付いていた。所定の寝床で寝息を立てつつ眠る二人の姿は、すでに仲の良い同居人と言っても過言ではないだろう。互いの距離感は変わらないものの、警戒すること無く同じ部屋で寝る所は、安心している証拠と言えるかもしれない。可愛らしくも無垢な寝顔は、とても可愛いモノである。
しかしその日の夜は、二人意外にもその場で眠る存在が居た。
【………】
その存在が居たのは、ギラムの寝ているベットの上。彼の鍛え上げられた両腕の間に収まる様に、色鮮やかな卵が温かい空間で眠っていた。
未だに孵る気配は無いが、彼の体温に温められ、とても居心地が良さそうに思えた。時折左右に揺れる様子が見受けられるも、まだまだ孵る様子は無いのだった。
それから時間が流れ、数日の時が過ぎた頃。
「今日は徒歩で出かけるんだね、ギラム。」
「あぁ、バイクじゃ対した量を買えないからな。 徒歩が一番さ。」
「そっか。」
良く晴れた小春日和のある日、彼等は住処を後にし、徒歩で都市部へと出かけていた。ギラムの住む借家から目的地までの距離はそこそこあるも、彼はバイクを使うことは無く、グリスンと並んで歩道を歩いていた。都内で生活をしている住人達の『平日』に当たるその日は、行き交う人々は職務に合った井出達をしており、彼等のように普段着で歩く者は少数となっていた。
無論、仕事上の都合で私服の者も居るため、似た井出達でも『休日』とは限らないのが『現代都市リーヴァリィ』である。
「依頼で纏まった金も入ったし、今日は仕事の予定もねえからさ。 食料品と生活用品の買い溜めをしとかないとな。」
「そういえば、そろそろ冷蔵庫の中も寂しくなってたね。 何買うの?」
「まぁ、いろいろだな。」
歩道を歩きながら横断歩道で信号待ちをしつつ、彼は出かけた理由を説明してくれた。
今回の外出目的は、生活に必要な食料品等の買い溜めと共に、不足してきた備品の購入をするためだ。外部で仕事をしてきた彼の上着には、一通の封筒が仕込まれており、買い物に必要な資金がしっかりと入っていた。また、普段使用している『センスミント』で支払った金額の入金分もその中には含まれており、買い物と同時に銀行で入金するために持ってきた様だ。
基本的に『財布』を持ち歩かない彼からすれば、電話も商品の支払いも可能なセンスミントは、優秀過ぎる製品の様だった。その証拠に、彼が持つセンスミントは彼の趣味が丸出しになったデザインとなっており、とても気に入っているのが解る。
「とりあえず、買い物前に銀行に寄るぜ。 今まで使って来た額に、ちゃんと上乗せをしとかないとな。」
「支払い不足になっちゃったら、使えなくなっちゃうの?」
「あぁ、もちろんそうだぜ。 こういうのは、信用があるからこそ出来る事だからな。」
「そうなんだ。」
目の前の信号が青になったのを確認すると、二人は再び歩き出し、近くに建てられた銀行へと入って行った。
彼らが立ち寄った銀行は、目的地であるスーパーから少し離れた場所にある大通り付近。道路沿いに面した白い外壁が印象的な銀行は、都市内と共にこの世界で活動する人の資金を管理する『ライゼ銀行』と呼ばれていた。重々しくも厳重な雰囲気を醸し出すその場所は、入り口に二人の警備員を配置し、無礼者をしっかりと排除する管理体制を取っていた。変わって手助けが必要な相手に関しては手を差し出す姿も見受けられ、善悪に相応しい仕事振りを見せつけていた。そのためか、銀行強盗と呼ばれ悪行を行う者は稀であり、見つかればほとんどがお縄になるほどであった。
余談ではあるが、彼等が立ち寄った銀行は支店であり、本店ではない。
ウィーンッ………
「いらっしゃいませ。」
そんな警備員の視線を感じながら入店すると、中から銀行員と思われる女性店員が静かに出迎えてくれた。店内には預金を引き出す人々の姿が見受けられ、中には金銭のやり取りをするために、一対一で対話をする者も居た。しかし店の中は比較的静かな空気が保たれており、電子機器の操作音以外には音と呼べるものがほとんど存在しなかった
店の雰囲気を見渡していたグリスンを余所に、ギラムは慣れた足取りで職員に声をかけ、番号札を貰いだした。どうやらこの銀行は番号札での取引が主な様子で、機械でお金をおろす姿は見受けられなかった。番号札を貰ったギラムは壁際のソファに腰を下ろすと、グリスンは彼の近くの壁に身体を預け、のんびりと順番が回ってくるのを待っていた。
「なんだか静かな所だね、ココ。 お金のやりとりをしてるからなのかな。」
「まぁ、相手の資金を取り扱う場所だからな。 少し神経質にもなるさ。」
「それもそうだね。」
内緒話をするかのように小声でやりとりを交わすと、グリスンは少し苦笑しだした。突然笑い出した彼に少し驚くギラムであったが、彼は笑った理由を簡素に教えてくれた。
「この世界の人々が大切にしているモノって、やっぱりお金なのかなって思ったんだ。 当然っていえば当然なんだけど、そういう人達は皆、僕達の事は視えないからさ。 これが今のリヴァナラスなんだって、思ったんだ。」
「? 昔はそうじゃなかったのか?」
「実際に僕が見た訳じゃないから、細かくは説明出来ないんだけど。 僕達の先祖の人達が接してきたリアナス達は、大切にしているモノが別にあって、失ったからってすぐに憤怒する様な人達じゃなかったんだ。 亡くなった事へ対する想いの心があって、涙を流しても、相手を咎める事は決してなかったんだって。 一緒に生きて行く事の大切さを、知っているから。」
「へぇ、そうなのか…… ………」
それとなく教えてくれたリアナスの減少した現実について、ギラムはふと考えるように天井を見上げた。
彼等は元々同じ世界で生きていて、居場所を追われたため新しい世界に降り立った。しかしそれは悲しくても怒ることではなく、自分達は『気付き』を忘れてしまったという世界の変化なんだと、潔く認めていた。互いを大切にする生き方を忘れず、今もなお自分達の世界で生きる事を続け、世界を護っていきたい。その一心で、自分達が視える存在達と行動を共にしているんだと、ギラムは思った。
そんな時だ。
「お待たせしました。 番号札、7番でお待ちのお客様。」
「ぁ、はい。」
彼等の待機していた場所にやってきた職員の言葉を聞き、ギラムは返事を返しつつその場を立ち上がった。いつのまにか順番が回ってきた事を知ったため少し驚くも、すぐに普段の足取りで職員の後に続いて行った。場所を移動し始めた彼を見たグリスンは後を追い、彼と共に案内された個室へと入室した。
「いらっしゃいませ。 大変、長らくお待たせしました。 本日のご用件を、お伺いします。」
「この口座に、この資金を入金して欲しいんだ。 後、一部を定期預金に回したいんだ。」
「かしこまりました。 では、お客様のセンスミントをお預かりします。」
部屋へと入室すると、そこには別の男性職員が立っており、やってきた彼等を出迎えだした。挨拶を受けたギラムは軽く返事を返した後、部屋に置かれた椅子へと座り、来店目的を伝え、上着に入れていた封筒をテーブル越しに職員へと手渡した。要件を聞いた職員は手続きに入るべく用紙を取り出し、同時に彼のセンスミントを預かり、入金手続きを取り出した。
手際よく、相手を待たせない様子で機器を操作しており、その様子にグリスンは興味津々な様子で相手の仕事振りを見だした。自然と身体が前へ前へと向かってしまい、最終的にはテーブルの横を歩いて、職員専用のスペースに立ち入ってしまうほどだ。
それを見かねたギラムは、軽く呆れながら彼の服の裾を掴み、大人しくしている様指で合図を送るのだった。彼からの指示を受けたグリスンは少し残念そうに彼の後ろへと戻り、大人しく手続きが終わるのを待つのだった。