13 同士(どうし)
彼等を乗せたザントルスが街中へと入り、再び都市内へと帰宅したギラム達一行。見慣れた風景が広がる車道を走りながら走行し、二人は依頼主であるアリンの居る『リアン・グループ本社ビル』へと到着した。ビル周辺に用意された駐輪スペースにバイクを停車させると、ギラムは依頼品である宝石の詰まったリュックサックを背負ったままバイクから降りた。
「んじゃ、俺は依頼報告に行ってくるぜ。 お前はどうする?」
「卵の事もあるし、バイクの見張りついでに留守番してるよ。 少し疲れちゃった。」
「そっか。 じゃあ留守番、よろしくな。」
「はーい。」
同じく乗車していたグリスンは少し疲れた様子を見せつつ、その場に残りバイクの見張りをしていると言い出した。
元より市民に視えていない彼が留守番として成り立つのかは不思議な所だが、彼等は視えないだけであって相手に干渉することは出来るのだ。そのため盗難の危険があれば迎撃する事が出来るため、ある意味怪しまれずに番犬ならぬ『番虎』の変わりが出来ると言って良いだろう。半ば頼もしい留守番をバイクに残し、ギラムは一人本社の中へと入って行った。
「いらっしゃいませー」
ビル内一階に構える洋服店へと彼が来店すると、店内に流れる音楽と共に出迎えの声がやってきた。上品で煌びやかな装飾で統一されたホール内を歩き、彼は近くに立っていた従業員と思われる女性に声をかけた。えんじ色のシャツに黒のスーツを見にまとい、にこやかな表情で周囲の従業員達に目を配りつつ、店の雰囲気をより上品に演出していた。
「仕事中済まない。 この後、上層部と面会を予定している『ギラム』と言う者だ。」
「ギラム様ですね、お話は伺っております。 この度は、ご来店は初めてでいらっしゃいましたか?」
「いや、前から何回か来てるから案内は平気だ。」
「かしこまりました。 それでは、店内の奥に構えておりますクラスメントより、6階へとお上がり下さい。」
「あぁ、ありがとさん。」
すでに話が通っている事を確認すると、彼はその場を離れ、店内の奥に設置されている昇降機の元へと向かって行った。以前から何回か通っているためか、手慣れた様子で横に設置されている端末を弄り、扉を開け中へと入って行く。カーテンを潜り椅子へと腰かけると、静かに空間が移動を開始し、目的の階へと彼を運んで行った。
しばらくの間座ったまま移動をしていると、空間は静かに停車し、目的の階へ到着した事をベルの音で伝えだした。音と共にカーテン奥の扉が開いた事を確認すると、ギラムは席を立ち布地を掻い潜り、これまた見慣れた応接室へとやってきた。待合室にしては豪華すぎる造りであるその空間は、家具から小物に関して細かい配慮が行き届き、何処かの城の寝室とも思われる様な光景であった。部屋の中央に設置された彫刻像からは水が流れ出ており、周囲を囲う噴水として仕事を行っていた。見慣れた光景である応接室に用意されたソファへと腰かけるべく、彼は背負っていたリュックサックを地面に下し、一息つきだした。
その時だ。
「………ふぅ。 ん?」
以前まで見慣れていたその空間に、1つだけ見慣れないモノがあることに彼は気が付いた。彼が目にしたモノがあったのは、ソファの近くに備えられた噴水の近くであり、正確に言えば噴水の『土台付近』だった。くびれを意識した支柱の上に広がる椀状の噴水の近くには、彼がある意味『日常的』として認識しなければならない『獣人』の姿があったのだ。
空色の髪を無造作ながらも整え、鮮やかな髪色の下に控えるは灰色の肌。ツンと突き出た鼻と耳が印象的な獣人は、左頬に何やら刺青の様な跡を刻んでいた。グリスンとは違った印象を覚える相手は、恐らく『狼獣人』と思われる青年だった。
身に纏っている衣服は、カジュアルながらも涼しげな印象を覚える鶯色のノースリーブジャケットに、グラデーションがかかった白と桃色のタンクトップ。刺繍と思われる黒いマークの刻んだジーンズに、革靴という爽やかな井出達だった。おまけに胸元には大きな銀のネックレスを付けており、何処か個性的な印象さえ覚えさせる相手だった。
そんな狼獣人に気付いた彼はしばらく相手を視つつ、自然な装いで顔を元の位置へと戻し、再び相手が到着するのを待つ事にしだした。変わって待機していたであろう狼獣人は特に変わった動きを見せることは無く、ギラムに気付いているのかさえ分からないくらい微動だにせず、噴水の近くに立っているのだった。
それから待つ事、数分後………
ガチャッ
「お待たせしました、ギラムさん。 この度はありがとうございました。」
部屋へとやってきた令嬢の声を耳にし、ギラムは席を立ちつつ、相手の姿を見るべく顔を動かした。声のした方角には軽くお辞儀をし、その場を歩き出すアリンの姿があった。いつもと変わらない笑顔を見せながら彼の居る場所へと移動し、彼の近くで再び頭を下げた。
「なに、これくらい構わないさ。 宝飾用の宝石だが、これで足りるか?」
「ありがとうございます、ギラムさん。 これだけの宝石があれば、サマーコレクション用のアクセサリーが用意できます。」
「そっか、足りて良かったぜ。」
やって来た令嬢に挨拶をした後、彼は足元に置いていたリュックサックを手にし、静かにテーブルの上へと置いた。それを見た彼女は静かにリュックの封を緩め、中に詰まった宝石達を確認しだした。
中には幾多の種類と数の宝石達が詰まっており、純度等々はどれもよく、数さえ合えば何でもできてしまいそうな量が詰まっていた。軽く入っていた宝石の量に少し驚く彼女ではあったものの、依頼した品である事を確認し、リュックの封を戻し静かにソファの裏へと置いた。
「本当に、ありがとうございました。 依頼料ですが、後日ギラムさんの口座に送金させていただく形で宜しかったでしょうか?」
「あぁ、構わないぜ。」
「解りました。 では、そのような形で手配をしておきますね。」
無事に後日控えるイベントのための品を用意出来る事に胸を撫で下ろした様子で、彼女は再びお礼を言い、静かにソファへと腰かけた。それを見たギラムは同様に向かいのソファへと腰かけ、笑顔で彼女に応対しだした。
席へと付いた彼女は静かに断りを入れ、用意していたセンスミントと思われる端末を弄り、目の前に画面を展開しメモを取り出した。どうやら今回の取引で発生した依頼料へ対するメモを取っている様子で、何時何時までに彼の口座へと送金する事、イベントのための宝飾品を用意する日数までを計算している様だった。とても手慣れた様子で指を動かしており、しっかりとしたスケジュール管理をしているのだろうと感心していた。
その時だ。
『ん?』
画面の裏に透けて見える彼女の後方を、何かが横切る動きを彼は目視した。動いた影が何をしているのかと思いギラムは体制を前へと屈め奥を見ると、そこには先ほどから噴水の元で待機していた獣人が、ギラムが持ち込んだ宝石の詰まったリュックサックを回収している姿が目に移った。彼女の目を盗んで何をしているのだろうかと彼は思っていると、特に悪びれた様子もなく平然と運んでおり、心なしか『彼女の代わり』に運んでいる様にも思える動きを見せていた。
それを見た彼は軽く首を傾げた後、少し大胆に声を発しながら身体を伸ばす仕草を見せだした。声を耳にしたアリンは画面越しに彼を見た後、少し苦笑しながら彼に対し『楽にしていて構いませんよ』と告げ、作業を続けだした。変わって後方を歩いていた獣人は軽く首を動かし彼の顔を見た後、微量ではあるが笑みを浮かべるように口元を釣り上げ、再び荷物を運ぶべく移動を開始した。
二人の様子を見たギラムはしばしの間考えた後、何かを納得した様子で彼女の作業が終わるのを待っているのだった。
「そういや、アリン。 ファッションショーだが、良ければ日時を教えてもらえないか?」
「ぁっ、はい。 次のコレクションは、今月末の日曜日に開催する予定です。 よろしければ、ギラムさんも見にいらしてください。 今回ご依頼したモデルさん達は、今までとは少し違った方々ばかりなので、きっと楽しんでもらえると思いますよ。」
「あぁ、そうさせてもらうぜ。 企画の成功、祈ってるからさ。 頑張れよ、アリン。」
「はい、ありがとうございます。 ギラムさん。」
依頼の品が使用されるコレクションの日時を確認すると、アリンはギラムも楽しめるような企画にするつもりだと教えてくれた。今回のファッションショー自体は少し特殊なイベントとして行う予定らしく、使用するモデルさん達も普段とは違う事を教えてくれた。一体どんな女性陣が集まるのだろうかと、彼は少し楽しそうな表情を見せていた。
その後作業を終えたアリンと共に店の外へと移動し、見送られながらその場を後にした。いつもと変わらない笑顔で彼女は彼を見送り、静かに手を振りながら彼の姿をしっかりと見つめていた。
「ぁっ、お帰りギラム。」
「ただいま、グリスン。」
そんな彼女の視えない駐輪場へと到着した彼は、バイクの上に座っていたグリスンの元へと戻ってきた。両腕で抱え込まれた卵を大事そうに持っていたグリスンは、彼に声をかけつつ地面に足を付けた。
「無事に依頼は完了できた?」
「あぁ、出来たぜ。 ……ちっとばっかし気にかかる奴も居たんだが、どうやら取り越し苦労だったみたいでさ。 何ともなかったぜ。」
「気にかかる相手??」
戻ってきた彼から聞かされた話に対し、グリスンは首を傾げながら彼を見ていた。しかし彼は特に説明する事なく話を終わらせ、停めていたバイクの足を戻し、ゆっくりと押しながら道路へと向かって行った。彼の動きを見たグリスンは静かに後を追い、聞かなくても良い話題なのだろうと思い、詮索すること無く彼の後に続くのだった。
「そういやさ、アリンの所でファッションショーを今月末にやるらしいぜ。 お前も見に行かないか?」
「ファッションショーって、あれでしょ? 女の子達が綺麗な洋服を着飾って、皆にお披露目する奴。」
「あぁ、そうだぜ。 なんでも今回のモデルはいつもと違うらしくてさ。 俺も少し楽しみにしてたイベントなんだ。 出てる所は出てて、締まってる所はしまっててさ。 目の保養になるぜ。」
「うん。」
そんな道中を歩く中、ギラムは先ほど仕入れたイベントの話題をグリスンに振り始めた。
どうやらギラムが楽しみにしていたイベントの1つの様子で、アリンの所で作られた洋服を着るモデル達を見る事が楽しい様だ。一流企業で採用されたモデル達は皆スタイルが良く、中には彼の好みにドンピシャと言える体格の持ち主もおり、軽く興奮してしまいそうなくらいに楽しいイベントなのだ。年頃の彼にとって、ある意味新鮮な出会いの場である。
「ギラムはやっぱり、若い女の子が好きなの?」
「何だ、藪から棒に。 そりゃあそうだろ、俺だって男だぞ。 アリンの企業が開催するファッションショーの服も新鮮だが、それを着こなすモデル達は皆ルックスが良いからな。」
「そっか。 じゃあもし、ギラムの好みの体系をした女の子が居たら、胸がドキドキして鼻の下が熱くなっちゃうかもしれないんだね。」
「鼻の下は、さすがにどうかは解らないが……… でも『サマーコレクション』っつってたからな。 水着とかなら、否定できないな。」
「良い人が見つかると良いね。」
「どういう意味だ? それは。」
「内緒ーっ」
他愛もない話をしながら二人は車道へと出ると、バイクに跨りアパートへと向かう帰路を取るのだった。
帰宅した彼等は借屋であるアパートへと到着すると、バイクを定位置に停め、中へと入って行った。入り口を仕切る扉に番号を入力し中へと入ると、彼の借部屋がある東棟への道を進み、扉の前で鍵を差し込み、中へと入った。
「ただいま。」
「ただいまー」
お互いが別々で部屋に対し言葉を発した後、ギラムは奥へと移動し、手荷物を足元に置き、バイクの鍵を定位置の籠の中へと入れた。変わってグリスンは両手に抱えていた卵を、一度ソファの上へと置き、少し疲れた様子で背伸びをしだした。
「さてと。 とりあえず、この卵の定位置を用意してやらないとな。 さすがに素で置いとくわけにもいかねえし。」
「そうだね。 定番はやっぱり、籠にチクチクした芝みたいな物を置いた上に置くよね。」
「多分だが、それ『芝みたいな物』じゃなくて『飼葉』だと思うぞ。」
帰宅するもまだまだ休まない様子で、ギラムは元来た道を引き返し、物置として使用している部屋の扉を開けた。中は日の光を浴びないためとても暗いが、明かりを付けると、目の前には大量の備品達が姿を現した。
備品置き場として使用しているその部屋には、買い置きしてある『ティッシュペーパー』や『缶詰』などの常備品が置かれていた。中には外部からの依頼品として受け取った『貰い物ギフト』等々が保管されており、現在では地味な『宝物庫』と化していた。乱雑に管理してはおらず、簡素な置き棚によってある程度の整理がされており、比較的綺麗な物置部屋であった。
そんな宝物庫紛いな部屋を漁りながら、ギラムは手ごろなモノが無いかと捜索を開始した。
「んー…… 靴箱とかならあるんだが、いいサイズの籠がねえな。」
「結構『籠盛り』とかってない感じ? ギラムの所の八百屋さん。」
「むしろ八百屋がねえよ、こっちは。 この辺りに住んでる奴等は、皆スーパーだろうしな。」
「ぁっ、そうなんだ。 じゃあ籠なんて使わないのかぁ。」
「まあな。」
作業の邪魔をしない様に廊下から見守るグリスンは、彼の作業を視ながら質問を投げかけた。
彼がイメージする卵の管理法は、木製の素材で作られた『籠』による管理法であり、メルヘンな管理を考えていた様だ。そのため手頃な籠がセットでついて来そうな『籠盛り』を彼に提案するも、どうやら近所に八百屋は無く、全て『スーパーマーケット』で済ませていることが判明した。無論、物によっては彼のこだわりがあるため専門店まで赴く事はあるも、依頼ばかりの外出が主な彼にとって、そういう行動に出ることはあまりない。『車』を持っていないため、長距離で大量の買い物は出来ないのである。
変わってギラムがイメージする探し物は、大きな卵を管理できる『箱』の様なモノだった。そのためサイズ的には『靴箱』が妥当なのだが、ただの靴箱だけでは保温には向かず、贈り物の粗品のようになってしまうのがオチだ。ましてや卵が孵った後の事を想定すると、もう少し肌触りの良い物が良いのではないかと考えている様だった。
「……おっ、これとかどうだ?」
その後発掘した彼が取り出したのは、高さが低く底の広い『ワイヤーバスケット』であった。大きさはギラムの胸囲よりも少し小さいものの、普通に使う分には大きい代物であり、ご丁寧に白のナプキンまでセットで保管されていた。発掘したため埃を少し被っているものの、問題には至らない汚れ具合であった。
「ぁっ、バスケットがあったんだね。 何が入ってた籠?」
「これはグリスンと合う前の月に、リーヴァリィで行ってた祝祭で貰った『卵』が入ってた奴だ。 『エイファルビ』って言うんだが、知ってるか?」
「うん、知ってるよ。 誕生祭だよね。」
「あぁ。 詳しい祭りの経緯はあまり理解してないんだが、これはその時の余りと籠をまとめてもらった時のなんだ。 卵とパンは食べちまったけどさ。」
「そうなんだ。」
良い物が見つかったと上機嫌な彼を見て、グリスンは彼が通れるように横へと移動し、卵の元へと向かって行った。
大人しくソファの上で鎮座していた卵の隣にバスケットを置くと、ギラムは中に入っていたナプキンの裏で埃を拭い、表に直しバスケットの中へと広げた。お祭りで貰った卵が入っていたためか、布地の肌触りは良く、卵の殻が傷付かずに済むだろうと彼は思いつつ、卵を手にしゆっくりと置いた。すると、卵はゆっくりと滑るようにナプキンの上で横になり、居場所が安定した様子で動かずに居るのだった。
「うし、サイズも丁度良いな。 ナプキンで底冷えしないようにすれば、日中はいいだろ。」
「夜はどうするの?」
「今の時期はそこまで冷えないだろうけど、念のため俺のベットで温めながら寝るぜ。 寝相はそこまで悪くはないはずだから、割れることは無いだろ。」
「ギラムの裏拳が命中したら、卵が木端微塵になっちゃうね。」
「むしろシーツの上が大変なことになるがな………」
無事に卵の居場所が確保されると、ギラムはソファの上からテーブルの上へと移動させ、しばし鑑賞しだした。鮮やかな色合いの卵はテーブルの上を彩っており、普通に見ればご馳走の一種ではないかと勘違いさせるくらいのインパクトを放っている。しかし何が生まれるかさえ分からない中身の味は保証できないため、彼等はあくまで『孵す』事を目的とするのだった。
ソファの上では少し不安なため、安定したテーブルの上に置くことに決めた様だ。
「よし、卵の問題も解決したし。 飯にするか。」
「わーいっ 今夜は何?」
「朝が米で、昼間はパンだったからな。 今夜は肉料理にでもするかな。」
「おーっ、ギラムらしい夕飯だね。 ワイルド!」
「別に骨付き肉を食うわけじゃないんだぞ。 大体俺の周りはそういうが、そんなに怖い顔してるか……?」
「ううん、怖くはないよ。 むしろ漢らしい顔かな。 肉料理が似合いそうな感じ。」
「そ、そうか………」
他愛もない会話を交わしながら冷蔵庫をあさり、ギラムは今夜の夕飯を作り始めた。今夜は肉料理を中心とした夕食となる様子で、漢らしい彼には相応しい夕食であろうとグリスンは称賛しだした。しかし彼からすればあまりしっくりと来る褒め言葉では無かったらしく、グリスンからの返事を聞き、少したじろぎながらも手を動かすのであった。
そんな彼の隣に居ては邪魔になると判断したグリスンはテーブルへと移動し、卵と共に彼の料理風景を見守り始めた。向かいの席に座って見守る虎の姿は軽く癒しさえ覚えるが、ギラムには特にその要素を得られている様子はなく、ただ黙々と料理を行うのだった。
そんな彼等の間にいる卵は何も言わず、ただただ彼等の雰囲気の中に居続けるのだった。




