12 過程(かてい)
連絡船へと乗り込んだギラム達は、備え付けの手すりに沿って歩きながら、運ばれてい行くコンテナの隣にバイクを停車させた。船が無事に港に着くまで動かない様しっかりと停車させたことを確認すると、ギラムはグリスンをその場に残し、昼飯の調達へと向かって行った。
彼等の乗り込んだ船は大きく、単純な『連絡船』とは少し違ったスケールを誇っていた。半ば『運搬船』の様に大きくも、無駄な設備を搭載していない様子で、3階建てという高さの無い造りとなっている。搬送する荷物を見守る者も居れば、船の時間を有意義に過ごすためのスペースもあり、中には少し休める場所も用意されていた。簡単な食事もとる事が出来るため、連絡船にしては充実した設備が整っていた。
また船内には大量のコンテナを積み込める様広く開けられたスペースがあり、今ではたくさんの荷物で溢れかえっていた。彼と同じく『依頼の品』として搬送している物もあれば、一部『企業用』に発注された物もあり、多種多様の荷物達が運ばれていた。潮風を感じながらグリスンは海を眺め、船と共に移動するカモメ達の姿を見ていた。
「グリスン、待たせたな。」
「ぁっ、お帰りギラム。」
そんな彼の元に、昼食を手にしたギラムが戻って来た。彼が持ってきたのは、船内で作られた『ハンバーガー』であり、船の中でも降りた後でも食べられるシンプルな物だった。トマトとレタスを中心とした代物であり、バンズとパティの相性も抜群で、船旅の間の空腹を満たしてくれる味付けだった。
グリスン様にと購入してきた物は普通サイズだったのに対し、ギラムの食べている物はそれよりも大きめの代物だった。どれだけお腹を空かせていたのだろうかと、軽く思ってしまう大きさである。
「……ん? どうした?」
「う、ううん。 お腹空いてた? ギラム。」
「あぁ、そこそこな。 朝からでも動きやすい朝食の量だったんだが、やっぱ腹は減るもんだしな。 コレ、結構旨いんだぜ。 いただきます。」
「そっか。 いただきまーす。」
他愛もない会話をしつつ、ギラムはハンバーガーを包んでいた紙包みを剥がし、待っていましたと言わんばかりに豪快に齧りついた。食べた反動でトマトとミートパティが少し動くも、彼は左程気にしていない様子で口を動かし、旨そうな表情を浮かべながら食事を堪能していた。しかしここまで美味しそうに食べられると、視てるこっちも食べたくなってしまうほどにワイルドな食べっぷりだ。ハンバーガーに残された食べ跡がその豪快さを物語っており、大きなバンズの半分近くが失われていた。
そんな食べっぷりを見ていたグリスンも、同様に口を開け、彼と同じくハンバーガーに齧り付いた。彼よりも鼻先が長い事もあってか、ハンバーガーはやすやすと口の中に入り込み、抑えていたバンズの両端以外が全て口の中へと吸い込まれていった。残されたバンズを見ながら、グリスンはもぐもぐと口を動かし、残りを口の中へと放り込んだ。こちらも中々豪快だが、少し可愛い食べ方である。
「旨いだろ?」
「うん、旨いっ」
その後食べた感想を述べ、二人は楽し気に笑顔を見せあった。
船上での昼食を終えた彼等は、紙包みを所定のゴミ箱へと捨てた後、しばし海風に身をそよがれていた。近くを飛び交うカモメ達の鳴き声が耳をかすめると同時に、船の走った海上に波が発生した水の音も混じりながら聞こえてくる時間。とても安らげるひと時を、感じていた。
「ねぇ、ギラム。 行きの船でも話はしたんだけど、お母さんとは連絡とか取ってないの?」
そんな時間を楽しんでいたギラムの隣で、不意にグリスンは彼に話を振り出した。
声を耳にした彼がグリスンの顔を見ると、軽く好奇心に溢れた眼差しを向けており、返事を心待ちにしている様子が見て取れた。両腕が手すりに付いているため身体は海へと向いているも、顔だけはこちらをしっかりと見ていた。軽く海風にそよがれているのか、彼の皮膚を覆う体毛が少し靡いているのもギラムは気が付いた。
「言うほどは取ってないが、定期的にはお袋の所へ連絡を入れてるつもりだぜ。 こっちから給与の一部を送金した時や、休みを取ったりして顔を出す日にさ。」
「へぇー じゃあ、ギラムはお母さんとも仲が良いんだね。」
「まあな。 親父とは話をしなかったっつーか、時間が合わない事が多くてさ。 俺は昼間に遊びまくって爆睡するタイプだったから、夜遅くに帰って来る親父とは顔を合わせない事が多かったんだ。 お袋曰く、寝てる俺の顔を視に行く事は多かったらしいがな。」
「そしたら、お父さんもギラムの事が大好きだったんだね。 たくさんお話はしたかったけど、お仕事が忙しかったのかな。」
「だろうな。 休日とかは、時折遊んでもらってたからよく覚えてるぜ。」
「ぇっ、その話聞きたいっ! 聞かせて聞かせて!」
彼からの質問に対し返事を返すと、案の定グリスンは話題に食いつくように瞳を輝かせ始めた。どうやら彼はギラムの過ごした『家族話』に興味がある様子で、多くは無いモノの彼の過ごした父親との時間を聞きたいと言い出してきた。期待に溢れた眼差しを目にしたギラムは軽く肩をすくませた後、彼の求める話題かは解らない休日の話をし始めた。
少年時代のギラムが過ごした父親との休日は、そう多くは無い時間だった。
父親はギラムが小等部をこなしていた最中に亡くなり、彼の言う通り家を留守にする時間が限りなく多かった。朝早くから夜遅くまで仕事をこなし、帰宅する頃にはギラムは就寝し、顔を合わせる事がほとんどないのだ。しかし彼の父親が休日の日は、しっかりと身体を休める事よりも息子であるギラムとの時間を大切にしており、普段遊べない分沢山遊ぼうとしていたのだ。
近所に出来た大きな店があれば共に足を運び、田舎暮らしだった彼を連れて森や川へも出かけた。少し遠くまで足を運んでキャンプをした時期もあり、道中が退屈した事へ対する説教を受けた事も少なくはなかった。だがその時間は覚えていられるほど限られた思い出であり、彼自身もっとたくさん遊びたかったと思い返すこともあった。しかしそれは無謀な願いであり、軽く童心が残っている今の自分は、その時の遊び足りなかった自分の影響なのだろうと思うのだった。
「そういやグリスンは、家族とかは居ないのか? 俺の家族の話をいやに楽しそうに聞いてるが。」
「うん。 僕達の住んでる世界では、あまり所帯を持つ存在が多くはないんだ。 ギラム達の居るこの世界の事を『リヴァナラス』って言ってて、僕達の居る世界は『クーオリアス』って言うんだけどね。」
「リヴァナラスと、クーオリアスか。 で、そっちにはお前さんみたいな『獣人』が多く住んでるんだな。」
「そうだよ。 ひとくくりに『獣人』って言っても、僕みたいに哺乳類のも居れば、鳥類のエリナスも居るし。 爬虫類や両生類、魚類のエリナスも居るんだ。 言い方はそれぞれ違うけど、大体は『獣人』で良いかもね。」
「って事は……… 完全に『獣』っていう訳じゃないのか、エリナスは。」
「うん、そうだよ。」
そんな過去を思い出していたギラムは話を変え、グリスンの暮らす世界について質問をしだした。
彼が『獣人』であり『エリナス』と呼ばれる存在である事は理解しているが、根本的にどんな獣人が居てどんな暮らしをしているのか、全てを理解しているわけではない。目の前に立つ虎獣人が例に漏れない存在であるのならば話は簡単だが、しばらく暮らしてみたギラムは『違う』と認識したらしく、彼もまた異例な存在なんだろうと今は認知していた。想像している獣染みた存在ではなく、自分と同じく例外な分類に入る存在。大好きな事を大好きと言い、年齢よりも幼い部分が見え隠れする存在なのだと思っていた。
「僕達の生まれは、ずぅーっと昔。 僕達の世界を創ったって言われてる【創造神】が、始めのエリナス達が暮らせる世界を創ったのが始まり。 僕達は元々、リアナスの素質を持ってた『人間』の一部の意識でしかなかったんだ。 解りやすい単語で言うと、『祈祷師』って言うのが合ってるかな。」
「シャーマンって……あれだろ? 霊体っつーか、祈祷師みたいな……… ……普通には視えない相手と、話をするっていう。」
「うん、それそれ。 その人達に対してそういう名前が付く前は、皆誰でも1つの意識を持っていて、意識と疎通していろんな事を知ったり、予知したりする事が出来たんだ。 でも、今はそういう人達が逆に少なくなっちゃって、居られる場所を追われた僕達の祖先は、創造神に助けられたんだ。 創造神は自分以外に『龍』と『狼』の二体の存在と共に行動して、三人揃って僕達の暮らせる世界を創ったの。 それが『クーオリアス』なんだ。」
「へぇー……… 中々深い経緯があったんだな、お前らの生まれには。」
「って言っても、全部【エリアナス神話】のモノだから、根拠とかは無いんだけどね。 僕もちょっとだけお話を聞いたことがあったから、覚えてたんだ。」
「なるほどな。」
彼の生まれ故郷についての話を聞き、グリスンは自分達の世界が創られた経緯について説明してくれた。
彼等は人間の様に所帯を持つわけではなく、個々が好きなように暮らし、子孫と言える存在達と共に生活をしている。無論人間の様に『夫婦』と呼ばれる形を取る者も居れば、心から大切に思える存在と生涯を共にすることも少なくはない。しかし生まれた経緯はもっと古くから存在し、彼等の中では『エリアナス神話』と呼ばれる物によって語り継がれてきた様だ。
詳しい部分までは覚えてなかったものの、ギラムにとっても重要な情報である事を理解していた。
「でもすげえな、追われた存在達のために世界を創っちまったのか。 その神様は。」
「うん、僕も凄いなってずっと思ってたんだ。 元々僕達がギラムの居る世界に居た事もビックリだったけど、こうやってお話が出来る人がたくさん居たっていうのも、またビックリしたんだ。 ギラムに会うまでは、だーれも僕の事を見てくれなかったんだもん。」
「まぁ、花壇でポツンと座ってりゃな。 存在感はあったぜ。」
「ぁっ、やっぱりあった? 良かった、あの時からギラムは気付いてくれてたんだね。」
「偶然に等しい出会いだったがな。」
そんな彼が楽しそうに話す所を見て、ギラムは今の生活が本当に楽しいモノなのだろうと思っていた。自分の収入が安定しない仕事を目の当たりにしても、その後の行動に対して即座に休む暇が無い事も、ほぼ全ての事を彼に伝えたつもりだ。しかし彼は決して離れる事は選ばず、軽く疲れたり休みたい気持ちがあったとしても、一緒に行動しようと必死になってついて来た。
彼のそんな一面を知れただけでも、ギラムにとって楽しい時間だったと思うのだった。
それからしばらくして、彼等を乗せた船が無事に港へと到着した。
即座に下船する者も居れば、荷物の運び出しを行う者もおり、それぞれが次の行動へと移り、港を後にしていく一方。ギラム達は下船と同時にバイクを下ろし、少し離れた場所でバイクに乗るべく徒歩で移動していた。
「んーっ 久しぶりの街中だぁーっ………」
「つっても、港だけどな。 ほらグリスン、乗らないと置いてくぞ。」
「あぁっ、待ってー」
港で仕事を行う人々から離れた彼等は、近くの道路へと出るべく歩道を歩いていた。数分と掛からずに出られる程の距離だったため、即座に大通りへと出たギラムはバイクに跨り、エンジンを入れつつグリスンに対し乗車する様促した。彼からの声を耳にしたグリスンは慌てて彼の後ろに乗車し、手にしていた卵を落とさない様しっかりと抱え込んだ。
道中はグリスンが左手でバイクの背に掴まり、その間の移動をギラムが気を付けて運転するつもりだった。そのため普段よりも遅めのスピードで走ろうという事に決まったため、目的地に着くのは夕暮れ前と言ったところだろう。グリスンが座る体制を整えている間、ギラムは車体のエンジンメーターに取り付けていた端末を弄り、何処かへ連絡を取り出した。
しばしの間呼出音が鳴る中、彼は待機し相手の応答を待っていた。
その時だ。
【はい、お待たせしました。 アリンです。】
「俺だ、アリン。 今、電話平気か?」
【ギラムさん。 どうかなさいましたか?】
「依頼された品が調達できたから、これからそっちに向かおうと思うんだが。 向かっても大丈夫か?」
連絡を取った相手はアリンであり、今回の依頼品を届けるべく、彼は相手のスケジュールを確認しだした。仕事で忙しい彼女は普段から本社に居る訳では無く、時折海外へと出向くことがあり、場合によっては電話が繋がらない時もゼロではない。しかし今回は依頼をしてきた側のため不在と言う様子はなく、どうやら彼の帰宅を待ちつつ、進められる準備を進めていた事を伝えてきた。相手の所在と向かう事を伝えた彼は端末を弄り、現在の時刻からどれくらいの時間で到着するかを彼女に連絡した。
その後、道中が安全である事を気遣う言葉を受けた後、彼は電話を切った。
「うし。 じゃあ行くぞ、グリスン。」
「うん、良いよー」
連絡を取り終えた彼は端末を弄った後、グリスンに声をかけた後、アクセルを捻り走り出した。普段よりもゆっくりとした発進により、後方のグリスンは焦る事無く身を任せ、二人は道中を進んでいくのだった。




