10 少女(チェリー)
突如現れた謎の少女を目撃し、2人は顔を見合わせ首を傾げた後、少女の近くへ赴こうと歩を進めた。するとそれを見かねた少女は樹の影から姿を見せ、彼等が歩いて来た道路の上へと立った。
背丈は彼等よりも小さく、丁度ギラムの腹辺りまでしかない少女。しかし身に着けている衣服は少々華美な装飾が見受けられ、オシャレなのか額近くには白いカチューシャが付けられていた。ギラムと同じく金髪であり、人形の様な可憐な井出達であった。
「お兄ちゃんが背負ってる袋の中には、何が入ってるの………?」
「これか? 中には依頼先に頼まれた物資が入ってるんだ。 お前さんは、何処から来たんだ。」
そんな少女に声をかけられ、ギラムは膝を曲げ目線を合わせながら話をし出した。隣を歩いていたグリスンはその様子を見ており、彼のやり取りの仕方が子供相手にも良いものである事を学んでいた。
さまざまな人達との交流を自然と行い、自分の雰囲気が自然と出てしまい恐れさせてしまう恐怖心を、どうやって取り除くのか。彼がまず行おうとしている事は、自然とできてしまった溝を埋める行いであり、怖がらせない様に話しかける事をする。それこそが、彼の1つの武器でもあるやり取りの様だ。
「チェリーはいろいろな所に居るから、何処がお家って事は無いの。 ねぇ、お兄ちゃん。」
「何だ?」
「中に入ってるのって、宝石なんでしょ? チェリー、大きな『ブラックオパール』が欲しいの。 ねぇ、頂戴………?」
「ブラックオパール? そんなマニアックな物あるのか……?」
不思議と怖い印象を持たせない彼のやり取りを見て、グリスンが笑顔を見せる中、ギラムは少女から宝石をねだられていた。こんな場所で物乞いをするなんて珍しいと思う彼ではあったが、頼まれた品がまた個性的な物だったため、手持ちにあるのだろうかとリュックを開きだした。中にはたくさんの宝石達が詰まっており、これだけでも幾千万の価値があってもおかしくない品揃えだ。その中から目的のモノがあるのだろうかと思いギラムは1つ1つ漁って行くと、中から親指よりも一回り大きい黒い宝石が顔を出した。
黒光りする宝石の中には七色の粒子の様な物質が入っており、やってくる日光の光に反射しキラキラと輝いている。少女の掌に丁度収まるかどうかの大きさではあるが、これだけのモノはとても高価であり、簡単に出回るモノでもないと思われた。
「ぉっ、これか?」
「わぁ……綺麗………! それ、頂戴?」
「あぁ、構わないぜ。 持って行きな。」
目的の物であるかどうかを少女に問うと、少女は嬉しそうに声を上げ、その宝石が欲しいと言ってきた。それに対しギラムは何のためらいもなく宝石を静かに手渡し、少女はそれを受け取り嬉しそうに笑顔を見せていた。
「ギラム……良いの? コレ、この後持っていく企業へ渡す宝石でしょ?」
そんな2人のやり取りを見て、隣に居たグリスンは驚きギラムにタダで渡して良いのかと質問した。不意に慌てるグリスンを見た彼は動揺してしておらず、本人からしたら左程支障が無い様子でこう言った。
「まぁそれもそうなんだが、宝石の種類は特に指定はされてなかったし。 こんな小さな女の子が宝石をねだるなんて、よっぽどの事だ。 珍しい宝石みたいだが、ちょっとくらいなら構わないさ。」
「そうなんだ…… ……うん。 ギラムが良いなら、良いんだけどね。 ゴメン。」
「気にすんな、グリスン。」
軽く理由を話し相手を納得させると、ギラムは広げていたリュックの口を閉じ、再び背中に背負い直した。その後丁度いい位置で背負えたことを確認すると、彼は振り返りながら少女に告げた。
「じゃあなお嬢ちゃん。 俺等は行くぜ。」
「お兄ちゃん。」
「ん?」
その後少女にその場を去る前にと声をかけると、不意に彼女はギラムの事を呼び止めた。何事かと思い彼等が振り返ると、そこには大きな荷物を持った少女の姿が映った。
「お兄ちゃん、コレ。 チェリーからのお礼。 受け取って?」
「お礼?」
呼び止められた彼は少女を見ると、少女の手には先ほど渡した宝石ではなく、大きな卵へと姿を変えていたのだ。少女が両手で抱えられるギリギリの大きさの卵であり、ダチョウの卵よりも大きく、緑と空色のグラデーション掛かった殻が印象的な物だった。優しく卵を渡そうとする少女を見て、ギラムは再び膝を曲げ彼女から卵を受け取った。
受け取った卵は温かく、中に何かの生き物の子供が入って居る事が、伝わってきた感覚で彼は察していた。
「良いのか? こんなに大きな物と。」
「うん。 お兄ちゃんはチェリーのお願いを聞いてくれた人、それだけの優しい心を持った人なら………その卵を孵す事も出来るの。 優しく育ててあげてね。」
「……あぁ、分かった。 ありがとな。」
宝石のお礼である事を知りありがたく頂戴すると、少女は笑顔を見せた後スキップをしながらその場を去って行った。楽しげに去って行く少女の後姿を見送った後、ギラムは卵を持ち直し、落ちない様にしっかりと左腕で抱えた。
「何だか変わった子だったね。 ……何の卵かな、ギラム。」
「あぁ、初めて見る色合いだな。 卵も温かいし、孵す事が前提らしい。 試に孵してみようぜ、何が生まれるかさ。」
「うんっ」
不思議な少女とのやり取りを終え、2人は再び道を歩き出しながら卵を見ていた。暖かい卵の中では時々動く感覚があり、中ではゆっくりと生き物が成長している事がギラムの左腕に伝わって来た。新しい同居人が増えるのだろうかと思いながら、2人は役所への道を歩むのだった。
その頃、別れた少女はと言うと………
「ルンルンルーンっ」
道に不規なに凹凸を残す山道を、彼女はスキップして昇っていた。正確には『道を歩いていた』という表現が正しいかもしれないが、高度が徐々に上がっているためあえてそう言っておこう。
「アリス。」
「? ぁっ、足長お兄さん。」
そんな彼女が道を進んでいると、何処からともなく彼女を呼ぶ声が飛んできた。声を耳にした彼女は足を止め辺りを見渡すと、彼女の左側に置かれた大きな岩の上に座る、1人の獣人の姿があった。
黒色短髪の分け目を七三に分けつつも、軽く毬栗状に整えられた髪型。カジュアルな黒服に青いジーンズを履いた、目つきの鋭い狼獣人だった。
「機嫌が良さそうだが、何か良い事でもあったか。」
「うん。 チェリーのお願いを聞いてくれた、優しいお兄ちゃんを見つけたの。 顔とは違った雰囲気だったけど、チェリーはすぐに優しい人だって解ったよ。」
「へぇ、そりゃまたレアな人種を見つけたもんだな。」
「チェリーの幸運だもんっ」
狼獣人に話しかけられた少女は彼に近づこうと岩場へと歩み寄り、足場を昇る様に華麗に跳び始めた。すると彼女の足元に半透明の階段の様な床が現れだし、彼女を徐々に彼の座る岩の上へと導きだしたのだ。
どうやら彼女も、ギラムと同じく『真憧士』の様だ。
「ノクターンは何してたの? ココは辺鄙な島だけど、面白い物でも視えた?」
「あぁ、それなりにな。 少し前から眼を付けてた奴が依頼に来てたんだが、会得した魔法を使わずに依頼をこなそうと思うなんてなーって、少し感心してたところだ。」
「どうして? それって、おかしな事?」
「真憧士となった人間っつーのは、大体が『自身の新たな力』として魔法を使う事がほとんどだ。 チート紛いに使う奴は、今までたくさん見てきた。 その例にのっとるかと思ったから、意外とそうじゃなかったからな。 ほんと意外。」
「そうなんだぁー」
ノクターンと呼ばれた狼獣人はそう言いつつ、その場から見えるであろう風景を眺める様に呟いた。
眼に着けていた相手が島にやってくる事を知ったのか、彼は相手の様子を見るためだけにこの島に上陸していた様だ。しかし何かをしたり接触を試みたりするわけではなく、ただ単に観察をするだけに来たため、ほとんど無駄足のようにも感じる行動だった。だが彼にとって『無駄な行動』とは認識していない様子で、やって来た事に対し後悔の色を見せていなかった。
「じゃあ、ノクターンにとって気になる存在なんだね。 ちょっと妬いちゃおうかなぁ。」
「妬かんでもいい。 俺は人間が嫌いだ。」
「ぇーっ つまんなーいっ」
「うっせ。」
とはいえ気まぐれ屋な様子で、彼は装言いつつ座っていた場所から降りる様に岩を滑り降りた。そして地面に着地すると、後から滑ってくる少女を軽く受け止め、地面に下ろしその場を後にするのだった。